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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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24話「グランドウルフ戦 (3)」

ユーゼリアは震えそうになる手を必死に抑え、祈りの言葉を捧げていた。

(アッシュ……!)

 つい先程、門の外で聞こえたグランドウルフの遠吠えと"危ない"という声。
 男達の声色で、アシュレイが危ない状況にあることが分かった。早く早くと、ユーゼリアの心が急かす。

 だが、そういうわけには行かない。

 安全な門の内側の広場で彼女は魔法陣を描いていた。白いチョークで描かれたそれは既に完成しており、後は祈りの言葉を捧げるのみ。魔物の襲来に静かになった町の中では門の外の戦いがいやに耳についた。

「"... عليك ارتداء عاصفةلديك أجنحة قوية.شريكي.يأتون إلى هنا...."」

 あと少し。

 召喚獣は強力だが、喚び出すのにいちいち時間がかかるのがネックだと言われている。

 魔法大国に生まれ、数年ではあるものの姫として最高峰の教育を受けたユーゼリアだからこそ10分で終わっているが、これがなりたてだったり、ランクの低い召喚魔道士だったりすると、20分も、下手をすれば30分かかることもあるのだ。

 ゆえに召喚魔道士は人数がそれ自体希少であり、また前衛とパーティを組むのが当たり前だった。ソロの召喚魔道士というのは自殺行為であるというのが一般的な考え方だ。
 それを、ユーゼリアは今までソロで生き延びてきた。これが彼女がB+ランカーである理由であり、また彼女が未だB+であるのにもかかわらず、【孤高】という、冒険者にとっては名誉な"渾名"がついている所以である。

「"... يأتي ويساعدني. اسمك Laflange!」

 魔法陣が淡い青緑色に光る。召喚の前兆だ。
 突如、陣が渦を巻くようにして黒く染まった。否、奈落の穴が開いた。そこから漏れ出る空気は、冷たい。
 アシュレイが1000年の時を過ごした"狭間"に繋がる孔である。

「ギィィィイイ!!!」

 鋭く高い声と共に突風が吹き荒れる。

「ラフランジェ!」

 孔の中から何かが弾丸のように天へと飛び出した。

 乳白色の嘴と緑色の目。太い縄のような尾と、嘴と同色のコウモリのような翼膜をもつそれは、全体的に薄緑の色合いをしていた。
 風を纏う魔鳥。Bクラスの魔物だ。名はグァー。風属性の魔法を操る高位の魔物である。

「ギィイイイ!」

 翼を広げて滑空し、ユーゼリアの目の前に着地する。ユーゼリアは風が収まるまでの時間も惜しく、その背に飛び乗った。

「飛びなさい、ラフランジェ! 門の向こう側にいるグランドウルフが敵よ!」

 召喚魔道士は、狭間から呼び出した魔物に名をつけることで、その力を縛り、操る。ラフランジェ<風に舞う者>と名付けられたグァーは、翼をはためかせると、上空に飛び上がった。風圧に、木箱や道端に転がっているごみが、勢い良く家屋にぶつかる。

「なッ!?」

 塀の上空から冒険者達を見たユーゼリアは、目を疑った。
 確かに、激しい戦闘を想像してはいた。が、目の前で行われている戦闘は――これを戦闘と呼べるのかも怪しいが――とにかく、ユーゼリアの想像を超えていた。

 警備兵とガーク達は合わせて30人くらいいる。だが、誰ひとりとして戦っていなかった。皆、呆然という表情をしている。だが、それも致し方ないだろうと、この時ばかりはユーゼリアも思えた。

 ならば、彼らが戦っていたはずのグレイハウンドはどこへ行ったのか。

 それは、防壁より少し離れたところにいる、()の元。


 グレイハウンドを率いるグランドウルフの足元にいるアシュレイに向かって、ハウンド達は攻撃を繰り返していた。
 だが、すぐにユーゼリアもその光景に絶句する。20匹ものハウンドの攻撃に加え、自身の3倍以上ある巨躯のグランドウルフの攻撃は、だが一撃もアシュレイには当たっていなかった。彼が避けているような素振りはない。普通に、まるで散歩にでも出かけるように、グランドウルフの足元をぐるぐると歩き回っているだけ。
 だが、それは確かに、オオカミ共の攻撃を避けているのだとユーゼリアにはわかった。おそらくガーク他数名もわかっているだろう。

 アシュレイが一歩左に動けば、次の瞬間彼がいた場所にはグランドウルフの鋭い牙が突き刺さる。少し歩みを遅くしたら、その目の前をハウンドが空に体当たりした。

 兎に角躍起になってアシュレイを狙っているオオカミ達は、まるで何かを恐れているようだとユーゼリアは思った。その時、下からガークの声が響く。

 「は、早くあいつを助けろ!」

 その言葉にハッとして、ユーゼリアもラフランジェに指示を出す。

「ラフランジェ、オオカミ全部に【逃れえぬ突風】!!」

「ギイィィ!!」

「そのままグランドウルフに【連なれ疾風】!!」

 ひときわ大きくラフランジェが羽ばたくと、目に見える程の風の刃がオオカミだけを的確に狙って放たれた。ほぼ一撃で、グレイハウンド達は首を刈られる。僅かに生き残ったハウンドは、警備兵たちの弓矢によって止めを刺された。

 灰色の毛が風の刃を守ったグランドウルフは、上空に突如現れた強敵に、唸り声を上げた。が、その顔面にも風の刃は襲ってくる。息もつかせないような連射に、グランドウルフは森へ逃げ出した。

「もういいか」

 アシュレイは、自分の役目は終わったとばかりに、駆け足で警備兵たちの元へともどる。それを見届けたユーゼリアは、ラフランジェに攻撃を命令した。

「一撃で終わらせなさい、ラフランジェ。【きざめ斬撃の暴風】!」

 途端、グランドウルフを中心に、風が爆発した。風属性中級魔法である。大きなカマイタチが直撃したグランドウルフと、その周りの木々が倒れる。中の惨状は推して知るべし。おそらく血が飛び散っているであろう止めの刺し方に僅かにユーゼリアが罪悪感を覚えたが、過ぎたものは仕方がないと水に流す。

 しばらく皆睨みつけるようにして森の方を見ていたが、やがて何の音もしないとわかると、警備兵達がワッと湧いた。

「倒したぞー!」

「うおおおお!!」

「ふぅ…」

 ユーゼリアも、ほっと息をついた。 
 

 
後書き
呪文は(注:意訳)「友よ、こっち来い。君強い翼もってる。君嵐纏ってる...」「来て助けてくれよ。お前の名前はラフランジェだぜ」みたいな。あ、男口調になっちゃった。
 
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