失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始【第一巻相当】
第十五話「流転」
前書き
早速、更☆新!
肉体言語という名の教育的指導を終え、小宮には一カ月の自宅学習を下した。
本来なら停学もしくは退学の扱いになるのだが、新入生で初犯という点からこのような甘い処分を下した。まあ、次は問答無用でしょっぴくがな……。
陽海学園に勤務している職員の大半は職員寮に居を構えている。人間界からわざわざ通っているヒトは極々少人数だ。
御子神理事長に仕事を斡旋してもらう前にマンションを購入してしまったため、俺も自宅からの通いである。
スーツに着替えて必要な書類などを鞄に積める。
「これでよし。じゃあ行こうか、ハク」
「はい」
テーブルの上で身支度が整い終えるのを待っていたハクは差し出した手の上を駆け登り定位置である肩に乗る。
一匹の狐を引き連れて学園行きのバス停に向かった。
バス停には既にバスが停留しており、俺が姿を見せると圧縮空気が抜ける音とともに扉が開く。
運転席に深く腰掛けながら手にした葉巻を目一杯吸い込んでいる男性が俺に視線を向けると口角を吊り上げた。
「来たな青年」
「どうも。相変わらず時間ぴったりにやって来ますね」
「ヒヒヒ……決められた時刻を守るのは社会人としての常識だぞ」
「ごもっとも」
男性はこのバスの運転手だ。制帽から覗く顔は常に影が出来ており、暗い眼光が灯っている。
聞けば御子神理事長の友人とのことだ。あの人の友人は皆、顔が影で隠れているのだろうか。
車内は無人。運転席の手前の席に座った俺はハクを肩から降ろして膝の上に乗せる。
このバスを利用する人は滅多にいない。というのも、このバスは唯一人間界から陽海学園に通じる次元トンネルだけを走行するからだ。新入生が入学する春には利用者が増えるが、全校生徒は学生寮に入居することを義務付けられているため、いつもは俺一人である。職員寮に入居していない俺以外の先生方は独自のルートから通っているらしい。
まあ、俺もやろうと思えば自力で通えるのだが、毎回そんな面倒なことはしたくない。なら楽に通える選択肢を選ぶのも当然の帰結と言えるだろう。ただ疑問なのが、このバスはどこの株式会社のものなのだろうか。神奈○バス?
「そこの九尾は学園には慣れたかい?」
「え、ええ、まあ。千夜がいますのでなんとか……」
膝の上で丸まっていたハクが急に話しかけられてビクッと体を震わせた。運転手と理事長が苦手なため彼らと会話を交わすだけで落ち着きがなくなる。なんでも得体が知れず不気味とのこと。
――確かに理事長だけでなくこの運転手も謎が多いな。いや、三大冥王という肩書がある分まだ理事長の方がマシか。片や三大冥王の一人であり学園の理事長で、片やバスの運転手だからな。
名前も身元も分からないヒト。バスの運転手で男性、それと葉巻が好きという点しか解明あれていない。押し殺された妖気から妖怪だと分かるが、何の妖怪までかは推測もできない。
色で例えると前が見えないくらい凝縮された漆黒の闇のような妖気。この妖気の質と濃度からして恐らく大妖だと思うが。
「ヒヒ……相変わらず懐かれてるねぇ。だけど油断しちゃいかんよ。なにせ妖怪学園は恐ろしいところだからなねぇ」
肩を震わせて陰鬱な笑い声をあげる運転手にハクの白い毛を逆立つ。宥めるように優しく背中を撫でると、落ち着いたのか逆立った毛が元に戻った。
「まあ大丈夫ですよ。こう見えてハクは強いですからちゃんと自衛できますし、俺もついていますから」
「ヒヒヒ、確かに青年がいれば安心だね。なにせ裏の世界を震撼させたあの『殲滅鬼』が保護者なのだから」
「そこまで大層なものではありませんけど」
「謙遜も度が過ぎれば嫌味に聞こえるぞ? 受けた依頼の達成率は百パーセント。しかもかの真祖を葬った君はちょっとした伝説扱いだ。とはいっても、アルカードを知る者の間だけだがね」
「そうです、千夜はすごいのですから自信を持ってください」
なぜかハクまでもが便乗してつぶらな瞳で俺を見上げてくる。どこか気恥ずかしさを覚えた俺はわしわしと乱雑に子狐の頭を撫でた。
「わぷっ、何をするんですか!」
ちょっと聞いているんですかー! という声を右から左へ聞き流す。しかし、相変わらず滑らかな触り心地だな。四六時中撫でていても飽きないだろう。
魔性とはこのことか、と馬鹿なことを考えていると、がぶっと手を噛まれた。甘噛みのため痛みは全くない。ハムハムと手を噛み続けるハクをコロンと仰向けに転がして、その柔らかなお腹を擽る。
「きゃっ、ちょ、ちょっと千夜! あは、あははははっ! そ、そこはやめてって……! はははははっ! ダメだって……いってるでしょう!」
「うおっ」
小さな火の玉が目の前で灯り、思わず手を引いてしまう。荒い呼吸を繰り返していたハクがキッと眦を吊り上げた。
「まったく……急に乙女のお腹を触るなんて、千夜はデリカシーがないです」
「乙女?」
「……なんですか?」
ジロッと怖い目で見上げてくるハクさんに「いえ、なにも」と返しつつ視線を切る。
乙女をからかってはいけない、どうやらこれは種族の壁を越えた共通認識らしい。
「ヒヒヒ……仲がよくて羨ましいことだ。ところで青年、新入生が今年入学したのだろう? どうだね、彼らは」
「そうですね……まあ、例年通り元気な子が一杯いますよ。おかげでこっちは休む暇がありませんし」
「今に始まったことではないだろう。設立当初なんか毎日が戦争だったな」
「では、大分マシになってきましたね。さすがに戦争を起こす生徒はいませんから」
「ヒヒヒ、違いない」
談笑しているうちに四次元空間を抜けて陽海学園の敷地内に入った。
運転手に礼を言い、学園までの長い道のりを歩き続け正門前に到着する。現時刻は六時丁度。
まだ学生たちが登校してくる時間まで二時間以上あるため、生徒たちで賑わう正門も今は人影の一つもない。
職員玄関を通り、無人の廊下の中、足音を鳴らしながら廊下職員室に向かう。
他の職員より早く出勤するため職員室に一番で足を踏み入れるのは俺だ。電気をつけて窓を開けて換気すると、自分の席に座る。
肩から飛び降りたハクが机の上で丸くなるのを横目に、須藤とシールが貼ってあるコップを片手にコーヒーを入れる。コーヒーを淹れるのが趣味の先生がいるため、キリマンジャロやエルプレッソ、まで幅広く揃えてある。
教材を取出し、今日行う授業をざっと見直す。
「えーっと、今日の授業は……午前に二回、午後に三回か。最初は二年三組だな」
学園で使用する教科書は人間界に普及されている一般の教科書と同じものだ。
俺が担当する科目は生物学と道徳であり、使用する教科書は【道徳教科書~善く生きるための七十の話~】と【生物学~生き物とは~】のみ。
道徳と言ってもそんな難しいものではない。教えているのは本来小中学校で習うレベルのものだ。ここに通う学生の多くは今まで学校に通ったことがない者、親に教養を身に付けさせてもらっている者ばかりだ。
妖専門の学校は非常に数が少なく、ここ陽海学園以外の学校はわずか二校しかない。必ずしも学校に通えるというわけではないのだ。
ちなみに、他の二校も人間との共存を理念としている学校らしく、妖怪学園と同様に人間との共存の仕方を教えているらしい。
いつの間にか穏やかな寝息を立てているハクを撫でつつコーヒーを飲んでいると、他の先生方が顔を見せる。
「おはようございます、須藤先生。相変わらず早い出勤ですな」
「おはよう。あら、ハクちゃんは寝てるのね」
バリトンが効いた男の声と、色香を含んだハスキーな女の声。中山先生と及川先生だ。
中山聡先生は国語を担当しており、一年五組の担任だ。三〇代後半で一八〇センチの長身に筋肉質の身体をしている。禿頭で強面なのも相まって、一見すると近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
しかし見た目とは裏腹に熱血教師として学園では名が通っており、暑苦しいが気さくで非常に生徒思いの良い先生である。昨年、お嫁さんをもらい、今年女の子が生まれたとのこと。良好な家庭を築けて幸せの絶頂にいる。
及川美冬先生は家庭科の担当で一年二組の担任でもある。二〇代後半で背中の半ばまである艶やかな黒髪にスラッとした肢体。それでいて出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、モデルもかくやという肉体を持っている。
切れ長な瞳に整った顔立ちはクール印象を受けるが、外見とは真逆、明るく陽気な性格をしている。
色々な生徒から相談事を持ち掛けられ、真剣に考えて一緒になって悩んでくれる心温かい先生だ。コーヒーを入れる趣味を持ち、よく先生が入れたコーヒーをご馳走させてもらっている。
ちなみに一番多い相談事は恋愛相談らしい。確かに美人で気配りもでき、恋愛経験が豊富な印象を受けるが、本人は交際の経験は皆無とのこと。酒の席では酔った及川先生に「付き合ったことのない私がどうやって恋愛の助言を与えればいいのよ~っ! うぇええええん!」と絡まれたのは記憶に新しい。泣き上戸でした。
五年前、教師として赴任し右も左も分からなかった俺に色々とアドバイスや面倒を見てくれたのがこの二人だ。恩師であり教師としての先輩で、以来懇意にさせて頂いている。
「おはようございます。もう習慣付いてしまいましたからね。ゆっくり出来て良いものですよ」
コーヒーを片手に背もたれに寄りかかりながら微笑むと、「優雅でいいわね。私も今度朝早く来て千夜君と一緒にコーヒー飲もうかしら」と及川先生が微笑み返した。
「いいですね。中山先生もどうです? 皆で午前のエスプラッソと洒落込みませんか?」
「もう……千夜君と二人だけで飲みたかったのに。いけずなんだから」
可愛らしく唇を尖らせる及川先生に苦笑する。このギャップも人気の秘訣なのだろう。
何故か及川先生は俺に並みならぬ好意を抱いてくれている。男としてここまで想ってもらえて嬉しく思わないはずはない。だが、俺自身その好意を受け入れる気はないので、一度断ったのだが、
「一度や二度断られたくらいでへこたれたりしないわ。振り向いてくれるまで頑張るんだから!」
更なる火を灯してしまったらしく、事ある度に熱烈なアプローチを仕掛けてくるのだ。不思議と迷惑とは思わないが。
「ハッハッハッ! いやいや、すみませんが私は辞退します。朝に弱いもので、今の時間より早く出勤するのは難しいですからな。正直、この時間帯で出勤できているのも奇跡に思えますからな。ハッハッハッハッ!」
豪快に笑いながら俺の頭をべしべし叩く。思わずコーヒーを零しそうになり、慌ててコップから口を離した。
「っとと……、急に叩くのやめてくださいよ。ところで及川先生、髪切りましたか? それに化粧もいつもと違うような」
「あっ、分かる? ちょっと切っただけなのにすぐ分かるなんて、流石は千夜君ね! ねえねえ、どうかしら?」
及川先生の前髪は以前に比べて少し短くなっていた。指摘されないと分からないくらい微々たるものだが、いつも目にしているのだからこのくらいの差異は分かって当然だ。
嬉しそうに顔を綻ばせる及川先生に俺も微笑み返す。
「ええ、よく似合ってますよ」
「きゃー! 似合ってるって言われちゃった! もう、だから千夜君って大好きっ!」
花のように可憐な笑顔で抱きついてくる及川先生を宥めつつ、この喧騒のなか眠りこけるハクに早く起きてくれと思わずにはいられなかった。
――先生の熱意に押し負けそうだよ……。
† † †
午前の授業を終えて昼食時間。
この学園には大食堂があり、全校生徒を収容できるほどのスペースを誇る。
コックである料理長は料理にすべてを捧げた変わり者の妖怪である。提供するのは人間界の料理である和洋中であり、大抵の料理はここで食べられる。しかも値段も手頃だ。
しかし、人間の料理を好む妖怪はあまり多くない。そのため大食堂で食事をする生徒はいつも三分の一程度だ。
昼食になると職員の先生方はこの大食堂を利用、もしくは自前の弁当を持参してくる。俺はその日の気分によって食堂か弁当かを決める。
今日は食堂にしよう。ハクを肩に乗せて席を立つと、及川先生が声を掛けてきた。
「千夜君はお昼どうするの?」
「今日は大食堂にしようかと」
「そうなの……あ、あのねっ! 千夜君のお弁当も作ってみたんだけど、よかったらどうかしら?」
頬を紅潮させて後ろ手に持っていた小さな包みを差し出す。ピンク色の布で覆われたそれはどうやらお弁当らしい。
鼻をひくつかせた愛狐が物欲しそうな目で見上げてきた。
「いいんですか?」
「うん。ちょっと多く作り過ぎちゃったから、千夜君の分もと思って」
もじもじしながらチラッチラッ、と上目遣いで見上げてくる。頂けるのなら断る理由は無い。それに及川先生の料理の腕前は信頼できるからな。
喜んで申し出を受けようとしたが、
「須藤先生~、青野君からお話があるみたいですよ~?」
猫目先生の声に振り返ってみると、落ち着かない様子でそわそわしている青野が職員室の入口に立っていた。
その表情からなにか重要な話があると推測できる。おそらく退学届の件だろう。
「すみません、及川先生。ちょっと用事が出来ました」
申し訳なさそうに頭を下げると、及川先生は一瞬寂しげに目尻を下げたが、すぐにいつもの
「そうですか……。残念ですけど仕方ありませんね。また今度作ってきたら、そのときは食べてくれますか?」
「ええ、是非」
ハクも名残惜しそうに弁当箱を見送り、所在なさ気に佇む青野の元に向かった。
「あ、先生……」
「話があるんだって? 生徒指導室で聞こうか」
奥歯にものが引っ掛かったようなもどかしい表情を浮かべている青野の肩を叩き、先導する。生徒指導室を使用する先生は俺だけだから、俺専用の個室と言っても過言ではない。
鍵を開けて中に入ると、肩から飛び降りたハクが二本の尻尾を動かして人数分のコップとインスタントコーヒーを用意した。
ハクは普段から妖力を抑えて九つある尻尾を二尾にまで留めている。マンツーマンでの指導のもと、妖力のコントロールをある程度覚えた結果だ。本人も目に見えて己が成長しているのを実感できているので修業が楽しいとのこと。俺もモチベーションが上がるというものだ。
「コーヒーでいいですよね?」
「ああ、俺は紅茶はあまり飲まないからな」
席に着くと、ハクは器用に尻尾でティースプーンを掴み、慎重にコップにコーヒーの粉を入れる。入れ終わるとコップをポットに置き、跳躍してポットの上に乗った。
このポットは今ではあまり見なくなった旧式タイプのもので、ボタンではなく、ポットの上部にある丸い蓋らしきものを押してお湯を出す。ポットに飛び乗ったハクは前足を蓋の上に置くと自重を掛けてお湯を出した。小狐があせあせとコーヒーを淹れる様は見ていて心が和むな。
これまでの人生で動物と生活を共にしてきたことは片手で数えるくらいしかない。それもペッドではなく、ハクのような家族であり生涯の友のような関係だった。
記憶にある友の中でも、うちのハクはトップクラスの可愛いらしさを誇る。幸せ猫のミーちゃんといい勝負だな。
「どうぞ」
「ありがとうハク。青野は砂糖いるか?」
「――え、あっ、はい……」
「ほら」
角砂糖が入った瓶を渡すと、青野は二つ入れた。ちなみに俺はブラックだ。
「……あの、先生?」
困惑した顔で白に視線を送る青野。そういえば紹介してなかったと今になって思い出した。
「ああ、そうか。そういえば紹介してなかったな……。この子は俺の家族であり、友であり、相棒の白夜。察しの通り妖だ」
「妖……」
今まで如何にも妖怪、といった風貌のヒトたちしか見てこなかったのだろう。ハクのような小型の妖怪は初めて目にするのか、意外な目で見下ろしていた。
人間嫌いを払拭しきれていないハクは青野の視線など気にも留めず、俺の膝上に乗ると、そのまま身体を丸めた。
「まあ、ハクについてはまた今度改めて紹介しよう。それで、話というのは?」
「あ、はい。その……以前、渡した退学届なんですけど……」
「ああ、これか」
懐から取り出したのは一通の封書。先日、青野から渡された退学届。受理せずに保管しておいたものだ。
「あの……勝手だとは思うんですけど――」
「取り下げてほしい、だろ? ほら」
青野に封書を返すときょとんとした目で見つめ返された。
「なんて顔しているんだ。俺は預かっただけだぞ?」
「えっ、いやだって……あれ?」
「なんだ、それとも本当に退学にしてほしいのか?」
「いやいやいや! 通います通います!」
「冗談だ」
青野の慌てっぷりに苦笑を返し、コーヒーで喉を潤す。独特の苦みを味わいながら飲み干し、一息ついてから改めて目の前の生徒に視線を向けた。
「――それで、この学園に通い続ける覚悟は決まったのか?」
「はい」
真っ直ぐ俺の目を見ながらはっきりとした声で肯定した。
――まあ、本人がそういうなら俺がとやかく言うことべきではないか。ここは生徒の自主性を重んじるべきだな。
「それで……実は先生に、お願いがあるんですけど」
「ん?」
「おれを……俺を、弟子にして下さい!」
後書き
タイトルは特に意味はなし。強いて言えばパッと浮かんだ言葉を採用。
道徳の教科書は実際に使われているものを引っ張ってきました。
感想および評価募集中!
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