薬剤師
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第三章
第三章
「あのね、メンゴーネ君」
「はい」
「天使は何処にいるんだい?」
「天国ですよ」
あくまでぶしつけな態度を徹底させている、
「そこに行かれることをお勧めします」
「いやいや、僕は天国に行くのはまだまだ先でね」
「今すぐに行っても誰も困りませんけれど」
「何を言うんだい、僕はね」
まだ言う彼だった。
「グリエッタに会いに来たんだよ」
「誰か私を呼んだ?」
ここで黒い髪を後ろで束ねた少女が出て来た。小柄で少しふっくらとしている。目が大きく顔はやや丸い。身体は太めだがそこに艶がある。特徴的なのはその目で上半分と下半分の色が違っていた。上は明るく下は暗い鳶色になっているのである。その少女が出て来たのだ。服は見事な黄色い服である。ワンピースで丈の長いスカートである。
「あら、ヴォルピーノさん」
「ああ、僕の天使よ」
ヴォルピーノは少女の姿を見てかしづくようにしてきた。
「ようこそ、僕の前に」
「ここは私の家ですけれど」
「僕の前に出て来たことが一番嬉しいんだ」
「そうなんですか」
少女も実に素っ気無い態度である。
「それでお薬は」
「そう、グリエッタ」
ここで彼女の名前を呼ぶのだった。
「僕はね」
「ええ。お薬ですね」
「今度パスタでも食べに行かないかい?」
「それなら買い置きがありますから」
やはり素っ気無いグリエッタだった。
「別に」
「ナポリ産のね。最高のパスタのお店がね」
「最近じゃミラノでも手に入りますし」
「そう、あのチーズをやっぷりとまぶしたパスタがね」
当時スパゲティはそうやって食べていたのだ。茹でたパスタにチーズをまぶしてそれを手掴みで食べていたのである。フォークは使わなかったのだ。
「最高に美味しいよね」
「はい、私も好きです」
「だから今度ね」
「お薬ですよね」
ヴォルピーノが何故ここに来ているのかはもう言うまでもなかった。
「それで」
「ああ、それはね」
「はい、どうぞ」
ここでメンゴーネが木箱に入れた薬を出してそれを彼に差し出してきた。
「これを」
「ああ、うん」
薬を突き出されてまずは受け取るしかなかった。だがそれで終わるヴォルピーノではなかった。
「それでグリエッタ」
「はい、もうお帰りですよね」
「いや、僕はまだね」
「お家の方が心配されていますよ」
つれない声で彼に言うだけだった。
「さあ、お帰りなさい」
「やれやれ、また来るよ」
「お薬だけ買ってもらったらいいです」
こう返すだけのグリエッタだった。
「じゃあまた」
「僕は決して諦めないよ」
勝手にこんなことを言うヴォルピーノだった。
「そう、何があってもね」
「お帰りはあちらです」
そんな彼の言葉は一切聞かずに返すグリエッタだった。
「それじゃあ」
「また明日来るよ」
どうやら懲りるということが頭の中に全く入っていないヴォルピーノは平然としてグリエッタに一礼してそれから去る。騒がしい人間が消えると残ったのは二人だけだった。
「グリエッタ」
「メンゴーネ」
微笑を浮かべて見合う二人だった。
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