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戦国異伝

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第百十七話 鬼左近その八

「茶はな」
「そういえば兄上は酒は飲まれませぬが」
「茶は好きじゃ」
「兄上にとって茶はまさに酒でございますか」
「酒は駄目じゃ、どうしてもな」
 信長はとにかく酒が飲めぬ、少し飲めばそれで倒れてしまう位だ。それで酒ではなく茶を嗜む様になった一面もある。
 そのことを自分でも言ってそうしてだった。
「後でまた飲むぞ」
「そうされますか」
「無論な。茶器もまたよいものが手に入った」
「献上の品でしょうか」
「堺の方から来たわ」
 その献上のものだというのだ。
「実に宵で茶釜のう」
「茶釜ですか」
「意外か」
「いえ、茶器もまた多いと思いまして」
 丹羽が思ったのはこのことだった。
「それでなのですが」
「ふむ、確かに茶器は多いのう」
 信長自身もこのことについては認めるところだった。それで今も丹羽に対してこの言葉を返したのである。
「その種類もな」
「碗だけではありませぬから」
「だからこそ面白いのじゃがな。そういえばじゃ」
「そういえばとは」
「猿は黒い茶器を好まぬな」
 羽柴のことがここで話される。
「どうもな」
「そういえば猿は黒い箸も嫌っておりますな」
 信広は兄にこのことを話した。
「何故かわかりませぬが」
「とにかく黒を嫌うな」
「はい、どうも」
「あれがわからぬがな」
「縁起を担いでいるのでしょうか」
「かも知れぬな。あ奴も人じゃ」
 むしろかなり人間臭い、羽柴の魅力はそこにもありその人間臭さがいいと言う者もかなり多いことは知られている。
 信長もそれを知っていて言うのだ。
「そこがまた面白いがな」
「その人間臭さがですな」
「あれで結構もてる」
 信長は笑ってこのことも話した。
「おなごには不自由しておらぬ様じゃな」
「ねね殿は妬いている様で」
「ははは、女房としてはたまったものではないな」
「全くです。しかし猿はねね殿は大事にしていますな」
「女房を大事にせぬ者は駄目じゃ」
 これは信長の確かな考えの一つである。
「あれで女房を大事にせぬのなら怒るところじゃ」
「まずは女房を、ですか」
「もてるのはよい」 
 信長もこのことは笑ってよしとする。それもまた羽柴のよいところだと思っているからこそであう。
「しかし女房は大事にしなければな」
「駄目ですな」
「猿はそれが出来ておる。夫婦喧嘩も多い様じゃが」
 もう羽柴も万石取り、しかも十万石を超える大身となった。だがそれでもそうしたことをしているのである。
「それでも女房には手を挙げぬそうじゃな」
「むしろ箒ではたかれています」
 丹羽はこのことを知っていた、何故知っているかというと。
「この目でその場を見ました」
「浮気してそれでじゃな」
「その通りです」
「もてるからのう。顔は猿じゃが人たらしじゃ」
 とかく羽柴の人たらしの才はかなりのものだ、男だけでなく女までもをたらしてしまうのだ。
「それも道理じゃな。しかしねねは強いのう」
「又左のところのまつ殿もかなりですか」
「あれも強い」
 信長は彼女のことも知っていた。 
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