失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始前
第二話「侵入者」
「で、なんで俺がここにいるんだ?」
「いいじゃないか。接待で疲れていたんだろう? 丁度いい気分転換になる」
「いや、まあそうだが……。その気遣いは嬉しいが、心愛が黙っちゃいないんじゃないか?」
「ふん、心愛の一人や二人どうとでもなる。……それとも、兄さんは心愛と一緒の方がよかったのか?」
上目でジト~っと睨む妹に苦笑する。
「心愛は元気があっていいが、今はゆっくりしたい気分だからな。萌香の誘いはありがたいよ」
ポンポンと頭を優しく叩くと、萌香は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「わ、わかればいい――む?」
その場に立ち止まった萌香はポケットを漁ると、顔色を変えて後ろを振り返った。
「どうした?」
「……いや、どうやら落とし物をしてしまったようだ。ちょっと探してくるから、千夜はここで待っていてくれ?」
「なら俺も探そうか?」
二人で探した方が見つかりやすいだろう。そう言うと萌香は慌てて首を振った。
「いやいいっ! すぐに見つかるから千夜はここにいろ! いいな、ここにいるんだぞ!」
「あ、ああ……」
あまりの剣幕に頷いてしまう。
踵を返した萌香は森の奥へと消えていった。
† † †
「くそ、どこだ……どこにあるっ」
鬱蒼としげる茂みを掻き分けながら、私は必死になってある物を探していた。
兄さんから貰ったハンカチだ。それも兄さんが初めて自分で手縫いをしたもの。いつも肌身離さず持ち歩いていた大切な宝物だ。
時刻は十時を回っているため辺りは闇に包まれているが、夜目の利くバンパイアにとってはなんの問題にもならない。
「ここにもないか……」
優しい兄さんのことだから無くしたと素直に伝えれば、また新しく作ってくれるだろう。だが、そんな兄さんの優しさに甘えたくはなかった。
何より、兄さんからの初めての贈り物を無くしたんだ。もし知られたら嫌われるかもしれない。だから、兄さんの申し出を断った。
理性ではそんなことはないと訴えているが心はその限りでなく、後ろ向きな思考に捕らわれがちになってしまう……。
頭を振ってネガティブな思考を追い出す。今は探すことに専念しないと。
「もっと奥か?」
そう思い茂みの奥へと足を向けた時だった。
ガラッ、と石の転がる音が聞こえた。刹那、背後から口元を布で押さえられる。
「んんっ!?」
何か薬品でも使っているのか、息を吸い込んだ途端に目眩に襲われた。なんとか身をよじって何者かの手の中から脱出する。
「侵入者、か……?」
振り返ってみると、そこにはスーツ姿の男と白い中国服を来た男が立っていた。スーツ姿の男たちの顔はどれも異形だ。恐らく妖だろう。
――兄さんに知らせないと!
ふらつく足取りで男たちから離れようとするが、男の一人に髪を掴まれ木に叩きつけられる。
「――ぐっ!」
やはり、先程口を覆われたときに何らかの薬が仕込んであったのか、身体が思うように動かない。
「这个东西、普通人的孩子(こいつ、ただのガキじゃねーか)」
「捉住这样的人、怎样做?(どうすんだ? こんなやつ捕まえて)」
――中国語? こいつら、一体……。
中国服を来た糸目の男が前に出る。
「こんばんは、お嬢さん。一つ教えてほしいね。今日あの家に黒ずくめの女、来なかったか?」
糸目の男がしゃがみ込み、同じ目線に合わせると私の顔をじっと眺める。
「日本名は亜愛。私たち、その女殺しにきたね」
――な……、こいつらの目的は朱染家ではなくて、姉さんなのか!?
絶句していると、糸目の男の後ろからスーツ姿の男が前に出る。
「おい、もうお喋りの必要はねぇよ。あの女の関係者は皆殺しにすりゃいい」
男は手にしていた青竜刀に舌を這わせ下卑た笑みを浮かべる。
「ますはこのガキを犯した後にバラして、館に投げこんでやろうぜ」
「おお、そりゃあいい!」
「そうだっ、やれぇぇ!」
盛り上がるスーツ姿の男たちに糸目の男は溜め息をついた。
「やれやれ、みんな相変わらず野蛮なこと考えるね。……でも、確かにそれ位しなきゃ私たちの怒り、収まんないね」
背筋がゾッとするほどの憎悪を滲ませる糸目の男。スーツ姿の男が私の足を掴み、青竜刀を振りかぶった。
「そうこなくっちゃなぁ……。どれ、まずはその可愛いあんよからぶった切ってやんよ」
「このっ……離せ!」
身体をよじって抜け出そうとするが、思うように上手く動けない。
「活きのいい嬢ちゃんだな。さぞかし、血も美味いんだろうなぁ!」
「くっ……!」
凶刃が振り下ろされる。つい難く目を瞑ってしまうが、いつまで経っても激痛は襲ってこなかった。恐る恐る目を開けてみると……。
「……あ、あれ……なん、で……」
男の頭を白い手が貫いていた。いつの間にか男の背後に立っていたその人が生々しい音とともに手を引き抜く。
「……姉さん?」
その人は新しく出来た姉、亞愛姉さんだった。
「――! で、出たぁぁぁ!」
「あ、悪魔だッ! 黒い悪魔だァァ!」
姉さんの登場に男たちが武器を取り出しながら散開する。糸目の男は双眸から憎悪の涙を流していた。
「はは……。やっと会えたね、出てきて嬉しいよ。お前が私たちにしたことを忘れたとは言わせない……。その報い、今こそ受けるといいね」
「悪魔め、殺すッ!」
「殺すッ、殺すッ!」
向けられるいくつもの敵意と殺意。しかし姉さんはどこ吹く風で私の安否を心配した。
「……大丈夫、萌香? 酷いことされなかった? 対不起、折角できた妹を私のせいで危険な目に遭わせてしまって……」
私の手を取り真摯に謝罪を口にする姉さん。その目には、どこか兄さんと似た色を垣間見た気がした。
無視をされた男たちのこめかみに青筋が浮かぶ。
「てめぇぇぇ……どこまでもコケにしやがって! ブッ殺してやる!」
「――!? 危ない、姉さん!」
男の一人が青竜刀を片手に背後から姉さんに襲い掛かる。姉さんは咄嗟に叫んでしまった私に微笑むと、振り返り腕を一閃。姉さんの腕は男の胴を易々と通過し、二つに分断した。
「堵寵! キサマっ!」
「私に恨みがあるなら最初から私を狙って来い。それも出来ない小者が、私の大切な妹に触れるな」
「まったくもってその通りだな」
どこからともなく第三者の声が降ってきた。
「ぶべっ!?」
上空から高速で下降してきた人影は落下地点にいたスーツ姿の男の頭を踏み砕き着地する。あまりの衝撃で地面が陥没し、男の上半身の半ばまでが地面に埋まった。
「兄さん!」
「あや~、すごい登場の仕方」
兄さんの姿を目にすると、何とも言えない安心感が心の底から生じた。兄さんが来たからにはもう大丈夫だ。
男たちは突然の乱入者に浮き足が立つ。
「な、なんだてめぇは!?」
「こいつも悪魔の関係者か!」
しかし、兄さんは身も凍るような殺気を放ち、男たちを睨みつけた。
「お前ら……俺の可愛い妹たちに手を出したんだ。生きてここから帰れると思うなよ……」
地獄の底から聞こえるような低い声に男たちの身体が震える。糸目の男は自らを鼓舞するように手を振った。
「ええいっ、人間如きに何ができる! さっさと殺しちまえ!」
男の言葉に呼応するように男たちが一斉に兄さんに躍り掛かる。前に出ようとする姉さんを目で制した兄さんは深く息を吐いた。
「コォオオォォォ……」
呼気とともに白い吐息を零す兄さんは次の瞬間、その場から掻き消えた。私でも目に追えない速さ。残像だけが視界に残る中、男たちの眼前に姿を現した兄さんは一番手前のスーツの男に抜き手を放つ。
「ごふっ」
心臓を貫かれた男はそのまま持ち上げられ、頭から地面に叩きつけられた。脳漿が飛び散り、鮮血が大地を朱色に染め上げる。
「こいつ……がっ!」
その隣にいた男の胴に右の回し蹴りを放ち、勢いを殺さず左の後ろ回し蹴りを首に叩きこむ。どういった原理なのか。男の胴体と首が爆散した。
「ヒッ……ヒィィィィッ!」
瞬く間に仲間を葬られた糸目の男はなりふり構わず逃げ出した。手足をもつれさせて必死になって逃げ惑う。しかし――、
「どこに行こうというんだ? 言っただろう、生きてここから帰れると思うな、と」
あっという間に兄さんに追いつかれた男は頭部を掴まれる。まあ、怒り心頭している兄さんから逃げられるのは母さんでも難しいだろう。
「来世では賢く生きるんだな」
糸目の男の頭を握りつぶす兄さん。痙攣する男を投げ捨て、こびりついた脳症を払い落してハンカチで手を拭う。
しばらく周囲を見回していた兄さんだったが、危険は去ったと判断したのか警戒を解いた。地面に座りっぱなしだった私に手を差し伸べてくる。
「大丈夫だったか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
差し出された手を取り立ち上がると、姉さんが唖然とした顔をしていた。
「驚いた……。強いとは聞いていたけど、ここまでだなんて……」
驚愕の表情で兄さんを見つめる。何故かとても誇らしく思えた。
「仮にも朱染でナンバー二の実力を持つ兄さんだしな。あのくらいは余裕だ」
「仮にもは余計だ」
私の頭をくしゃくしゃ撫でる。兄さんは何かとつけて私たちの頭をよく撫でる。子供扱いされて憮然とするが撫でられて嬉しくないはずがない。ただ、惜しむらくは撫でるのは私だけにしてほしいがな――って、何を言っているんだ私は!
「亜愛もよくやったな。特にあの手刀は見事だった」
姉さんの頭を撫でる。嬉しそうにはにかんだ姉さんの顔が何故だか癪にさわった。
「あっ、そうだ萌香。さっきハンカチ落としてたよ」
そういって姉さんはポケットからハンカチを取り出す。それは確かに私がずっと探していた、兄さんから貰ったハンカチだった。
少し汚れてはいるが破れてはいないため、思わず安堵の吐息を零した。
「なんだ、落し物ってそれだったのか?」
「……ああ」
嫌われるのではないかと、再び恐怖心が襲ってくる。まともに目も合わせられず顔を伏せてしまう。
しかし、兄さんは私の頭をいつものように優しく叩くだけだった。
「言ってくれればハンカチの一枚や二枚、また縫ってやるのに。だけどまあ、そこまで大切にしてくれてたんだな。ありがとう」
はっと顔を上げると、兄さんは既に先を歩いていた。
「ほら、帰るぞ二人とも」
クスクス笑う姉さんが可愛らしく私にウィンクする。
「素直じゃない兄妹ね」
それには答えず兄さんの後を追う。
熱を帯びた顔を自覚しながら、ただ兄さんの背中を目指して。
後書き
中国語はエキサイト翻訳によるものです。
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