戦国異伝
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第二話 群星集まるその一
第二話 群星集まる
駿河に一人の高僧がいた。
見事な法衣に袈裟を身に着け厳しいが決して卑しい顔をしてはいない。その僧侶の名を太源雪斎という。駿河を治める今川家に仕える僧侶であるがそれと共に政治を司り軍師でもある。また戦においては自ら法衣の上に鎧を着てそのうえで戦う。今川家の主義元の無二の腹心にして頼りになる相談役だ。政治や軍事だけでなく教養もかなりのものだが仏典や古典だけでなく昨今伝わりだしている茶道にも通じている。その彼が満天の夜空を見上げていた。
その彼にだ。弟子の僧が問うた。
「お師匠様、どうされたのですか?」
「ふむ、天じゃが」
「天ですか?」
「一際大きな星が出て来ておる」
夜空を見上げながらこう言うのである。
「大きなな」
「星がですか」
「うむ、それが出て来ておる」
また弟子に対して述べた。
「今な」
「それは一体どういった星ですか?」
「将星じゃ」
それだというのだ。
「そしてその星の周りに多くの星が集まってきておる」
「その星だけではありませんか」
「あの様に大きく、しかも強く輝く星を見たことがない」
雪斎は無意識のうちにその言葉を震わせていた。
「そしてあれだけ多くの星が集まるものじゃ」
「何かが動きますか」
「間違いない」
彼は断言した。
「ただ、あの星はじゃ」
「あの星は?」
「今川のものかどうか」
彼がここで危惧するのはこのことだった。
「それが問題じゃが」
「今川の星かどうかですか」
「それが問題なのじゃがな」
それについてはだった。彼も言葉が鈍くなっていた。
そしてその鈍くなった言葉でだ。彼はそれでも言うのだった。
「ただしじゃ」
「ただし?」
「天下は間違いなく大きく動く」
このことは間違いないというのだ。
「それは間違いない」
「左様ですか」
「戦の世が終わるな」
雪斎の今の言葉には期待が込められていた。
「どうやらな」
「この戦の世がですか」
「そうじゃ、終わる」
彼は言った。
「間も無くじゃ」
「左様なのですか」
「今は信じられずともよい」
弟子の声からその考えは読み取っていた。そのうえでの言葉である。
「それはじゃ」
「左様ですか」
「そうじゃ、それでもよい。しかしじゃ」
「しかし?」
「やがてわかる」
そうだというのだった。
「やがてじゃ」
「ううむ、天下が平和になればいいのですが」
「なる。安心せよ」
雪斎は弟子のその不安は打ち消してみせた。
「それはじゃ」
「左様ですか、それでは」
「星は嘘は吐かぬ」
まだ上を見上げている。そのうえでの言葉だった。
「それもやがてわかる」
今はこう言うのだった。星も動きだしていた。そして織田家でもまた。
髷にして耳の前を伸ばした男だった。彼が今城内の己の座にいる吉法師の前にいた。政秀がその彼の名前を信長に告げた。
「滝川一益です」
「滝川というのか」
「はい」
その男からも声がしてきた。
「甲賀の出であります」
「ふむ。甲賀というとじゃ」
それを聞いてだ。吉法師はまた言った。
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