| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

四十七 取り引き

「馬鹿な…ッ、木遁だと……!?」

普段からは想像もつかないほどの焦りを見せるダンゾウ。狼狽する主を部下達は不安げに振り仰いだ。張り詰める緊張。

緊迫めいたこの有様に似合わぬ、麗らかな木漏れ日。僅かでも風が吹けば、緑の波がさわさわと枝葉を鳴らす。合間から洩れる陽光が淡い陰影を地に落とした。

突如崖に生えた樹木。さんざめく枝葉が寂然としたその場で囁き続ける。ダンゾウを始め『根』の男達の頬を伝った冷や汗が地面に更なる影を落とした。


「……そうか!お前は大蛇丸の実験体だな?初代火影の遺伝子を組み込まれたか」
得心がいったと頷くダンゾウ。だが彼の期待を裏切ってナルトは微笑を浮かべた。
「ご想像にお任せするよ」
変わらぬ笑顔。サイ以上に読めないガキだ、と内心悪態をつくダンゾウの頭上から、ナルトの声が降ってくる。
「うちはサスケの暗殺中止指令はまだかな?」

催促の言葉に、ダンゾウは憤然たる面持ちで天高く腕を伸ばす樹木を仰いだ。忌々しげに告げる。
「とっくに伝令を放った」
「結構」
地面にさしたナルトの影が僅かに身じろぐ。
笑ったのか、それとも嗤ったのか。どちらにしても不愉快な事に変わりは無い。

「高みの見物とは、いいご身分だな」
再度口にした皮肉。当初と違って殺意を醸し出すダンゾウの声音に、ナルトは肩を竦めてみせた。

「兄同様、弟までもが犠牲になるこの事態が忍びなかっただけだよ」
「大した博愛主義だ。だが世界中の人間がそうとは限らない。何れ何処かで命を落とす羽目になる」

言葉の端々に込められた遠回しな催促。サスケだけではなくイタチの名誉をも回復するよう促すナルト。
言外に殺すと宣言する。此処を無事にやり過ごしたとしても各地にいる自分の部下達が貴様を追い詰める、と凄むダンゾウ。

互いに笑みを絶やさない両者。双方の会話を見守っていた彼らは皆ぞくりと寒気を感じた。


朗らかな空模様に反して怪しい雲行き。何処となく薄ら寒さを覚え、『根』の男達は武器を強く握り締めた。樹木の主と彼ら自身の主、交互に視線を滑らす。
笑顔の裏に隠された真実。それを見極めようと固唾を呑む。


一向に進まぬ押し問答にナルトが嘆息を零した。とん、と木の幹を踵で軽く叩く。
「大蛇丸を信用しているのか?」
唐突に訊ねられたダンゾウが眉根を寄せる。無言で答えを返す彼に「向こうはそう思ってはいないみたいだね」とナルトの踵が再度幹を蹴った。
途端、樹の根元に寄り掛かっていた杖がぴくりと動きを見せる。動くはずのないダンゾウの杖が徐々に変化し始めた。

否、元の姿に戻っているのだ。

その場に居合わせた者達の視線が釘付けになる。
驚愕の視線を浴びつつ、ソレはちょろりと舌を伸ばした。とぐろを巻き、従順そうにナルトへ頭を下げる。

「大蛇丸の蛇だよ。どうやら貴方は彼の信頼に値しなかったらしい」
暫し愕然と、己の杖だった動物をダンゾウは見下ろした。
次第に募る苛立ちは、大蛇丸に裏切られたという事よりも、気がつかなかった自分自身に向けられる。身近、それも杖に変化させられていた蛇なんぞに監視されていたかと思うと虫唾が奔った。

「…そんなもの、こちらから願い下げだ」
懐から取り出したクナイで蛇を突き刺す。断末魔も上げず絶命した蛇を見下ろし、改めてダンゾウはナルトを見上げた。
認めたくはないが彼の指摘が無ければ大蛇丸に自身の手の内が隅々まで知られていたかもしれない。少しばかり折り合いをつける。

「…イタチの件だが、非常に難しい問題だ。奴が大罪人だという事は既に知れ渡っている。周知の事実を今更撤回出来はしない」
「だが上書きする事は出来る」
毅然とした声がダンゾウを否定する。そしてにこやかに「世界中に部下がいるんだろう」とナルトは言葉を続けた。

「噂を流すなど貴方なら造作も無い」
「罪人では無かったなどという噂で塗り潰せると?」
「人は思い込みで左右される。現実を動かすのは真実より思い込みだよ」

静かに苛烈する論争。押し黙ったダンゾウにナルトは畳み掛けた。


「大木を支えるはずの根が実は腐っていたと知ったら…里人は何と言うかな」


しん、と落ちる沈黙。うろたえる部下達の眼前でダンゾウの肩が震える。やがて顔を上げた彼の双眸には激しい怒りが込められていた。
「…何が言いたい?」
「頂点というものは民衆がいなければ成り立たない」
ダンゾウの怒気に曝されても物怖じ一つせず、ナルトは炎を指先に灯してみせた。青い光がチラつく。

「言い忘れていたが、こいつにはもう一つ習性があってな。一度焼いた紙媒体の種類も憶えていて、それと同じ種類全てに情報を転写出来る。たとえば火影室隣にある資料室。あそこにある巻物を以前燃やしていたとしたらどうする?」


木ノ葉病院。月光ハヤテの病室にて『地の書』を燃やしたナルト。
その理由は、またもや炎の習性に基づく。情報の次に焼失した物と同じ種類の物が他にもある場合、それら全てを遠隔操作で発火させる事が出来るのだ。この場合火影室傍の資料室にある数多の『地の書』。ナルトが一度指を鳴らせば、資料室にある『地の書』は一斉に燃え上がる。

その際、完全に燃え尽くす事も紙面に転写させる事も彼の思うがまま。

とは言え、仮に行うとすれば後者であろう。ダンゾウが大蛇丸と繋がっていたという驚愕的事実が、複数の忍びが行き交う資料室―それも火影室傍で発見されるのだ。つまりこの炎さえあればナルトは何時でもダンゾウの不正を白日の下に曝す事が出来る。
もっともそれは最終手段であり、ナルトは元より実行するつもりはない。全ては目的を達する為の手立てに過ぎない。



「今まで貴方が行ってきた不正全てを明るみにしたいのならば、止めはしないがな」
皆に認められてこその火影。火影になる事をなにより望むダンゾウへ痛根の一撃を加える。


「民あっての王だ。違うか?」



















「ワシを脅すか」
「何度も言わせないでくれ。これは頼み事でも脅迫でもない。取り引きだよ」

見下ろす青い双眸。木漏れ日がナルトの髪をきらきらと光らせる。
樹の枝上にいる彼は見知らぬ者が見れば天使のように見えるだろう。だがダンゾウにとってはこれ以上ないというくらい憎たらしい悪魔だった。

いきなり里に現れた、しかも子どもに輝かしい火影への道を壊される。今まで築き上げてきたもの全てを台無しにされる。
屈辱に耐え切れず、ダンゾウの指先が無意識に右眼の包帯に触れた。解こうとする。だがその素振りはナルトの一言で遮られた。

「此処にいるのは味方ばかり…そう思い込まないほうがいい」



瞬間、何処からか殺気が放たれた。



決して眼前のナルトからではない。だが殺気の矛先は確かにダンゾウ一人へと向けられていた。仲間がいたのか、と苦々しく舌打ちする。出所を探ろうと視線を巡らしながら「ワシを殺すのか」とダンゾウはナルトに問い質した。

「まさか。せいぜい記憶を消させてもらうよ……三代目火影と同じように」
ナルトの何気無い言葉にダンゾウは目を瞬かせた。
ヒルゼンの記憶は消されたのか。いつ、何の為に。

怪訝な顔をするダンゾウ。返答を求めるその視線に気づいていながら、ナルトはその身を空に投げ出した。高い枝から飛び降りる。


とんっと軽やかな音を立てて、彼は地上に降り立った。横たわる蛇の死体の傍らで、取り引きを持ち掛ける。


「せめてイタチの罪を軽くするように手配してくれ。サスケの暗殺中止を差し引いたとしても、逆賊の濡れ衣は彼一人では重過ぎる」
「…だがもしイタチがこの里に戻って来た場合はどうする?」
突き刺さる殺気を背に感じながら、ダンゾウが訊ねる。

自分の管轄である『根』に、イタチに手を出すな、と事前に告げていたとしても、それ以外の忍び達は躍起になって彼と敵対するだろう。

「ならば里に来た場合こちらが対処する。その際イタチ及び彼の仲間と対峙する者が誰であっても見逃してほしい。それが例え指名手配されている抜け忍であっても」
ダンゾウに反論する暇さえ与えず、ナルトは言葉を続けた。

「火影直属である表の忍びにもそのように通達してもらおう。裏で手を回していただきたい」
次々と挙げられる条件にダンゾウは顔を顰めた。だがチラつく青い炎にやむを得ず頷く。



『うちは一族殲滅事件』の真相も、自分を破滅に追い込む真実も、その手に握っているナルト。
ならば彼の死が己に安穏を齎すと考えたのだが、木遁忍術を目の当たりにしてダンゾウの思考は払い拭われた。また、更に次々と己を追い詰める周到さが逆に気にいった。

欲しいのだ。その年で木遁を自在に扱うその技量も自分と渡り合えるその話術も何もかもが。

この子どもが己の手元にいればどれだけ力強いだろう。『根』の中でもさぞかし立派な右腕となろう。仮に大蛇丸の実験体であろうが部下であろうが、必ず『根』に引き入れてやる。いや、むしろ大蛇丸には勿体無い。

危険人物には違いないが、その存在の器にダンゾウは魅せられた。そう思わせる何かがその子どもにはあった。




何時の間にかナルト自身を部下に欲し始めたダンゾウは「パイプ役が必要だ」とやけに決然と提案した。
「この取り引きが上手くゆく為にも。…本来ならば署名が施された血判状が最適だが、証拠の品があってはまたお前に弱みを握られる可能性がある。だから今度は生きた証人を使う」
「……いいだろう」
急になぜか取り引きに積極的に応じるダンゾウ。その変わり様に内心首を傾げながら、ナルトは彼に承諾を返した。

「それではこのサイを…」
「待て」
ダンゾウの推薦を遮って、ナルトが木の幹に手を触れる。途端、樹木の太い腕が撓ったかと思うと、崖下の出っ張った岩場に潜んでいた人物を引き摺り出した。


唖然とする『根』の前に転がり出た彼は、身体を強張らせ、声にならぬ悲鳴を上げる。


「…お前は確か……」
顔を覗き込んだダンゾウがその者の名を告げた。顔色の悪い男の顔が更に悪くなった。
「月光ハヤテだったな。こんなところで何をしている」
「どうやら聞き耳を立てていたらしいな」
白々と言ったナルトをハヤテは睨みつける。そしてダンゾウに向き合うと早口で弁解した。

「ただの通りすがりですよ、ゴホッ。カカシさんにサスケ君の試合が近い事を教えただけでして…」
「それは親切な事だ。だがお前は木ノ葉病院で療養中だったはず。こんな場所でうろうろしているとは………火影の命令か」
もしやと怪しむダンゾウに、ハヤテは慌てて声を荒げた。

「いえ、偶々です…ゴホっ。病院を脱け出してすぐ帰るのもあれでしたから散歩を…」
「そんな嘘、誰が信じるか!」
ハヤテの言い分を真っ向から否定する『根』。息巻く部下達を抑えるダンゾウの耳にナルトの涼しげな声が届く。

「ちょうどいい。彼をパイプ役にしよう」



一瞬の沈黙。暫しの間を置いて、ダンゾウは「正気か?」と眉を顰めた。不満げな彼にナルトが小さく微笑する。

「彼は中間だ。『根』の息が掛かっている者ではないし、俺の仲間でもない。表の忍びだ」
さりげなく自分の推薦候補を否定され、ダンゾウの眉間の皺が深くなる。けれど彼は部下が耳打ちした一言で思い直した。
「月光ハヤテがうずまきナルトと接触したのは中忍予選試合のみ。更に彼を試験失格にした張本人ですから、仲間ではないでしょう」

その通りだった。現に目前の二人の間には仲間を思わせるモノなど何一つ存在していない。ただハヤテが自分を引き摺り出したナルトを睨んでいるだけだ。
ダンゾウと部下の秘かなやり取りに気づかぬふりをして、ナルトが念を押した。

「くれぐれもイタチの件、忘れないでもらおう。またイタチにサスケを大蛇丸に引き渡そうとしたことを話されたくなかったら、彼には二度と手を出すな」

そこで言葉を切ったナルトがハヤテをちらりと見遣る。鋭い視線に苦笑しつつも「大事な証人だ。丁重に扱う事を勧める」とハヤテの命の保証も取り引きの内に含んだ。
「…わかった。これから先、お前に連絡したい時はこの者に伝言を頼もう。それでいいな?」
渋々ながら了承したダンゾウにナルトは頷きを返した。状況判断が出来ていないハヤテを置いて、取り引きはようやく完了した。


その時、猫の声が高らかに崖上で響き渡る。まるで取り引きが終わった瞬間を見計らうように。


鳴き声に気を取られたダンゾウが後ろを振り返る。彼同様『根』も背後に視線を投げた。
そして次に顔を前に戻した時、目の前にあった巨大な樹木は跡形も無かった。衝撃に見舞われ、大きく目を見開く彼らの視界に映るのは嶮しい崖上で唸る風のみ。


ナルトの姿は忽然と消えていた。












寸前までナルトがいた地点を愕然と凝視する。我に返った部下の一人が逸早く号令をかけた。
「急げ!まだこの近くにいるはずだっ!!」
ナルトの行方を探索しようと今にも飛び出そうとする。しかしながら慌てふためく彼らを、『根』の創始者は冷静に押し止めた。

「やめておけ。無駄だ」
「しかし…っ、」

部下の進言を問答無用で切り捨てて、崖から眼下の森を見下ろす。波打つ緑の海原を眺めるダンゾウの瞳には渇望の色があった。

「それより伝令を放て。『うちはイタチは逆賊ではない』『あの事件は彼一人の判断ではなかった』と」
「よ、よろしいのですか!?」
「どうせ誰も信じはしない。だが暫くはあの子ども…いや、うずまきナルトに従ってやろう」

一度双眸を閉じたダンゾウは、自身に陽光を降り注ぐ太陽を仰いだ。戸惑う部下達の中でサイは見た。主の愉しげな顔を。
『根』の者達に囲まれて警戒の面持ちだったハヤテが顔を伏せる。だが俯いた顔は秘かにほくそ笑んでいた。


光環を抱く太陽は、澄み切った空で燦々と輝いている。天高く光を降り注ぐ、遠くて近い存在。
雲間から射し込む光芒を捉えようと手を伸ばす。擦り抜けた陽光を拳に閉じ込めて、ダンゾウは薄く笑った。

「うずまきナルト…。お前は『根』にこそ相応しい……」















動かぬ蛇をそのままに、ダンゾウは月光ハヤテを伴って崖を離れた。完全に彼らの気配が遠退いた事を確認する。様子を窺っていた彼はゆっくりとその身を起こした。

潜んでいた蛇の影。影と同化していたナルトは術を解いて先ほどと同じ場所に佇んだ。
眼の端に映った動かぬ蛇の死体に笑みを浮かべ、再び印を結ぶ。幻術を解くと、そこにあったのは物言わぬ、ただの杖だった。

大蛇丸とダンゾウの繋がりに亀裂を入れる。その為に幻術で杖を蛇に見立てたのだ。

だが上手くダンゾウの眼を誤魔化した張本人は浮かぬ顔をしていた。岩場に腰掛け、口元を隠すように両手を組む。
(やはり予想通りにはいかないか…)
うちはイタチの汚名返上。当初の目的を完遂出来なかったとナルトは目を閉ざした。予め瞼に描いていた想像とは僅かに違う結果。

正直なところ、彼がうちはサスケの暗殺の企みに気づけたのは本選が始まる寸前だった。イタチの名誉が完全に回復するのを望んで、ダンゾウとの取引材料を事前に用意しておいたのだが、サスケ暗殺を阻止する為には聊か条件が足りなかったようだ。

実際、イタチの身になって考えれば、サスケを優先するだろうとナルトは理解していた。長年のつき合いだ。イタチの考えなど手に取るようにわかる。だから彼は切り札をサスケに用いたのである。けれどやはり予想通りに事が運ばなかった現実を彼は嘆いていた。


物憂げに一度吐息を漏らした後、ナルトは自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「…始まりはこれからだ」
改めて眼を開ける。空の青より深い瞳の青が妖しく輝いた。


本選会場にいるであろう彼女に連絡をとる。【念華微笑の術】でナルトは訊ねた。
『サスケは無事か?』
真っ先にうちはサスケの安否を気にするナルトの脳裏で、怒鳴り声が響く。

『開口一番それかよ!!』
『生きてるのか?』
『…我愛羅との試合で疲れてるみてーだけどな。ピンピンしてらあ』

サスケが生きているという事はダンゾウが無事暗殺中止指令を出したという事。多由也の不貞腐れた声を聞き流しながら、ナルトはほっと安堵した。

『それより始まるぜ、ナルト』
少し声を落として多由也が囁く。その声音には緊張が滲んでいた。



『木ノ葉崩し、開幕だ』
刹那、森向こうの木ノ葉の里でドオンッと地鳴りが轟いた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧