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至誠一貫

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第二部
第一章 ~暗雲~
  九十一 ~新たなる智~

 
前書き
更新が遅れてしまいましたが、やっと書き上がりました。
新しく原作キャラが登場します。

12/25 脱字を修正しました。 

 
 長沙の郡城を出立し、数日が過ぎた。
 賊軍はあれ以降姿を見せず、また蔡和を奪回しようという動きもない。
 無論、片時も気は抜けぬのだが。
「歳三殿。江陵郡に、劉表軍が展開している模様です」
「ほう、我らと一戦交える気か。面白い!」
「ああ、紫苑の抜けた劉表軍など、鎧袖一触だな」
 疾風(徐晃)の知らせに、彩(張コウ)や愛紗らは、気炎を上げている。
「待て待て、二人とも。軽率に劉表軍と衝突があれば、それこそ申し開き出来なくなるぞ?」
「でも、悪いのは劉表の方なのだ! 星は戦いたくないのか?」
「そんな訳なかろう! 私とて武人、戦を恐れはせぬ」
「……だが、迂闊に戦端は開けぬぞ。稟、劉表軍の意図をどう見る?」
「はっ。江陵は荊州の要衝です。歳三様に交戦するつもりがなくとも、他の軍がそこに迫るのに何もしないでは、強硬派が黙っていないのかも知れません」
「うむ。風はどうだ?」
「そうですねー。この一件、お兄さんと孫堅さんに対する策略だとすれば、お兄さんの行く手を阻む事で露見するのを防ぎたいのかと」
「なるほど。どちらにも一理ある……紫苑」
「はっ」
「劉表は自ら兵を率いた事はあるのか?」
「あります。尤も荊州は戦乱と無縁でしたから、精々が賊討伐でしたが」
 これだけでは、何とも言えぬか。
 今少し、情報を集める必要があるな。
「疾風、劉表軍の規模と率いる将について確かめよ。星も手助けせよ」
「はっ!」
「御意!」
「風は此度の出撃の目的を探ってくれ。それから江陵郡の様子もだ」
「御意ですー」
「稟は、集めた情報の分析と、今後の戦略立て直しを頼む」
「御意」
「愛紗、鈴々、彩、紫苑は周囲の警戒を怠るな。それから、兵らに軽挙妄動を慎むよう周知徹底せよ」
「はい!」
「応なのだ!」
「承知!」
「お任せ下さい」
 ひとまず、進軍は止めずに様子を見るとするか。
 郡境を越えて向かってくるのであればともかく、此方が長沙にいる限り衝突は起こるまい。

 その夜。
「歳三様、宜しいでしょうか?」
 紫苑が、天幕に姿を見せた。
 私は眺めていた地図から顔を上げ、紫苑を招き入れた。
「如何致した?」
「はい。歳三様は、司馬徽という人物をご存じでしょうか?」
 司馬徽……確か、水鏡の号で呼ばれる人物だな。
 朱里や愛里の師でもあるようだが。
「面識はないが、名は聞いておる」
「そうですか。実は、その水鏡先生からこのような書簡が届きまして」
 そう言って、紫苑は竹簡を差し出した。
「お前宛ではないか。良いのか?」
「はい。歳三様に隠し事をするつもりはありませんから」
「そうか。では見せて貰うぞ」
 紫苑が頷くのを確かめ、私は竹簡を広げた。
「…………」
 簡潔に纏められた書簡だな。
「朱里や愛里が世話になっているから、礼を述べたいとあるな」
「ええ。水鏡先生の庵は、此所から程近い場所にありまして。歳三様が近くまでお越しなのを知っての事かと」
「だが、私塾がある故出向けぬ。出来れば私に来て欲しい……か」
「如何でしょうか? 水鏡先生は立派な人物です。決して、歳三様の損にはならないと思いますが」
「うむ……。紫苑、司馬徽殿の意図は、本当にそれだけであろうか?」
 私の言葉に、紫苑は小首を傾げる。
「そうですわね。歳三様が今何をされているか、それは承知の上でしょう。……ですが、害意はない事だけは私が保証しますわ」
「いや、それは私とて同じ。愛里らの師が、そのような人物であろう筈もないからな」
「はい。……それで、如何なさいますか?」
 今のところ、賊軍の姿もない。
 警戒は怠っておらぬが、今の我が軍が不意を突かれる恐れはないと申して良かろう。
「稟と風に諮るとする。それからでも遅くあるまい」
「わかりました。もし行かれるのであれば、私がご案内しますわ」
「うむ。お前が一緒ならば心強い、その節は頼んだぞ」
「はい!」

 そして、翌朝。
 紫苑と共に、司馬徽の庵へと向かった。
 他の者も同行するとせがまれたが、有事の際に将があまり不在では好ましくない。
 それに、大人数で動けば目立つ。
 それ故、伴う兵も十名のみとした。
 ただし、皆が一騎当千の強者揃い、少数の賊であれば蹴散らす事も不可能ではなかろう。
 尤も、戦闘は極力避けるように皆から釘は刺されているが。
 幸い、何事も起こらぬまま、司馬徽の庵に到着した。
 庵とは言うが……私塾を兼ねているだけに、ちょっとした屋敷程の規模だな。
「此所だな」
「はい。……あら、水鏡先生がお出迎えですわ」
 門の処に、妙齢の女が立っている。
 年の頃は……ふっ、野暮と言うものだな。
 そして、やはり美形か。
「態々のお運び、ありがとうございます。わたしが司馬徽です」
「土方にござる」
「お名前は予てから。ささ、中へどうぞ」
「では。お前達は此所で待て」
「はっ!」
 兵らを残し、紫苑と共に門を潜った。
 廊下で、何人かの少女とすれ違う。
「水鏡先生。相変わらず、たくさんの生徒がいるようですわね」
「そうなの。入塾希望者が絶えなくてね、特に愛里と朱里が仕官してからはね」
「うふふ、それは仕方ありませんわ。仕官先が、此方の歳三様とあれば」
「全くです」
 どういう事だ?
 確かに、司馬徽門下の二人が私の許にいるという縁はあるが。
 そんな私の顔色を見たか、司馬徽が微笑む。
「土方様。貴方ご自身が思われている以上に、土方様の名前は知られていますよ」
「ほう。ですが拙者は出自も定かではない武人にござるぞ?」
「ふふ、ではそのような御方が何故此処まで功名を上げておられるのですか? それに、一騎当千の将も集っていますわ。無論、紫苑も含めて」
「偶さかの事にござろう。全ては皆の尽力によるもの、拙者の功など微々たるものにござる」
「噂通り、謙虚な御方のようですわね。愛里や朱里が仕えるべき御方と見込んだだけの事はありますわ」
 どうもこの国の者は、皆この調子らしいな。
 私は常に一歩引く生き方をしてきた、それを今更改めるつもりもない。
 それが、美徳と取られるか……おかしなものだ。
「どうぞ、此方です」
 そして、奥まった一室に案内された。
 どうやら、先客が居るようだな。
 ……またもや、女子(おなご)か。
(みやび)さん、お待たせしました」
「いえ」
 そう言って、女子は私に対して礼を取る。
「初めてお目にかかります。私は伊籍と申します」
 伊籍?
 確か、劉表の臣で後に劉備に仕えたという人物だな。
 この世界でも、同じく劉表の下にいるのであろうか?
「ご丁寧に痛み入る。拙者、土方と申す」
「はっ」
「とにかくおかけ下さい。お話はそれからで」
 勧められるままに、私は席に着く。
「では、まず改めてお礼を。土方様、ご多忙の折お運びいただけた事、そして愛里と朱里を大切にしていただいている事。この通り、お礼を申し上げます」
 頭を下げる司馬徽。
「いや、礼を申すのは拙者の方にござろう。二人がいなくば、今の拙者はござらぬ」
「いえ、土方様もご承知の通り、あの二人はどんなに黄金を積まれても、認めた相手にしか仕える事はありません。何と言っても、私の生徒の中でも群を抜いた存在ですから」
「……では、礼はお受け致す」
 このまま押し問答を続けていても利はない。
 それに、司馬徽が礼を述べたいという気持ち、無にする訳にはいかぬからな。
「ありがとうございます。……本日来ていただいたのは、それだけではありません」
「そこにおられる伊籍殿……でござるな?」
「はい。では、雅さん」
 司馬徽は伊籍の事を真名で呼んでいる。
 つまり、二人はそれだけの関係という事か。
「土方様。我が主人、劉表よりの書簡です。どうか、お受け取りを」
「劉表殿から、か。では、頂戴仕る」
 伊籍が差し出したのは、竹簡ではなく紙片。
 それも、こよったような形跡が見られる。
「ふむ。密書とお見受け致すが」
「その通りです」
 私は頷き、紙片に目を落とす。
 筆跡が乱れているが、読めぬ事はない。
「今、我が主人は病の床に臥せっております。筆が乱れて申し訳ない、と主人の言伝にございます」
「わかり申した。……伊籍殿、少々伺っても宜しいか?」
「はい」
「まず、此度の事……劉表殿ではなく、蔡瑁殿の独断と記されてござるな」
「仰せの通りです。お恥ずかしい話ですが、主劉表が病に伏せてよりずっとその有様なのです」
「ふむ。だが、解せぬ事がある」
 伊籍は頷いて、
「何故、土方様と孫堅様を陥れるような真似をしたか……という事ですね」
「然様」
「蔡瑁は、主亡き後、次男の劉琮様を後継者として擁立するつもりでいます。長男に劉琦様がおいでになるにも関わらず、です」
「しかし、それは謂わば荊州内部のお家騒動に過ぎませぬな」
「その通りです。ですが、その際に隣州からの介入があったとなれば話は変わってきます。少なくとも、我が荊州にはそこまでの軍事力はありませんから」
 私や睡蓮が武力を背景に、お家騒動に首を突っ込む事を懸念したという事か。
 被害妄想にも程があるな。
 確かに私も睡蓮も、義に叛く真似は嫌うが……それを旗印に、内紛に口を挟むなど愚の骨頂。
「それで、賊の反乱と見せかけて我が軍と睡蓮軍を誘き寄せた。そう仰るか」
「……私も、馬鹿馬鹿しいと一蹴したくなる話です。ですが、これは事実です」
「土方様。劉表様は無論、このような企てを知り、止めようとなさったそうです。ですが、折悪く容態が急変してしまい、回復した時にはもはや手遅れになっていたようです」
 司馬徽はそう言って、頭を振った。
「伊籍殿、今一つお聞かせ願いたい。此度の事、馬氏は関与しているでござるか?」
「いえ。馬良と馬謖の事を仰せかと思いますが、二人は関与していません。いえ、関与させられそうになりましたが、真相を知って協力を拒みました」
「雅ちゃん。じゃあ、今あの二人は?」
「……襄陽城内の一角に、幽閉されています。何者も近付けないので、私も様子はわかりません」
「そう……」
 ふう、と紫苑は息を吐く。
 やはり、心配なのであろうな。
「主は出来るならば直接お目にかかってお詫びしたいとの意向です。ですが、蔡瑁がそれを許さないでしょう」
「拙者への謝罪ならば無用でござる。……だが、呉にいる睡蓮の遺児や麾下の者らはそうも行かぬでしょうな」
「そう思います。ですが、いくら言葉を尽くしても孫堅様を生き返らせる事は出来ない以上……お許しをいただくのは無理でしょうね」
「せめて、睡蓮を討ち取ったという呂公なる者を、呉に引き渡しては如何かと存ずるが」
 だが、伊籍は静かに頭を振る。
「私もそうすべきだと思います。ですが、江夏太守の黄祖が、それを頑として拒んでいます。旧知の間柄だから、引き渡すのは忍びないと」
 情で我を張る、だがそのような真似が許されると思っているのであろうか。
「黄祖は荊州南部の守りの要です。州牧の権限でその職務を解く事は出来ますが、その代わりとなる人物がいないのが実情なのです」
「……なるほど」
「然りとて、今の朝廷から黄祖に代わる人物が派遣される見込みはありますまい。黙認するより他にないのです」
「しかし、それでは劉表殿も黄祖殿も、雪蓮や蓮華らから生涯恨まれますぞ?」
「……それは覚悟の上との事です。無論、我が主も」
 劉表も、苦渋の決断だったのであろう。
 伊籍の顔にも、何処か諦めの色が見える。
「では伊籍殿。蔡和の扱いだが、どうなされる?」
「その事ですが……襄陽までお越し頂いたとしても、入城が認められる事も、蔡瑁が土方様にお会いになる事もありますまい」
「では、どうせよと仰せか?」
「その事ですが。朝廷に訴え出て頂くしかないかと存じます」
「……伊籍殿。陛下ご自身はさておき、その取り巻きと拙者の関係……ご存じでござるな?」
「承知しています。ですが、非を訴える場はそれ以外にありませぬ。……荊州には、最早自浄を期待するだけ無駄ですから」
「しかし、それでは劉表殿の面目は丸つぶれでござるぞ」
「主は、自分の名誉や面目などどうでも良い、と申しております。それよりも、土方様の義を貫いていただきたいと」
 私の義を貫け、か。
 劉表が全て覚悟を決めているという事であれば、もう私から何も申すまい。
「委細承知、と劉表殿にお伝え願いたい」
「……はい。必ずや」
「紫苑」
「はい」
「馬良殿と馬謖殿の事、気がかりであろうが……。今の我らには手出しが出来ぬ」
「……わかっています。無事である事がわかっただけでも、まだ救われた気がします」
「お二人を誅する事は、いくら蔡瑁でも無理です。馬氏は蔡氏よりも広く名を知られた名士、その一族に連なる者を無法にも手にかけたとなれば、蔡瑁と言えども誹りは免れませんから」
 伊籍の言葉に、紫苑も弱々しい笑みを浮かべた。

「あ、あの……。お茶をお持ちしましゅた……あう」
 戸口から声がかかる。
 ……何処かで聞いたような喋り方だが。
「あら、ご苦労様。悪いけど、入ってきてくれる?」
「あ、ひゃい!」
 盆を手に、少女がおずおずと入ってきた。
 奇妙な形の帽子を目深に被り、背格好は朱里と良く似ている。
「あ、あの……。ど、どうぞ」
 恐る恐る、といった風情で、少女は卓上に茶碗を置いていく。
「ありがとう。貴女も自己紹介なさい」
「わ、わかりましゅた……うう」
 うむ、噛みまくりなところといい、朱里そっくりだな。
「は、初めまして。私は姓を鳳、名を統、字を士元と言いましゅ。……あう」
 鳳統だと?
 ……まさか、あの鳳統か?
「司馬徽殿。貴殿の私塾には、朱里と並ぶ俊英がいると聞き及んでおりまする」
「ふふ、やはり土方様はご存じですか。そうです、この娘は鳳雛とも称されています」
 そうか、こんなところにいたとはな。
 朱里からは何も聞かされていなかったが、諸葛亮がいるのであれば鳳統がいてもおかしくはない。
 ……しかし、雰囲気といい口調といい、まるで朱里とは実の姉妹のようだな。
「土方様。実はお呼びだてしたもう一つの目的が、この娘なんです」
「鳳統殿が?」
「はい。才能は愛里や朱里にも引けは取りません。……ただ、御覧の通り極度の引っ込み思案でして」
「それは、朱里も似たようなところがありますな」
「ええ。ただ、朱里ちゃんはそれでも思い切って世に出て行ったんです。……でも、この娘は未だに此処にいます」
 そう言って、司馬徽は鳳統の頭を撫でる。
「ですが、このまま埋もれていい才能ではありません。それに、この娘の事は蔡瑁殿も当然知っています」
「……なるほど」
「武力を以て仕官を強要されれば、私にもこの娘にも、それを拒む術はありません。そうなれば、この娘の天賦の才が、悪事に用いられる事になってしまいます」
 鳳統の実力の程はわからぬが、恐らく経験は皆無。
 その上世に出る事を躊躇うのであれば、才能は抜群でも視野は恐らく広くはなかろう。
 その状態で蔡瑁にいいように使われれば……少なからぬ人間がその為に苦しむ事になるであろうな。
「土方様。どうか、この娘をお連れ下さい。そして、朱里のように育てて欲しいのです」
「司馬徽殿。朱里のように、と仰せだが……朱里は元々才のある身。経験を積ますように指示をしたのは確かでござるが、今の朱里は自身で作り上げたものにござるぞ」
「そうかも知れません。ですが、その為には環境が必要です」
「……それが、拙者の許と?」
「そうです」
「ふむ。鳳統殿」
「は、ひゃい!」
「貴殿は如何なのでござるか? 拙者は氏素性すら知れぬ者、しかも朝廷からも危険視されている身にござる」
 と、鳳統は表情を改めた。
「そ、そうかも知れません。ですが、土方様が怪しげな、そして危険な御方だったら。朱里ちゃんや愛里ちゃんが今までお仕えしている筈がありません」
 私は黙って、鳳統の言葉を聞く事にした。
「それに、土方様が冀州や交州でなさった事、いろいろと調べました。……庶人の為に、そしてご自身の信念の為に、常に毅然と臨んでおられると思いました」
「…………」
「で、ですから……。わ、私もどうか、お役立て下さい!」
「歳三様。私からもお願いします」
「土方様。水鏡先生が仰せの通り、このままここに残しておくべきではありません。私からもお願いします。
 紫苑と伊籍が、揃って頭を下げた。
 ……断る理由がないどころか、万が一断れば私も皆も生涯悔やむ事になるな。
「頭を上げられよ。……司馬徽殿」
「はい」
「貴殿自慢の鳳統殿、確かにお預かり致しますぞ」
 私がそう言うと、一同が安堵の溜息を漏らした。
「鳳統殿……いや、鳳統」
「は、ひゃい!」
「私とて、至らぬ処は多々ある。だが、お前の期待に背かぬよう努力する事は誓おう」
「……わかりました。私の真名は雛里です、お預けします」
「うむ。私の事は好きに呼ぶが良い」
「は、はい。ご主人様」
「……待て。何故だ?」
 と、雛里は泣きそうな顔をする。
「しゅ、朱里ちゃんがそう呼んでいると……。ふぇぇ、ご、ごめんなさい……」
「い、いや……」
 全く、これでは私が悪者でしかないではないか。
「わかった、好きに呼べと言ったのだ。それで良い」
「わ、わかりましゅた!……あうう」
 やれやれ、思わぬところでまた一人人材を得たのは良いが……要らぬ心労も増えそうだ。

 四半刻が過ぎ、我らと伊籍は庵を出た。
「土方様。江陵の郡城に近づかない限り、軍勢には手出ししないよう主から指示が下ります」
「承知仕った。劉表殿に、よしなにお伝え下され」
「はい! では、これにて」
 単騎で、伊籍は去って行った。
 蔡瑁に見咎められぬかと尋ねたが、伊籍は万事心得ているとの事だった。
「さて。紫苑、そして雛里。参るぞ」
「はい」
「は、はい!」
「しっかりやるのよ、雛里」
「……水鏡先生も、お達者で。今まで、お世話になりました」
 そんな雛里の頭を、司馬徽は優しく撫でた。
「土方様。この娘の事、改めて宜しくお願い致します」
「この剣に誓って」
 司馬徽は満面の笑みを浮かべた。
「皆の者、待たせたな。急ぎ、陣に戻るぞ」
「応!」
 私はもう一度司馬徽に礼をすると、馬に跨がった。
「雛里。馬が足りぬ故、私と共で良いか?」
「は、ひゃい!」
 ……ふっ、力が抜けるな。
 しかし、朱里が戻ったらさぞ驚くであろうな。 
 

 
後書き
という訳で、雛里加入となります。
出番は考えていたのですが、このタイミングでの登場がどうやら良さそうだと思いまして。
無論、ちょい役ではなくバリバリ活躍の場を設けるつもりです。 
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