ソードアート・オンライン 舞えない黒蝶のバレリーナ (現在修正中)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一部 ―愚者よ、後ろを振り返ってはならない
第1章
プロローグ
昔むかしあるところに、黒い翅を持つ美しい蝶がおりました。
その蝶が舞う姿は大変優雅で、可憐で、誰からも愛されている存在でした。
しかし、その右の翅は根本からそがれ、左の翅は使いものにならなくされてしまいました。
そのため、蝶は、二度と舞うことが出来なくなってしまったのです。
すると途端に、蝶のことをある者は避け、またある者は見向きもしなくなりました。
蝶は嘆き、悲しみ、痛みに苦しみながら、生きることをやめました。
――――――――――――――――
悲しいのなら、苦しいのなら、何も感じないようにすればいい。
もうどうしようもないのなら、忘れてしまえばいい。
狂った歯車は、心は、戻らない。
忘れろ。忘れろ。忘れろ。
――――……そう、何度も、何度も願っているのに。
どうしても忘れられない。考えてしまう。
だって、今でも好きだと自分自身が訴えているから。
好きなもの程、嫌いになろうとするのはつらいし、苦しい。
“そこ”へ戻りたい。
……戻りたい。戻りたい。戻りたい――――……!!
…………。
……あぁ、いくら願ったって“無駄”なのに。
もう、壊れてしまったんだ。
戻れないなんて、自分自身がよく理解していることのはずなのに。
いくら泣いたって、楽しかったあの日は、輝いていたあの場所は、もう存在しない。
それを認識してしまっているからこそ、思い出すたび叫んでしまいそうになる。
――――……そうだ。
ぜんぶ、捨ててしまえばいい。
気持ちも、思い出も、何もかも。
そうしないと、私は壊れてしまうだろうから。
理想と幻想と現実の狭間で、粉々に砕けてしまうから。
羽がもげた蝶は、もう舞うどころか、生きることさえ出来ないのだから。
――――存在出来る場所はもう、ないのだから。
捨てろ。
捨てろ。捨てろ――――……!!
影も形も無くなってしまうまで。
存在していたことすら、忘れてしまうまで。
底が存在し得ない奈落に、残さず捨てろ。
喜びも。
悲しみも。
苦しみも。
……怒りさえ。
ぜんぶ、全部、一緒に。
輝いていたものは、すべて。
これらは、私が持つことが許されなくなったものだから。
――――――――――――――――
……真っ暗な世界。
突き刺さるほど冷たくて、皮膚がめくれる程熱くて、……けれど何も存在していない虚空。
ただひたすらに、黒で塗りつぶされた世界。
……あぁ、落ち着く。
もう、何者にも干渉されない。害されない。……視られない。
自分自身でさえ、己の姿が視えない、わからない。
きっと私は、“心”も捨ててしまったから。私は血が通っていない化け物になってしまったから。
だから、もう、やめて。
暗く、冷たい、その癖地獄の炎のように熱い、……そんな闇だけが広がる空間で、誰かが泣き叫んでいる。
延々と、泣き続けている。
声だってもう枯れているのに、“心”だけ叫んでいる。
それは、ひどく私を不快にさせるもので。
ただそれだけが、落ち着くこの空間で唯一いつまでも逆らっていて。
ただ、泣いている。
それだけ、……のはずなのに。
もう声は出ていなくても、やけに響く。干渉される。乱される。
……うるさい。だまれ。やめろ。
やめろ!!
もう、何もかもが“無駄”なんだ。……“無駄”なんだよ。
それくらい、あなただって、分かっているはずでしょう――――!?
ページ上へ戻る