漆黒の姫君と少年は行く
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第3話「剣士と弓兵とでは価値観が合わない」
日が暮れ、静寂が訪れ人気の無くなった路地にて、鉄と鉄が交差するような激しい衝突音が辺りを響かせていた。
その辺り一体には認識阻害の結界が施され、近くにいるであろう人は、それが何であるかは気づかない。そこでは現代に似つかわしくない青い甲冑に身を包んだ騎士と、黒いズボンに背丈が膝辺りまでの紫の外套を身にした魔術師が剣を交えていた。
「はぁぁぁっ!!!」
「クッ…!?」
相手の爆撃とも言える剣撃に、明久は終始防戦を強いられていた。いや、防戦とも言えないかもしれない。序盤は相手の剣筋を刀で外へと逃がすように捌き、一歩も後退せずに奮闘していたのだが、それは向こうが様子見に徹していたために本気を出していなかったがためだ。今では完全に後ろへと押され始めている。
「悪くない剣筋をしているな。その刀も中々の代物のようだ」
剣撃を止め、素直に明久の戦い方に感嘆する騎士。
「剣を使う英霊――セイバーような騎士に誉めていただけるなんて光栄だよ。見ての通り、これは日本(ここ)では名の知れた銘刀さ」
「成る程、確かに。だがまだまだ未熟故に、サーヴァントと一戦交えようとは、マスターとして愚行にも程があるぞ!!」
地を蹴り一瞬にして距離をつめるセイバー。明久は防御するべく正面に刀を構えるが、それすらも難なく弾き飛ばされた。
「いや、中々に惜しい。貴方の剣を見る限りこれからが楽しみではあったのですが、これでお別れのようだ」
「そう簡単に……やられるかっ!」
「なっ!?」
剣を振り下ろしたセイバーの目が僅かながら驚きに開いた。得物を弾き飛ばされた明久の手には再び刀が握られて、今度は何とか防ぎきったからだ。だがそこに驚いたのではない。
「先程と……同じ刀だと」
明久の手に握られているのは、先程セイバーが彼の手から弾き飛ばしたもの。
同じものを複数持っているのなら、この状況には理解できる。
だからこそ困惑するのだ。
あれほどの剣はそう幾太刀もあるものではない。
だが実際にこの少年はそれを手にしている。
「貴方の戦いぶりには驚かされたけど吉井君、サーヴァントも連れずにセイバーと渡り合えるなんて思ったら大間違いよ」
「そうか、セイバーのマスターは君か、遠坂さん」
しかし、その剣もすぐに弾かれ地面に崩れる明久。もはや、打つ手が無いようだ。そう判断して彼の元へ姿を現したのは黒髪のツインテールの少女、遠坂凛。
彼女は地に手をついている明久を見下ろしながら
「霊呪を破棄しなさい。そうしたら殺さないでおいてあげる。後は教会の保護に入っていればいいわ」
「残念だけど、それを聞くわけにはいかない。この戦争に勝ち抜くためにも、ここで負けるわけにはいかないんだよ。それより君こそ大丈夫なのかな?」
「……何が言いたいの?」
「わざわざ近くまで来てくれた事だよ」
「吉井君、この状況分かってる?もう貴方には何も出来ない筈だけど」
「そう、君の言う通り僕は動けない。僕はね」
窮地に追い込まれているにもかかわらず、ニヤリと明久は唇を吊り上げる。
――偽・螺旋剣〈カラドボルグ〉
「っ!?――凛!!」
遠方から空気を切り裂く音を放ちながら何かが接近してくるのに気づいたセイバーは、凛の前に踏み出し剣を一閃した。
直後、亜音速を超えるほどの赤い閃光が激突し、それは威力を衰えさせずセイバーを貫かんと剣に向かって進軍した。
防ぎきれないと確信したセイバーは自身の剣に爆発的に魔力を注ぎ込む。
「はぁーーっ!!!」
そして、セイバーを中心に激しい爆発が巻き起こり、側にいた凛は数メートル後ろへと吹き飛んだ。
「ほう、無傷でないとはいえ偽・螺旋剣を防ぎきるとはな……」
剣をついて肩で息をしていたセイバーは、砂埃の向かうから聞こえた声に体勢を立て直した。
そこには赤い騎士が立っていて、明久もその時には遠くに離れていた。アーチャーは干将莫耶を投影すると、地を蹴りセイバーの元へ踏み込むとそれを振り下ろした。セイバーはその剣撃を難なく防いだ。――と思われた。
「成る程、先ほどの一撃は貴様に相応の傷を負わせられたようだ」
やはり偽・螺旋剣の一撃は、セイバーに明確な傷を負わせていたのだ。だがセイバーはそれよりも別の件で憤りを感じていた。
「戯れ言は止めろ。先ほどの一撃、私ではなくマスターを狙っていたな!それも己のマスターをも巻き込む形で……!」
「結果的に効果はあったろう?そもそも貴様をおいてあの女を簡単に殺せるとは思っていない」
「だからといって自分のマスターまで巻き込むかっ!!」
「卑劣だとでも?やはり剣使いと弓兵とではどうも考えが合わないようだな。大体これは私ではなくマスターの考えだ」
「なっ!?」
そう言いながらもアーチャーはその時の事を思い出していた。
――――
千年城にて、アルトルージュ一行が見守る中、明久とアーチャーは机に冬木市の地図を囲むようにして、作戦を立てていた。
「ねぇ、アーチャーの狙撃ってどのくらいまでなら届くの?」
「認識阻害の結界でも貼られん限り、目が行き届く範囲なら何処にでも射てられるさ」
「それは的が動いていたとしても?」
「問題無い――と言いたい所だが、サーヴァント程の速度を持つとなると……不意でも打たない限り厳しいな」
矢とは直線上に進むものであり、いくら威力と速度が桁違いであったとしても、避けるだけならばサーヴァントにとって難しいことではない。
明久は顎に手を当て、しばらく考えると
「じゃあさ、初戦は僕が敵の足止めをするから隙が出来次第強いの一発ぶちかましてあげて」
「ま、待て!君はサーヴァントと真っ向から殺り合うつもりか!?」
トンでもない爆弾発言をかました明久に食って掛かる。
「まさか、流石に無理だよ。僕が言ってるのは足止めをするところまで」
「し、しかしだな」
「弓兵よ」
そこで、尚も思い直させようと口を開くアーチャーを制す黒の守護騎士リィゾ。
「『足止めくらい』までなら明久にも出来る。それは剣の師として保証する」
第6位による言葉は重みがあり、アーチャーも己のマスターとしての器量を知りたくなった。
「一つお願いがあるんだけどさ、アーチャー」
「ん、どうかしたのかね?」
明久は満面の笑みを浮かべると、後ろ手に握られていた刀をアーチャーに差し出す。
それを見たアーチャーは一瞬眉をひそめた。
「もしもの時のために、予備の刀投影してくれる?」
――その刀の刃渡りは、禍々しい程の光沢を浮かび上がらせていた。
――――
セイバーは信じられないような物を見る目で明久を見る。当然と言えば当然だろう。一歩間違えば死んでいたかもしれない事を、サーヴァントでもない生身の人間が平然とやっていたのだ。明久はセイバーの視線に気づくと、疲れたようにため息を吐く。
「何でそう睨むかな……。アーチャー(弓兵)としての特性を生かしたまでだよ。それはそうと!」
凛に詰め寄った明久は、構えた刀を振り抜いた。
それに気づいた凛は瞬時に後ろへと飛び、それを避ける。しかし、避けきれなかったのか彼女の頬からつぅー、と血が滴り始めた。
しかし凛は刀を見て驚愕し、それに気づいてなどいない。
「む、村正!?アンタ妖刀使うなんてバカなの!!呪われたいの!!?」
「失礼だな、これでも切れ味凄いんだぞ。それに元々幸運が無いに等しいから呪われる要素無いんだよ!」
「そういう問題じゃなーーいっ!!!」
刀を突きつけているのに殺気が感じられない明久と、突きつけられているのに緊張感が感じられない凛にセイバーは思わず呆然とし、アーチャーは額を手で押さえた。
「……まあ、何はともあれ立場は逆転したな、セイバー。さて、貴様のマスターがああなった以上どうするかね?」
「くっ……!」
少しでも動きを見せれば凛は殺される。
セイバーはアーチャーを睨み付ける事しかできない。 そこに、空気をあえてぶち壊す者が上から降ってきた。
「双方、武器を収めよ。王の御前であ る! 我が名は征服王イスカンダル!此度の 聖杯戦争においてはライダーのクラスを 得て現界した!!」
「急降下は止めろって言っただろうがぁぁっっっ!!!」
しかも目が爛々としてる辺り核心犯である。
堂々言い張っているが、もう、皆武器を手にしていない。
【神威の車輪(ゴルディアス・ホイー ル)】を駆って現れたのは、先ほど自分から名乗っていた征服王イスカンダル。
「何のようだ征服王っ!!突然の邪魔立てとは横暴が過ぎるぞ!」
苛立ちも顕に叫ぶセイバー。征服王、全く気にしていない。
「さて、セイバーとアーチャーとやら、改めて問うが、我が軍門に降り、聖杯を余に――」
「――譲れという話なら出来ない相談だ。聖杯の現出は、私とマスターが止める」
イスカンダルの勧誘の言葉を遮ったアーチャーの答えに、流れに乗じて凛を担ぎ、去りかけていたセイバーすら脚を止めるほどの衝撃を与え た。
「せっ、聖杯の現出を止めるって何考えてるのよっ!? アンタ達聖杯が欲しくて召喚に答えたんじゃないのっ!?」
「あんな悪趣味な宝箱など、私はいらん」
「僕も別に欲しくもないな。こうして参戦しているのも、元々は下らない理想を掲げた聖杯戦争を止めるため」
「待て明久、一体何がどうなってるんだ?」
「何か気勢削がれた。もう帰ろっか、アーチャー」
「了解した。ところでマスター、ライダーのマスターはどうするんだ?」
「へ?」
そんな奴いたっけ?
振り返り、改めて征服王の方を見つめる。
……そこにはいた。
――ヤセイミマンマン ノ カオ ヲ シタ チョウシン ノ オトコガ
「って何でさァァァ!!??何で雄二がマスターなのさ!?」
「俺が聞きてぇよ!?隣にいるデカいバカは一体何で、この状況はどういう事なんだよ!」
「征服王たる余を平然とバカ呼ばわりする様、ますますマスターが気にいってしまったわい。わははは!!」
「混乱するから黙れぇぇぇぇ!!!」
何やら一騒動起きそうな程、カオスになりつつあった。
後書き
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