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剛球攻略

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第一章

                               剛球攻略
 近鉄バファローズの監督である西本幸雄はこの時己の過ちを後悔していた。
 彼は今阪急ブレーブス、彼がかつて率いていた阪急ブレーブスと戦っていた。問題はその阪急のピッチャーだった。
 今マウンドには小柄な若者がいる。背番号は十四番だ。
 その彼を見ながらだ。西本は苦い顔で漏らした。
「あいつを獲ったんやけれどな」
「ドラフトで、ですね」
「あの時は色々考えた」
 こうだ。近鉄のベンチにおいてコーチに漏らすのだった。
「年齢が年齢やしな」
「二十五ですからね」
「それにコントロールも今一つやった」
「それで獲得を見送ったんですがね」
「失敗やったな」
 今このことをだ。西本は痛感していた。
 阪急の十四番、山口高志だった。彼のその剛速球の前にだ。
 近鉄打線は手も足も出なかった。その剛速球が放たれればだ。
 近鉄のどのバッターも打てない。まさに誰もだ。
 今もだった。彼が育てているバッターは誰もがバットを振るだけだ。空振りだった。
 それを見てだ。また言う西本だった。
「わしもこれまで色々ピッチャー見てきたわ」
「速球派もですね」
「ああ、確かに尾崎とか荒巻は凄かった」
 怪童、それに火の玉投手と言われた彼等も速球で有名だった。
 そしてだ。その他にもだった。
「オールスターで見た江夏や昔の別所もや」
「他には広島の外古場ですか」
「あと金田もやっぱり速かった」
「けれどそれ以上に」
「山口は速い」
 そうだというのだ。今マウンドにいる彼はだ。
「しかも球威もノビもないわ」
「そこまで、ですか」
「あんな凄い球投げるピッチャーは他にはおらん」
 西本は苦い顔で言い切った。
「阪急はただでさえ強いのにな」
「あんなのが加わればそれこそ」
「敵はないわ」
 こう言うのだった。
「ほんま恐ろしい奴を逃したわ」
「それでよりによって阪急にですからね」
「あいつを打たなどうにもならん」
 西本はまた言った。
「けれどそれでもや」
「打つこと自体がですね」
「そうそう簡単にはいかんやろな」
 とにかくだ。誰も山口を打てなかった。それでもシーズンは何とかだ。
 後期優勝を果たせた。当時のパリーグは前期と後期の二期制でありそれぞれの期の優勝チームがリーグ優勝をかけてプレーオフを戦う制度になっていたのだ。
 そのプレーオフでだ。近鉄は第一戦を勝った。しかしだった。
 第二戦で山口が出て来た。その彼の前にだ。
 やはり打てなかった。彼の剛速球の前には為す術がなかったのだ。そうしてだった。
 プレーオフの流れは山口の好投で一変し阪急がそのまま勝った。その阪急の胴上げを見つつだ。
 西本はそのへの字にした口で言ったのだった。その言葉は。
「あいつを打たんとほんまにや」
「どうしようもないですね」
「そや。確かに阪急は強い」
 そのチーム力自体がかなりのものだった。それに加えてだったのだ。
「それに山口がおってはや」
「まさに鬼に金棒、いえ」
 ここでだ。このコーチはこう訂正した。
「勇者に槍ですね」
「そやな。うちはあいつを打たなどうにもならん」
 西本は言った。
「あいつを打てる様な打線にすんで」
「わかりました」
 こうしてだ。昭和五十年の近鉄は山口の前に敗れ去った。しかしだ。
 野球は敗れ去って終わりではない。それからがあるのだ。そのそれからの戦いの為にだ。 
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