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ソードアート・オンライン 幻想の果て

作者:真朝
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エピローグ

彼方で貫かれた突撃槍(ランス)もろともアバターをポリゴンの欠片に変じさせ、砕け散ったアルバの最期を見届けると、シュウは暫しの硬直の後、その場に膝を着き崩れる。
人を自分の手で殺した、その実感がじわりと広がっていき、吐き気がこみ上げてくるような不快感を感じる。ここはゲームの中であるというのに、気を抜けばすぐにでも胃液が逆流してきそうな程だった。

人殺し、現代社会において最大級の禁忌(タブー)を犯したことによる苦しみは想像以上だった。当然ではある、死という名の自意識の断絶は想像するだけで誰もが恐れるものだ。それが自分の身に降りかかる時など、誰かに与えることなど、狂人を除き誰が望むだろうか。
ましてやシュウは人生を悟りきった賢者でも、死後の世界を信じきれるほど敬虔な宗教者でもない、人並みに死を恐れる身にその行為は自信の精神をも深く抉る行いだった。

だが――と、シュウは胸の内を満たす気持ちの悪さに顔を歪めながらも、立ち上がりアルバが散り果てた地を見据える。彼を殺すと決めたのは自分自身、これから彼のことを思い出すたびに今感じている苦しみと痛みを思い出すのだろう。しかしそれから目を逸らすことは出来なかった。
彼の生き方を認めた自分が目を背ければ、この世界で生きようとしたアルバートという名の少年の存在は残らない。ただの現実から目を背けた哀れな少年として記憶の隅に追いやるには彼と自分は親しみすぎていた。

それが輝く槍に穿たれながらも死の瞬間笑みを浮かべた少年への唯一の手向けであるような気がして、シュウはこの世界での彼の名を忘れぬよう、苦い思いと共に深く脳裏に刻むことにしていた。深く息を吐き、シュウが空を見上げるとそこには変わらず星空の円環が浮いたアインクラッドの夜空がある。

「いい景色なのに、悪い意味で忘れられそうにないな……一生、恨むぞアルバ」

誓いを立てるように、胸を押さえてシュウが絞り出したその声は、まだ少しだけ震えていた。



   *          *          *



アルバとの死闘から三日後、シュウはフェルゼンにある老鍛冶師、ミドウの店を訪れていた。赤々とした火が灯る炉、桶の中で水に浸けられた砥石。店の奥に設置された鍛冶系プレイヤーの工房で店主であるミドウの作業、オーダーメイドされた武器の生成作業をシュウは見守っていた。
赤熱したインゴットにミドウが黙々とハンマーを振り下ろす度に小気味の良い金属音が響く。信用回復のクエストをこなしカーソルの表示を犯罪者(オレンジ)カラーから回復させた後、あの戦いで消失した突撃槍(ランス)の代わりとなる武器の製作をシュウは依頼していた。

今ミドウがハンマーで打ち続けているインゴットは武器落とし(ディスアーム)によりドロップされたアルバの両手剣をインゴットに戻し、シュウが持ち込んだ金属素材と合成したものだ。亡き彼の武器を示しこの依頼を行ったシュウにミドウは一言、「承知した」とだけ答え何の事情も聞くことなくすぐに作業に入っている。
シュウとアルバの間に何があったのかは薄々と察していそうな彼であったが、その沈黙に甘えシュウも自分から事の経緯を話すことはしなかった。

二人に見守られる中、数百の金槌で打ち鳴らす音が響いたとき、インゴットが白光を放ちながらその形を変じさせはじめる。ジェネレート作業が完了した証だ、インゴットは見る間に鋭く細く伸び、指定された武器カテゴリである突撃槍(ランス)の形状へ形を変えていく。

「完成だ」

形成を終え、打ち上げた短突撃槍(ショートランス)を取りクリックして武器の詳細データを確認すると、ミドウは突撃槍(ランス)をシュウに差し出す。

「名は《エンデ・イルズィオン》だな、前のより少しばかり重くなっているぞ」

柄を向けて差し出されたそれを手に取ったシュウは、ずっしりと手にかかる重みを感じながら見回したそのディテールに思わず見とれていた。
以前の武器を素材にしたわけでもないのに、その形状は《シュルツェンリッター》と同じく護拳を備えている。しかし明確に異なるのが色合い、鋭い槍身は素となった両手剣が持っていた燃え上がるような赤に色づいている。
その色と増した武器の重みはまるで、両手剣の持ち主だった彼のこの世界に残した未練が宿ったかのようだった。

「確かに、重いな」

「扱えそうか?」

「筋力値はまだ伸ばせるし、なんとかなる」

突撃槍(ランス)を構え突き、払う動作を数度繰り返しシュウは新しい武器の感覚を試す。
腕に馴染むには暫くの時間がかかりそうだが、攻撃力は増しているのに加え以前の槍と変わりない運用が可能な出来にシュウは満足していた。

「いい出来だ、ありがとうミドウさん。お代はいくらになる?」

背のホルダーに突撃槍(ランス)を吊り、武器製作の代金を尋ねたシュウに、ミドウは小さく首を振り答える。

「ツケにしておく」

「は……? いや、武器一つ分ぐらいの金なら十分持ってると思うんだが」

支払いを済ませようとするシュウの言葉にもミドウは頑として首を縦に振らず、受け付けなかった。素材持ち込みとはいえオーダーメイドの武器製作の代金相場は決して安いものではないのに、ミドウのその対応はシュウに理解できなかった。

「お前は借金を踏み倒すような真似はせんだろう」

「それはそうだが、今払えば済むことじゃないのか?」

「いや、この支払いはお前が次に武器を作り直すとき、無事に帰ってきてからにしてもらう」

その言葉でシュウはミドウの意図するところに気付きハッと目を瞠る。彼の目的は自分の懐事情を慮ってのことではなく、借りをつくらせることで自分を縛ろうとしているのだと。

「……お前らのような若い人間が儂ら老いぼれより先に死ぬなどな、本来あってはならん。こんな世界だ、命を賭けて臨まなければならん時もあるかもしれんが……自分の身を粗末にだけはするな、生きて帰れ。それを皆望んでいる」

「ミドウさん……」

深い哀しみの色を湛えた瞳でそう言うと、ミドウは顎をしゃくり鍛冶屋の表に繋がる扉を示すと、それにタイミングを合わせかのように勢い良く扉が開く。

「シュウ――このバカっ!」

「シュウ君!」

そうして飛び込んできたのは馴染み深い職人クラスの少女、リコとマリだった。二人はシュウの姿を認めるとじわりと瞳に涙を滲ませて彼の名を叫びながらとびついていく。
身を投げるような勢いのそれに驚きながらもシュウは二人を受け止める。二人の少女はしがみつくようにシュウに縋ると、感極まったように顔をくしゃりと泣き顔に歪ませる。
困惑するシュウに、少女たちから一歩遅れて工房に入ってきた少年が声をかけた。

「おかえり、シュウ」

「トール……すまない、心配をかけたみたいだな」

穏やかな笑みを浮かべて出迎えの言葉を口にしたトールにシュウが答えると、マリが伏せていた顔をがばりと起こし叫ぶように言葉を浴びせかけた。

「そうよ!本当に心配したんだからね!……追跡機能は切ってるし、トールは全部話してくれないし……リコなんか毎日生命の碑まであんたの無事を確認に行ってたんだからね」

「ぐすっ……もう、マリちゃんも一緒だったじゃない」

「ちょっ!?リコ、それは言わないでって言ったじゃない。大体あたしはリコを一人で行かせるのが不安だっただけなんだから……」

リコの指摘に慌てた様子で口篭る少女の様子にシュウが思わず口元をほころばせると、マリはぷくりと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
カーソルがオレンジの間、不用意に彼女たちと接触すればいらぬ風評被害を及ぼしてしまうのではないかと考えたシュウは少しの間会えない旨をメッセージで知らせると、この三日間知り合いと接触を絶っていた。
アルバがMPK行為に及んだ事の真相をシュウは自分の胸のうちにしまっておくつもりでおり、詳しく事情を明かさないままでいたため当事者であるトールや関わったヨルコら以外の人間には失踪の理由も分からなかっただろう。

「怖かったよ……」

「え?」

「傍に居る人が急に居なくなるのって、本当に怖いんだよ……だから、シュウ君が帰ってきてくれて、本当に良かった」

生命の碑を確認していたということはアルバの死を二人は既に知っているのだろう、しかし少女たちは何があったのかを薄々感じ取っているのか、そのことを問いたださずに、なによりもシュウの無事を喜んでいた。
絞り出すような涙声でそう語るリコの言葉が、シュウの胸を衝く。そしてそこまで自分を想ってくれているこの人達のもとに帰ってこれたことの喜びがじわりと広がっていくのを感じていた。
同時にシュウの脳裏には二人の人物、ひょうきんな姿を装ってばかりいた父親とそれを笑顔を絶やさずに支える母親の面影がよぎっていた。

一人息子として二人には十分に愛されていたと、シュウは自覚している。幼い頃異国の血が混じった顔立ちのせいで陰湿ないじめを受けたとき、小学校に怒鳴り込んだ父の見たことも無かった憤怒の表情は今でも目に焼きついていた。
現実世界でおそらく寝たきりでいるのだろう自分を両親はどう見ているのだろうか、おそらく彼女たちのように不安に苛まれながら自分の帰りを心待ちにしているのではないかとシュウは思いを馳せる。

それがこの世界から帰らなければいけないとシュウが思う、最大の理由だった。きっとこの世界での生を望んだアルバには、自分の帰りを待っていてくれていると、信じることができる相手がいなかったのだろうとも察していた。
三日もの間レベリングから遠ざかっていた遅れを取り戻さなければならない、その前にと、シュウは目の前の少年少女たち、そしてその言葉を伝え忘れていたミドウに向けて口を開く。

「待っててくれてありがとう……ただいま」

思いのままにシュウがその言葉を口にすると、少女二人は顔を上げ、泣き笑いのような顔になりながらもはっきりと、声を重ねて応える。

「おかえり」

と。 
 

 
後書き
大分間が空いてしまいましたがようやく更新することが出来ました。全く文章が思い浮かばないというか別の書きたいものの構想ばかり浮かんで……

ちょっと切り方悪いような感じもしますがこれ以上書き進めてると会話続きのシーンが下手なせいかぐだついてきてしまったため早めに終わらせてしまいました、書き方試行錯誤中で書き方をころころ変えたりした場面もあり申し訳ありません。

一応これにて当作品は完結となります、細々と続けさせていただいておりましたが終わらせることができたのは評価を入れてくださった方々、お気に入り登録してくださったかたがたのお陰です。ここまでお付き合いして頂けた読者の方々本当にありがとうございました。 
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