失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第六話「男の精霊使い × 編入 = 見せ物」
教壇に立つ俺の元にいくつもの視線が集中する。既に男の精霊使いが編入するという噂は浸透しているのか、ざわめきが波紋のように広がっている。学院生は異性と接する機会がないため生徒の中には不安や恐怖、好奇心といった色が窺えた。
「あ、あれが男の精霊使い……」
「へぇ、結構凛々しいじゃない」
「でも目つきが怖いわ。あの人、絶対に人を殺してそう……」
「クレアさんはもう毒牙にかかったって……。すでに手籠めにしたらしいわよ」
「男はみんな淫獣だって、お父様から聞いたことがある。あの人も多分そう。淫獣の変態」
「まあ、怖いわ……」
「でも、格好いい……。王子様みたいで守ってくれそう」
「あっ、それ私も思った! 顔は普通だけど雰囲気が良いよね!」
キャイキャイと騒ぐ生徒を隣に立つ女性が黙らせる。
「さえずるな、静かにしろ貴様ら。単位減らされたいのか馬鹿者め」
担任教師のフレイヤ・グランドルが名簿で机を叩くと、教室はしんと静まった。
「ほら、お前もさっさと自己紹介しろ」
フレイヤ先生に促され一歩前に出る。
「リシャルト・ファルファー、歳は十七。既に知っている人もいるだろうが、男の精霊使いだ。精霊使いとしては君らの後輩に当たる。これからよろしく頼む」
特に捻りはないが、自己紹介に捻りも何もないか。Simple is the bestとも言うしな。これで十分だろう。
「なんか……ふつー、だね」
「うん。全然魔王っぽくない……」
――魔王? 一体、何の話だ?
「あ、あのー、質問してもいいですか?」
「出来る限り応えよう」
「では、その、好きな食べ物ってなんですか?」
「ふむ……色々あるが、強いて言うならハンバーグかな」
少し子供らしいかな、と思ったが。
「ふつー!」
「ふつーね!」
「女体盛りとか言うと思ってた!」
再びキャイキャイと騒ぎ出した。唖然としていると、フレイヤ先生が苦笑して囁いた。
「あー、ここのお嬢様たちはな、一般市民に比べて感覚がズレているんだ。なにしろ人間にとって最も不可解な隣人である精霊と、いつも触れ合っているからな。ま、お前さんが精霊使い云々というよりも、たんに同年代の男に興味があるんだろうよ」
「はあ、そういうものですか」
分かったような、分からないような。次々と挙手する女子たちは矢次矢次に質問を浴びせてくる。
「故郷はどこ?」
「スリーサイズは?」
「お風呂ではどこから洗うの?」
「好きなタイプは?」
なんというか、質問のほとんどがセクハラだな。質問している方も顔を赤くするくらいなら、止めればいいものを。
「チームはもう決まっているの?」
「チーム? ――ああ、《精霊剣舞祭》か。まだ決まっていないから、これから探すつもりだ」
「じゃ、じゃあ――」
「だが、今はまだ誰とも組むつもりはない。知り合って間もないからな。お互いの人間性や実力をある程度把握できるようになった時に、改めて組もうと思う」
そう言うと、質問してきた女子はしぶしぶと手を下げた。他の生徒も残念そうに肩を落とす。
「ならあたしと組みなさいよね!」
一人だけ空気を読まず、ガタッと席を立つ者がいた。
「……また君か、クレア」
「リシャルトはあたしの契約精霊なんだから、あたしのチームに入るのは当然でしょ。それに知らない仲じゃないからリシャルトの言った条件にも当て嵌まるわ」
俗にいうドヤ顔で胸を反らす。その言葉に反応する生徒たち。
「あの誰も契約できなかった〈封印精霊〉とリシャルトくんが契約したって本当?」
「ええ、そうよ。そしてそのリシャルトはあたしの契約精霊なの!」
なぜ君が得意気に答える。そして誰が契約精霊か。
しかしそれを聞き、花も恥じらう十代の乙女たちは色めき立った。口々に質問を浴びせかける。
「リシャルト君とクレアってどんな関係なの?」
「もしかして恋人とか!?」
「キャー!」
「あれね、愛の奴隷ってやつね!」
興奮する少女たち。収集がつかなくなってきたところでフレイア先生が机を叩いた。
「あー、お前らいい加減にしろ。ほら、お前も突っ立ってないで、とっとと好きな席に座れ」
「はい」
取りあえず、一番奥の窓際の席に向かう。クレアと関わると碌なことがないから出来るだけ遠い席にした。
「む」
視界の隅で何かが飛んでくる。咄嗟に神威で強化した手を掲げると、パシッと見覚えのある鞭が巻き付いた。見ると鞭の持ち主であるクレアが不満ですと言いたげに俺を睨んでいる。
「どこに行くのよ。アンタはあたしの隣の席」
「すまんが、辞退する」
「むっ、ご主人様に逆らうつもりね。いいわ、誰がアンタのご主人様なのか、しっかり教育してあげる」
「誰がご主人様か」
鞭を解こうとするも、クレアが巧みに捌きそれを許さない。
いっそのこと斬るか? と鞭を切断しようとしたその時だった。
ヒュッと風鳴り音とともに一本の矢が鞭を貫いた。金属ではなく氷で出来たそれは精霊魔装。クレアの炎の鞭と同様に武装として変成した精霊の仮の姿だった。
「はしたないですわよ、クレア・ルージュ」
気品ある声とともにプラチナブロンドの少女が胸に手を当てて立っている。前世の頃の知識でその子の姿に見覚えがあった。
――リンスレット・ローレンフロスト。名門貴族ローレンフロスト伯爵家の令嬢であり、氷精霊フェンリルと精霊契約を結んでいる。確か『氷魔のリンスレット』の異名で呼ばれ、精霊使いとしての実力はクレアにも引けを取らないほど高かったな。
クレアのライバルであり良き友人でもあったはずだ。
「……っ! なんのつもりよ、リンスレット!」
「彼はこのわたくしの隣に座りたいと仰っているの。潔くあきらめなさい」
フフンと髪をかき上げるお嬢様。エメラルドグリーンの瞳は真っ直ぐクレアに向けられており、優越感に満ちた状態である。対するクレアの瞳には剣呑な色が浮かんでいた。
リンスレットはつかつかと眼前まで来ると、俺の顔を見凝視する。
「ふーん、顔は悪くはないけど良くもない。でも落ち着いた雰囲気がありますわね。……あなた、わたくしの下僕にならない?」
「は?」
いきなり下僕勧誘がきた。クレア然り、ここの生徒は人を隷属させることが一般的なのか?
「ちょっと! 人の契約精霊を勝手に取らないでよ!」
「いや、契約していないが」
慌ててリンスレットの元に近づくクレアについ半眼でつっ込んだ。彼女も彼女で人の話を聞かないから困る。
「あら? 彼はあなたと契約していないと言っていますけど? それにあなたの所有物というわけでもないでしょうに」
――ふにゅん。
柔らかい感触が右肘からした。リンスレットが俺の腕を取って自分の腕に絡めたのだ。胸が肘に当たり、柔らかな感覚を触覚に訴えかけると同時にフローラルな香りも鼻孔を擽る。
さすがにこれは予想してなかった俺は一瞬身体を強張らせた。次第に顔に熱が帯びてくるのが分かる。
「なっ!? は、離れなさいよ、ばか!」
「いやですわ! この残念胸!」
「残念じゃないもん! これから育つもん!」
睨み合うお嬢様が二人。目に見えない火花を散らし、互いに一歩も譲らない。
対抗してクレアも反対の腕を取る。リンスレットとはまた違った香りがした。そろそろ俺の心臓がヤバイのだが。前世同様、女に耐性がないのだ。旅では色気なんて皆無だったし。
取りあえず、この無数の視線をどうにかしよう。俺に羞恥プレイの趣味は無い。
両手を捻ることで二人の重心を操り、スルッと手を引き抜く。何の抵抗も無く簡単に解けたことに二人は目を丸くしていた。
「無闇に男に迫るものではないな」
ポンと肩を叩き、窓際ではなく真ん中の列の一番後ろ、クレアとリンスレットの中間に位置する席に座った。
すれ違う時にリンスレットの頬が朱く染まっていたのが少しだけ気になったが、大したことではないだろうと思い意識から除外する。
やんややんやと声を荒げて言い合うクレアとリンスレットの声を聞き流し、深く腰かけて息を吐いた。
これからの学院生活はどうなるのやら……。
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