ノルマ
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第一幕その五
第一幕その五
「明日?」
「そう、明日だ」
それをまた言う。
「明日ここで待っているから。来てくれるね」
「それは・・・・・・」
「いいね」
断ることは許さない。そうした言葉であった。
「僕は明日のこの時間にここにいるから。だから」
「来て欲しいのですね」
「そうなんだ。待っているよ」
また言う。
「君を」
「私を」
「だから。いいね」
「私を待っていて下さるのですね」
恐る恐るポリオーネに顔を向けながら問うた。
「私を」
「そう、待っている」
ポリオーネの言葉は強いものであった。
「だから。いいね」
「・・・・・・はい」
ここまで言われて遂にアダルジーザも折れた。こくりと頷いたのであった。
「わかりました。それでは」
「その言葉を待っていた。ではローマへ」
「ローマへ」
「永遠の愛があるローマへ。二人で帰るんだ」
「私の帰る場所は」
後ろを振り向く。そこには森がある、ガリアの森が。しかし今はその森が闇の中にあって見えない。何もかもが見えなくなってしまっていた。
「もうありません」
「それはこれから作るんだ。明日から」
「明日からですか」
「そうだ、だから今は別れよう」
笑顔でアダルジーザに告げる。
「明日の。これからの僕達の為に」
「・・・・・・わかりました」
ポリオーネの言葉にこくりと頷く。アダルジーザは暗い中に一人残される。森は何も語らない。ただ彼女の後ろに暗い姿を見せているだけであった。
ノルマは自分の家の前にいた。そこで小さな子供達二人をあやしていた。ポリオーネとの間にできた愛しい子供達である。
「ねえクロチルデ」
「はい」
自分の後ろにいた侍女に声をかけた。
「子供達を家の中に入れて。今夜は不吉な気配がするの」
「不吉な気配?」
「私にもはっきりとはわからないけれど」
ここでノルマの顔が曇った。
「大きな苦しみが私を攻めるの。子供達を愛してはいても」
「愛してはいても」
「憎らしくも思うのよ」
その曇った顔での言葉であった。
「顔を見ていると辛くて、見ていなくても辛い」
実際にその顔が辛いものになった。
「この子達の母親であることが昔の様に楽しくはなく苦しみばかりが感じられるのよ」
「母親であることが」
「ええ」
クロチルデの言葉に頷いた。その顔で。
「そうなの。それに」
「それに?」
「あの方のことだけれど」
「ポリオーネ様ですね」
クロチルデは主のことを知っていたのだ。だからこそそれを今ノルマに問うたのだ。
「ローマに戻るそうよ」
「そうだったのですか」
「そのことを私には言わないで。それで」
「まさか。それは」
「いえ」
ノルマの心を暗いものが支配するのだった。
「私や子供達のことを忘れて。それは」
「そのようなことは」
「考えるだけでも恐ろしいこと」
そう、考えるだけでノルマの顔が蒼ざめてしまった。
「だから。子供達を今は私の目の届かないところへ、御願いだから」
「わかりました。それでは」
「ええ」
ノルマは子供達の頬にキスをしてクロチルデに預けた。そうして家の外に一人でその蒼ざめた顔でたたずんでいた。そこに誰かが来た。それは。
「アダルジーザね」
「はい」
アダルジーザもまた蒼ざめた顔をしていた。その顔でノルマの前に姿を現わしたのであった。
「どうしたの。そんなに暗い顔をして」
「実は。悩みがありまして」
「悩み。何かしら」
「貴女だけが頼りなのです」
ノルマの前に来てその蒼ざめた顔での言葉だった。
「その御心にすがりたく。こちらに参りました」
「何なのかしら」
ノルマはアダルジーザのその言葉を聞くことにした。
「よかったら話してくれるかしら」
「はい。それでは」
アダルジーザはノルマの優しい言葉を受けて。ようやく話すのであった。
「実は私は」
「貴女は」
「この国を。ガリアの地を離れようと考えているのです」
「この地を。どうして」
「私は。神々を裏切ってしまいました」
その蒼い顔での告白であった。
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