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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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四十四 愚者か賢者か

前置き無しで彼は言った。
隠蔽された極秘情報を。


「…うちはイタチの汚名?」

黙り込むダンゾウを庇うように一歩前へ出る。『根』に所属する部下の一人は上擦った声を上げた。
「笑わせるな。奴は大罪人だ。うちは一族を滅亡させたのだぞ!」
そうナルトに食ってかかる男の隣で、同じくダンゾウの部下である色白の少年が大きく頷く。うちはイタチが犯罪者だと信じて疑わぬ彼ら二人を背に、ダンゾウは無言でナルトを見据えた。

『根』ですら伝えていない『うちは一族殲滅事件』の真実。一見平和な木ノ葉の里が抱える後ろめたい問題を、徹底的に管理していた機密事項を、事も無げに言った眼前の子どもは何者か。


素知らぬ顔を装っているが、内心狼狽する。動揺を押し殺し、ダンゾウは冷徹な眼差しでナルトを注視した。
鋭い視線に射抜かれても涼しげな顔で目を細める。厚顔にもあくまで白を切り通すつもりのダンゾウを、ナルトはわざと賞讃した。

「貴方は実に忍びらしい忍びだ。影に徹し、木ノ葉を守る信念を抱く野心家。犠牲が多いのが難点だな」
「…忍びに犠牲は付き物だ」
「確かに…。だが貴方がたはイタチ一人に重荷を背負わせ過ぎた」

ダンゾウとナルトの会話に聞き耳を立てるその場の面々。話の全貌が見えず、首を傾げる部下達をちらりと横目で見遣ってから、ダンゾウは改めてナルトを凝視した。

貴方がたとは誰の事を指しているのか。普通ならばこの場にいる者達を示しているだろう。だが意味が解らず怪訝な表情を浮かべる彼らの中で、唯一それを知り得たのはダンゾウだけだった。
己を含めた木ノ葉上層部。その内でも事件の全貌を把握しているのはごく僅かだ。ご意見番である水戸前ホムラ・うたたねコハル、そして自分の対となる猿飛ヒルゼン。
『うちは一族殲滅事件』に関与した者達を示しているのだと、ダンゾウのみが正確に理解していた。


「貴様はイタチの仲間か?」
淡々と問う。鷹揚な態度の反面、ダンゾウの眼には緊張の色が浮かんでいた。
唐突な詰問にナルトは一瞬顔を顰める。苦々しげな表情で彼は「まさか」とかぶりを振った。
「彼の事は大嫌いだよ」
思いがけない返答に、ダンゾウ始め『根』は皆一斉に怪訝な顔をする。「ならばなぜ奴の肩を持つ?」と至極当然な質問を重ねると、「特に意味は無いよ」とこれまた素っ気ない返事が返ってきた。
「ところで…」

不意にナルトがその場にいる顔触れを見渡した。突き抜けた空に近く、深海の底に似た青い双眸。
美しくも恐ろしい青い瞳が、一番の権力者であるダンゾウの存在でさえ翳んでしまうほどの威圧を放っている。
一瞬誰もがその澄んだ青に責められているような錯覚に陥り、その場の面々の身が竦んだ。

「イタチの名誉は回復するのかな?」











騒然とする本選会場。
先刻の試合で未だ興奮が冷めない観客達がざわめく中、テマリは自分に勝った男を睨みつけた。眉間に皺を寄せる。
「最初から計算尽だったのなら、もっと早く勝敗が決まっただろ」
暗になぜ自分を殺さなかったのか、と訊いてくる対戦相手の前で、シカマルは至極面倒そうに頭をガシガシと掻いた。

「戦場ならまだしも試験で相手殺したとあっちゃ、目覚めが悪いしな。というか、試合でマジになんなよ。メンドくせ~」
「…やはり甘っちょろい奴だ」
呆れたように吐き捨てる。柔軟体操を始めたシカマルに、彼女は背を向けた。ふと足を止め、肩越しに振り返る。
「なら、覚えておきな。その甘え、今に消えるだろうよ」

それだけ告げると、もう此処には用は無いとばかりに踵を返す。屈折を繰り返していたシカマルがぴくりと動きを止めた。顔を上げ、テマリの背中を目で追い駆ける。
戦争を暗示するかのような物言いが気にかかった。


「シッカマル――!!」
突然背に軽い衝撃を受け、シカマルの黙考は打ち切られた。思い切り背中に圧し掛かっているナルを目の当たりにし、心臓が跳ね上がる。

「勝利おめでと、だってばよ!!」
「…そりゃ、ど~も…」

ナルの絶賛に辛うじて返事を返す。落ち着かない動悸を手で押さえつつ、シカマルはナルから視線を逸らした。その様子に全く気づかず、シカマルにおぶさりながらナルは、既に対戦場から出ようとしているテマリにも声を掛ける。
「凄くカッコ良かったってばよ!テマリ姉ちゃん!!」

敗者にも拘らず賞讃の言葉を受けたテマリは目を大きく見開いた。一度「任せろ」と言った手前合わせる顔がないと思っていた彼女だが、ナルの感嘆を聞くと、後ろめたい気持ちが払拭された。思わず微笑む。


振り向かずに手だけをひらひらと振ったテマリ。彼女を見送っていたナルは、なぜかムスッと顔を顰めたシカマルに引っぺがされた。
自分に言って欲しかった言葉をあっさり対戦相手に送った当の本人。きょとんとするナルに苦笑してから、シカマルはこつんと彼女の頭を小突いた。
「それより次の試合、ゆっくり観戦しようぜ」
口角を吊り上げる。にやりと笑ったシカマルの言葉に、ナルは暫し目をパチパチと瞬かせた。次第に綻びる顔。
笑顔で「サスケ!!」とナルが叫ぶや否や、彼女の視界を鮮やかな緑が遮った。


刹那、深緑の台風が本選会場に上陸する。対戦場を舞い、渦巻く木の葉。息を呑む観客達に紛れ、会場の片隅で彼らは目配せした。
木の葉と共に風に乗って現れたのは――――。

「名は?」
次試合の主役。試験官の質疑に応じた彼は、以前より遙かに伸びた前髪を垂らして己の名を告げた。

「うちはサスケ」


試験にちょうど間に合った、うちはサスケ及び畑カカシ。本選の目玉である少年は、今ようやく舞台上に降り立った。












「なぜワシがお前のようなよそ者の頼みを聞かねばならん?」
一蹴する。先刻の機密事項を再び蒸し返した子どもを聊かうんざりした面持ちで老人は見た。
一方、よそ者と言われ、ナルトは一瞬憂え顔を浮かべる。そしてすぐさま冷然と微笑んでみせた。

「頼んでいるんじゃない。これは取り引きだ」

殊更強く宣告する。ふてぶてしくそう告げてきたナルトの顔をダンゾウの部下達はまるで愚者でも見るかのような呆れ返った風情で眺めていた。
主がなぜこんなガキに好き勝手言わせているのか、その理由がわからない。いっそ口を閉ざしてやろうかとクナイに手を掛けた配下の一人をダンゾウは「待て」と手で制した。
覚束ない動作で近場の岩に腰を下ろす。手を組んだまま杖に寄り掛かり、彼はくいっと顎で話の続きを促した。


ダンゾウに話を聞く態勢へ持ち込ませる。ようやく真摯な眼で自分を見出した彼に、ナルトはまず手札の一枚を切った。

「『サスケに手を出すな』」

微かに反応したダンゾウに気づかぬふりをしてナルトは言葉を続ける。まるでイタチ本人が目前にいるかのような既視感に襲われ、ダンゾウはついと片眉を上げた。
「そう言われただろう。うちはイタチに」
静寂が落ちる。風に吹かれた木の葉が数枚、双方の間へ緩やかに舞い降りてきた。目の前で踊る葉の軌跡を眺めていたナルトが顔を上げる。険しい顔つきで此方を睨むダンゾウに、彼は目を細めた。

「その条件、破ってもいいのか?」
「…何の話だ?」
「『根』に監視させていただろう」
「ダンゾウ様は、うちはサスケの安否を気遣っておられただけだ!ふざけた事を言うな!!」
部下の一人がダンゾウとナルトの会話に口を挟む。ダンゾウの一瞥に口を噤んだ彼を、ナルトは憐れみの目で見遣った。
「まあ大方、会場にいる部下には内密に伝えてあるんだろう?」
「…………」
黙視するダンゾウ。その鋭い視線を軽く流して、ナルトは双眸を閉じた。


脳裏に過る本選会場。木ノ葉の暗部に扮する『音』と、観客を装う『根』。互いに気づいていない風情の双方をナルトだけは察していた。

「うちはの生き残りが大蛇丸に攫われたら厄介な事になる。用心な貴方は、そうなる前に必ず手を打つはずだ」
事前に木ノ葉崩しがある事を知っている。大蛇丸と繋がっているダンゾウの核心をナルトは衝いた。
「ダンゾウ殿。貴方は――――」
その言葉は、折しもサスケと我愛羅の試合が開始された瞬間に発せられた。


「うちはサスケを暗殺するつもりだな?」
 
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