戦国異伝

　　　　　　　　　　　　　　　第六十二話　　名軍師
　信長が稲葉山の城を出て竹中の下に向かったと聞いてだ。
　ようやく清洲から稲葉山に入った信行は困った顔で周りに言った。
「兄上らしいがのう」
「ですがそれでもですか」
「困ったというのですね」
「その通りじゃ。しかも平手の爺も一緒じゃ」
　信行はこのことについても言及した。
「権六といい。竹中半兵衛一人の為にのう」
「ですが勘十郎様、竹中といえばです」
　ここで信行に言ったのは万見だった。
「それがしも名を聞いたことがあります」
「稀代の名軍師じゃな」
「この稲葉山を僅かな兵で手に入れておりますし」
「それはわかっておる」
　信行にしてもだ。それは知っている。
　だがそれでもだとだ。彼は言うのである。
「しかし。入ったばかりの城を空けられるとはのう」
「ですが勘十郎様がおられます」
　今言ったのは中川である。
「だからこそではないでしょうか」
「わしが留守を守るからか」
「清洲におられた時と同じく」
「確かにわしはじゃ」
　どうかというのだ。信行自身で。
「爺とどちらかで留守を守ってきたが」
「だからからこそと思いますが」
「わしがおるからこそ城を空けられるか」
　そう思うとだった。信行もだ。実際に悪い気はせずにだ。こう言うのだった。
「ならばよしとするか」
「少なくとも後ろ向きになられることはないかと」
「特に」
　家臣達は口々に信行に述べていく。
「ですからここはです」
「殿のお帰りを待ちましょう」
「それと我が家に稀代の名軍師が来る」
　信行はこのことを確信と共に述べた。
「そのこともだ」
「来ますか。竹中半兵衛が」
「あの男が」
「兄上は必ず果たされる」
　兄を信じているからこその言葉だった。
「後はそれを待つだけだ」
「左様ですか。それでは」
「我々は待っていればいいのですね」
「では茶でも飲もう」
　兄の影響を受けてだ。彼も中々の茶好きになっていた。
　その彼がだ。こんなことも言った。
「弟達も呼んでな」
「そういえば弟君の方々もですな」
「茶好きの方が多いですな」
「殿の様に」
「そうじゃな。兄上の影響じゃな」　
　信行は笑ってこんなことも言った。
「わしも含めてな」
「そういえば勘十郎様は最近酒よりも茶ですな」
「そちらになっておられますな」
「酒は前と変わらず飲んでおる」
　それは変わらないというのだ。
「しかし。それでもじゃ」
「茶も嗜まれますか」
「殿と同じく」
「茶はよい」
　実際にこうも述べる。
「飲んでいて落ち着くし。それにじゃ」
「それに？」
「それにといいますと」
「甘いものが美味くなる」
　そうしたこともあるというのだ。茶を飲んでいるとだ。
「兄上は幼い頃から甘いものがお好きじゃったがな」
「そうそう、殿はです」
　林がここでそのことにしきりに頷きながら話す。