戦国異伝
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第百十七話 鬼左近その二
「必要なものでも出来るだけ血は流さぬに限る」
「武勲はいりませぬか」
「それは」
「人は勲功を求めてはならぬ」
杓子定規かも知れないが石田にはこの考えがあった、そうしたものを追い求め溺れてはならないというのだ。
「才があれは自然と認められるものじゃ」
「だから、ですか」
「勲功を焦り無体をしてはならない」
「そうなるのですか」
「そうじゃ、わしは勲功を追い求めたくはない」
石田は前を見て語る。
「才がなくとも日々精進していれば人から認められるのだからな」
「では石田殿は何を求められるのでしょうか」
供の者の一人が問うた。
「勲功を求められぬのなら」
「意気か」
「意気ですか」
「うむ、そうじゃ」
それを求めているというのだ。
「人生意気に感ず、それを求めておるのじゃ」
「そうなのですか、それをですか」
「意気を求めておられますか」
「己を認めてくれる方の為に務めたい」
そうだというのだ。
「そうしたいと思っておる」
「では殿の為にですか」
「働かれるのですか」
「そうしたいものじゃ」
信長は確かな声で答えた。そうしたことを話しながらだった。
石田は伝え聞く島が隠れ住んでいる小さな庵に着いた、奈良の町の外れから少し行った山のすぐ傍にある庵である。
その庵の前に来るとだった。
丁度庭に大柄で逞しい顔立ちの男がいた、供の者の一人が庭にいるその男を見て石田に対して述べた。
「あの御仁がです」
「島左近殿じゃな」
「はい、そうです」
あの者が島左近勝猛だというのだ。
「覗き見る形になっていますが」
「いや、覗き見てはおらんぞ」
その島の方から声がしてきた。
「こちらも気付いておるからな」
「左様ですか」
「うむ、わしに何か様か」
鋭い、剣の様な声で問うてきた。
「とりあえず話をするなら茶でも淹れるが」
「では貰おう」
石田が島のその言葉に応える。
「そうしてよいか」
「では供の者達にも出そう」
彼等にも茶を出すというのだ。
「くつろいで話をしようぞ」
「うむ、それではな」
こうして石田は島に案内されて庵の中に入った。茶は供の者達にも出されたが石田は彼と二人で話をした。島は石田に茶を差し出して己も飲みながら彼に問うた。
「ここに来た理由だが」
「わかっておるか」
「御主は石田三成殿じゃな」
「もう知っておるか」
「聞いておる。織田家に入ったそうじゃな」
「その通りだ」
石田は茶を手にして確かな声で答えた。
「信長様からお誘いを受け織田家に入った」
「そうじゃな」
「しかしわしのことはもう知っておるとはな」
「顔立ちのことも聞いておったからな」
石田のその細い顔を見ての言葉だ。
「それでじゃ」
「ふむ、左様か。耳がよいな」
「それなりにな。そしてこの庵に来た理由は」
島は石田にさらに言う。
「わしを誘いに来たか」
「そうじゃ、織田家にな」
「そうじゃな。しかしわしは己の才に自信がある」
それでだと言う島だった。
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