戦国異伝
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第八十二話 慎重な進みその一
第八十二話 慎重な進み
丹羽は信長に与えられた一万の兵を率いて丹波に入った。しかしその進撃はあまり速いものではなかった。
むしろゆっくりとしていた。その丹羽に同行している幕臣の和田が問うた。
「思いの他ゆっくりしていますが」
「兵の進みがですな」
「はい、それは何故でしょうか」
「若狭と丹後を見てのことです」
その両国をだというのだ。
「若狭の武田殿と丹後の一色殿は我等につきましたが」
「それでもですか」
「はい、両家と両国の国人達は織田家につき丹波に向かっています」
織田と呼応する形でだ。そうしてきているというのだ。
そしてその彼等を見てだ。丹羽は言うのだった。
「あまり速く進んでも両家と合流できませぬ」
「だからゆるく進んでおられるのですか」
「はい」
まさにだ。それでだというのだ。
「あと。一色殿の背後の山名家は尼子家に攻められていますが武田殿はです」
「その若狭のですか」
「はい、あの家はそれ程多く兵を丹波に向けられないでしょう」
それは何故かということもだ。丹羽は述べた。
「越前に朝倉がいますので」
「朝倉ですか」
「あの家は大きいです」
越前一国を押さえている。そしてだった。
「越前は八十万石、二万の兵を動かせます」
「それに対してですな」
「若狭は小さく兵も少ないです」
武田の方はそうだというのだ。朝倉と違いだ。
「下手をすれば攻められます故」
「それ故に丹波に兵を多くはさけませぬか」
「左様です」
丹羽は冷静かつ淡々とだ。その読みを和田に話していく。
そしてその話は和田だけでなくだ。明智と細川も聞いていた。丹羽はその彼等に対してもそのままだ。丹羽はその話をしていくのだった。
「もっとも朝倉家は動かぬでしょうが」
「それは何故でしょうか」
細川が朝倉が動かない理由をだ。丹羽に問うた。
「朝倉が動かぬ理由は」
「朝倉家は今も一向一揆に悩まされております」
越前のこの事情からだ。丹羽は朝倉が動かない理由を述べた。
「とても若狭に兵は向けられませぬ」
「一向一揆ですか」
「あの者達もおります。それにです」
「他にも理由がありますか」
「朝倉家の主義景殿は優柔不断で動かれぬ方です」
朝倉家は宗滴が今もその武の軸となっており家を支えている。だが主の義景は武を不得手としており都の文化に耽溺し一乗谷から動こうとしない。丹羽はその彼のことを指摘したのである。
「あの方が動かれぬ限りはです」
「朝倉は動かれぬ」
「そうです。宗滴殿も歯痒いでしょうが」
丹羽は宗滴の立場になっても考えてみた。そのうえでの言葉だった。
「朝倉にとっては若狭は険阻なれど欲も出る場所でしょうから」
「確かに。若狭は狭く山も多い国です」
今度は明智が言った。見れば見事な兜だ。瓢箪が両脇にあり頭には獅子がある。その兜の明智がだ。丹羽に若狭のことを話してきたのだった。
「ですがそれでもです。手に入れられるならです」
「手に入れるのが戦国のならい」
「ですから若狭を取りたかったでしょう」
こう言う明智だった。
「しかし主である義景殿が動かれぬなら」
「それならばです」
「朝倉家としてはどうしようもありませぬ」
「そうです。だからです」
朝倉は動かないというのだった。彼等はだ。
「今ここで逃すと若狭は朝倉家の手にはに二度と入らぬでしょうが」
「織田家のものとなるからですな」
「左様です」
丹羽の言葉は淡々としたままだった。しかしだ。
その言葉には確かな自信があった。そのうえでの言葉であった。その言葉でだ。丹羽は明智達にだ。その読みをさらに話していくのだった。
「そして守りを固めるからです」
「ですな。しかし今は武田殿としては備えておかなくてはならない」
用心の為だ。それを忘れていては何もできはしない。明智は言った。
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