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戦国異伝

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第六十二話 名軍師その九


「それはせぬ」
「されぬのですか」
「上洛はするがすぐには向かわぬ」
 そうした意味での言葉だった。信長の今の話は。
「そうする。よいな」
「すぐには向かわぬとは」
「確かに美濃は手に入れた」
 弟に対してだ。こうも言うのだった。
「そして多くの兵達もじゃ」
「ではすぐにでも」
「それでもまだじゃ」
 信長の言葉は変わらない。
「まだ都には向かわぬ」
「それはまた何故」
「御声がかかっておらぬ」58
 それでだというのだ。
「公方様からも朝廷からもじゃ」
「だからですか」
「今行っても大義名分がない」 
 政治的にだ。それを見てなのだった。
「それで行っても下手をすれば逆賊じゃ」
「木曾義仲の様にですな」
「そうなれば元も子もない。だからじゃ」
「大義名分が出来てからですか」
「上洛する。どのみち暫くすればじゃ」
 どうなるか。信長はこのことについても言ってみせる。
「公方様なり朝廷なりからじゃ」
「お声が来ますか」
「うむ、そうなる」
 都に来いとだ。都から声が来るのだというのだ。
「何しろ今都は荒れ果て何にも残ってはおらぬからじゃ」
「公方様、朝廷もですな」
「ならばすぐにあちらから声がする」
 こう話してからだった。信長はこんなことも言った。
「少しだけ待てばよいのじゃ」
「割り切っておられますな」
 そんな兄を聞いてだ。信行は首を捻り唸る様にして述べた。
「そしてその間にですね」
「出陣の用意も整えておく」
「お声がかかれば早速出陣出来る様に」
「そうしていく。それで道じゃが」
「やはり近江から向かわれますか」
「あそこが一番近い」
 近江を抜ければもうそこは都だ。それを考えれば実に近い。
「だからじゃ。それでじゃ」
「確かに。伊勢から大和に入りそこから都に向かうこともできますが」
「遠い」
 それが大和を通らない理由の一つだった。
 そしてその他の理由もだ。信長は話した。
「それに大和には蠍がおる」
「松永久秀、ですね」
「あの雲は梟雄よ。梟雄は相手の隙を常に窺っておる」
「若し丸腰でその大和に入れば」
「終わりじゃ」
 まさにそうなるというのだ。
「だから大和は駄目じゃ」
「近江ですな。どうしても」
「幸い近江の北の浅井は頼りになる」 
 浅井についてはだ。信長は完全な信頼を向けていた。
 そうしてだ。こうも言ったのである。
「完全にじゃ」
「だからこそですか。近江の六角の領地を通りますか」
「すんなりと通せばそれでよい」
「そうでなければ」
「攻めるだけじゃ」
 だからこその五万を超える大軍だった。信長はこの大軍の力を最大限に出してだ。そのうえで都まで向かおうと考えているのだ。
「その際はな」
「成程。その攻める理由もですな」
「ただ攻め込んだでは何にもならぬ」
 信長は言う。
「それにじゃ。大義があれば無益な戦も避けられたりする」
「大義に従う家も出るからですな」
「だからよいのじゃ。何の理由もなく攻めるよりはな」
「左様ですな。大義名分があれば色々と厄介なことも事前に防げます」
「焦ることはない」
 信長は無闇にそうすることも戒める。 
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