ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
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Episode1 花付き
《聞き耳》を取った理由は至極単純だ。自分のアバターの音の聞こえ方に違和感があったから。
現実世界で、俺は人より少し耳がよかった。
…と言っても、昼休みの騒がしい中放送の音を聞き分けられたり、後ろから忍び寄って来るバカの上靴が床と擦れる音が聞こえたりとどれもこれもぱっとしないのだが…。
そのことが関係あるのかないのか、全く定かではないがこの世界にログインしたとき、周りの音がなんとなく『遠く』聴こえた。ぼやけて聴こえた、といってもいいかもしれない。
まぁ、その問題は初期の二つのスロットの二つ目を《聞き耳》で埋めたことで解決されたわけだ。だから、後悔はしていない…はずだ。ただ、今でもたまに聞こえる声は
『聞き耳?はっ、気味悪いスキル取ってんじゃねーよ』
嘲るようになじった後、俺に背を向け立ち去った誰か。行きずりでパーティーを組み、そこそこ気も合ったこの世界初めての知り合いの声。…そういえば、名前も聞いてなかったのか。
別にいい、さっきの少女同様もう会うこともない。
「おい、カイト!ぼけっとしてねぇで周り見ろ、おめぇの左!」
「…あっ!?おぉっと!」
あまり嬉しくない思い出に浸っていたせいでクラインの声に気付くのが少し遅れた。左から接近していたネペントを意識したときには、すでにネペントの口から薄緑の腐食液が吐き出されていた。
一瞬遅れで動き出した俺の左腕に腐食液が直撃した。火にかけた鍋の表面を直に触ってしまったような微妙な熱感とともにHPが1割弱削れる。革コートの袖がごっそりなくなり、飛沫が飛び散ったあちらこちらに穴が空く。
だが、それより何より厄介なのは腐食液の粘性によって行動が阻害されること。
「ちっ…」
全身にかぶった訳でもないのに動きがノロノロと鈍足になる。俺をターゲットにしたネペントが蔦を振り上げた。
レベル差を考え、多少のダメージを覚悟した俺の横をクラインが擦り抜ける。
「せえぇい!」
スカァーン、という音が響きネペントのツタが俺の鼻先で砕けた。
「大丈夫か!?」
「あぁ、助かったよ」
「気にすんな!それよりどうだ?まだ出そうにないか?」
クラインの言葉にとりあえず周りを見回してみる。だがまぁ、そんなことしたところで俺のリアルラックを考慮すれば…見つかるわけ……
「カイトのおかげで俺達もいい感じにレベル上がってんだけどよ。おらぁ、そろそろ腹が限界で…」
いや、今日に限ればすでに実付きを見てしまったわけでいつにも増して確率は低いはず…だったのだが。
「おい、クライン。飯おごるからここでちょっと待ってろ!」
「は!?おい、カイト!」
その瞬間はひどくあっさり訪れた。《索敵》のない俺でぎりぎり視認出来るか出来ないかの距離、ぼんやりとしたその輪郭へ考える間もなく駆け出した。
そして、徐々にはっきりするその姿を見て拳を握り締めた。そいつは、頭上に大きな『花』を咲かせたネペントだった。
「~~!うしっ!!」
声にならない歓声を上げながら剣を引き絞る。前述したようにネペントは視覚でターゲットを取るモンスターでないためにバックアタックは通用しない。それを証拠にさっきまで俺に背を向けていたネペントがこっちを向いて――
「…なんだ?」
そう密かに呟いてしまったのは、こちらを向きかけていたネペントが中途半端な角度で躯の回転を止めたからだ。あれじゃまるで戸惑っているような…双方からの攻撃、どちらに向かえばいいのかを。
「見ぃつけた」
俺の耳にその言葉が届いたとき、ネペントとの距離はすでに攻撃が届くほどになっていた。だから、俺はすでに《ホリゾンタル》を発動させていた。
…そして、ネペントの向こう側でも別のスキルエフェクトが発生していた。次の瞬間――
ガァンとも、バァンとも形容しがたい炸裂音がし、俺の《ホリゾンタル》に垂直に『誰か』の《バーチカル》が直撃した。
「ぐっ!?」
スキル同士の衝突点から凄まじい衝撃波が起こり、念願の『花付き』ネペントは呆気なく消滅。俺も軽く吹っ飛び地面に尻餅をつく。
「おい、すげぇ音したけど大丈夫か」
慌てて駆け付けたクラインが心配して声をかけてくれるが、俺は目の前の二つのスキルが巻き起こした砂埃が収まるのを待つので精一杯だった。
そして、待つこと数秒一人のプレイヤーの姿が見えた。
「誰だ?僕の獲物を横取りしようとしたのは?」
不満げながらも綺麗に通るアルトな声。やけに長い手足に華奢な胴体。高い鼻を中心に綺麗に整った顔。…プライドが高そうな目つき。
そして、シルバーの長い髪を掻き上げたその性別不明のプレイヤーは抜き身のままの剣を真っすぐに俺に向けた。
「お前、この僕の邪魔をして……殺られる覚悟は出来てるかい?」
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