なりたくないけどチートな勇者
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35*逆鱗に触れたようだ
「荒ぶる風よ!彼の者を吹き飛ばせ!!」
「この焔の矢でその心臓を射貫いてあげるわ!!」
「天の怒りの雷(いかずち)よ!罪深き者に神の裁きを!!」
はい、えーっとただ今自分、お城の裏側まで来ております。
そして周りではみなさん揃って魔法や矢やら……あ、剣ってそんな投げる物なの?
まぁそこらへんが雨霰、せわしなくそこら中から降り注いでおります。
しかも魔法が使えない方は武器をダイレクトに投げたり、魔力が無くなって力尽きた人がそこら中に倒れているくらいにカオスな状態になっております。
……いや、皆自分に向かってやってる訳と違うよ?
ただ、彼らが立ち向かっている強大な敵には攻撃が通らないのだ。
ぶっちゃけ、不自然にみんな逸れていく。
さてさて、その敵とは何かと言うとだ。
黒く雷を纏いながら渦巻く巨大で不気味な雲の下、巨大な翼を広げながら空中に浮いてる2次元と3次元の中間みたいなでっかいコマドリ……
まぁ、《地縛神 aslla piscu》です、はい。
実はさっき起きた後、食堂へ向かう途中で血相を変えたゼノアに出会い、何とかしてくれと頼まれたのだ。
なんでも、前回自分が出したまま放置していたところ、馬鹿(バリス)が挑もうとしたが全くもって攻撃が当たらず、それを見た周りの方々は『自分もちょっと…』とか思って攻撃を仕掛けたところ、まぁ当たらない訳よ。
そしたらみんな意地になって、この数日ここに我こそはって方々が集まり、何とか倒そうとしていた訳であります。
攻撃対象に出来ないのに、ご苦労様ですね。
だが、それだけならまだいい。
ぶっちゃけ、何とか倒せないかと画策した結果、やたらチームワークがととのって強くなった部隊もあるからむしろいい傾向なのだ。
だが、唯一にして最大の問題がある。
……逸れた攻撃が容赦なくお城を破壊してるのよね。
もう壁なんかないし、廊下まる見えだしの散々な状態である。
というかこれの壁は今日阿保(イノムさん)が放った一撃で一気に瓦解したとか。
……少しは考えろや。
まぁ、ようするにこれ以上の被害が出ないように地縛神を回収して欲しいという訳なのだが……
「ま、待って下さい!もう少し!せめて攻撃を当てるだけでも!」
「あと一日!お願いします!あと一日だけ待ってもらえませんか!!」
みなさんどうしてもコマドリ様を倒したいようで、二人の男女が自分を必死に止めているのだ。
……いや倒すとか、無理やろ。
「無理でしょう、攻撃当たらないし、何かまがり間違って当たったとしても攻撃力高いから返り討ちよ?」
自分は優しくこう諭すと、みなさんは納得せずにちょっとムッとしながら……あれ?
「……それは、私達がその程度だと言いたいのですか?」
は?
「いいでしょう、わかりました。なら今日一日であの怪鳥を確実に仕留めて見せましょう」
おーい。
「「その挑戦、受けて立ちます!!」」
「ちょっとまてぇい!!」
自分の心の叫びも虚しく、彼らは仲間のもとへと駆け出して自分からの挑戦を伝えはじめた。
「……ナルミ、まぁ……頑張れ」
「君はいったいどこに消えていたんだい?少しは助けろ」
目の前で雄叫んでいる兵士さん達を眺めながらいつのまにか現れた間抜け(ゼノア)に文句をいいつつ、頬をおもいっきり抓る事にする。
「いひゃいひはひ!はべべふへ!」
「なんつってんのかワカンネ」
そういって自分は手を離し、踵を反して城へと戻ろうとする。
そして途中である事を思い出す。
「あ、ゼノア、忘れてた」
「いつつ……な、なんだ?」
「いや、あいつ、死ぬ時多分周りのやつら道連れにしていくからなぁーって。大丈夫、あの雲を破壊すれば被害なく倒せるから」
そう言うとゼノアは顔を青くして、固まってしまった。
あ、なんか楽しい。
「つー訳で、見張りよろしく。自分はエリザの授業があるので」
「あ、ああ、わかった。雲だな、雲を……どうやって?」
ぶつぶつ言いながら数人を集めて作戦会議をするゼノアを残し、自分はエリザの部屋へと向かう。
まぁ、道連れってもただ気絶するように設定してたから問題はないだろう。
さぁ、この訳わかんね事になった原因にどんな嫌がらせをしてやろうか。
とりあえず、宿題は大量にだしてやろう。
後ろから聞こえる轟音をBGMに、心の狭い自分はなんともくだらない復讐を心に誓いながらエリザの部屋へと向かうのだった。
「あー!また壁が!!」
……やめときゃよかった、かな?
*************※☆
「う~む……やり過ぎたか?」
「そう言えばリムの種族って体温調整が苦手だったよーな気が……まぁ、生きてますし問題ないでしょう」
「そうだな、焦げてるだけだしな。という訳で、治癒室なら勝手に行ってもいいぞ。てゆーか行け、コゲ臭い」
「ひ、酷い……なんでこんな事に……」
あれ?
なんだこれ、眼が疲れてるのかな?
リム副隊長がエリザとミミリィ隊長に虐げられてボロ雑巾のように打ち捨てられてるように見えるのは気のせいか?
「お、ナルミ。そうか、今日は初授業だったな。ミミリィ、そこの塊を治癒室まで運んで行ってくれ。ナルミがいるから今なら何も問題ない」
「塊て、おい」
つい出てしまったそんな自分のツッコミも無視してミミリィ隊長はリム副隊長の襟を掴み、引きずりながら部屋を出ようとする。
「ちゃんと歩きなさい。ほら、全く……軽はずみな行動をするからこんな事になるんだから」
「うぅ……でもそう言いながらもミミリィは僕を見捨てないよね……やっぱり、なんだかんだ言ってもミミリィは優しいんだね」
「………バカ、リムが変な事すると私が恥ずかしいんだからしっかりしてよね」
そんな会話をしながらズルズルと廊下へ消える二人。
………うん、会話だけを聞けばほほえましいバカップル。
だが、実際は赤くなって照れるミミリィ隊長と、引きずられながらもしてやったりな顔をするリム副隊長という構図。
これは、主導権がまたリム副隊長に戻ったな。
しばらく呆然と扉を見つめていたところ、エリザがわかりやすく咳ばらいをしたので意識を現実に戻し、彼女に向き直る。
途端、エリザは物々しい雰囲気を醸しだして口を開いた。
「なぁ、ナルミ。授業の前に、少しいいか?」
「なんね?」
自分はこいつの意見・発言にロクな事があったためしがないので、ものっそい警戒しながら聞き返した。
すると、奴(きゃつ)は一回大きく息を吐き
「ナルミはシルバとこれからどう付き合うつもりなのだ?」
こいつはろくでもない気配がムンムンしますぜ、旦那。
**************∮☆
シルバちゃんとの付き合い方についてと切り出したエリザだったが、話しの内容は昨日ガルクさんが語ったエピソードと同じ内容だった。
まぁ、内容の解釈の違いは多大にあるが。
そして彼女は、とんでもなく素晴らしい提案をして下さりやがった。
「……と、言う訳なのだがどうだろう。私達も協力するから、ここはナルミも同じようにシルバを弱らせて瀕死の所をこう、サクッと」
「貴様は自分を人の道から外させたいのか?」
やる訳ないだろバカヤロー。
てゆーかそれをやった後の末路を自分は知っている。
何があってもあんな目にはあいたくない。
自分がエリザの意見を却下すると、彼女は困ったような顔をしながら
「む……ならどうする?このままでいいなら止めないが、さすがにいろいろと限界じゃないのか?……あー…その、今まで助長していた私が言うのもあれかもしれんが…その」
と、最後は段々と音量を小さくしながらぼそぼそ言っている。
なんかかわいそうになりながら、自分は彼女に
「ホントにね」
歯に衣着せぬトドメの一言。
クリティカルヒットしたらしく、激しくうなだれはじめたエリザ。
まぁこれくらい、おまえの今までにくらべりゃ訳ないべ。
とまぁそんな事は置いといて、シルバちゃんの今後である。
これはこの際だから話し合っとくべきだろう。
「で、シルバちゃんについてだけど……どうしよう?」
「どうしようって……さっきのがダメなら他のを考えるしかなかろう」
ごもっとも。
でも考えが思い付かない。
「つってもねぇ……」
なんかないかねぇ……あ!
「記憶を消すとか!」
「消してどうする。そしてどうやって消す……いや、ナルミならやりかねん」
ん?
「あり?魔法で記憶は消せないん?」
「特殊な道具があれば出来るらしいが、生憎私は持っていない」
「でもリリスさんは片手翳しただけで記憶消してたよ?この眼で見た」
自分がそう言うと、エリザは目を丸く見開いて
「ちょ!それは本当か!?そんな魔法があれば間違いなく国家機密の仲間入りだぞ!!」
……え~。
「まじで?」
「まじだ!さっそくリリスさんに確認をしなければ……装飾品型の魔法具だとしても、忘却の魔法が使えてしかも身につけられる程小さなモノなど、聞いた事がない」
「普通はどれくらいの大きさ?」
「私が知ってる最小のモノで、ナルミを縦に二つ繋げた位の長さを持つ杖だな。ちなみに最大でこの部屋三つ分の巨大な石版だ」
わぁお、デカすぎ。
「……なんか、いろいろと規格外だな」
「ああ……まぁこれは後でいい。なにせリリスさんだ。ガルクさんが城にいる限り逃げる事はないだろう。それより今はシルバについてだ」
「だね……じゃあ…どうしよう」
「それを今話し合うために私がここにいるんだろう」
あれ、ちょっとまて。
いつものこいつの性格からしたら、今のこいつは明らかに異常だ。
まさか……
「なぁ、おまえさ」
「ん?なんだ?」
「……授業サボりたいだけじゃないのか?」
自分がこう疑ってしまった事を誰が責めれようか、いや責めれない。
ただエリザにとっては『サボる』という言葉の意味がわからなかったようで、キョトンとしている。
小首を傾げる姿に少し萌えつつも、サボるの意味と今のエリザの明らかな異常性というか、今までの自分のエリザに対する評価の低さと今のまとも過ぎるエリザの違いをきっちりと教えてあげた。
いろいろと変な百面相をしながらも真面目に聞いてるエリザに対し、親切丁寧に教えてあげてる自分はきっと先生としては正しい姿なのだろう。
自分なら絶対こんな先生に教わりたくないけど。
************‥☆
その後しばらくエリザと話し合った結果、以下の事が決まるまでに至った。
一つ、極力甘やかさずに今までより厳しくする。
一つ、仕事の時等は何が何でもおとなしくさせる。
一つ、とりあえずおとなしくなってくれるよう頼んでみる。
一つ、ぶっちゃけ頼んでダメなら究極は外道案(最初のエリザ案)を採用する。
……うん、いろいろとダメなのはわかっている。
だけどね、自分達の脆弱な頭ではこれ以外のいい案が見つからなかったんだ。
とまぁ、そんな感じに方針も決まった所で、やっとこさ今日の授業へと入る事が出来た訳ですよ。
んで、ただ今エリザさんは自分による基礎の基礎、単位やら有効数字やらの説明をめっさ真面目に聞いております。
何でも、あまりに自分の中でエリザの評価が低過ぎたから見返してやるんだと。
うん、頑張って。
あんまり興味ないけど。
でもまぁ理由がなんにせよ、生徒が真面目に授業を受けてくれるって事は先生にとっちゃ大変楽な事なのですよ。
もとの世界ではもうちょっと真面目に寝ないで授業を受けてた方がよかったかな、なんてちょっぴり後悔もしつつ、何事もなくこのまま授業が終わる……
なーんて、そうは問屋がおろす訳ないですよね。
「んじゃあ755000を有効数字2桁でやってみて」
「んーと、7.5だから……7.5と10の5乗だ」
「あー惜しい。5の前にもいっこ5があるべ、だからくりあが「せーんせ!えいっ!」ふべらっ!!」
簡潔に言おう。
シルバちゃんの抱き着きタックルによる奇襲を受けた自分は机の角に腹を強打して奇声を発するはめになったのだ。
いかに体が丈夫になろうと、人が二人分の体重をただの一点で受けたなら、それはかなりなダメージになるのである。
まぁ何が言いたいかってーとだ。
「……ナルミ、生きてるか?」
「……か、かろうじて……」
腹を抱えて悶絶する事になったのである。
そしてうずくまっている自分の背中では、シルバちゃんがスリスリしながら
「うりゅ~、せんせー。昨日は寂しかったんですよ~。いくら待っても帰ってこなくて心配だったんですからね」
そう言ってウリウリと自分の背中にのの字を書くように指をクリクリ動かしている。
なんかこそばゆい。
「でもでも!セブルが言うには先生はお父様に私との関係を認めてもらって!これからの結婚生活をどう過ごしたらいいかという助言をしてもらうために私の家に行ってたから帰ってこなかったんですよね!!私もうそれを聞いた時は嬉しくて……もぅ、優しい旦那様。私はあなたに一生を捧げますわ」
……セブルさんよ、何故にそんなウソをつく?
シルバちゃんを自分(馬の骨)なんかに渡さないんじゃなかったのかい?
そして最後のフレーズ、つい最近聞いた事あんぞ。
さすが母娘だ。
頭の片隅でそんな事を考えながらうずくまっていると、段々と痛みも引いてきたので何とか張り付くシルバちゃんをよけて立ち上がる。
そして、意を決してさっき決めた事を実行……
「シルバちゃん、自分は今仕事中なんだ。だからそう言うのはやめてくれないかな?」
……できんかった。
いや、半分くらいなら出来た気もするが、後ろからエリザの声で聞こえた『意気地無し』という言葉は空耳ではないだろう。
えーえーそうですよ。
よけた時点でもはやウルウルし始める彼女に『ヤンデレ自重しなさい』なんて言う根性自分にはないですよ。
いくらでも罵るがいいわ。
とか考えながらもしっかりいつでも身を護れるようにしておくのは忘れない。
なにせ相手はヤンデレだ、いつこの前みたくなるかわかったもんじゃない。
エリザに至ってはもはや自分から一番離れた所まで逃避している始末だ。
と、ここでシルバちゃんが右足から一歩近付いてきて、それを見た自分は少しビビりながらもそこを動かず彼女の動向を伺うように彼女を見る。
だが、攻撃がくるかと思っていた自分の予想は、次の彼女の発言で間違いだという事に気付かされた。
「……やだ…」
ん?
「いやだいやだいやだいやだいやだ!離れたくないよ!何でもしますから!お願いですから捨てないで!そんな眼で見ないで!悪い事したなら謝るから!どんな罰でも受けますから!だから私を捨てないで!あなたがいなくちゃ私…わたし……やだ……いやだあぁぁぁぁ!!」
そう一気に叫びながら彼女は自分の足にしがみつき、号泣しながら縋り付いてきた。
おもいっきり引っ張ったりしてるので、ガックンガックンと視界が揺れる。
……何があった。
いや、いつかはこんな感じになるのは覚悟していたが、いくらなんでも早過ぎる。
一体なぜ……。
「し、シルバちゃん落ち着いて!何でそんないきなり……」
「ふぇっ……えぐっ……ぜ、ぜんぜいがづめたぐで……おがあざまだぢのおはなじで……ぎらわれで……ぐずっ…やだ…なんで…もじまずがら……いっじょに、いざぜでくだざい……おねがいでずがら……」
つまり昨日の話で聞いた王妃様達の状況と今のシルバちゃんの状況を重ねてしまった訳ね。
なんとまぁ……どうやって?
でもこれはある意味チャンスじゃないか?
自分は彼女の手をとり、膝をついてしゃがみシルバちゃんと目線の高さを同じにする。
そして涙でくしゃくしゃになった彼女の頬へと右手をあて、なるべく優しい口調でこうのべた。
「わかった、大丈夫だよ。君を捨てるなんて事自分はしない。ただもうちょっと甘えるにしても周りを見て、状況を考えてやってくれると嬉しいな。今みたいに仕事をしている時とかね。出来るかい?」
顔から火が出るくらい……てか核爆発が起きるくらい恥ずかしかった。
もう絶対顔真っ赤だよ。
そしてエリザ、なんだその口笛は。
あとで覚えてろよ。
自分が言い終わると、シルバちゃんはなにか光を見つけたような眼で自分を見据え、まだ鳴咽のおさまらない口調で静かに口を開いた。
「ひく…ぞれで……許してぐれまずが?」
「ああ、保証する」
「ぐずっ……あぁぁぁん!!」
自分の言葉を聞いた彼女は、今度は自分の胸に泣きながら飛び込んできた。
自分はせんせーせんせー言いながら自分の胸に顔をあて、服を嬉し涙で濡らしてくれる彼女に少し困りながらもそっと頭を撫でながら、優しく背中を叩いてやる。
まぁ、今の状況ならこれくらいしかたないかな……
そう思いながらシルバちゃんを宥めてると、段々と泣き声も小さくなり、落ち着いてきたようなので安心している時、いきなり視界が激しく動いた。
「ちょっ!?なにんんっ!?んぬ!?」
「はぁ……んっ…せん、せぇ……はむっ……んん……」
「やった……ついに……」
……なにがおこったかと言うと、シルバちゃんに押し倒されて彼女の舌が自分の咥内へと侵攻してきたのである。
ちなみに押し倒される途中、自分は屋根裏からのぞき見をしている数人の影を確認した。
なんか自分の使用人とかになってる彼らである。
あいつら、気配もクソもかなぐり捨てて全力で喜んでやがる。
てか声まで出して、正直イラッときた。
もちろん自分も無抵抗でいるはずもなく、全力で引きはがそうとするが、なかなかどうして動かない。
むしろ一層きつく吸着してくる次第である。
自分がしばらくジタバタしていると、彼女は気がすんだようでやっと口を離してくれた。
まぁ馬乗りに乗られているのには変わりないが……そんな事より
「……シルバちゃん、早速約束を破るのはどういった了見かな?」
しょーじきこれは予想外。
まさかいきなし約束破られるとは、ぶっちゃけ裏切られた感がかなりある。
「今は自分は仕事中だし、何よりエリザの、姫様の部屋だ。こーゆー事をする時でも場所でもない」
イライラを隠さない口調で自分が言うと、彼女はもじもじしながら
「だって……先生が抱きしめてくれましたし……私といつまでも一緒にいてくれると言ってくれましたし……それに……」
シルバちゃんは再び自分に抱き着いてきて、うっとりするように、こう言った。
「皆が、こうやったら先生は喜ぶから、なにかあったら遠慮なくやったらいいって前に教えてくれて……誰かがいる時に見せ付けるようにやると先生が他人に取られないようになるし、その方が先生もより喜ぶって……」
そう言ってシルバちゃんは部屋の隅にいるエリザをいたずらっぽくちらりと見た。
そして再び自分に向き直り、満面の笑みで
「それに私、約束より許してもらったのが嬉しくて!ごめんなさい先生」
もうやられたよ、この笑顔に。
背景にお花が舞う勢いで全身から喜びを放出させてるその姿は、まさに満開の桜のような華やかさをかもしだしている。
その輝く笑顔に、自分の心はもう見事なまでにテクニカルノックアウトされてしまった。
だからつい叫んじゃったのよね。
「正座ぁ!!」
もうこれ以上は堪忍ならん。
嬉しくてやったから許されるとでも思っとんのか?
しかも悪びれる様子もなく笑顔全開とか、なめんなや。
「天井裏とか、隠れてる奴らも!5秒以内に全員出てこい!!さもなくば……わかってるよなぁ」
びっくりしているシルバちゃんを押しのけ、立ち上がりながら自分は声を張り上げながら屋根裏の住人に声をかける。
すると奴らは天井やら壁やらからいそいそと、血相変えて現れてきた。
その数14人。
なんともまぁ多い事で。
だからって許す訳じゃあないけどねぇ。
「とりあえず君達全員、正座ね」
「あ、あのせんせ「座れつってんだよ!」ひうっ!!」
シルバちゃんがなんか言おうとするのを怒声で遮り、今にも泣きそうな彼女を無理矢理座らせた。
それに伴い、他の奴らもみんな同じように座ったので、あらためてお話しを開始する。
「さぁ君達、何か言たい事はあるかい?」
自分は朗らかに笑いながら、目の前に座る15人に優しく語りかける。
すると、今にも泣きそうな顔をしながらシルバちゃんがプルプルふるえる手をゆっくりとあげて、質問してきた。
「あ、あの…先生はなんでそんなに怒っているんですか?」
目に涙をためながらの発言は、いろいろとクルものがあるのだが、今の自分にそんな事を構ってなどいられない。
「わからないのかい?君が自分の約束を守らない最低な生き物だからだよ」
自分が親切丁寧に教えてあげると、彼女はとうとう溜めてた涙を一気に放出して泣いてしまった。
すると、後ろにいた人達の中の一人、リーダー的な存在である子供が
「ちょっ!ご主人様それは言い過ぎです!」
とか叫びはじめた。
これにはさすがにカチンときた。
そして奴が次に放った言葉が
「これでは奥様がかわいそうです!奥様の気持ちも考えてください!!」
もうこれで自分がいままで溜めに溜めてた鬱憤が、カルデラ湖を造る勢いで一気に爆発した。
「ふざけたこといってんじゃねぇよクソガキが!奥様の気持ちも考えて下さいだぁ!?じゃあ聞くがお前らはどうなんだよ!彼女にいろいろ吹き込んで!自分の迷惑考えてんのか!?考えてねぇだろ!自分がどんだけ恥ずかしかったかとか!考えた事あんのか!?えぇ!?よくそんな事言えるよな!今のこの状況も!半分お前らが蒔いた種なんだよ!こいつがかわいそうだからなんだ!こーいうのには躾が大事なんだよ!!」
一気にまくし立てた結果、数名が泣き出す事になったがそれでも構わず今度は泣いているシルバちゃんを見下し
「君も君で、迷惑なんだよ!確かに好意を向けてくれる事は嬉しいが、それを押し付けないでくれ!毎日毎日毎日毎日!人目も憚らず!自分の意見も聞かずに話を進めて!自分勝手にも程がある!君も自分の気持ちを考えろ!家畜じゃないんだからそんくらいの頭はあんだろ!?」
肩で息をしながらも、言いたい事は言い切った。
大分短くしたが、これは自分の魂の叫びとして受け取ってもらってかまわない。
とりあえず言い終わって疲れてれ自分に、シルバちゃんは本格的に声をあげて泣きながら、さっきと同じように再び自分の足を掴んできた。
そして
「ご、ごめっ…ごめんな……ざ…ごめんなざい……」
必死に頭を下げて謝ってきた。
だが自分はその手を払い、部屋を出るため扉へ向かう。
ここまでいったなら、今日一日はきっちり反省してもらいましょう。
そして最後に、見捨てられたかのような絶望の表情を浮かべる彼女に向かい、自分は一言、トドメを刺す。
「とりあえず、今の君とは結婚なんてしたくはないから」
そう吐き捨て、扉を閉める。
すると中から
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シルバちゃんのとてつもない叫びが聞こえてきた。
まるで目の前で家族が全員惨殺されたかのような、悲痛な叫びだ。
「……あいつ………と、ナルミ。あれはちょっとどうかと思うんだが……」
エリザ先に部屋から出ていたようで、自分が出てきた途端に話しかけてきた。
何か思う所があるらしく、複雑な顔をしている。
「大丈夫。手を払う時に、自殺防止のため全能の真球をセロテープで腕にはっつけた。素材はBB弾だが、まぁ大丈夫だろ。万能属性以外無効だし」
「いやそうでなくて……全能の真球がなにかは気になるがそうではなくてだな……シルバ達を追い詰めすぎではないか?」
………
「しょーじきやり過ぎたかなって後悔がひしひしと……」
「だろうな……生き物とか躾とか、半分家畜扱いだしな」
「……でも、これで変わってくれるハズ。……うん、多分。そうじゃなけりゃあ自分、もう何すんのかわからないよ」
実際これはやった後に後悔と罪悪感が津波になって押し寄せてきた。
だが、自分の気持ち的にはだからといって怒りが収まる訳でもなく、怒りながら後悔するというなをとも器用な感情である。
そんな自分に追い撃ちをかけるように、エリザが言いにくそうに
「あ~、それとナルミ。非常にまずい事がある」
「……なんね」
「………使用人の少女がな…一部始終を聞いていた」
「………は?」
***************∂☆
つまり、かい摘まんで言うとだ。
自分がキレた途端に真っ先に部屋を脱出したエリザは、扉に耳をあてて中の様子を伺っていると、そこを通り掛かったメイドさんがいつの間にやら一緒に盗み聞きをしていたと言う事だ。
エリザが気づいた時にはもう自分が出てくる直前で、彼女はエリザが声をかける間もなく即座にダッシュでどこかに消えたと。
……これは、明日には城中に話が行き渡るな。
いろいろ終わった。
「……まぁ、元気出せ」
「…………エリザに励まされるとか…終わった、なにもかも」
「おいこらナルミコノヤロウ」
オーアールゼットな感じにうなだれてると、エリザに叩かれた。
「痛い、やめろ。ギリギリの所であれに巻き込まれなかったからって、調子のんなや」
「うっ……まぁあと一日遅かったら私もあの中に混ざっていたしな……」
そういいながら顔を引き攣らせながら、エリザは後ずさって自分から少しづつ離れていった。
「……なぜに離れる?」
「いや……まだやっぱり危険かなぁ~なんて……」
………
しばしの沈黙。
そして
「邪ぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃ!」
あ、たのしい。
エリザがアクセル全開で逃げてったけど、その姿がなんかたのし。
とまぁ、いつの間にやら怒りも収まっていた時、自分は後ろから声をかけられた。
「ずいぶんとエリザ姫様と仲が良いようですね、ナルミ様」
その声は、液体窒素よりも冷たく、殺気なんて生温いものではない、もっと禍々しい感情が込められた恐ろしいものだった。
油の切れたブリキ人形の如く首を後ろに回すと、そこにいたのは明らかな怒気と侮蔑を孕んだ目をしたダンディー執事、セブルさんが背筋を伸ばしてこちらを見据えていた。
「お嬢様を泣かせ、そのくせ自分は次の女に手を出すとは……まさに男の風上にも置けませんね」
「……べ、別に手を出した訳じゃないですよ」
やばい、変な汗が出てきた。
「お嬢様を泣かせた、については弁明しないのですね」
言い訳したい、めっちゃしたいけど……したら絶対殺される。
「それは事実ですが「なら、私も約束を守らねばなりませんな」……約束?」
やばいやばい。
汗がとまんねぇ。
「はい、約束でございます。はじめ、私は言ったハズです」
やばいやばいやばい。
このままでは脱水症状で死ぬのが先か殺されるのが先か。
「お嬢様が不幸になるなら、私があなたを消しに掛かると」
彼はそう言うと両手を広げ、宙に浮きはじめた。
すると彼の全身は強烈な光で包まれたが、しばらくしたら光は消えた。
そしてそこにいたのは
「我が名はセブル。セブルーデル・レーゼン・ブルム・ウェングル。夢と記憶、そして心を司る種族、心王種(ハーツ)の末裔なり」
四枚の虹色に輝く翼を持った、風になびく銀髪の長髪の隙間から悪魔っぽい角を覗かせる、やたらと凛々しいキレ眼の20歳くらいの美青年が降臨ていた。
「なぁぁぁぁぁぁ!!」
自分が茫然と彼の姿を見ていると、後ろから聞き慣れたエリザの叫び声が聞こえたので、ついそちらを振り向いてしまった。
「は、ははは、心王種(ハーツ)だと!?お、お伽話のなかの種族じゃないのか!?
「……そんなにすごいん?」
「すごいも何も!人間や混沌種(カオス)に並ぶ伝説の3種族の一つだぞ!?」
………え~
伝説の3種族て……ポケモン?
きっと彼はサンダーで、もいっこはファイアーだな。
そして自分はフリーター、なんちゃって。
……現実逃避はやめよう。
「さぁ人間種のハセガワ・ナルミよ。我が力の全てを尽くしてその存在、塵にしてくれるわ!!」
そう言いながら彼はいつの間にやら取り出した、これまた虹色の両刃の剣の先から、無数の炎の矢を……矢を……
なにこれミサイル?
「されてたまるか!その幻想をぶち壊す!!」
もう全力で受け止めたよ。
あれが一個でも何かにぶつかったら、大惨事だ。
イマジンブレイカー様々だよ。
「やはり噂は伊達ではなかったようだな。しかし、夢を司る心王種(ハーツ)に対して『幻想をぶち壊す』とは……おもしろい!なら我が幻想を打ち砕いてみよ!!」
「ちょっ!誤解!そんな挑戦した覚えないから!!」
こうして、自分とセブルさんによる伝説のポケ……違った、伝説の種族対決が自分の抗議も虚しく開始されてしてしまったのである。
ちなみに後から聞いたらエリザはこの時、めっちゃワクワクして心が躍ったらしい。
なんかとっても恨めしい。
…………しかし。
このイマジンブレイカー、まさか忠実に幸運まで破壊とかしてないよね?
いくらヘッポコ神様でも、さすがにそこは………
あれ、なんだろう。
神様からの幸運がイマジンブレイカーに負けてると断言できる自分がいるぞ。
………今度から、イマジンブレイカー封印して支配者の右手だけにしとこ。
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