クラディールに憑依しました 外伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
確かに約束しました
クラディールが部屋から逃げ出した後、アルゴが部屋にやってきた。
「何があっタ?」
「シリカが毒を盛られたわ、解除はしたけど寝室で休ませてくるから」
「先に休みますね」
リズがシリカを連れて寝室へと消えて行く。
「…………あの馬鹿は逃げたカ」
「ええ、流石に同じ理由で長期間引き止めるのは無理があったわ」
「まぁ、構わないサ――――こちらの目的は達成されていル」
「…………それで連中の方はどうなったの?」
「どうやら襲撃をかけるには人数が足りなくなった様ダ、最近はすっかり見かけなくなったナ」
「ねえ? 何の話?」
アスナとアルゴの会話にサチが切り出した。
「――――ちょっとね、第八層の話は聞いてる?」
「確か、睡眠PKの騒ぎがあったんだよね?」
「その時あの馬鹿がシリカを助けたんだガ、加害者の一人がアイツをレッドギルドだと思い込んでてナ」
「レッドギルドって、殺人プレイヤーの?」
「うム、勝手にレッドギルドを名乗ったと報復対象になってるのサ」
「それで二ヶ月ぐらい前、サチと出会う少し前から人を集めて襲撃をかけるつもりだったみたい」
「襲撃召集が掛かった時はこっちの耳にも届くんでネ、
アスナに連絡を入れてあの馬鹿には気付かれない様に引き止めてたんだヨ」
アルゴが所属している情報屋ギルド、その情報網はレッドギルド内部にも浸透している。
クラディールを襲撃する計画もかなり早い段階で拾う事が出来た。
襲撃計画を発したのは《赤眼のザザ》レッドギルドでも実力者の一人だ。
ザザは普段から鎌形の武器、刺突剣などのレア武器やレアアイテムを蒐集する趣味があった。
街で噂になる様なレア武器を持ったプレイヤーに敵対心を燃やし、ギルドメンバーと共に装備を巻き上げていた。
だが何時も期待したレア武器が手に入る訳ではなかった。
ハズレを引く度にザザはプレイヤーを罵詈雑言と共に惨殺し、ギルドメンバーにまで当り散らしていた。
そんな時に耳に入ったのが、第八層の睡眠PKでレッドを名乗った男が居たと言う話だった。
『面白い。レッドを名乗ったからには、代償を払って貰うぜ――――その命でな』
そうなると面白くないのはアルゴの方だ。
折角シリカを安全な場所に預けたのに、くだらない好奇心の為に潰されるのは頂けない。
クラディールの所に預けたのはシリカ本人の希望でもある。
はじまりの街で保護して貰うと言う選択肢もあったのだが、それでは強くなれない。
それに他の子にまで迷惑が掛かると、クラディールの近くに居る事を選んだのだ。
早速アスナに連絡を取り、これまでの経緯を説明して襲撃妨害を決め込んだ。
ザザを含め大多数のオレンジプレイヤーは転移門のある圏内に入れない。
階層を移動するにはボス部屋を通るか転移結晶使って移動するしかない。
アルゴとアスナはその縛りを最大限に利用し、犯罪防止コードが適用されない小さな村では、
個別の空間に飛ばされるクエストを受けて、他のプレイヤーが侵入出来ない様にしてやり過ごしたり。
『明日は早くから迷宮区に篭るから』と言いながら、夜遅くまでお喋りにつき合わせて時間を潰したり。
アイテムや装備を買出しに行く時も一人で行動させず、色々と理由を付けてクラディールの傍に誰かが居る状況を維持した。
その結果、クラディールがソロで行動し、一番襲い易かった狩場までの長距離行動が激減。
成功する筈だった襲撃はことごとく失敗に終わり、ザザは機嫌を悪くする一方だった。
それにレッドのメンバーだって何時も暇と言う訳ではない。
最初の頃は消費した転移結晶もレッドギルドが肩代わりしてくれたが今は違う。
失敗続きで参加するだけ損となれば、召集に集まらない者も増え始めた。
ボランティアではやってられない。元々好き勝手する為にレッドギルドに入ったのだ。
不満が大きくなり、一時は新しいレッドギルドを創設する話まで出始めた。
流石にギルドリーダーも自分のギルドで此処まで好き勝手されては放置できず、
クラディールはレッドギルド内の賞金首扱いとし、大規模な襲撃計画は破棄させた。
「だからこの部屋に居たんだ? 私が急に狩りへ行こうって呼ばれたりしたのも?」
「全部がそうって訳じゃないけど、何回かはあの人を引き止める理由に使わせて貰ってたわ……ごめんなさい」
「謝らなくて良いよ、私も一緒に狩が出来て凄く勉強になったし、レベルもたくさん上がってるし感謝しなきゃ」
サチはリズとアスナの絶妙なスイッチのタイミングなど、忘れ様にも忘れられない熱い感覚と共に目に焼き付いていた。
他にも回復ポーションを使う場面や、アスナが目の前の敵を無視して後方の敵から潰す作戦など、目を見張る物ばかりだ。
「…………しかし、あの馬鹿に直接問い質して置きたい事がいくつか有ったのだがナ」
「何か問題があったの?」
「うム、少し前から月夜の晩に飛翔するエルフや、とある階層のカフェテリアが閉店すると
巨大な白い花が現れると言う情報があってナ、最近になってあの馬鹿が関わっている事が判っタ」
「エルフに白い花? 何かのクエストかしら?」
「何か知らないカ?」
「私も聞いた事が無いよ」
「……そうか、飛翔するエルフ――――いや、妖精は複数の情報が寄せられていてナ、
金髪だったとか黒髪だったとか、青髪や赤髪、インプやケットシーだとか尻尾が生えてたとか、情報が錯綜していル」
「ダークエルフと見間違えたのかしら?」
「いヤ、ダンスをする様にあの馬鹿の周りを飛んでいたと言う話だからナ、新種のモンスターティムかもしれなイ」
「妖精か、一度会ってみたいね。アスナもそう思うでしょ?」
「え? あ、うん…………でも、あの人絡みなんでしょ? 不用意に近付くと――――どんな目に合うか」
「そこが最大の問題ダ、カフェテリアの方も白い花とは言ったガ、
正確には白い花はドレスの一部らしくてナ、背中に巨大な花が咲いている様に見えるそうダ」
「白いドレス? プレイヤーなの? NPCじゃないんだよね?」
「NPCはメニューを開けないからナ、それに複数のメニューを開いてお茶してるらしイ」
「…………複数のメニューか……もしかしてゲーム管理者なの?」
「その可能性も高いガ――――どうやら協力的では無い様ダ、
近付いた目撃者が白い日傘の様な物で攻撃されてナ、ノックバックを食らって驚いている内に消えたそうダ」
「顔は見たの?」
「あぁ、白のドレスに合わせた白髪に赤眼、まるで白い雪の姫だったト」
…………髪を短くしてドレスを着てなければ、少年と見間違うほど胸が薄いと言う情報もあったが、
アルゴは何も言わなかった。
………………
…………
……
とあるのカフェテリアにて。
俺は噂の白い花と二人で久々のお茶をしていた。
「――――何故だろう? 今わたしが貶された様な気がした」
「貶す? 一箇所しか無いと思うが?」
「何処を見ながら言っているんだ!? 失礼だぞ君は……これから成長するかもしれないではないか」
「成長って…………アバターなんだから見た目を増やせば良いだろう?」
「このアバターは本来の姿と大して変わらないのだ、そんな事をしたら偽乳になってしまう」
「こっちのアバターは肉体を再現してるから体型を変えられないんだぞ? 贅沢を言うなよ」
「これでも少しは盛っているのだぞ? 痩せこけた腕や頬など君も見たくはあるまい?
それに、このアバターは君が用意したものだ、こういうのが君の好みなのだろう?」
黒雪姫のアバターをベースにした幼くも妖艶な微笑みは、その細い身体に色気を纏わせていた。
こいつ本当にシリカより年下か?
俺は意図的に目を伏せて白い肌を思考から追いやる事にした――――今にも押し倒しそうだからな。
「まぁ、趣味に関しては否定しないが――――さて、そろそろ狩りの時間だ」
「…………今度は何時になるんだ?」
「さてな? 狩り終った後の眠い面を晒すのもアレだし、これまでどおり、狩りに出る前の時間だな」
「…………そうか…………わたしは何時までも君を待っている。早く来てくれ」
「…………やれやれ…………迎えに来るよ。必ず――――だから待っててくれ」
「約束だぞ?」
「あぁ、約束だ」
彼女は俺を見つめながら紅茶を一口飲むと、優しく微笑みながら白い光に包まれて消えた。
静けさを取り戻し、閉店したカフェテリアに俺一人だけが取り残された。
「またな」
届くか判らない声だけを残して迷宮区を目指す。
まったく、早く迎えに来てやればいいのに、何処で何してんだか。
ページ上へ戻る