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ラ=ボエーム

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第二幕その三


第二幕その三

「もう遅いわよ」
「クリスマスだからいいじゃないか」
「そういう問題じゃないの」
 若く美しい母親達もいる。だが皆小さな子供達を叱っていた。
「とにかく遅いから帰るのよ」
「嫌だよ、もうちょっと」
「いたいよ」
「困ったわね」
 泣く子には勝てない。それは母親が最もよくわかっていた。
「じゃあどうすればいいの?」
「何か買って」
「おもちゃかお菓子頂戴」
「仕方ないわね」
「それを買えば帰るのね」
「うん」
 子供達は元気よく頷く。
「それで帰るよ」
「わかったわ。それじゃあ」
「どっちかをね」
「有り難う、お母さん」
「やっぱりお母さんは優しいや」
「こんな時だけ褒めないの」
「ちゃっかりしてるんだから」
 何だかんだ言っても子供には弱いようであった。渋々とした顔ながらおもちゃかお菓子を買い与えている。そして夜の店を彼女達も楽しんでいた。
「海老を頼もうか?」
「じゃあ僕は貝を」
 コルリーネとショナールはまた注文していた。セーヌ川を使って運ばれて来る海産物である。セーヌ川はパリにとって非常に重要な生命線であった。ここを使ってものを入れていたのだ。フランス革命の直接の原因となったのは食糧危機であったがこれは寒波によりセーヌ川が凍ったことにより起こっている。
「じゃあ僕はジャガイモを。ところでお嬢さん」
 マルチェッロはミミに顔を向けてきた。
「はい」
「その頭のボンネットはロドルフォからの贈り物でしょうか」
「ええ」
 ミミは頭に被っている薔薇色のボンネットを触って応えた。
「そうですけれど」
「そうですか、よく似合ってますね」
 目を細めてこう言う。
「私によく似合うからって。それに私実は薔薇色が好きでして」
「それは何よりです」
「ロドルフォは。それもわかってくれていたみたいですね」
「そうでしょうね、彼は詩人ですから」
 ロドルフォに顔を向けて言う。
「そうした読みは見事なのですよ」
「はい」
「詩人は愛を理解するから詩人になれるんだよ」
 ロドルフォはそれに応えて言う。
「そして大詩人に」
「未来の大詩人の御言葉で」
「尊い愛を知っている」
「あらゆるものを美しく語ることが出来る」
 ショナール、コルリーネ、マルチェッロはそれぞれ言った。
「見事なものだ」
「愛は甘いものなのね」
「彼にとってはね」
 三人はミミに応えた。
「蜂蜜よりも甘い」
「いや、そうともばかりは限らないよ」
 だがロドルフォは甘いだけではないと主張した。
「というと?」
「その口によって甘く感じたり苦く感じたりするものさ」
「そうなの」
「僕のようにね」
 マルチェッロがここで苦い顔を作った。
「何かあったの?」
「ちょっとね」
 ロドルフォがミミに応える。
「愛の喪中なんだ」
「喪中」
「おいおい、下らない話は止めてくれよ」
 マルチェッロはここでロドルフォに対して言った。
「今宵はクリスマスなんだ。思い切り騒ごう」
「騒ぐか」
「そうさ、ワインをどんどん持って来てくれ」
 またボーイに声をかけた。
「ランブルスコをだ。こうなったらとことんまで飲むぞ」
 そして本当に派手に飲み食いをはじめた。まるで何かを忘れようとしているかの様であった。食べていると道の方が騒がしくなった。
「何だ?」
「国王陛下でも来られたのか?」
 ロドルフォ達は冗談を交えて声をあげる。
「それとも大女優が」
「だとすれば誰だろうな」
 だがそこにやって来たのは国王でも女優でもなかった。来たのは派手な紅の絹の服に帽子を身に着けた美しい女であった。
 赤い髪にはっきりとわかる目鼻立ち、身体はダンサーの様に均整がとれている。黒い髪と瞳は周りを挑発し、惑わすかの様であり媚びる様な、それでいて誘う様な視線を辺りに放っている。
「あいつか」
 マルチェッロはその女を見て顔を苦くさせた。
「まさかとは思ったがやっぱり来たか」
「どうしたの、一体」
「ムゼッタが来たのさ」
「ムゼッタ!?」
「知らないのかい?今最も有名なパリジェンヌだけれど」
「あまり」
 ミミはロドルフォの言葉に首を傾げさせた。
「カルチェ=ラタンには殆ど来なかったから」
「だったら知らないか。彼女は酒場の女でね」
「ええ」
「派手なことでここじゃ有名人なんだ」
「そして」
「おい、言うのはよしてくれよ」
 マルチェッロは憮然として言った。
 
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