ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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After days
fall
予選にて、
薄暗いコロシアムの中、《荒野》の集落に所属する十数匹のプレイヤー達は特別な準備や作戦を立てる訳でもなく、ただ駄弁っているだけだった。
俺とキリトだけはボッシュから大会の詳細ルールやこれまでの大会で確立された常套手段などのレクチャーを受けていたので、ひたすら聴き手に徹していた。
「―――つまり、この世界の《システムスキル》の類いはあくまで本当に微々たる差しか生まない。もちろん、それが勝敗の明暗を分ける可能性は無きにしも非ずだけど、公式の記録でそれが起こったことはないんだよ」
「てことは、寸分違わない攻撃軌道は理論上不可能、ということか?」
「そうだね。……あ、でも無いことは無いよ」
「ほう?」
ボッシュは「例外なんだけどね」と前置きすると、後ろで静かに座っているトリスタンを指しながら言った。
「《聖獣王》になると《種族固有技》を使えるようになるんだ」
「何だそれ?」
「《聖獣王》だけが使える必殺技、かな?乱発は出来ないし、威力はでかくて派手なライトエフェクトはあるけど、技後硬直があるんだ」
確かに、魔法も何もないこんな世界で派手に閃光ぶちまけても面白くなさそうだ。
だが、この情報は有力だ。
―――システムに規定された動きを反復練習するのは至極簡単。
「ありがとうなボッシュ。また分かんないこと有ったら訊くよ」
「おう」
―――あの傷の軌跡が、もし《種族固有技》にあったなら。
「リーチだな」
「おいおい。トリスタンを疑ってんのか?」
「仮定の話だよ。合ってれば可能性は2分の1だからな」
「……………」
(ま、最初から疑って掛かるのはコイツの性分じゃないしな)
そこが螢/レイに真似できない所であり、ある意味ではキリトのそんな優しさに、レイは救われたのだ。
アナウンスが入り、遂に予選が始まる。
――第一回戦、《荒野》対《水辺》。種目、『二人一組』
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「「……………」」
フィールドに立つ俺とキリトは言葉もない。
『デビュー戦、行ってこい』と、トリスタンにゴーサインを押されたのは2分程前。後、3分もすれば初戦が始まるだろう。
「なぁ、レイ」
「言いたい事は解る。俺だって不安だよ」
この世界で対プレイヤー経験はトリスタンのみ。最強とはいえ、2対1でやっとこさ勝てたのだ。まだその時は慣れていなかったとはいえ、実力は十分にあった。
しかし、苦戦したという事実は主に螢の心裏にある種の警戒を生んでいた。
対峙する相手は《水辺》チームのデカイ亀と何かの鳥だ。種族名は分らない。
『1分前』
考え事を一時放棄し、眼前の敵に集中する。
30秒を切ったところで相手の鳥が飛翔し、上昇していく。キリトが俺に頷いてそれを追っていく。地上に残されたのは亀と俺だけだ。
『10秒前』
全身の毛がチリチリと逆立つのを感じながら敵の様子を伺う。亀の無機質な表情からは何も伺えない。
『Fight!!』
眼前に光が弾け、両者が飛び―――出さなかった。当たり前だ。
亀はゆっくりとしか動けない。俺の対人戦闘は受け身スタイル。
結果、状況は変わらない。
「……これ、俺が行かないとダメな感じ?」
「そうなるな。悪いが俺はそんなに速く動けない」
流石に亀だけあってどっしり構えている。
上空を見やると、キリトと鳥(どっちも鳥だけど)が激しい空中インファイトを繰り広げていた。
敵さんの鳥はやはり戦い慣れているらしく、キリトは押され気味だ。
「仕方ないな」
視線を亀に固定し、構える。
俺が臨戦態勢になったのを察知し、亀は頸をぎゅっと縮めると甲羅に篭る。
「はぁ……。やっぱそれが防御態勢なのね……」
どうしたものかと思案していると、ふとあることを思い付いて跳躍する。
上空で態勢を変え、右前足を下に突き出しながら亀を上から押し潰した。
「ぐぁ!?」
にゅっ、と出てきた頭を反対の前足で地面に押さえつける。
甲羅は『亀』という生物の一部であって、別個体ではない。
つまり、それがデジタルデータで書き換えたとしたら、一個体として登録されているはずだ。『背中』を押さえつければ苦しくなるのは当たり前だ。
「《ピアース》」
WBOの中の数少ない三種類しかない攻撃戦闘スキル《打撃強化》、《切断強化》、《貫通強化》。
その内の《貫通強化》を使い、亀の頭部を貫いた。
呆気なく消え去った相方に一瞬気を取られ、空中戦の方も攻防が入れ替わった。
キリトの放った蹴りが腹部に決まり、敵はバランスを失ってきりもみしながら落下してくる。
「せやぁ!!」
すかさずキリトの追撃が決まり、突き落とされた相手のHPが消滅して勝敗は決した。
俺達が観客席に戻ると、その場は歓声に包まれた。
「よぉ、お二人さん。お疲れさん」
「どーも。……ていうか、ボッシュから《亀》の攻略法聞いてなかったらマズかったな」
実は亀タイプを相手取った戦い方はボッシュから教わったものだった。あれを知らなかったら未だに堅い甲羅と格闘していたことだろう。
『第二回戦。《森林》対《高地》。種目、《旗合戦》』
「お、次だ。見ようぜ」
下の闘技場では10匹の獣が対峙していた。
中でも目を引くのは《森林》の巨大熊。離れていても凄まじい存在感はビリビリとここまで伝わってきた。
「ボッシュ、あいつが……?」
「そう。《森林》の聖獣王。エゾヒグマの『ガノン』だ」
ガノンの両サイドには屈強なピューマが控え、前衛にガノンに迫ろうかという程の巨躯を誇る漆黒の熊、そして同色のゴリラが構えている。
対する《高地》の陣容は立派なツノを持ったシカ。その周りを2匹のコンドルが飛び回り、こちらの前衛は大柄なヤギが2頭だ。
「《高地》も長クラスが出てきたか。あのオオジカは確か……『ケイン』だったな」
「すると、大将はあいつらか」
無言で頷き、肯定するボッシュ。
そういえば、モグラは目が見えないと聞いたことがあるんだが、どうなのだろうか?
そんなことを考えている内にフィールド内の両者の緊張感は高まっていき、それが最高潮に高まったとき、試合が始まった。
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《Wild Battle Online》予選結果。
1位《森林》3勝0敗
2位《荒野》2勝1敗
3位《高地》1勝2敗1分
4位《水辺》0勝2敗1分
《弱小荒野》は因縁の《森林》以外の全ての敵に勝利し、決勝に進出した。一回戦で新人2匹が辛くも勝利し、三回戦の一騎打で『トリスタン』が大会最速決着記録を塗り替えるが、続く四回戦目の三人一組で《森林》に敗退。
しかし、総合成績は2位に付け、今日の決勝で因縁の戦いが行われる。
―――ニュースサイト《MMOトゥデイ》より抜粋。
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明けて日曜の朝。
俺は何故か台所に立っていた。
マジで何でだろうね? 俺は今朝5時に爺さんに起こされた時の事を思い出す。
†††
「雪螺さんと蓮と出かける。門下共の稽古と炊事、頼んだぞ」
本日は休日なので住込みの使用人(10人くらい)以外は来ない。その使用人達も爺さん一行が拉致ってしまったのでそうすると、家には俺と沙良、そして下宿している門下生しかいない。
無論、門下生達は細かいことを気にせず、修行に励むことが保証されているので、朝の炊事を手伝わせるなど論外、朝食なしなどは論外だ。
まあ、ここまでは100歩譲って良しとしよう。
問題はその他に今日に限って客人がいることだ。
和人、直葉、明日奈は何故か昨日泊まっていった。
意外と疲れていた和人は良いとして……。女子2人はどうなのか。
面倒だったので、全て沙良に丸投げした俺が言えた義理では無いのだが……。
と言うわけで、和人は決して広いとは言えない俺の部屋で、直葉と明日奈は、俺のと同じぐらいの広さである沙良の部屋で寝た。
が、まさかその部屋に突撃して朝食の準備を手伝わせることは出来ないので仕方無しに1人で台所を切り盛りしているわけだ。
「……さてと」
一通りの準備を何とか整え、割烹着を脱ぎながら道場に向かう。
下には既に胴着を着ているので、着替える必要は無い。
道場の戸を音もなく開けると、中では丁度瞑想の途中だった。
「止め」
合図と共に門下生達は瞑想を解き、各々の修行に移行する。
型を練習する者、受け身の練習をする者、竹刀を手に取り素振りを始める者。
螢はその間を歩きながら1人1人を丁寧に見ながら、時に声を掛ける。手合わせの申し込みがあれば応じる。
普段は祖父や兄がやっていることをそのまま自分も真似る。
真似ながら、螢は久し振りに懐かしい充実感を感じていた。
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一汗掻いたところで時刻が7時を回ったので、和人達を起こしに行き、全員が揃ったところで朝食を食べ始める。
昨日は帰ってきたのが遅かったので、向こうでの出来事などを話す暇はなかったが、今は時間があるので2人は昨日の昼頃からの出来事をかいつまんで話した。
「そっかぁ。微弱なシステムアシストがあれば四足歩行も難しくないかもね」
「うん。正直俺も半信半疑だったけど、感覚的にはソードスキルを発動させるのと似てたかな」
「それでいて《動かされている》っていう感覚がないのは驚いたよ」
今度は全員で協力して片付けをすると、時刻は8時半だった。
「んで?皆は今日はどうするんだ。決勝戦までは半日あるが」
「んー、私は帰るかな。一時間前にまたALOには入るけど」
「午後から部活があるので、帰ります」
「少し野暮用を片付けてきます」
女性陣は大方帰るようだ。異存はないので俺は無言で頷く。
「じゃ、俺達は家で期末考査の勉強でもしてますか」
「げぇ……」
ガクッ、と項垂れる和人に一同が笑い、解散した。
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3人を見送り、留守の者に幾つか頼み事を終えると、俺と和人は菊岡と落ち合うため再び銀座に赴いた。目的は《メイン》の中間報告で本当は俺1人でも良かったが、和人の強い希望で2人で向かうことにした。
例の店に入ると、人懐っこい笑みを浮かべたメガネの役人が手を振って待っていた。
「……あんた。ココを待ち合わせにしたときだけ来るのが早いのは気のせいか?」
「気のせい気のせい。……済まないが時間がない。手早く要点だけ言ってくれ」
俺達が席に着くとガラリと表情を変えて聞いてくる。
どうやら事は意外に悪くなりつつあるらしい。
「俺達の見立てでは容疑者は2人に絞られる。その2人が真犯人かは分からないが、今日の決勝でそれも分かるだろう」
「2人の名前は?」
「《トリスタン》、《ガノン》それぞれ、ライオンとエゾヒグマだ」
「ふむ……」
俺は続けて根拠を提示して主張の裏付けをした。しかし、俺の内心では別の考えを密かに持っていた。
―――聖獣王にならなくても、その固有技の軌道さえ覚えてしまえば、他の誰にでも真似る事が可能だ。
これはここに来るまでの間、和人と話し合った末に至ったもう1つの結論だった。
が、最初のものに比べると、根拠が薄い上に容疑者が増えるだけだったので、言わない方針に決めていた。
その後、菊岡の幾つかの質問に答え、短めの報告会は終了した。
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