戦国異伝
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第九十八話 満足の裏でその八
「そうしたものには興味はおありではなかったな」
「では何に興味が」
「剣じゃ。剣の道を求めておられた」
「それですか」
「あの方はただひらすら道を見ておられた」
剣の道、それをだというのだ。
「それ故にかなりの腕前だったがのう」
「それはそれで求めるものは大きいですな」
「御主もそう思うな」
「はい、道というものは何処までも続くものです」
茶を知っているからこそだ。平手は言えた。
「それは険しくもあります」
「その通りじゃな」
「その道を求められていたとは素晴しいですな」
「わしはあの方が好きじゃった」
信長はここでは寂しそうに述べた。その義輝のことを思い出して。
「そうした方じゃったからな」
「殿も認めて下さいましたし」
「人は己を認める者を好くものじゃ」
信長はこうも言った。
「わしもまた然りじゃ」
「確かに。それは誰もがですな」
「そうじゃ。だからわしはあの方が好きじゃったが」
だが今ではだというのだ。その義輝はもういない。
そしてだ。義昭がいるが、なのだ。
「言うても仕方ないのう」
「その通りかと。それに幕府はやはり今も」
「担いでいくがのう。さて、もうすぐな」
「もうすぐとは」
「正月じゃな。今年は色々あったわ」
上洛と近畿進出のことに他ならない。
「その一年も終わりじゃな」
「そうですな。色々ありましたが」
「それも終わりじゃ。それでは元旦は餅を食おうぞ」
「殿は餅もお好きですな」
「あれはよいのう。醤油をかけて食うと絶品じゃ」
「粉もよいですな」
「うむ。きな粉もな」
これもいいとだ。信長は平手に笑って話す。
「よいな。では皆で餅を食おうぞ」
「はい、正月には」
「しかし。正月にじゃな」
ここでこうも言う信長だった。
「そろそろじゃな」
「三好ですか」
「動くやも知れぬのう」
「四国に留まったままでは終わりませぬか」
「このままではやがて我等にその四国まで攻め入れられてじゃ」
「滅びると」
「わしもそうするつもりじゃが」
信長自身もだ。そう考えているのは事実だった。
だがここでだ。彼はこうも言ったのである。
「しかし三好も馬鹿ではないわ」
「それは読んでいますか」
「獣も狙われていることは察する」
信長は三好をあえて獲物に例えもした。
「ならばじゃ」
「狙われる前に、ですか」
「来るぞ。間違いなくな」
「しかし。来るといってもです」
どうかとだ。平手は言うのだった。
「摂津や播磨を攻めても何にもなりますまい」
「その通りじゃ」
「ここは思い切ったことをせねばならぬでしょう」
「ではその思い切ったこととは何じゃ」
「都ですな」
すぐにだ。平手はこの場所を話に出したのだった。
「都を。淀川から下り」
「ほう、そう来るというのか」
「そう思いますが」
「ふふふ、流石じゃな。織田家の筆頭家老だけはある」
「これ位は容易に察しがつきまするぞ」
平手はその顔をやや顰めさせて主に答える。
「殿、陸よりも水を使えばです」
「行き来が楽じゃな」
「そうです。それは商いだけでなく」
「戦においてもだからのう」
「藤原純友です」
平安の頃に瀬戸内を暴れ回った海賊だ。平手はこの男を例えに出すのだった。
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