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八条学園怪異譚

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第五話 水産科の幽霊その八


「海軍士官ですよね」
「そうだ。士官だ」
「それで経理っていいますと」
「つまり帳簿をつけたり予算を担当する将校だ」
「算盤とか計算が駄目なのにそうした人もいたんですか」
「いたのだ。ついでに言えば経理将校になるには経理学校に入らなければならなかったが」 
 軍人は愛実の問いにむっとした顔で返した。
「入ることはかなり難しかったのだ」
「ですから。海軍って予算とか全然駄目だったんですよね」
「そんなことはどうでもいい。とにかくだ」
「入学は難しかったんですか。その学校に入るには」
「凄かったんだよ」
 軍人は胸を張って言う。
「あの中曽根さんも入ったんだよ」
「中曽根さんって総理大臣だった?」
「群馬のあの人ですよね」
「そうだよ。読売新聞の社長も入ってたから」
「確か中曽根さんって東大よね」
「それも法学部ね」
 このことは二人も知っていた。
「ってことは東大クラス?」
「そこまで難しかったの」
「学校の成績だけじゃなかったんだよ」
 軍人はいよいよ胸を張って言う。
「体格も必要だったし品行もチェックされたんだよ」
「ううん、じゃあ東大以上ですか?」
「東大に入るより難しかったんですか」
「そうだよ。海軍兵学校は言うまでもなく」
 所謂士官学校である。だが陸軍の呼び名が士官学校だったのに対して海軍はそうなっていたのである。だが士官教育の場であることは変わりない。
「経理学校だってね」
「算盤できなかったのにですか」
「東大より難しかったんですね」
「君達は海軍が嫌いか?」
 あくまで海軍の予算編成能力を言う二人に軍人は顔を顰めさせて問うた。
「先程から算盤がどうとか言うが」
「だって。大和って見るからに滅茶苦茶お金かかりますよ」
 愛実もわかることだった。大和の写真を見ただけで。
「あれ、相当お金かかりましたよね」
「海軍の誇りだ」
「いえ、答えになってないですから」 
 愛実の突っ込みは鋭かった。
「あんなの何隻も造ってたんですよね」
「大和級は二隻だけだが」
 三隻目は空母になったのだ。信濃という。
「何隻も建造してはいない」
「けれどああいう大きな軍艦何隻も建造してましたよね」
「あんなお金の使い方したらお店潰れますよ」
 聖花もこのことを指摘する。
「どう見たってお金の使い方滅茶苦茶下手ですよね」
「それで算盤ができるとかは」
「軍人は商売なぞしないのだ」 
 彼の返事は実に苦しいものだった。
「わしにしろ海軍の後は海上自衛隊に入り退職後は塾で英語の先生をして生きてきたが算盤勘定なぞしたことはない」
「やっぱりしてないじゃないですか」
「本当に経理の人いたんですか?」
「だからわしが経理将校だ」
 軍人はまだ胸を張っているがその表情はかなり追い詰められているものだった。
「それを言っておく」
「ううん、算盤できなくても経理担当の人いたんですね」
「そうした組織なのに」
「まあ陸軍にも人事部門があったみたいだし」
「組織ならあるのも当然ですね」
「日本は変わった」 
 軍人は遂に嘆きの言葉を口にした。顔をやや上にやり遠い目になってそのうえで言った言葉だった。
「かつては大和撫子がいて軍人は立派だと思われていたからな」
「戦争に負けたのは仕方ないですけれどね」
「あれからもう六十年以上経ってますから」
 現代の撫子達は冷めた目で返す。 
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