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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十七話  休戦か和平か



帝国暦 486年 9月28日    オーディン 新無憂宮   オットー・フォン・ブラウンシュバイク



「さて、彼らはどう反応するかな」
リッテンハイム侯が問いかけてきた。
「休戦は受け入れるだろうが和平となると渋るかもしれんな」
わしが応えるとリッテンハイム侯が“厄介だな”と言って頷いた。

わしも全く同感だ、厄介としか言いようがない。しかし帝国は現状では戦える状態にはない。そして改革は長期に亘るだろう、何時戦争になるか分からぬ自然休戦では無く和平条約を結んで改革を実施すべきだ。アマーリエもそれを望んでいる。

十分ほどすると帝国軍三長官、エーレンベルク、シュタインホフ、オフレッサーの三元帥が現れた。ソファーに座る事を勧め、飲み物を用意させた。三人とも少し緊張している。ここ(南苑)に呼ばれた理由が分からないのだろう。誰一人として用意したコーヒーを飲もうとしない。ややあってからエーレンベルクが問いかけてきた。

「お話が有るとのことでしたがここ(南苑)に呼ばれたという事は他聞を憚る内容、という事でしょうか」
低い声だ、視線も厳しい。エーレンベルクだけではない、シュタインホフ、オフレッサーも同様に厳しい視線を向けてきた。気圧されるような思いがした。

「その通りだ。ここで話したこと、他所で話す事は許さん」
「……」
わしの答えを聞いても三人は微動だにしない。ただ黙ってこちらを見ている。流石に軍のトップを占めるだけの事は有る、その辺の馬鹿貴族共とは胆力が違うようだ。

「陛下は御出でにはならぬのですかな」
ややあってシュタインホフが問い掛けてきたが
「我らに任せるとの仰せだ」
とリッテンハイム侯が答えると黙って頷いた。いずれ分かる、何故ここに居ないのか……、或いは卿らにとっては残酷な仕打ちになるかもしれぬ……。

「既に卿らも知っている事だがわしとリッテンハイム侯はレムシャイド伯を通して反乱軍の動きを探っている」
わしが三人に視線を向けると三人は黙って頷いた。
「こちらの改革の宣言に対して向こうがどう考えているか、レムシャイド伯から連絡が有った」

三人の視線が強まった。彼らにとっても改革の実施とそれに対する反乱軍の反応は気になるところだ。改革が実施されなければ兵達の士気は回復しない、軍の再建には改革が不可欠だ。そしてその期間、反乱軍がどう出てくるか……。出来る事なら戦争は避けたい、そう思っているはずだ。

「我らの改革を待つことなくイゼルローン要塞を攻略し帝国に損害を与え革命を起こさせるべきではないか、反乱軍主導の革命政権を樹立させるべきではないか、当初彼らの政府内部ではそういう意見が出たらしい」
「馬鹿な、何を考えているのか」
シュタインホフが吐き捨てた。眉間に皺が寄っている。他の二人も同様だ、不愉快の極み、そんなところか。

「心配は要らぬ、最終的に反乱軍は我々と協力して地球教対策を行う事を優先すると決定した。改革については当分見守る方針のようだ、不明な所が多すぎ現状では判断できない、そういう事だな」
三人が顔を見合わせた。

「見守るですか……、それは戦争になる可能性もあるという事ですか」
念を押すような口調だった。
「改革が不十分、或いは形だけのものだと彼らが判断すればそうなるだろうな、軍務尚書」

リッテンハイム侯が答えると軍務尚書、エーレンベルクが二度三度と頷く。それを見てリッテンハイム侯が笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「もう少し彼らの内情を教えよう。彼らの中には主戦論を唱える人間と非戦論を唱える人間が居るという事だ。主戦論者は革命を唱え非戦論者が地球教対策の優先を唱えた。今回は非戦論者の主張が通った」

「うーむ、非戦論者ですか」
エーレンベルクが唸りながら他の二人に視線を向けた。二人も意外そうな表情をしている。確かに意外だろう、現状では反乱軍が優位なのだ。非戦を考える人間が居ると言うのはちょっと信じられないに違いない。ここからが本番だ。リッテンハイム侯がわしを見た、腹に力を入れた。

「驚いたかな、だがもっと驚く事が有るぞ」
「……」
「トリューニヒト国防委員長とシトレ元帥は非戦論者だ」
「まさか……」
わしの言葉にエーレンベルクが呆然として呟いた。他の二人も眼を見開いてわしを見ている。無理もない、帝国で例えれば帝国軍三長官が非戦論者と言っているに等しい。可笑しかった、彼らの顔も、その皮肉さも可笑しかった。自然と笑っていた。わしだけでは無い、リッテンハイム侯もだ。

「彼ら非戦論者の力は決して弱くは無い、おそらくは他にも賛同者がいると見て良いだろう。そしてその一人がヴァレンシュタインだ」
「!」
三人が声も無くわしを見詰めている。誰かがごくりと喉を鳴らした。

「信じて宜しいのですか、罠という事は有りませんか」
太く低い声でオフレッサーが質してきた。他の二人も頷く。帝国に打撃を与え続けてきたヴァレンシュタインが非戦論者と言うのは俄かには信じがたいのだろう。

「その恐れが無いとは言わない、しかし可能性は低いと見ている。イゼルローンからフェザーンまでのあの男の動きをみると帝国と反乱軍が戦い辛い状況を少しずつ作りだしていると思う」
「我々もそれについては訝しく思っておりましたが……、信じてよろしいのですな?」
オフレッサーが念を押してきた。

「うむ、向こうからは形だけの改革にはするなと警告が来ている。罠ならそのような事は言うまい」
沈黙が落ちた。眼の前の三人に不満そうな表情は無い、ただ何かを考えている。悪い兆候ではない。一つ関門を突破したようだ、問題は次だな……。リッテンハイム侯と顔を見合わせた、侯が頷く。

「良く聞いて欲しい、わしとリッテンハイム侯はこの機会に反乱軍との間に和平を結ぼうと考えている。卿らはどう思うかな?」
眼の前の三人が顔を見合わせた。驚きは見せていない、つまりこの三人はこの問いを想定した事が有ると言う事か……。

「休戦ではなく和平を、と言うのですな」
確かめるかのように我らを交互に見ながらエーレンベルクが問いかけてきた。低く重い声だ、そして視線は厳しい……。
「そうだ、和平だ」
リッテンハイム侯が答えるとまた三人が顔を見合わせた。どうやら納得はしていない。

「改革の実施は急務だ、平民達の不満が爆発する前に、地球教をはじめとする反帝国勢力が彼らを煽る前に行わなくてはならん。そして損害を受けた宇宙艦隊の再建には時間がかかるだろう、短兵急に行えば平民達に負担をかける事になる。それでは意味が無い。先ずは改革を優先し宇宙艦隊の再建は焦らずに行うべきだと思うのだ。どうかな?」
「……」

三人ともわしの問いかけに応えようとしない、もうひと押しが必要か……。
「そのためには帝国は反乱軍との間に和平を結ぶべきだと思うのだが」
エーレンベルクが太い息を吐いた。そして自分の考えを纏めるかのようにゆっくりと話し出した。

「……確かに宇宙艦隊の再建は平民への負担を無視して行っても五年はかかるでしょう。改革を行いながら、平民への負担を軽減しながら行うとなれば十年、事によっては十五年はかかるかもしれません」
エーレンベルクの口調は苦渋に満ちている。現実の厳しさがそうさせているのだろう。

「……しかし和平ですか、休戦ではなく……」
「マクシミリアン・ヨーゼフII世陛下の御代も現在と似ていると言えるでしょう。あの折は和平を結ぶ事無く改革を実施する事で帝国の再建を果たしました。今回もそれでいけると思うのですが……」

エーレンベルク、シュタインホフが休戦を推してきた。オフレッサーは無言だ、やはり彼も和平には消極的なようだ。分からないでは無い、これまで反乱軍として扱い戦ってきた相手なのだ。和平を結ぶとなれば対等の相手として認める事になる。納得がいかない、何故そこまで、そんな気持ちが有るのだろう。

自然休戦、そして向こうが攻めてくればイゼルローン要塞で防衛戦を行う、それで十分対処出来るのではないか……。そう思っているに違いない……。溜息が出た、それでは駄目なのだ、それでは戦争を防げない……。気が付けば首を横に振っていた。

「あの時とは情勢が違う。当時の反乱軍はダゴン星域で勝ったとはいえ帝国に侵攻するほどの力は無かった。だから帝国は反乱軍を気にすることなく改革に専念できたのだ。だが今は違う、反乱軍は十三個艦隊からなる宇宙艦隊を保持している」
「……」
三人が苦いものを呑み込んだような表情をした。

「それに、これからの帝国は長期にわたって女帝が統治する状態が続く。アマーリエ、クリスティーネ、エリザベート、ザビーネ……。彼女達は愚かではないが政治的手腕に優れているとは言えない。その事は彼女達が自ら認識している。戦争の危機が迫った時、交渉によってそれを避ける自信が無いのだ。そしてなし崩しに戦火が拡大し改革が中途半端に終わるのを怖れている……」
呻き声が聞こえた。一人では無い、三人。

帝国の抱える弱点だ。強い皇帝を持てない、そして弱い皇帝を支えて行かざるを得ない……。今はまだ良い、わしが居てリッテンハイム侯が居る。反乱軍にも和平を望む者達が居る、しかもその力は決して弱くない。戦争を避ける事は十分に可能だ。

しかし五年後、十年後はどうか……。我らは生きておらず反乱軍の和平派も存在しているかどうか分からないという事も有り得る。その時、アマーリエ達に交渉によって戦争を避ける事が出来るだろうか? 極めて難しいと言わざるを得ないのだ。

戦火が拡大すれば改革は中断しかねない。解消されかけた平民達の不満はまた帝国中に鬱積していくだろう、そして何時か爆発する。それを防ぐには和平を結び、和平によって得られる利益を、繁栄と安定という利益を帝国と反乱軍、いや自由惑星同盟に示し続けなければならないだろう。

故ヴェストパーレ男爵は正しかった。ヴァレンシュタイン程の男が帝国に居れば、あの男が政府閣僚に居れば何の心配も無かった。エリザベートの配偶者に迎え、帝国の全てを委ねる事が出来ただろう。弱い皇帝を心身共に支える有能で誠実な廷臣を得る事が出来たはずだった、全てが帝国にとって裏目に出た……。

「貴族達は反対するだろう、だがあの連中は反乱軍にぶつける事で始末する。その上で連中の領地を帝国政府の直轄領とし直接支配する。政府の力が強くなれば残った貴族達も改革に反対は出来んだろう。反対するようなら容赦なく潰す」
「……しかし……」

「エーレンベルク元帥、改革に反対する貴族は排除する、そうでなければ帝国は再生できんのだ」
何かを言いかけたエーレンベルクはわしに遮られて押し黙った。シュタインホフ、オフレッサーも黙っている。

「陛下の御意志は和平に有る。本来なら卿らには勅命として命じれば済む話だ。だが陛下は卿らに説明したうえで判断させよと仰せられた。長年戦ってきた相手と簡単には和平は結べまい、和平に反対なら辞職せよ、不満には思わぬと……」
「それは……」
エーレンベルクの顔が歪んだ。他の二人も顔を歪めている。

「自分の前では反対できまい、それゆえ我らに確認せよとの仰せだ。如何する?」
辛かろうな、命じられた方が楽なのだ。だが自分が弱い故に無理を強いる、嫌々協力はさせたくない、それがアマーリエの意思だった……。

エーレンベルクが何かを言いかけ口を噤んだ。そして他の二人に視線を向けた。
「……私は陛下の御意志に従う事に決めた、反乱軍、いや自由惑星同盟と和を結ぶ……」
二人が黙って頷く。それを見てエーレンベルクがこちらに視線を向けた。
「軍は陛下の御意志に従うとお伝えください」
「分かった、そのように伝えよう……」

三人が退出した後、わしとリッテンハイム侯はソファーに並んで座っていた。軍の協力が得られる事の安堵感、そして一仕事終えた後の疲労感が身体を包む……。結局誰一人としてコーヒーを飲まなかった。そんな余裕は誰にもなかった……、やれやれだな。これからもこんな緊張が続くのか……。

「取り敢えず一つ終わった。次は貴族達だな、公」
「そうなるな、クロプシュトック侯の反乱の鎮圧は時間の問題だそうだ。連中、もうすぐ戻って来るだろう」
お互い顔は合わせない、正面を向いたままだ。

「連中を反乱軍にぶつけるか……」
「説得は無理、押さえつける事も難しい、となれば死地に送って潰すほかは有るまい」
「……どのくらい死ぬかな?」
「さあ、見当もつかんな」

どれほどの人間が死ぬのか……。五百万か、或いは一千万を超えるのか……。帝国五百年の負の遺産、何とも重いものだ。そしてそれを行おうとする我らの罪深さ……。多くの人間が我らを責めるだろう。言い訳はするまい、する事に意味があるとも思えん。罪は誰よりも自分が分かっている。

「フレーゲル男爵はどうされる、オーディンに留めるのか」
「いや、あれも送り出す。そうでなければ皆が不審に思うだろう」
リッテンハイム侯がこちらに視線を向けた。
「そうか……。辛い事だな、公」
「……」

可愛がった甥ではある。だが私情は挟めぬ。あれの性質では必ず出撃を望むだろう。望み通り死地に送る、フレーゲルよ、死んで帝国再生のために肥やしとなれ……。おそらくお前は死の間際になってわしを恨むだろう。だがわしは許しは請わぬ、お前のために涙も流さぬ。恨むがよい……。

「最近リヒテンラーデ侯の事をしきりに思い出すようになった」
「……」
「生きている時は何とも目障りな老人だったが苦労していたのだろうな、我らを抑えてよく帝国を纏めていたものだ」
リッテンハイム侯に視線を向けた。侯は正面を向いて懐かしそうな表情をしている。見てはいけないものを見た様な気がした。正面に視線を戻した。

「……生きていれば、そう思うのかな、リッテンハイム侯」
「うむ」
「そうか……、死ぬなよ、侯。わしはそんな風に侯を思い出したくはない」
「……公も死ぬなよ、懐かしむのは一人で十分だ」
アマーリエに軍の事を報告しなければならんな。しかし、もう少しこうしていよう。何時か、二人でこの日の事を話せるはずだ、互いに苦笑を浮かべながら……。


 
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