ケイローン
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第一章
ケイローン
ケイローンはケンタウロス族の長老であり神の血を引く不死の賢者である。彼の叡智はケンタウロスや人間達だけでなく神々も認めていた。
楽器や弓矢を使うことも得意だ、その腕はその音楽や弓矢を司るアポロンも唸るまでだ。
そのアポロンがある日他ならぬケイローンのところに行き共に飲みながら尋ねた。
「貴方に一つ聞きたいことがある」
「何でしょうか」
ケイローンはその叡智を讃えた見事な髭の顔でアポロンに応えた、その下半身は言うまでもなく馬のものだ。
座すアポロンに向かい合って座っている、そのうえで応えたのである。
「それは」
「貴方は優れた医者でもある」
これもまたアポロンの司るものである。
「薬草についても詳しい、私と同じだけな」
「いえ、そこまでは」
「謙遜はいいよ、事実だからね」
ケイローンを肯定的に認めている言葉だった。
「そう、薬草はわかるよ」
「そのことはですか」
「うん、しかし気になることはね」
それはというと。
「貴方は育てている弟子達に生き物の臓物を食べさせているが」
「そのことですか」
「特に肝を」
アポロンはここで顔を顰めさせた。
「あれは何故かな」
「まず肉は、魚もですが」
ケイローンはアポロンの問いに落ち着いた調子で返した。
「無駄にしてはなりません」
「内臓であっても」
「骨もです」
「骨も」
「骨は茹でそこから出るものを飲むのです」
こうしたこともしているというのだ。
「臓物も食しますが」
「何故そうしているのだ!?」
アポロンは怪訝な顔でケイローンに問うた。
「それは」
「薬だからです」
これがケイローンの返事だった。
「だからです」
「骨や雑物がか」
「信じられませんか」
「骨は骨」
医学の神にしてもそう思っている、それで言うことだった。
「雑物、特に肝もだ」
「食べるものではないと」
「あんなものが食べられるのか」
真剣な面持ちでケイローンに問う。
「そんな話はとても」
「いえ、それがです」
ケイローンの言葉は冷静なままだった。
「違うのです」
「どちらも食べて益になるのか」
「そうなのです」
「信じられないが」
「ではです」
ケイローンはそのアポロンに提案する。
「一度アポロン様もです」
「食べてみればいいというのか」
「はい」
こう提案するのだった。
「そうされてはどうでしょうか」
「私もか」
「はい、薬としてだけでなく」
「馳走としても」
「そうされてはどうでしょうか」
「そうだな」
アポロンは腕を組んで考える顔になった、そのうえで。
彼はこうケイローンに答えた。
「ではだ」
「召し上がってみられますか」
「牛や豚の内臓をな」
「特に肝を」
「食べてみよう」
「ただ。一つお気をつけ下さい」
ここでケイローンはこう言うのを忘れなかった。
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