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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始前
  プロローグ「俺の名前は朱染千夜」

 
前書き
各キャラの年齢を修正しました。 

 

「月が綺麗だなー……」


 とある家。豪邸と呼ぶに相応しい家の庭で、少年はボーっと夜空に浮かぶ月を眺めていた。


 身よりもなく行く当てもない少年がこの家に引き取られて三カ月が経過した。月日が経つのは早いものだと、身に染みて思う。


「兄さん? どうしたんだ急に」


 ジッと真ん丸い月を見上げていると、隣にいる少女が眉根を寄せて怪訝そうに少年を見上げた。


 少女は銀色の髪に色白な肌、勝ち気な赤い目の整った顔立ちをしている。母親と同じく将来は美人になることは疑いようがない。少年の六つ下の八歳で、可愛い妹だ。


「いや、なんでもないよ。萌香」


 少女――萌香の頭を優しく撫でる。


「き、気安く頭を撫でるな。兄さんはそうやってすぐ子供扱いするんだから……」


 頭を振って手を振り落とす萌香の顔は少年から見ても分かるくらい赤くなっていた。


「ふふ、それはすまんな」


「つ、次はないと思え」


 ツンとそっぽを向く萌香。しかし、その言葉は既に十回以上口にしているのだが、本人は気づいているのかいないのか。


「本当に、いい月だ……」


 再び月を見上げる。夜空に浮かぶ月は白銀の輝きを放ち、地上に佇む少年を優しく照らしている。あの時と同じように――。





   †               †               †





 少年がこの家――朱染家に引き取られたのは今から三ヶ月前に遡る。


 全身を血だらけにして森の中で倒れていたところを萌香が発見した。


 発見した場所は萌香の家である館の敷地内にある森の中だったため、館に担ぎ込まれるまでの時間は短くて済んだのは幸いだった。


 朱染家はバンパイアの一族であるらしく、この館は日本唯一のバンパイアの拠点。そのため日本に在住するバンパイアの多くは朱染家と何らかの関わりがあるらしい。


 バンパイアは人間を奴隷や餌として認識している者が多い。そのため、手負いの人間を持ち帰った萌香はその者の血を啜り、用済みになったら殺するのだろうと、多くの使用人が考えていたらしい。


 しかし、昏睡状態だった少年を萌香は付きっきりで看病してくれた。それこそ、少年の命を狙う使用人を追い払ってまで。


「こいつの面倒は私がみる!」


 萌香は朱染家の当主の娘。萌香の言葉に否と答える者は誰もいなかった。


 それどころか、萌香の母親であるアカーシャからして少年を擁護する姿勢を見せたのだから驚きだ。


「この子がモカの言っていた子ね。まだ子供じゃない」


「母さん」


 アカーシャは未だ眠り続ける少年の髪を一撫ですると、娘に向き直った。


「包帯の換え、持ってくるわね」


 そう言って部屋を出ようとした時だった。


「ここか」


 重厚な扉を開けて入室してきたのは一人の男性。萌香の母親は驚いた様子でその男性の顔を見た。


「一茶さん……」


 少年の顔をジッと見つめていた男性――一茶は一つ頷く。


「この者が萌香の言っていた人間か。……なるほど、私の命を狙ってきた退魔師かと思ったが、どうやらただの人間の様だな」


「父さん、この人の傷が治るまで家に置いてもいいか?」


 一茶は首を振った。


「それは無理だ。知っての通り我が朱染家は特定の生業はないが、闇社会では問題処理組織としての名が通っている。事実、表沙汰に出来ない事件を適任者が処理して報酬を得ている。朱染家に関わる者は強者でなければならんのだ」


 一茶は少年の首に手を置くと徐々に力を込めていく。


「父さん!」


「一茶さん!」


「人間なぞ脆弱で軟弱な弱者は我々バンパイアにとって贄でしかならん」


 そう言って、少年の首をへし折ろうする刹那――、


「――ッ!?」


 突然、一茶は少年の首から手を離し、一歩二歩と後退した。その手を自身の首に持っていく。


「一茶さん?」


 アカーシャの怪訝そうな言葉に一茶は唇を歪ませた。


「…………なるほど。弱者は弱者にしか成り得ないと思っていたが、何事にも例外があるということか……」


「――?」


 首を傾げる萌香の前で一茶は言葉を続ける。顔から――否、全身から冷や汗を流しながら。


「死が、見えたよ。この少年を殺そうとした時、私が肉片と化す姿が鮮明に、な」


 驚いた様子のアカーシャ。一茶は顎に手を置き黙考すると、萌香に向き直った。


「……萌香、先程の言葉は撤回しよう。この少年の滞在を許可する」


「本当か、父さん!?」


「うむ。だが、この少年が屋敷で生きられるかは少年自身の問題だ。我らの世界は弱肉強食の世界。使用人たちに食われれば、それはそれまでの話となる」


「ああ、わかっているよ」


「わかっているのなら良い」


 入室同様に静かに退室していく一茶。萌香が安堵の域を零す。


「よかったわね。確かに人間である彼がこの家で生活するのは大変でしょうから、萌香がフォローしてあげなさい」


「勿論そのつもりだ」


 なぜか偉そうに胸を張る萌香にアカーシャはクスクス笑った。


「そう。じゃあお母さんは部屋に戻るけど、何かあったら呼んでね」


 手を一振りし退室するアカーシャ。残されたのは椅子に腰かける萌香と包帯姿で眠り続ける少年だけとなった。


「お前は一体どこから来たんだ?」


 椅子の背もたれに両肘を置いて、その上にちょこんと顎を乗せた萌香は無垢な瞳でジーッと眠り続ける少年の顔を眺めた。


 よくよく見れば、少年の顔は整った造形をしていた。ダークブラウンの髪は後ろ髪だけ動物の尻尾のように伸ばされ、ゴムで無造作に一括りにされている。切れ長の目は閉ざされており、萌香より頭一つ分高い身体は子供特有の柔らかさと、男ならではの硬さを併せ持っていた。


「な、なんだ……なんか顔が熱くなってきたぞ……?」


 ジッと少年を見つめていた萌香の顔に次第と熱が帯びる。頬の火照りを鎮めるように手で仰いでいると――、


「う……んぅ……」


 少年の目が開かれた。まだ意識が覚醒していないのか半開きの目でボーっと天井を眺めている。


「起きたか。気分はどうだ?」


「――?」


 少年の視界の端から萌香の顔が飛び込んできた。蒼い瞳を持つ少年はしばし瞳で萌香の顔を眺めるとカサカサに乾燥した唇を開く。


「……だれだ……?」


「私は朱染萌香だ。君の第一発見者であり、怪我をしていた君を救った命の恩人だぞ」


「けが……いのちの、おんじん……?」


「まあ、それについては気にしなくていい。ところで、お前の名前はなんていうんだ? なんであそこで倒れていたんだ?」


「なまえ……」


 天井を見ながら黙考していた少年はやがて口を開いた。


「せんや……」


「え?」


「なまえ、せんやだ……。……だけど、それだけしかおもいだせない。けが? どうして……」


 壊れた機械のように自問自答を繰り返す少年を見て、萌香は深刻そうにうなずいた。


「これは俗に言う記憶喪失というやつか……? まあ、なにはともあれ母さんに知らせないと」


 駆け出した萌香は数分後に母を連れて戻ってきた。その頃には幾分落ち着いたのか、ベッドの上で上半身を起こし静かに窓から覗く月を見つめていた。


「よかった、目が覚めたのね」


「貴女は?」


「私はこの子の母親でアカーシャ・ブラッドリバーというの。せんやくんだっけ? どう書くの?」


「……千の夜と書いて千夜」


「格好いい名前ね」


 アカーシャは椅子をベッドの側に持って来ると腰掛けた。


「萌香から少しだけ貴方の事を聞いたわ。記憶がないんですって?」


「ええ……思い出せるのは自分の名前だけです」


 そう少年――千夜が答えると、アカーシャは哀しそうに視線を落とした。萌香がベッドに手をついて身を乗り出す。


「なあ、千夜は帰る場所はあるのか?」


「いや、家族がいるのかも分からないからな……」


「だったら、傷が治るまでウチにいればいい。母さんもいいだろう?」


「ええ、もちろんよ。一茶さんの許可も取ってあるし、ゆっくり養生すればいいわ」


 それを聞いた千夜は驚いて顔を上げた。


「そんな、わざわざ助けてもらったのに、そこまでしてもらうのは――」


 しかし、続く言葉はアカーシャの差し出された指によって唇を押さえられる。


「そんな気遣いはいいの。貴方は怪我を治すことに専念しなさい。ヒトの好意は素直に受け取るものよ」


「は、はあ……。ありがとうございます?」


「ええ、どういたしまして」


 クスッと笑ったアカーシャの顔が綺麗だったと記憶している。





   †               †               †





 それから一カ月が経過した。始めはベッドの上での生活を余儀なくされた千夜だったが、驚異的な生命力で三週間後には屋敷の中を動き回れる程には回復した。


 朱染家がバンパイアの一族だと知った千夜だが、受けた衝撃は思ったより少なかった。むしろあっさりと受け入れたことに対し萌香たちが面食らう程であった。


 驚異の回復力を見せた人間の血を目当てに日々色々なバンパイアが千夜を襲った。バンパイアとは闘争の一族であり戦いとは殺し合いと同義。そのため血で血を洗うなど日常の一コマでしかない。まだ体力が回復していない当初は萌香が撃退し千夜の身を守っていたが、自由に動き回れる程の体力が回復すると、千夜自身が迎撃に当たった。


 これには萌香だけでなく、一茶やアカーシャを始めとした朱染家の皆が驚愕した。種族を越えての命のやり取りというのは確かに実在している。事実、妖怪を退治することを生業とした人間の組織も存在する。しかし、それは低級の妖怪が相手である場合だ。バンパイアのような大妖――それも『力』に特化した妖怪を人間が倒すのは、その手の生業の中でも装備を整えた歴戦のプロでも難しい。それをわずか十四歳の人間の少年が倒したのだ。それも素手で。


 バンパイアの世界――もとい、妖の世界は弱肉強食の世界。強いというだけで認められる世界だ。たとえそれが人間であろうと。撃退したバンパイアの数が二桁にまで及んだ時、既に千夜をただの人間と嘲笑うモノは居なかった。


 一月が経過し完全に傷も癒えた千夜は、これまで世話になったお礼がしたいと当主の一茶に頼み現在使用人として働いている。住み込みで働けるのは行く当てのない千夜にとって嬉しい誤算だった。


「ああーっ! 千夜お兄さま、やっと見つけたー!」


 厨房で紅茶の支度をしていた千夜の後ろから幼い声が聞こえてきた。


「心愛か。どうした?」


 振り向くと赤髪を両サイドで二つに分けた女の子が可愛らしく頬を膨らませていた。


 彼女の名前は朱染心愛。萌香の妹であり、千夜にとっても妹分でもある。彼女も千夜を兄と慕っており、両者の関係は今のところ上々だ。ちなみになぜ使用人なのに敬語ではないかというと、アカーシャを始めとした朱染一家に敬語は止めるようにと言われたためだ。どうやら違和感が付き纏うらしい、


 心愛はなぜか手にしたハルバードの柄でドン、と床を叩く。


「どうしたじゃないわよ! あたしの特訓に付き合ってくれるって約束したのに全然来ないと思ったら!」


「うん? そんな約束した覚えないぞ」


「嘘よ! だって今朝約束したじゃない。お姉さまを倒せるようになるまで付きっきりで見てくれるって!」


「……ちなみにその約束はどこでしたんだ」


「あたしの部屋だけど?」


 それを聞いた千夜は深い溜め息をついた。ムッと頬を膨らませる心愛。


「ちょっと、今の溜め息はなによ」


「俺、今朝は新作を作るために厨房に直行したから、心愛の部屋には行っていないぞ」


「へ?」


 キョトンと目を開く妹分を前に、再び溜め息をついた。


「夢とごっちゃになっていないか? 第一、俺がそんな台詞を口にするはずがないだろう」


「え、え? 夢?」


 千夜は萌香に対してかなりの恩義を感じている。千夜を救ってくれた命の恩人であり、なにかと世話を焼いてくれたため、萌香に対してかなり過保護なところがこの二カ月で見られるようになった。また、五つも年下なため心愛同様に妹としての家族愛も芽生え、さらに拍車をかけている。本人は家族というモノを知らないため、それが家族愛だと気が付いていないが。


 さらには使用人という立場だがその振る舞いはもう専属執事であり、萌香の食事はすべて千夜が担当し、外出の際も身辺警護と称して付いていく徹底した姿勢を見せている。


 そんな千夜が萌香を害する行動を取るはずが無かった。しかし、姉を慕っているのに素直になれず突っかかってしまう妹分の気持ちも察しているため、無下に扱うことも出来ない。


 なんだかんだと、妹には甘い千夜であった。


「……はぁ、仕方がないな。この後夕食の支度があるからあまり時間取れないぞ?」


「――! うん!」


 輝かしい笑顔だな、と苦笑した千夜はハンカチで手を拭き、厨房を後にした。


 向かった先は館の外にある開けた空間だ。取り囲むように色取り取りな花が周囲に咲き誇っている。


「これは花たちに被害が及ばないようにしないとな」


「うん。もし花がメチャクチャになっちゃったら、お母さん絶対怒る……」


「それは、勘弁だな……」


 普段は温厚なアカーシャだが、一度だけ怒ったところを見たことがあった。心愛と萌香が遊んでいると不注意で花瓶を割ってしまったのだ。当時お気に入りの花瓶にお気に入りの花を活けていたアカーシャは仮面のような笑顔を貼り付け、両者にオシオキを施したのだった。あの時のアカーシャは身も凍るような気配だったと記憶している。


「さあ、どこからでもかかって来な」


「今度こそは一本取って見せるんだから!」


 ハルバードを振り上げて突進してくる心愛。千夜は一歩下がることで回避するとハルバードの柄を掴み引き込みながら足を引っ掛けて投げ飛ばした。


「きゃんっ」


「馬鹿正直に突っ込んできても、相手の思うつぼだぞ。相手に攻撃を悟らせるな。動きを悟らせるな。実と虚を織り交ぜて初動を隠せ」


 起き上がる心愛にハルバードを返し、再び距離を取る。


「こっのぉ~!」


 今度は低姿勢でジグザグで突貫してきた心愛は下段から斜め上方に掛けてハルバードを振るうと同時に足払いを掛けてきた。


 跳び退くことで回避すると転身した心愛の後ろ回し蹴りが飛んでくる。


「おっと」


 しゃがみ込んで避けると頭上を通過する蹴り足を掴み、そのまま投げ飛ばした。


「あいたっ」


 足をハの字にして腰を擦る彼女は涙目で俺を睨んでくる。


「む~っ、手加減してよ!」


「いやいや、この上なくしてるぞ? 俺が本気だったら、お前は今頃十五回は死んでるからな」


 その言葉は事実であった。現にそれ以上の隙をこの手合せの間に千夜はカウントしていたのだから。


「う~……千夜って記憶がないのよね。なのになんでそんなに強いのよ」


「それは俺が知りたいわ。なんというか、頭じゃなくて身体が覚えているんだよ。意識しなくても勝手に動くって言うのかな」


「ふーん、もしかしたらそこに千夜の記憶の鍵があるのかもしれないわね」


「かもな」


「千夜ー!」


 苦笑して答えると後方から萌香の声が聞こえてきた。


「萌香」


「お姉さま!」


「父さんが呼んでいたぞ――って、なんでココアがここにいるんだ?」


 心愛を見た途端、むっと不機嫌になる萌香。対して心愛はふふん、と得意気に胸を張った。


「それはもちろん、お兄さまに稽古をつけてもらっていたのよ。お兄さまは人間だけどすご~く強いから、お兄さまの教えを受けてればお姉さまなんかあっという間に追い抜いちゃうんだから!」


 モカの頬がピクッと動く。不敵な笑みを張りつけて言い放つ。


「ほぅ……この私を抜くと。随分言うようになったじゃないか妹よ。千夜に稽古をつけてもらっているのはお前だけじゃないんだぞ?」


「でもでも、私の方が親身になって稽古してくれるもん! 頑張ったときはお菓子も作ってくれるし」


「それはお前が弱いからだろう。私はお前より強いからな。弟子を見守る師匠のように確かな絆で結ばれているぞ。それにお菓子どころか朝昼晩と三食作ってくれる」


 優越感に満ちた顔で勝ち誇る萌香に心愛は頬を膨らませた。


「むぅ~っ! ちょっとお兄さま! お姉さまばかりズルいわよ!」


「話を聞く必要はないぞ千夜。こんなのはただの子供のワガママだからな」


「ワガママってなによ! お姉さまも子供じゃない!」


「私は子供ではない! もう立派な大人だ!」


「大人は自分で大人だなんて言わないわよ!」


 ギャーギャーとお互いの頬を引っ張り合う姉妹たちの横で、一人蚊帳の外だった千夜が呟いた。


「俺、もう行っていいかな……?」


 返事がなかったのは言うまでもない。


 それから十分後、ようやく姉妹のじゃれ合いも終わり、千夜は一茶のもとに向かっていた。一茶の部屋の前まで来た千夜は重厚な両開きの扉をノックする。


「千夜です」


「入りなさい」


 中に入るとそこには当主の一茶、妻のアカーシャ、長女の刈愛、次女の萌香、三女の心愛と朱染家が勢揃いしていた。


 これから始まる話は重大な内容だと推測した千夜は緊張で顔を引き締めながら口を開いた。


「俺に話があると聞いたんですが……?」


「うむ。千夜君がこの家にやって来てちょうど二ヶ月となる。唐突な話になるが、もし君さえよければ私の息子にならんかね? 君の実力や人柄はある程度把握できたつもりだ。千夜くん程の実力者ならば朱染の名を語っても良いだろう」


「は? 俺が一茶さんの息子に、ですか……?」


 突然の話に目を丸くしているとアカーシャが優しく微笑みながら一歩前に出た。


「私たちの家族にならないか、と言ってるの。千夜くんは身寄りがないでしょう? もし貴方さえよければ、私をお母さんって読んでいいのよ」


 そう言ってそっと千夜を抱き締める。


「となると、千夜は兄さんになるのか」


「あたしは始めからお兄さまって読んでるけどね」


「あら、始めてできた兄ね。嬉しいわ!」


 萌香、心愛、刈愛もどうやら賛成の様子。


 なすがままに抱き締められていた千夜は正気に戻ると、恐る恐るアカーシャを見上げた。


「本当に、俺が家族になってもいいんですか……?」


「ええ、大歓迎よ!」


 さらにギューっと力を込めるアカーシャ。その豊満な胸に顔面を圧迫されながら、千夜は決意した。


「――わかりました。今日から朱染千夜と名乗ります」


「そうか。これからよろしく頼むよ」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 微笑む一茶にアカーシャの腕の中から抜け出した千夜は頭を下げた。





     †     †     †





 朱染の名を貰ってからさらに一カ月が経過した。


 あれから家族間の関係は良好であり、実の両親の顔を知らない千夜も一茶とアカーシャを両親として受け入れた。萌香と心愛のじゃれ合いを刈愛とともに制したり、朱染の命を狙う刺客たちを撃退したりと、それなりに波乱万丈な生活を送っている。


 ――これからも変わらぬ日常が送られますように。と月を見上げながら祈っていると、背後からヒトの気配がした。


「千夜兄様~!」


「うおっと、刈愛か……」


 いつもの輝かしい笑顔を肩口から覗かせた刈愛は千夜に覆いかぶさるようにして背中に伸し掛かった。


「なにしてるの?」


「いやな。月が綺麗だったものだから眺めてたんだよ」


「あら、本当だ。真ん丸お月様で綺麗ね~」


 月に向かって手を伸ばす刈愛。その姿を暖かい気持ちで見守っていると、隣からむくれた声が聞こえてきた。




「刈愛姉さん! 千夜兄さんから離れろー!」


「ちょっと萌香ちゃん、何するのよ~」


 刈愛との間に割って入ると千夜の背中におぶさり、シャー! と牙をむいて威嚇する。刈愛は困ったように頬に手を当てていた。


「もう、萌香ちゃんは兄様にべったりねぇ」


「なっ、そそそんなことはない! 新しく出来た家族だからな、私が気を遣ってあげているんだ!」


「そうかしら? その割にはもう甘々のようだけど」


「ね、姉さんの目は節穴のようだな。私のどこが甘々なんだ」


「そうやってべったり引っ付くところかしら。何かにつけて兄様と一緒にいたがるじゃない」


 ぐうの音も出ない萌香にクスクスと笑う刈愛は千夜たち二人を抱きしめた。


「まあいいけどね。私は皆が大好きだから」


「……姉さんには敵わないな」


 大人しく受け入れる萌香。ここまでなら美しい姉妹愛なのだが、どう反応すればいいか分からない千夜は一人固まっていた。


「あー! お姉さまたち何やってるのよー!」


 ここに来て心愛も乱入し、場は騒然と化してきた。一人だけこっそりと抜け出した千夜は一人嘆息する。


「仲がいいのか悪いのか……。まあ、ここにいれば退屈だけはしないだろうな……」


 一人独白する千夜は背後から聞こえる姦しい声を背にしながら自室へと戻った。

 
 

 
後書き
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