西部の娘
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第一幕その一
第一幕その一
第一幕 酒場
カルフォルニアのとある酒場『ポルカ』。木造のこの少し傷んだ店に誰かがやって来た。
もう夕暮れ時である。荒れた山場にあるこの店はこの時間になると仕事を終え疲れた男達がやって来る。言わばこの店は故郷を離れ金を捜し求める彼等の癒しの場であった。
「少し早く来過ぎたかな」
男は店の中を見回して言った。
黒い服の上に丈の長いコートを着ている。短く切った黒い髪に口髭を生やしている。三十を過ぎたばかりの精悍な顔立ちの男である。
「ミニーどころか他の連中もまだか」
彼はそう呟くとまだ暗い店の中を進んでいった。木のテーブルや椅子がその薄暗闇の中に見える。
「さてと」
彼はカウンターん席に腰を下ろした。
「皆が来るまで一服するか」
そう言うと懐から葉巻を取り出した。
マッチでそれに火を点ける。そしてそれを吸い白い息を噴き出した。
する遠くから声が聞こえてきた。
「来たか」
彼は店の入口へ顔を向けた。そこからは山が見える。登頂に雪があるその山は夕陽を浴び薄紫と黄金色にかすんでいる。
その光も次第に弱まっていく。そしてそれを懐かしむように声が店に次第に近付いて来る。
「さあ、一杯やろうぜ」
中年の男の声がした。そして鉱夫達が店の入口をくぐった。
「よお旦那、今日は早いね」
彼等はカウンターに座るその男を見て声をかけた。
「今日は暇だったんでな。いつもより早く来ることが出来たんだ」
彼は葉巻を口から離して言った。
「そうかい、保安官も色々と大変だからなあ」
鉱夫の一人がそれを聞いて言った。
「そういうわけでもないがな」
彼は葉巻を手にしながら言った。
「それはどういうことだい?」
別の鉱夫が尋ねた。
「御前達と盗賊共が大人しくさえしてればな」
彼はそう言うとニヤリ、と笑った。そして腰の拳銃を見せつけた。
「おいおい、ランスの旦那は相変わらず物騒だな」
鉱夫達はそれを見て言った。
「物騒なものか。これが無ければ西部では生きていけないだろうが」
ランスはその拳銃を指差して言った。
「これがなければコヨーテも退けられないんだぞ」
「それに盗賊もね」
店の入口から声がした。
「全く物騒なところだよ、ここは」
見れば小柄な男が店に入って来る。
「まあそれでも商売が出来るだけまだましか」
彼は笑いながら言った。
「そうだ、あんたがここで食べていけるのは俺達のおかげだぜ」
「ニックさん、それはわかって欲しいな」
鉱夫達は口々に言った。
「ああ、わかったわかった」
ニックと呼ばれたその男は鉱夫達の声を適当にあしらいながら暖炉の前に来た。そして暖炉に火を点け店のあちこちに置かれているランプに石油を入れそこに火を灯した。
「これでよし」
彼はそれを終えるとカウンターに入った。
「じゃあ皆楽しく一杯やってくれ」
これを合図に男達は席に着いた。そして酒を飲みカード遊びに興じだした。
「ニックさん、バーボンを一杯」
「あいよ」
ニックは注文のあった席へ向かう。
「こっちは夕食を。何がある?」
「塩漬けの肉ならあるよ」
「じゃあそれを」
そうしている間にも鉱夫達は次々と店に入って来る。そして席に着き注文をし歌やカードに興じる。
「ふう、いつもながら忙しいな」
ニックはカウンターに戻って言った。何処かその忙しさを楽しんでいるようである。
「旦那は何を注文しますか?」
彼はカウンターに座るランスに対して尋ねた。
「そうだな。テキーラを一杯」
彼はカウンターの後ろに並ぶ酒瓶を見ながら言った。
「わかりました。旦那はテキーラがお好きですね」
ニックは注文を受けて言った。
「まあな。初めは抵抗があったんだが慣れると美味い」
彼は前に出された瓶を見ながら言った。
「メキシコの酒だけどな」
戦争が終わってかなり経つとはいえまだメキシコへの感情は良くなかった。ましてやこの地はかってはメキシコ領である。
「俺もメキシコの連中とは色々あったしな」
「例の盗賊共ですか?」
ニックは顔を暗くして言った。
「ああ。近頃またこの辺りをうろついているらしいな」
彼はそう言うとテキーラを一口飲んだ。
「まあ何れ全員捕まえてやるさ。そして一人残らず縛り首だ」
「早く捕まえて下さいよ」
「ああ。このジャック=ランスの名にかけてな」
彼はこう見えてもこの辺りでは有名な人物のようだ。まあ腕が立つから保安官をしているのだろうが。
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