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万華鏡

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第一話 五人その十二


 言葉を砕いてこう言ったのだった。前向きにだというのだ。
「そうすればいいわ」
「そうなの。前向きになのね」
「こう言えばわかるわよね」
「うん、何とか」
「ならいいわ」
 母は娘に話す。そうしながら台所で何かを作っていた。そのうえでの言葉だった。
「辛い時でも。俯かないでね」
「前を向いてなの」
「そう。前を向いてそうしてね」
 そのうえでだとだ。母は娘ににこりと笑って告げる。
「進んでいってね」
「何があっても」
「琴乃ちゃんの性格でいいところは」
 何かともだ。母は娘に話した。
「明るくて陰がなくて」
「そういうところがなの」
「それに意地悪とかしないでしょ。お友達に」
「そういうこと嫌いだから」
「そこが琴乃ちゃんのいいところよ」
「そうなのね」
「そう。だからそのまま明るくね」
 琴乃の明るさ、天真爛漫さを見てだ。母は言っていく。
「そうしてね」
「前を向いて」
「泣きそうになったら上を向いて」
 こうも言う母だった。
「涙が零れない様にしてね」
「何かそういう歌あったわよね」
「そう。あの歌みたいにね」 
 かつてあった歌だ。その歌は大ヒットして今でも日本人の耳に残っている。娘にその歌も出して話す母だった。
「泣きそうになっても泣かないの」
「泣いたら駄目なの」
「上を向いていれば涙は落ちないから」
「俯いたら落ちるのね」
「そう。だからね」
「泣いたら駄目なの」
「泣いたらそれだけ余計に悲しくなるから」
 悲しみを避ける、その為の言葉だった。
「泣かない方がいいわ」
「そうなの」
「琴乃ちゃんも泣くことはあるわよね」
「うん」 
 そうだとだ。答える琴乃だった。
「どうしてもね。そういうことはね」
「あるわよね。誰だってそうよ」
 琴乃は確かに明るい。だがそれでもだ。
 彼女も人間であり泣くことがある。琴乃は嘘は言わないので素直に頷いたのである。
 それでだ。こうも言ったのである。
「悲しければ」
「そうよね。色々なことがあれば」
「ひいお婆ちゃんが死んだ時も」
 琴乃を可愛がってくれた。曾祖母の一人が死んだ時には琴乃はこれ以上はないまでに泣いた。そのことを言ったのである。
「私泣いたし」
「そうよね。けれどね」
「それでもなのね」
「泣きたくなったその時は上を向くの」
 そうすればいいというのだ。
「いいわね。上を向いてね」
「そうすればいいの」
「上を向いて前を歩けば涙は落ちないから」
「どんな時でも」
「そうしてね。前を向いて進んでね」
「うん」
 ここまで聞いてだ。娘は母の言葉に明るい顔で頷いた。その娘にだ。
 母はあるものを出してきた。それはというと。
「紅茶ね」
「そう。ミルクティーよ」
 紅茶の赤にミルクの白が入って独特のクリーム色になっていた。その中間色の紅茶を出してきて言うのだった。 
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