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ノルマ

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第一幕その三


第一幕その三

 彼女がノルマであった。右手には金の鎌を持っている。その輝きで服が照らされていたのだ。まるで既に月を手に持っているかのようであった。
「おおノルマ」
「遂に我等の前に」
「ガリアの者達よ」
 ノルマは強い声を発した。低いがそれでいて充分な高さも持っている声であった。
「戦いを求めるのか」
「如何にも」
 彼等はその後ろにドルイドや尼僧。兵士達を控えさせ背にその神木を背負うノルマに対して言うのであった。
「だからこそ我々は今」
「貴女に御聞きしたいのです」
「今は時ではない」
 だがノルマの言葉は彼等の期待したものではなかった。
「時ではないと」
「そうだ」
 彼女は言う。
「今動いてもどうにもならない。神々の定めは人の力にはどうにもならないのだ」
「しかしノルマよ」
「父上」
 ノルマはオロヴェーゾの言葉に顔を向けた。
「何か」
「このままローマの支配を受けていろというのか」
 彼はいささか感情的な感じで娘に問うた。
「それはもう我慢出来ない。今こそ」
「そうだ、だからこそ今我々は」
「立ち上がるべきなのだ」
「それはならない」
 しかしノルマはそれを止めた。
「何故だ」
「今は時ではない。ローマは強い」
 彼女にはそれがはっきりとわかっていたのだ。
「若し誰か一人でも剣を抜けばそれで終わりなのだ」
「それでは神々のお告げは」
 人々は焦る声でノルマに問うた。
「どうなのでしょうか」
「それは」
「私は読んだ」
 ノルマははやる彼等に厳かに告げた。
「天の書物を。そこに記されている死者達の中にローマの名もあった」
「ローマもですか」
「そうだ」
 そう彼等に言うのだった。
「彼等は自滅する運命にある。我々が何をせずとも」
「そうなのですか」
「だから。我々が動くことはないのだ」
 こう言って彼等を安心させることがノルマの狙いであったのだ。
「だからこそ。今は動くな、よいな」
「はい」
「それでは」
 ガリア人達はノルマのその言葉に頷く。そうして平伏するとノルマは彼等に背を向けた。そうして神木のさらに後ろにあったやどり木を刈る。尼僧達がその刈られた木を受け取る。その時不意に月が変わった。新月から満月へ。神々しい黄金色の光がノルマを包み込む。ノルマはその月の光を見上げて高らかに言うのであった。
「清き女神よ」
「清き女神よ」
 ドルイド達も尼僧達もノルマの言葉に続く。
「貴女の神々しい光がこの聖なる老木を清めて下さる。どうかその翳りのないその明るい顔を私達にお見せ下さい」
「私達にお見せ下さい」
 また言葉が復唱される。
「どうぞこの燃える心を。人々の興奮を和らげて下さい。天を治めるその快い安らぎで荒れ狂う地上を包んで下さい」
「地上を包んで下さい」
「これで今は終わりだ」
 ノルマはドルイド達の復唱を背に受けながらガリアの同胞達に告げた。
「何時の日かこの聖なるガリアからローマ人は消え去る。神が怒りに燃えて彼等の血を求めた時こそは」
「その時こそは」
「私はまた告げるだろう」
「怒りを」
「そう、神の怒りを」
 ノルマは言うのだった。
「その時こそ我等は立ち上がる」
「ローマに対して」
「そして」
 ガリア人達は希望に満ちた声で言い合う。
「ローマ人達を倒し」
「あの憎しむべきポリオーネも」
「そう、この私の手で」
(けれど)
 だがノルマはここで毅然とした顔の裏で心の中で呟くのだった。
(私にはできない。貴方に対しては)
 これはノルマの本音であった。
(あの美しい日々が戻るのなら私は貴方を守れるのに。貴方と共にいることこそが私にとって最高の幸せなのに)
「しかし怒りの日は近い」
「その通りだ」
 ガリア人達はまた猛ろうとしていた。
「その日に我々は立とう」
「その時にこそ」
(もう一度あの時を思い出してくれれば)
 まだノルマは心の中で呟いていた。
 
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