船大工
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第四章
第四章
「こちらでしたか」
「うむ。何か最近この店にロシア人が来ているという噂があってな」
「この店にですか」
「そうだ」
大使はそう部下に答える。
「だが今はいないな。今のところはかな」
「ふむ。それが陛下であればことですな」
「全くだ」
彼は部下の言葉に頷く。
「今は何かと不穏な時期だしな」
「不穏だと?」
ペーターはそれを聞いて目を動かす。
「ロシアで何かあるのか?」
「ホヴァンスキー公爵一派がまた色々と動いているしな」
「はい」
「彼等か」
ペーターはホヴァンスキーという名を聞くとその顔をすぐに顰めさせた。ホヴァンスキーとはロシアの大貴族で皇帝も無視できない程大きな力を持っていた。持っていたとは既に公爵はとその主だった一族は皇室との争いで滅んでいたからだ。今は残党しかいない。しかし彼の家の存在は皇帝にとっては今も目の上のタンコブであったのだ。
「謀反を起こせば」
「大変なことになりますね」
「そうだったな。彼等がいた」
ペーターは顔を顰めさせてまた呟く。
「何時かは奇麗にしておかなければならないと思っていたが。どうにもな」
「陛下はこの街におられるのですね」
「多分な」
大使はまた部下に答える。
「あの方は何にしろ興味を持たれたことは自分で身に着けられる方だ。それならば欧州で最も造船技術の高いこの街に来られている筈だ」
「成程」
「さて、問題はだ」
「誰かおられるのですかな?」
ここにまた人が来た。見れば今度は洒落た西欧風の服を着たくすんだ茶髪に青い目のすらりとしていながらも何処か抜けた顔の男が来た。
「市長だ」
イワノフは彼の姿を見て呟く。
「やっぱりここまで来たのか」
「おや、これは」
市長は大使に気付いて彼に声をかける。
「どうしてこちらに」
「いえ、実はですな」
「ひょっとして皇帝陛下を探しておられるのですか?」
「何故それを」
大使は市長の言葉に目を顰めさせてきた。
「御存知なのですか?」
「いえ、もう国中の噂ですが」
市長は驚く大使に対して述べる。見ればその市長の後ろには中年の少しあだっぽくてそれでいて気の強そうな女がいた。大使は彼女の姿を認めて言う。
「造船所の所有者でしたな、確か」
「三日前にこの方と盛大に飲まれましたね」
「ええ、まあ」
大使はその言葉に答える。
「船乗り達と盛大に。いや、楽しかったですぞ」
「そのブローヴェ夫人です」
市長は彼女の名前を言う。
「当然御存知ですよね」
「まあ一応は」
「一応は、ですか」
「いやあ、何分かなり飲みましたから。オランダの酒もいいものですな」
「それはまあいいですが」
実はこれより少し前にオランダと結構色々あるイギリスで皇帝と従者達が僅か三ヶ月の大罪で邸宅を一つ破壊寸前に追いやっているのである。ロシア人の酒好きとその際の大暴れはオランダにも聞こえていたのである。
「しかし御名前程度は」
「まあまあ市長さん」
大使は強引に話をなかったことにしようとしてきた。
「そんなことは仰らずに。陛下ですよね」
「はい」
話を強引になかったことにされた市長は渋々ながら彼に応える。
「どうやらここにおられるようですが」
「ただ、誰なのかがわからないのですよ」
「では私がヒントを与えましょう」
「ヒント!?」
「はい」
大使はそう市長に言ってきた。
「というか手懸かりですね。陛下の御名前はピョートルです」
「それが何か」
「ですから。それをオランダ語読みして下さい」
大使はそう市長に言うのであった。
「どうなりますか?」
「ピョートルをオランダ語にするとですか」
「ええ」
「ピョートルですな。すると」
彼は考えながら呟く。何とか頭から言葉を捻る。
「ペーターですか」
「そう、ペーターです」
「ああ、そういえば」
ここで夫人は何かを思い出して言葉を述べてきた。
「政府から命令書が来ております」
「命令書が!?」
「はい、こちらです」
ここで命令書を市長に手渡す。市長はそれを受け取りながらいぶかしむ顔を彼女に向けて言った。
「これがあるのはいいですが」
「何か?」
「何故もっと早く出して頂けなかったのか」
「申し訳ありません、忘れていました」
かなり無責任な言葉であった。
「色々とありまして」
「はあ。それではまあ」
受け取った命令書を読む。見るとそこにはペーターという男が怪しいから見張れとあった。それは大使も読んでいてよく把握していたのだった。
「やはりペーターですか」
「けれど有り触れた名前ですよ」
市長は眉を顰めさせて大使に応える。
「こんな名前は」
「オランダでもですか」
「そうです。ですから」
「怪しい者を見つけ出すのは容易ではない、そういうことですな」
「残念ですが」
市長はそう大使に答える。しかしここで夫人が言ってきた。
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