魔王の友を持つ魔王
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§19 急転直下
「いたた……」
「黎斗大丈夫か?」
惨劇から一夜明け、黎斗は重症の身体を引きずり登校した。未だ首が痛い。鞭打ちになってるのではないかと思わせる痛みだ。
「あいつら手加減しろよ……」
望み薄と知りつつ空を仰ぐ。ここで手加減してくれるようならば護堂の断罪会など起こるはずが無い。
「まぁ、あれは自業自得ということで」
「……くっ。更に護堂、お前デートの件断りやがって。僕殴られ損じゃん」
形勢不利とみた黎斗は話題を変える。何のためにあそこまでボコボコにされなければならなかったのだろうか。これが護堂と自分の格の違いとでもいうのか。ここまで来ると腹も立たない。というか、腹を立てたら昨日みたいにしっぺ返しがきそうで怖い。なにせ昨夜は家で恵那とエルにお小言を頂戴する羽目になったのだから。断罪会がバレてしまったせいで「人に迷惑かけちゃダメなんじゃなかったんですか? マスター?」などと言われ針の筵。世の中絶対間違ってる。
(あれ……?)
だいたい、と言葉を続けようとした途端なんらかの呪力の気配を察知してしまった。学校に誰かが何か仕掛けたのか、と一瞬身構えたが攻性の物ではないようなので今は放置。こういう術式は中途半端に手を出すと痛い目を見る。担任に怒られた後で情報集めをして、それから方策を練ろう。説教中にに発動しそうになったら邪眼でサクッと消去すればいい。流浪の守護起動中なら黎斗の関与した痕跡は残らない。最大の欠点は説教途中で逃げ出すことによる更なる説教だ。
「とりあえず、しばらく様子見だな」
犯人がわかるまで泳がせておこう。もし黎斗自身が巻き込まれないようだったら、最悪無視してしまう手もある。護堂にキッチリ働いてもらうのだ。別に、恨みからするわけではない。先輩からの試練である。私怨など一切合財全くない。
「どうした黎斗?」
「ん、なんでもない。いこ、護堂」
本来ならば今日は休日の筈なのに。三馬鹿の説明責任(主に二学期開始後の海外旅行という名の無断欠席)とか本当に勘弁してほしい。責任が保護者にいかずにこちらへ来るとは。護堂は遅れた課題の提出に。黎斗は担任に怒られに。同じ休日出勤でも天と地ほどの差がそこにはあった。わざわざ月曜を待たず提出に来るとは護堂も物好きなやつだ。もっとも、その課題の提出期限は昨日なのだが。
「……終わった」
担任は予想外に優しかった。「水羽、お前も大変だろうが頑張ってくれ……」などと同情の視線と鰻重(大盛。味噌汁付き)を頂いた。御馳走様でした、とってもおいしかったです。どうやら担任も三馬鹿には手を相当焼いていたらしい。先生と妙な仲間意識が生まれるとは。
「しっかしなんで教頭先生があんなに厳しいんだ?」
担任よりも教頭の方が厳しいとかそんなことがありえるのだろうか。教頭にも三馬鹿監督として認識されていたのだとしたら泣けてくる。もし教頭が彼らを警戒しているのなら、三馬鹿は城南学院の要注意生徒(ブラックリスト)殿堂入りではないか。黎斗自身も巻き添えを喰らっている可能性が高い。
「勘弁してくれ。あいつら暴走した時は無駄にカリスマみたいなのと実行力があるからなぁ……」
嘆息しながら空を見上げる。黒い太陽が燦々と輝く。———輝く?
「……って、黒い太陽!?」
神経を研ぎ澄ませて周囲を辿る。感じるのは須佐之男命の、力。吹き荒れる暴風も全ては須佐之男命の力の一端か。
「どういうことだよ、コレ!?」
階段を一足飛ばしで駆け上がる。屋上に飛び出て外を見渡す。見晴らしの良いところまで移動せねば。屋上への扉に鍵がかかっているがピッキングで解決。良い子は真似したらいけません。術の中心は何処だ……?
「術式削除しときゃよかったなこりゃ」
こうなってしまっては後の祭りか。一番高いところから外を捜索していると、派手にやりあう少女が二人。
「恵那とエリカぁ!?」
どうしてこうなった。そう叫びたいのを必死にこらえて黎斗は屋上から飛び降りる。本当は目立つから飛び降りは却下したかったが背に腹は代えられない。一刻も早くあの二人を問い詰めるしかない。学園で争われたら平和な日常を謳歌することが出来なくなる。学校が吹き飛んだらニート生活に逆戻りだ。
黎斗が着地した時、事態は更に取り返しのつかないことになっていた。大地に出現していた謎の黒い何かに、あろうことか二人が飛び込んで行ったのだ。彼が駆けつける前に、黒い何かは消滅した。
「え、ちょ……」
何を無謀なことを。エリカだったらこんな危ない橋を渡ることはないと思うのだが、これはどういうことだろう。未知の領域に突撃するなんて。普段の彼女には似つかわしくない行為だ。
「……」
行かなければならない事情があったとしたら。たとえば———駄目だ思い浮かばない。
「困りましたねぇ。黎斗さんどうします?」
幽世に行って須佐之男命を問い詰めようか、そんなことを考える黎斗に呑気な声が後ろからかかる。
「甘粕さん。これは何がどうなっているんですか?」
「わかりませんよ。失踪する瞬間は見ていませんでしたから。気配を辿ってきてみたらこんな有様でして。断片的にでも見ていらっしゃった黎斗さんの方が詳しいのでは? 黎斗さんは見ていらしゃったんでしょう?」
「当てにならねぇ…… じゃあさ、甘粕さんはこれなんだと思います?」
”失踪する瞬間は”ということはそれ以外なら見ていたのだろうか。そんなことを聞こうかとも思ったが、流石にそれはないか。
「ったく、スサノオは何考えてんだか」
「おそらく日本に初めて現れたカン」
「まって、なんで護堂が出てくるんですか? だったらエリカさんと恵那を拉致する必要なくないですか?」
護堂を連れて行けばいいじゃないか、と続ける黎斗に対し、甘粕は微妙な表情をする。
「草薙さんがまず行方不明になりまして、次いでお二人という流れなんですが……もしやご存じない?」
「なん……だと……」
あらあら、などと肩を竦める甘粕を無視して取り出すは携帯電話。須佐之男命に電話を掛けようと試みる。裕理を嫁入りさせて護堂に首輪をつける、というのが黎斗の予想だったのだが何かがおかしい。
「電話に出んわ……」
「確かに残暑は厳しいですがオヤジギャグは間に合ってますよ」
思わず零れた呟きを、冷ややかな目で見つめる甘粕。本来この状況は有り得ない。これは携帯電話を用いて念話もどきを行使しているに過ぎないのだから。ましてや相手は須佐之男命。”よほどの”状態でもない限り、音信不通といった事態になるはずがない。それに彼はここまで派手に動いておいて無視を決め込むような性格ではない。
「魔力妨害してるのは、誰?」
軽口を返してきた甘粕の顔が一瞬で変わる。
「妨害工作ですか? ……我々にはわかりかねますが。お偉い様方に通じている黎斗さんの方が詳しいのでは?」
どうも事態が妙な方向へ動いている気がする。何故恵那とエリカが争っているのだろう?
「ってかまずスサノオが果たしてここまでするか……?」
須佐之男命がこんなに大っぴらに動くとは、考えにくい。護堂の存在を彼から聞いたのは結構前だ。行動を起こすにしては遅すぎる。彼が本気なら夏休みの前に仕掛けるはず。
「ヤツは本気じゃない? でもそうだとしたらこの遊びには手が込みすぎてるよなぁ。今スサノオと連絡がつかないことも説明できない。僕をからかってる?」
頭をガリガリかきながら悩む。本当、頭脳労働は苦手だ。脳筋万歳。敵が明確ならそいつを潰して終わりだが、今回はそう優しくはなさそうだ。
「……黎斗さん、少しよろしいですか?」
振り向いてみれば、今まで傍観一方だった甘粕が動く。何か名案があるのだろうか。
「今、祐理さんをお呼びしました。もうじき到着します。リリアナさんもいらっしゃるので、お力をお貸し願えないでしょうか?」
荒事になっても黎斗さんとリリアナさんが居ればなんとかなりそうですし、と語る表情は忍者の顔。
「んー……」
アッサリ承諾すると思っていたのだろう、甘粕の顔が不審気に歪む。といってもほんの少しだけだが。
「……何か不都合でも?」
既に非日常側であることがバレているのだから、協力要請されることは予想出来ていた。しかし一緒に活動すると手加減が非常に難しい。今になって思えばサルバトーレ・ドニの時は正直やりすぎた。雑魚を装い適当なところで敗北しておけばこんな厄介毎に巻き込まれずにすんだだろうに。反省はしていないが後悔はしている。
(甘粕さんや万里谷さん、リリアナさんを守りながら権能封印行動ってどんだけだよ。難易度ベリーハードもいいとこだ。精神汚染使うには甘粕さんが邪魔だしなぁ)
既に荒事が起こらない可能性など脳内から抹消した。勘が戦いを感じ取っているし。個人的には単独行動がベストなのだけれど。単騎突撃で痕跡を残さず敵を消滅させれば解決だし。いっそ、古老の意向云々とか言ってしまおうか。そうして傍観に回るのも(若干後ろめたいが)また一手。
「そしたら問題は恵那か。あんの娘さんは……」
しかし、恵那が関わっている以上傍観という手段は最初っから消去せざるを得ない。
「エルは家? まぁ、居たとこで非戦闘員だからあんま変わらんけど。……この場合非戦闘員じゃなくて非戦闘狐?」
「……失礼ですね、マスター」
「うわぉ!?」
降ってわいたように現れた狐様に、黎斗は驚きの声を上げる。いくら思考していたとはいえエルは素人同然である。素人相手にここまでの接近を許すとは。
「マスター、媛様から伝言です。恵那さんとエリカさんが現在交戦中。草薙様は須佐之男命様のお屋敷です。媛様がなんとか取り持って下さるでしょうが最悪、お二方の方でも戦闘が勃発するお覚悟を」
それは、悪夢のような内容で。
「うっそぉ…… マジかよ」
「途中で念話が途切れた為今現在の状態は不明です」
「途中で切れた?」
エルは途中で切れた。黎斗は最初から繋がらなかった。この差は、何か。
「はい。ここに到着する直前に通信途絶しました。以降繋がる気配がありません。媛様の身に何かが起こった、とは考えにくいですし恵那さんが神懸かりを用いた際の呪力の乱れとかが原因だと思うのですが」
「それはない。僕はスサノオと最初連絡取れてないし。もしエルが正しいなら最初は連絡とれるハズ」
「須佐之男命様に嫌われた、とか喧嘩中とかは?」
「それはないと信じたいなぁ…… って、会話が脱線してきてるからっ」
この周囲で、恵那以外によって結界が張られた形跡も呪術が行われた痕跡も無い。
「鍵となるのはやっぱ幽世か」
明らかに黎斗と須佐之男命達の接触を封じようとする動き。こうなれば周りを気にせずに戦える単独行動一択。恵那もエリカも須佐之男命も護堂も全部放置。玻璃の媛に丸投げせざるを得ない。
「甘粕さん、エルを連れて行って下さい。コイツとは特殊回線があるので一応通信が途絶えることはないです。多分。きっと。めいびー」
「構いませんが……お一人で大丈夫ですか? あと、エラく不安な言い方ですな」
謎の存在のターゲットが黎斗であることを理解したのだろう。甘粕は反論して来ない。こちらの身を案じてくれることに感謝し、術の準備。
「こっちは伊達にスサノオの盟友やってないってーの」
「マスター……御武運を」
「まだ戦うなんて確定していないんだけどなぁ。可能性が濃厚なだけで」
転移する黎斗が最後に見たのは、心配そうな狐と会社員。転移術になんらかの干渉が入ったのを認識し、彼は一人顔をしかめた。
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