ホフマン物語
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第四幕その五
第四幕その五
「残念ですが違います」
彼は笑ってこう返した。
「では一体」
「本当の勝利の女神ですよ」
「本当の」
「はい。この前熱を入れている娼婦に言われたのですよ。心をくれるのならば類稀なる幸運を授けてくれると」
「幸運を」
「それね」
ジュリエッタはそれを聞いて呟いた。
「それで私は彼女に心を捧げました。どのみち私は彼女に心を奪われていましたし同じことでしたから」
「そうだったのですか」
「それで影を失ったのね」
ジュリエッタはまた呟く。
「そして私は得たのですよ。勝利の女神の加護をね」
「それは面白い話です」
「小説の種になればいいですね」
「確かに小説向けの話ではあります」
ホフマンとシュレーミルは切られるカードの音を聞きながら話をする。
「それでははじめますか」
「あの」
だがここでジュリエッタがホフマンにまた声をかけてきた。
「はい、何か」
「少しお時間があるでしょうか」
「ええ、少しなら」
そう言いながらシュレーミルにをチラリと見る。
「私は構いませんよ」
シュレーミルは余裕を以ってこう返した。
「勝つことは何時でもできますから」
「左様ですか」
「それではその間は僕が」
「ええ。喜んでお相手を」
「はい」
ホフマンのかわりにニクラウスが入り二人は勝負をはじめる。
ホフマンはそれを後ろ目に見ながらパーティー会場を後にした。ジュリエッタに誘われて離れの部屋に向かった。
「さて、どうなるかな」
ニクラウスはそれを見送りながら呟いた。勝負よりもそちらに目がいっていた。
「ニクラウスさん」
そんな彼にシュレーミルが声をかけてきた。
「はい」
「貴方の番ですよ。どうされますか」
「おっと、それでは」
ニクラウスはカードに戻った。そして勝負に入る。ホフマンは離れの部屋に入った。ジュリエッタと二人で話に入ったのであった。
先程ジュリエッタとダペルトゥットが話をしていた部屋だ。だがホフマンはそのことを知らない。知っているのはジュリエッタだけであった。彼女はそれだけでなく全てを知っていた。だがホフマンは何も知らない。二人の話はそうした関係からはじまったのであった。
「ホフマンさん」
ジュリエッタは彼に声をかけてきた。
「ようやく二人になれましたね」
「はい」
ホフマンは何気無い声でこう返した。
「まさか貴方の方から声をかけて下さるとは思いませんでした」
「では私に声をかけて下さるおつもりだったのかしら」
「ええ、まあ」
彼は答えた。
「そのつもりでしたが」
「何と嬉しい御言葉」
娼婦、いや恋の手練を知っている女性ならではの演技で言う。そしてその身体をホフマンの腕に預ける。
「私なぞに声をかけて下さるおつもりだったのですか」
「それは謙遜です、マダム」
ホフマンはそんな彼女に対して言った。
「貴女に魅了されない者がいるでしょうか、貴女を知って」
「それは買い被りですわ。女なぞこの世には幾らでもいるもの」
彼女は言葉を返した。
「それは」
「私は一介の娼婦に過ぎません」
ここでわざとホフマンから顔を背ける。
「ですから。その様なことを仰られても」
「娼婦が何だというのですか」
これが罠であった。そして若いホフマンはそれにかかってしまった。
「貴女が例え何者であろうと。声をかけて下さったからには」
「どうされますの?」
「何があっても貴女の傍におります」
「何があっても?」
「はい」
そしてホフマンはまたしても罠にかかった。
「例え何があろうとも。そして」
「そして?」
ジュリエッタは彼を上手く導いていた。気付かれぬ様に。娼婦、いや女の妖しい一面をまだわかっていなかったホフマンはまたしてもそれにかかってしまった。
「何とあれば全てを捧げましょう。お金でも何でも」
「心もですか?」
「勿論です」
これで全ては決まってしまった。ホフマンはまんまとジュリエッタの、ダベルトゥットの罠にかかってしまった。しかしやはりと言うべきか。ホフマンはそれには気付いていない。
「そう」
ジュリエッタはそれを聞いて呟いた。顔を背けている為ホフマンからは見ることができない。だがその顔は悲しさに覆われていた。ホフマンには見せないようにしていた。そしてそれがどうしてかなぞ当然若いホフマンにはわかる筈もなかった。全てはジュリエッタの腕の中にあった。
「それじゃあ私は貴方の心を」
「喜んで」
彼は言った。
「僕の全てを捧げましょう。これで宜しいですか」
「ええ」
ジュリエッタはホフマンの腕の中で頷いた。抱いているのはホフマンであるが抱かれているのもまたホフマンであった。彼は悪魔の腕を知らなかった。
「けれど」
だがジュリエッタはここで言った。
「けれど・・・・・・何でしょう」
「いえ、何でもありませんわ」
言いかけたところで止めた。
「何でも。宜しいです」
「左様ですか」
「貴方・・・・・・心はいらないのですね」
「先程も言いましたが僕の心は貴方のものです」
彼はまた言った。
「それなのにどうして。必要だと言えましょう」
「わかりました」
そこまで聞いて頷いた。
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