失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第一話「彼の者は姿を見せず」
「ハァァァァッ!」
皆さん、こんにちは。無事に転生することが出来ました有馬紅改めマハト・ア・クーです。時が経つのは早いもので、あれからもう十三年が経過した。
男として転生した俺の容姿は爺さんも活きな計らいをしてくれたもので前世の頃と変わらない。日本人なのにダークブラウンの短髪に蒼い瞳。顔も端正とまではいかないが、不細工でもない程ほどの中間点。前世の友人が言うには中の上らしいが、それは主観ではないのかと疑問に思う。流石に慣れ親しんだマイボディではないが、見慣れた身体はやはり安心するものだ。
爺さんの考えた特典も俺の手元にやってきた。マハト家には開祖のマハト・デ・スーが書いたとされる書物がある。それには意味不明な記号や文字、図が記されており、何が書いてあるのか誰も読むことが出来ず、今の今まで倉庫の奥深くに保管されていた。三歳の頃に倉庫で遊んでいた時に偶然見つけた俺は一部解読してしまい、その本を父から譲ってもらったのだ。
どうやらこの本が爺さんのくれた特典らしく、そこにはありとあらゆる魔術が記されていた。
流石にすべてを解読することは出来なかったが、それでも知的好奇心を満たすのには十分で、以降俺は部屋に引きこもり本と睨めっこの毎日が続いた。家族には心配をかけたと反省している。
ちなみに爺さんの仕業か、本は俺が消えるように念じるとよく分からない場所に引っ込み、出てくるように再び念じると手元に出現する。両親は本に認められたのだとか、もろ手を挙げて喜んだが、真相を知る者はあの爺さんだけだろう。
特にいつも俺と一緒だった――というより、俺の後ろをついて来ていた――妹は急に部屋に引きこもった俺をかなり心配したらしく、天真爛漫なところは変わらないが何かと俺を心配するようになった。まるで弟を心配する姉のようで、俺的には納得のいかない部分もあるが、これも自身が招いたことだと半ば諦めている。もう少し構ってやればよかったと反省。
「てやぁぁぁッ!」
前世の記憶を持って生まれたため、子供らしい子供として幼少期を過ごすことが出来なかった。精神年齢二十三の男が子供たちと一緒に泥だらけになって遊ぶなんて無理があると思う。文字や言葉も早々に覚え、絵本にも飽き、積み木なんて論外な俺にとって毎日が暇だった。妹の遊び相手になったり、身体を鍛えて前世の頃に修めた武術を再修得したり、原作に思いを馳せたりと自然とやることが限られた。
同年代の子たちとは遊ばず妹に構い、こっそり裏山に出掛けては鍛練をしてと、親にはあまり苦労を掛けなかったと思う。時々、母が寂しそうな顔をしていたのは苦労の掛からない息子に親として思うところがあったんだろうな。
しかしそれでも親として変わらない愛を注いでくれた両親だ。俺も子としてそんな両親が好きだし愛してもいる。
十歳になった頃には身体もある程度鍛え上げ、武術も以前と同じレベルで修めることができた。爺さんがくれた魔術書も三分の一ほど解読が終わり、攻撃系、防御系、回復系、空間系、探索系、精神操作系と中級魔術までなら覚えることが出来た。上級はかなり難しく思ったように捗らない。原作開始が確かカミトが十七歳の時だからあと四年ある。それまでには覚えようと思う。
それと俺の契約精霊だが、まだいない。マハト家は由緒ある家柄ではないから、エルステイン家のスカーレットやローレンフロスト家のフェンリルように代々契約精霊がいるわけでもない。まあ、そのうち巡り会うだろう。急いても仕方がないしな。
「くっ、このっ、ちょこまかと……ッ!」
ギャアギャア喚く対戦相手を右から左へと受け流し、この世界に来て一番の誤算だった『事実』に思考を割く。その事実とはすなわち主人公、カゼハヤ・カミトのことだ。
俺は今、とある大会に出場しているのだが、ないのだ。
我らが主人公――レン・アッシュベルの姿が。
そう、今俺は《精霊剣舞祭》に出場している。この大会は主人公のカゼハヤ・カミトが契約精霊であるレスティアを携え、レン・アッシュベルとして出場するはずだった。女装をして。
《精霊剣舞祭》とは年に一度、元素精霊界で開催される最大規模の神楽の儀式だ。大陸中の精霊使いが集い五大精霊王に剣舞を捧げる、いわば精霊使い同士の武闘会。優勝チームを擁する国には数年間に渡り精霊王の加護が与えられ、国土の繁栄が約束される。そして、優勝者には願いを一つだけ叶えることが出来る。
精霊使いというのは別次元に存在すると言われる元素精霊界、そこに住まう精霊と契約を交わした姫巫女を指す。
精霊使いは自身が契約を結んだ精霊の力を自在に振るうことが出来る。精霊には属性というものが存在し、それによって使用できる力は千差万別。
そんな精霊使いたちの戦いをレン・アッシュベルは見事勝ち抜き、精霊剣舞祭で優勝を果たした。
果たした、はずなのだが……。
「貴様……っ、フローレン・アズベルト! いい加減、勝負しろっ」
いないんだよなー、レン・アッユベルが。どこにも。原作道理ならこの《精霊剣舞祭》に出場して優勝するはずなのだが、レン・アッシュベルのレの字も見当たらない。やはり出場していないのか?
ちなみに俺はフローレン・アズベルトという名で出場している。精霊使いは基本的に女しかいない。例外は過去に混乱と破壊をもたらし魔王と呼ばれた男と、主人公のカゼハヤ・カミトの二人だけ。転生特典として精霊契約を行える俺だが、まだ精霊がいないのでこうして偽名を名乗り、認識阻害結界で外見を女にして出場している。偽精霊使いとして。
精霊使いしか出場できない《精霊剣舞祭》だが、そこは裏技を使って誤魔化している。魔術で精霊魔術らしきものを装い、体術だけを使用する。精霊魔装は使っていない、もとい使えないのだが、精霊魔術らしきものを使っている時点で誰もが俺を精霊使いとして認識するだろう。精霊魔装を使わないのも意図的なものとして捉えられている。
精霊魔装というのは精霊の存在の一部をそのまま顕現する純化形態。それがより高度に最適化されたものを指す。多くが何らかの武器だ。何故だかは知らん。
精霊を呼び出すのはこの純化形態というものと、質量がなく不定形の神威の塊として顕現する原形態とがある。こちらは単に精霊の力だけを呼び出すもので、精霊魔術の貯蔵量として使われるのが一般的だ。
原形態も純化形態も取らず、精霊魔術もどきと体術だけで戦っていたら、いつの間にか優勝候補の一角になっていた。それも飛び入り参加で出場したため、精霊共々正体不明の精霊使いとして名声が集まっている。
「この……っ、どこまでも人をコケにした奴だ。その性根、叩き潰してやる!」
どうやら奴さんは痺れを切らした様子。どう見ても激昂していると分かる表情で精霊魔装と思わしき西洋剣を片手に突貫してきた。ちなみに今は準々決勝だ。
駆け出しの速度はまあまあだが、それでも俺からすればまだ遅い。これまでと同じように一寸の見切りで回避して無駄のない動作で背後に回る。そして、今回初めての攻勢に入る。
「――螺旋抜き手」
魔力――こちらで言うところの神威を込めた右手で抜き手を放つ。大層な名前がついているが、ただの捻りを加えた抜き手だ。とはいえ鉄くらいなら余裕で貫通するが。
ほどほどに弱めた抜き手を対戦相手であるアンジェラ・ロートスの背中に放つ。神威を込めた一撃は少女の身体を傷つけることなく、相手の精神を削り取った。
「グ……ッ!?」
これは俺が四年前、十歳の頃に気が付いたことだが、どのような原理かは知らないが神威を込めた一撃はたとえ徒手空拳であっても精霊魔装と同じ効果をもたらすらしい。元素精霊界において精霊魔装での攻撃は肉体的ダメージではなく精神的なダメージに換算される。
魔術を扱う上で魔力コントロールは必須事項。魔力の扱いは俺の得意分野の一つでもあり、図らずとも俺の一撃は精霊魔装を用いた攻撃と同等の効果を生み出すようだ。これは偶然迷い込んだ元素精霊界で喧嘩を売ってきた精霊を相手に実証した。
ここは元素精霊界。俺の一撃は精霊魔装の一撃に匹敵する。故に――、
「勝者、フローレン・アズベルト!」
俺の全身は凶器となる。
† † †
レン・アッシュベルがいないのなら、この大会に出場する意味はない。元々、出場した理由はレン・アッシュベルと拳を交えるためだった。最強と謳われた奴の力と最強を目指す俺の力、どちらが上なのかを試すのが本来の目的。レン・アッシュベル以外にめぼしい相手はいなかったため、決勝戦では早々に負けることにした。
騎士道に反するだとか、対戦相手に申し訳なくないのかと思う人もいるだろうが、俺は騎士じゃないし、そもそも精霊使いじゃないのに優勝するわけにもいかないだろう。なら、始めから出場するなという話になるが、それは言わぬが華というものだ。
優勝者はどこぞの……なんだっけ? よく覚えていないが、冷たい印象を受けたのだけは覚えている。
さて、目当ての人がいないなら、ここにいても仕方がない。早々に旅立つことにしよう。
俺が求めるは『最強』。俺の師、夕凪巽が掲げる目標を胸に、いつかあの人と同じ高みに上ってみせる。そのため、俺は世界を回り多くの強者と出会い研鑽を積もう。
だが、その前に婆さんに挨拶しないとな。《精霊剣舞祭》に出場できたのもあの人のおかげだし。受けた恩は必ず返せ、これも師の教えの一つだ。
元素精霊界から戻ってきた俺は人気のないところまで行き、認識阻害結界を解く。これで俺はフローレン・アズベルトからマハト・ア・クーへと成った。
「さて、婆さんの気配は、と……いたいた。〈空間転移〉」
探索系魔術で目当ての人物の気配を探り、転移魔術でその人の元へ向かう。足元に展開した転移魔方陣が一瞬輝き、瞬きもしない間に目の前の景色はガラリと変わった。
今いる場所はどこかの建物。床には高級そうな絨毯が敷かれ、壁には絵画が立て掛けられている。そして目の前には分厚い両扉が。
扉の向こうにいる気配が一つなのを確認すると、躊躇なく開け放った。
「入るぞ、婆さん」
扉の先には重厚な机があり、一人の女性が羽ペンを動かしていた。俺の声に顔を上げたその女性は不機嫌そうに灰色の目を細めた。
「君か。相変わらず騒々しい奴だな」
俺が婆さんと呼ぶその女性は妙齢の美女という言葉が似合う。黄昏の魔女の異名を持つこの女性はグレイワース・シュルマイズ。俺を《精霊剣舞祭》に出場させてくれた人だ。嘗て帝国の十二騎士に名を連ねていた歴戦の精霊騎士らしい。その発言力は未だ衰えていない。
「報告は来ているだろうが、一応知らせに来た。《精霊剣舞祭》は決勝止まりだ。すまんな」
「構わんさ。君の目的は承知の上だ。この結果は目に見えていた」
そう言って肩を竦める。やはり予想していたか。
「さすがだな。じゃあ、俺がこれから言おうとしている話は大方察しているな」
「旅に出るのだろう? ここへ来たのも私への義理だろう。君は意外と義理堅い男だな」
「ふん、余計なお世話だ。……世話になった。この恩は必ず返す」
「期待しないで待っていよう」
もうこれ以上、語るべき話はないだろう。積もる話は旅を終えた後にすればいい。
俺は黙って背を向け、静かに退室した。
後書き
H25,12,8 以下を修正
・主人公の前世の名前を変更。
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