失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第十四話「チーム戦」
前書き
ここまでが以前ハーメルンで投稿していた話になります。
「……朝、か……」
何やら懐かしい夢を見たような気がする。今ではもう思い出せないが、懐かしい夢を。
脳裏にこびりつく微睡を瞬きすることで彼方へと追いやり、意識を覚醒させる。修行の一環で寝起きの襲撃対策として瞬時に意識を覚醒できるようにしてある。これも修業の賜物だ。
――今日の午前授業はチームの対抗戦か。そこはかとなく不安が過るな……。
現在のチームは俺とクレアの二人だけだ。どういったチームが相手となるか分からないが数的に不利なのは確かだろう。加えて――、
「……クレアの協調性、か」
猪突猛進型というか、自分の道はたとえ進路上に障害があっても全力で突き進むというか。あまりチーム戦というのに適していない戦い方をするワンマンタイプだ。俺から合わせないと酷い試合になるかもしれないな。
――まあ、今まで一人で戦ってきたのだから、致し方ないと言えば致し方ないか。
取りあえず起きようと身体を起こそうとした時だった。
――? 重い……?
胸の上に何かが乗っかっているような、そんな重みを感じた。
シーツを捲ってみると、そこには――、
「なぜいる、エスト……」
俺の胸の上寝そべっている契約精霊の姿があった。いつもの無表情で紫紺の目は俺を見つめている。
「ようやく起きましたか、リシャルト」
のそっと身体を起こすエスト。その姿に俺の目が細まる。
腹の上に馬乗りになった剣精霊はニーソックス以外を身に付けていなかった。雪のような白い肌を外気に晒している。銀色の髪と俺の胸に置いた手が辛うじて局部を隠していた。そう、辛うじて……。
「エスト……」
「はい、リシャルト」
無垢な瞳でこちらを見下ろす契約精霊に俺は一言、
「服を着なさい」
とだけ口にした。
† † †
登校時刻までまだ一時間ほど余裕があったため、俺はエストを布団の上に正座させ、同じく俺も正座をして説教をしていた。もちろん、いつもの制服姿に着替えてもらってだ。
「いいですか、エスト。布団にもぐり込んでくるのは、まあ良しとしましょう。怖い夢を見た妹もよく俺の布団にもぐり込んできたものです。ただ――そう、ただ、全裸で潜り込むのは止めなさい」
「全裸ではありません、リシャルト。ちゃんとニーソックスをはいています」
「言い訳無用。ニーソックスをはいていようがいまいが、露出の度合いに大差はありません。中にはそれが良いという特殊な性癖を持った人種もいますが、あなたの主は違います」
それを聞いたエスト無表情で膝をもじもじとさせた。
「ニーソを脱いでほしいのですか? リシャルトのえっち……」
「違います」
なぜそこで恥ずかしがるのかがわからない。羞恥心を感じるポイントは精霊と人間ではやはり違うのだろうか。どうやらこの剣精霊にとって素足を見せるのは、物凄く恥ずかしいことらしい。
「とにかく、今後は服を着て寝るように。人前で肌を晒すのは恥ずべき行為だと学習しなさい」
「了解しました、リシャルト」
「よろしい」
エストは不満そうにしながらも、素直に頷く。なんだかんだと素直な子なのだ。
やれやれと、説教タイムを終えてそろそろ支度をしようかと思った時だった。
――ちゅっ。
「――」
完全な不意打ち。まったく避けることが出来なかった。
キスされたと認識した俺は顔に血が上って行くのを感じながら、なんとか口を開く。
「…………エスト?」
「目覚めのキスです、リシャルト」
「――よろしい、説教タイムだ。その前に、なぜキスを……?」
無表情に答えるエストに込み上げる怒りを堪えながら一応理由を尋ねると、予想外な答えが返ってきた。
「ズルいです、不公平です。クレアだけなのですか? 私とはしてくれないのですか?」
「なに? 一体何の――」
ふと脳裏に過ったのはつい最近の出来事。クレアが自分を見失い、契約精霊のスカーレットが暴走した時のことだ。確かにあの時、クレアは――
「……まさか、見ていたのか?」
「はい。私もあそこにいましたから」
「ああ、そういえばそうだったな……」
ガリガリっと頭を掻いた俺はどうしたものかと考える。あの時のクレアのアレは、本人はお礼だと言っていたし事実その通りなのだろう。エストがここまで強情になる理由はないはずだが。
――嫉妬? いや、エストにそういった考えがあるとは思えないし、仮にあってもそんな空気ではない。なら、犬が主を取られたと思うあれか? 自分の主は自分だけのものだという一種の独占欲? それも違う気がする……。
首をひねっているとエストが髪をそっとかきあげた。
「口づけは精霊契約の正式な儀式だと聞きます。ですので、エストも」
目を閉じ唇を尖らせて上を向く。
「待て、それは早計ではないか? 他にも契約方法があるはずでは――」
「私はこの方法しか知りません。私はリシャルトの契約精霊なのですから、正式な手順を踏むべきです」
「いや、その理屈はおかしいぞ!」
だんだんと近づいてくる唇。俺も健全な男子だし、生前からエストの事は気に入っていた。ここまで気を許してくれて嬉しくないはずがない。正直な気持ちでもある。だが――、
「目を瞑ってください、ご主人様」
一気に近づいてくる唇。吐息が掛かる距離にまで迫ってきた。俺は――
「――ふんっ」
「……っ!」
唇が触れそうになった寸前でエストの頭にチョップを食らわせる。痛みで悶絶する剣精霊を見下ろし、一言。
「座りなさい」
「リシャルト、なにをするんですか……? 痛いです」
「座りなさい」
「……了解しました」
再び正座をするエスト。俺も向き合う形で正座をして、
「リシャルト、今日はチーム対抗戦よ! 気合を入れて――なにをやってるの?」
扉を勢いよく開け放って赤い髪の女の子が乱入してきた。ベッドに正座で向かい合う俺たちを目にして訝しげに問う。
「クレアか。見ての通り今は取り込み中だ。すまないが、五分ほど外で待っていてくれるか?」
「別にいいけど、何してるの?」
「説教と教育」
† † †
クレアも来ているということで説教の時間は短めにした。エストの気持ち――考え? も分かったことだし、あまり強いことは言わなかったがな。
現在、俺たちはチーム対抗戦に参加している。相手はランキング上位のウルヴァリン教室のチームだ。チームの人数は五人。一人一人の力量は然程高くはないがそのコンビネーションは驚異的だ。
試合開始から十五分が経過した。既に相手チームは二人潰してあるため人員差は二対三。予断は許されないが十分に渡り合える数だ。
薄紫色の霧が立ちこめる深い森の中を慎重に歩を進めていく。
「……クレア、二時の方向、距離十メートルの茂みに待ち伏せが二人いる。警戒を怠るな」
「どうしてわかるの?」
「気配には敏感なんでな。この程度の距離は手に取るようにわかる」
刹那、丁度視線の先の茂みから青白い雷光弾が放たれた。滑るようにクレアの前に移動した俺は音速で飛来する弾を難なく剣で弾く。
素手でも同じ芸当は可能だが、こちらの方が容易だな。精霊魔術の対抗性能を備えているためか、エストの精霊魔装はあらゆる魔術を無効にする力があるようだ。
今のエストの精霊魔装の形態は西洋剣のような形をした、白銀に輝く両刃の剣だ。この状態はかなりの神威を消費するようで俺でも少し疲労感を感じる。恐らく原作のカミトだと良くて数分しか扱えないのではないだろうか。
しかも、これは仮の姿であり、真の姿はバスターソードのような巨大な剣だ。一度その形態を取ってみたのだが、その時の疲労感は今の比ではなかった。一瞬、くらっと眩暈に襲われるほどで、それだけでどれ程の神威を消費するかが窺える。
今の俺の神威保有量は正確な値は分からないが、他の人と比べて飛び抜けて高いのは確かだ。そんな俺でも、仮の精霊魔装を維持する限界時間が一週間だ。そして、真の姿だと一日が限度となる。これには俺も驚いたものだ。
――っと、そんなことより、今は試合に集中しないと……。
見れば、既にクレアは目標を捕捉していた。俊敏に木々の間を縫うように移動しながら放たれる雷光弾を躱し、精霊魔装――炎の鞭を解き放つ。
鋭い切り裂き音とともに赤い軌跡が空間を踊り、辺りの木々を難なく切り裂いた。
遮蔽物がなくなり雷精霊使いが姿を現す。
前髪で目元を被った、少し影のある女の子だ。傍らに浮遊する低級精霊を従えて慌てた様子で森の中へと走る。
「逃がさないわ! 接近を許した狙撃手なんて、包丁を持たない料理人と一緒よ。追って、スカーレット!」
クレアの声に虚空から火猫が出現する。炎を巻き上げて顕現した炎精霊のスカーレットは雷精霊使いに襲いかかった。
本来なら骨すら残さず焼却する炎は生徒の身を焦がすことは無い。ここは元素精霊界のため、身体的ダメージは精神的なダメージに変換されるからだ。
雷精霊使いの女生徒は目晦ましに精霊魔術を駆使して森の中へと逃げていく。
「待ちなさい!」
それを追ってクレアが木々から降り立ち地面を駆ける。その後を追随しながらクレアの背中に声を掛けた。
「跳べ、クレア!」
上空に跳び上がるクレア。間髪入れず神威を注いだエストを振り下ろした。煌めく白銀の斬光が直進上の地面を抉る。
「なっ!?」
地中から無数の突起がついた甲殻鎧が飛び出した。
全身を覆う鎧タイプの精霊は白銀の斬撃によって甲冑を粉々に砕かれ吹き飛ぶ。契約者である甲殻精霊使いの息を呑む声が聞こえた。
「そこっ!」
木の枝を蹴ってクレアが森の中へと踊り掛かる。待ち伏せをしていた甲殻精霊使いは一閃する炎の鞭の下に意識を断たれた。
「よくやった。これで三人目だな」
「さすがはアタシね! ま、まあリシャルトもよくやったわね。褒めてあげるわ」
「それは光栄。だがまだ二人いる。油断せずに行こう」
「ええ!」
元素精霊界の森は静寂に包まれていた。しんとした静けさが辺りを支配している。
――ここから前方七十メートルと百メートル程先に人の気配があるから恐らく待ち伏せ。どうやら敵は後の手を取るのが得意のようだな。
クレアに気配がすることを述べてから意見を上げた。
「ここは二手に分かれて各個撃破しよう。俺は奥の敵に奇襲を仕掛けるから、クレアは手前の敵を頼む。倒したらそのまま挟撃だ」
「わかったわ」
「よし。なら俺は行くぞ」
横の茂みに足を踏み入れた俺は『気殺の法』で気配を殺し、低姿勢で地を這うように移動する。
人は視線に敏感なため視線もぼやかして踏みしめる草や土の音を殺す。呼吸と心拍数も最小限に留める。
向かいの茂みに隠れる雷精霊使いに気付かれないように通過して奥へと進んだ。
――むっ、あれは……。
視線の先には開けた空間があり、そこには小さな祭殿があった。小さくシンプルな作りをしているが立派な祭殿だ。
その祭殿の上で一人の少女が舞っていた。
プラチナブロンドの髪をした女の子だ。手にした木製の杖を振りかざし儀式の舞を踊っている。
――あれは儀式神楽か! この短時間にここまでの祭殿を用意できるとは思えん。恐らくは昨夜のうちに準備したか……。
そこまでの意気込みでこの勝負に臨んだのか。見上げた心意気に感服した。
――なら俺も全力で以て応えよう。
更に気配を殺した俺は足音を立てず、静かに儀式を舞う少女に近づいた。
彼我の距離が二十メートルを切ったところで無呼吸に移行。同時に心臓を完全停止させて周囲の空間と完全に同調する。今の俺では無呼吸、血液停滞状態での駆動時間は最長一時間。さらに過度な運動をすれば三十分だ。その間に仕留めなければ……。
そっと音もなく近付き少女の背後に回った俺は無防備な首筋に狙いを定めた。
夕凪流活殺術枝技――螺旋指点抜き手!
右手の中指以外を折り曲げて延髄の五ミリ下にあるツボを突く。指先に神威を針状に集中させてさらに捻りも加えた突きは、少女の経絡秘孔に寸分違わずに命中した。衝撃と流し込んだ神威によって速やかに意識を断つ。
少女からすれば何が何だかわからないうちに気を失ったことだろう。気が付いたら学院の保健室だから後で混乱するだろうな。
崩れ落ちる少女の腰を支えて祭殿の上に仰向けに寝かせる。ついでに野良精霊に襲われないように障壁を張り、俺はその場から姿を消した。
止めていた呼吸と心臓を再起動させて速やかにクレアの元に向かう。
「このっ、ちょこまかと!」
「当たると危険。避けるの当然」
クレアが炎の鞭を振るう度に、相手の雷精霊使いはひょいひょいと避けている。意外と身軽な動きだ。
避けながら時折精霊魔術を行使して距離を稼ごうとする。それをクレアも避けながらさらに追随。これでは限が無いな。
それまで音もなく接近していた俺は『気殺の法』を解いて気配を晒す。クレアが俺の姿を認め、同時に少女も後ろの気配に気が付いた。
振り返り際に精霊魔術が飛んでくる。それを屈んで避けた俺は伸び上がるように上体を起こして手刀を繰り出した。
「くっ」
ギリギリ首を傾けて回避する少女。しかし、その背後にはクレアの鞭が迫っている。
「終わりよ!」
「しまっ――」
炎の鞭は少女の背中を袈裟懸けに切り裂いた。
試合終了を知らせる笛が異界の空に鳴り響いた。
† † †
「ふむ、五対二の人数差に初めてのチーム戦で勝利か。まあ及第点といったところだな」
試験が終わり、どこからともなく現れたフレイア先生が手元のボードに何かを記入している。
初戦での勝利に喜ぶクレアの隣で俺は渋い顔でその言に肯定した。
「そうですね。今回は勝利という形で終わりましたがチームプレイは最後の挟撃だけで内容の殆どは個人戦。決して褒められた戦いではありませんでした」
「ほう。どうやらリシャルト・ファルファーは分かっているようだな。君たちの力は確かに強力だ。しかしそれだけではこの先、連携の取れたチームに勝つことは困難となる」
「なんでよ? 現に勝ったじゃない」
その言葉が不満なのか頬を膨らませるクレアに先生は苦笑した。
「それは結果論だ。確かに今回は勝てたが次はどうなるか分からない。チーム戦を甘く見ないほうが良いぞ、クレア・ルージュ。個々の力は協力でも場合によってはその辺の雑兵たちに負けることもある。さながら、チェスのようにな」
思うところがあるのか、押し黙るクレア。俺は目の前の先生に向き直った。
「ええ、その辺も理解はしているつもりです。まだ互いにチーム戦というものの経験が浅いのでこれから積んでいきますよ。それに二人だけでは流石に厳しいですからね、他のチームメイトも確保しなければなりませんし」
「そうだな。出来ることなら早々に動いたほうが良い。今回の【精霊剣舞祭】は五人チームでないと参加資格が貰えないからな」
「わかっているわよ」
「だと良いのだが」
苦笑した先生は次のチームの名を上げる。俺たちはその場を後にして現実世界へと通じる〈門〉へと向かった。
後書き
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