人狼と雷狼竜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ユクモ村にて自己紹介と……
「こっち!?」
「はいニャ!」
「急ぎましょ~」
森の中を走る。走り続ける二人と一匹。
手当ては傷を負ってすらいないのだから必要は無かった。必要だったのは武器の応急整備だ。
空腹でスタミナが切れ掛かっているが、携帯食料が無いので却下だ。ここで調理するか食料を調達している時間的余裕は無い。
ヴォルフは単独で救助へ向かった。自分達二人を救助した時に見た彼の剣は凄まじく、一人でも大丈夫だとは思ったが万一の事がある。
事が終った所で新手が出現するのはよくある事なのだ。特にこの渓流にはユクモの人々には馴染みの深い牙獣が生息している。騒ぎを聞きつけて現れるのは日常茶飯事だ。
今回だって火砲の音を聞きつけて現れるのではないかと心配していた位だった。
「あ、あれは……」
少女が、前方に人の後姿を見つけた。見覚えのある、両側頭部で結ばれた長い黒髪を。
「小冬ちゃん!」
女性が呼び掛けるも、呼ばれた少女―――小冬は聞こえていないのか振り返らない。
「小冬さん!」
共に走るアイルーのトラが先に彼女へと駆け寄って呼び掛け……ようとして、トラも小冬の見ている方向を凝視し始めた。
二人はお互いに顔を見合わせて、小冬とトラの元へと駆け寄り……その原因に目を奪われた。
アオアシラがいた。棘が並ぶ甲殻に覆われた前足の先にある爪の一撃は細い木など一撃で圧し折る程の威力と、意外なほどの速度を持っており、単調ではあっても体の大きさ故に間合いの中で躱すのは困難だ。
だが、対するヴォルフはその危険な間合いで掠りもせずに回避し続けている。その動きは風の中で舞う花弁のようだった。
連撃の後の振り上げを反転させて、両前足を用いた挟み込むような一撃は予測していたかのように後方へ下がって回避する。
距離を取ると共に、ヴォルフは地面に転がる石を蹴り上げて掴み取り軽く投げ付ける。石はアオアシラの鼻面へと吸い込まれるように当たるも、軽くバウンドして地面に落ちる。
あからさまな挑発だ。
最初、このアオアシラは負傷している小冬の方を見ていたが、すぐに立ちはだかるヴォルフに注意を向けた。そこでヴォルフは万一、矛先を負傷している小冬に向けられる可能性を警戒して同じように石を投げて挑発したのだ。
当然ながら石をぶつけられたアオアシラは怒ってヴォルフに襲い掛かった。その暴挙ともいえる行為に小冬は唖然としていたが、これで彼女に注意が向く事も無くなった。
そして今に至る。
二度も同じ暴挙を受けて黙っていられるアオアシラではなかった。後ろ足の二本で立ち上がり、両前足を広げて大きく吠える。
そこへ三度目の投石。全く力の篭っていない、明らかに馬鹿にした行為。
アオアシラは鋭い咆哮と共に突進しつつ、両前足を大きく持ち上げた。全力の一撃だ。人間など腐った果実のように潰れてしまうだろう。
「……氷柱(つらら)の一刺は大地を穿つ」
ヴォルフが厳かに呟くと共に、迫る即死の爪は躱された。彼は下がっても側面に逸れてすらいない。縦に、垂直に跳んで回避したのだ。その結果、爪は虚しく空を切る。
その跳躍は一息に直立したアオアシラよりも高く軽く跳んでいた。
鞘鳴りと共に抜き放たれる白刃。刀身を下にして振り被り――――――降下と共にアオアシラの頭に突き立てられた。
鈍い、湿った音が奇妙にも響き渡り、一瞬送れてアオアシラが崩れ落ちる。その時には既に、ヴォルフは事切れた牙獣の体を足場に跳び着地していた。
頭に突き立てられた刃は頭蓋を貫き、顎の下にまで達していた。アオアシラは何が起こったのか分かってすらいなかっただろう。
「待たせたな」
ヴォルフが刀を振るって血を払い鞘に収めながら言った。
どんな牙獣かと思ったが、力だけの木偶のような奴だったな。だが、これでも非戦闘員や人里には充分に脅威とはいえるな。始末したのは正解だったか。
さて、二刀使いの女、小冬……だったか? 怪我の手当てをするか。そう思った所で視界に入る見覚えのある二人と一匹が増えていた。
「速かったな」
あの二人、どうやら怪我はしていなかったようだな。無事で何よりだ。
「傷を見せろ。それとも連れ二人に任せるか?」
三人と一匹に近付きながら尋ねた。
「……アンタ、誰?」
小冬に問われた。……小さいな。幾つだ?
「ヴォルフ・ストラディスタ。ユクモ村村長の召喚に応じ馳せ参じた。ギルドの規定によって俺はユクモからモンスターの脅威を排除する任を与えられている」
要救助者を三人。無事に確保した事もあって、改めて自己紹介をする。あの細目村長は『まぁ! 畏まってしまいまして!?』等と大袈裟に、且つ斜め上の反応をしてくれたが。
「あらあら! ヴォルちゃんってばナイト様みたいです! カッコイイです! ポーズとって言ってくれませんか? 『この剣に掛けて誓います』って!」
……見事に裏切られた。この女性もあの村長と同類か。思考がずれているのか、何と表せば良いのやら……。
「お姉ちゃん! 困らせちゃダメだよぅ! ゴメンねヴォル君! お姉ちゃんも悪気は無いんだよ? ただね、久しぶりに会えたから嬉しいの。私もね」
久しぶり? 俺は彼女達に会った事があるのか?
「何処かで会った事があるか?」
俺の言葉に、二人は一瞬驚いたような顔をし、すぐに凄く悲しそうな顔をした。一方で小さいのは俺を睨み続けている。早速拙い事になったか。
「覚えて……いないの?」
「私達のこと忘れちゃったんですか!?」
「……」
呆然と力の無い言葉。ショックで泣きそうな雰囲気の言葉。刺々しい無言の視線。……針の筵(むしろ)とはこういうものか。妙な息苦しさを覚える。
「取り敢えず回収班を呼ぶニャ! 狼煙を上げるから、そっちは後で宜しくニャ!」
トラとか呼ばれたアイルーが耐えられなくなったのか、枯れ木を集めつつ薬瓶を取り出した。
仕留めた獲物を回収する専門の連中を呼ぶ為の薬だ。焚き火の薪にあの薬品を塗って燃やすと蒼い煙が出る。これが回収の合図であり、これが上がればモンスターの体を乗せる為の台車を引っ張った連中がそこへ駆けつけるようになっている。
問題を後回しにしているだけだが、少なくともこんな所でするような話ではない。トラからはそんな心遣いが感じられた。
話は後回しにして、俺達は仕留めたアオアシラとドスジャギィを台車に乗せて、ユクモへと戻った。その道中は無言であり、気まずい物があった。
「やい! 何だお前は?」
村に着くなり変な奴に絡まれた。
焦げた茶色の髪を刈り込んだ、少年にも見える童顔の男だ。金属の鎧を着ている辺りハンターなのだろう。その証拠に、背中には見覚えのある太刀を背負っている。ハンター達が用いる一般的な太刀だな。
「……」
「何とか言ったらどうだ?」
男がドスを効かせた声で言いつつ睨みを利かせた顔で見上げてくる。
「正太郎さん。この人は……」
「姫さんは黙っててくれや! おうおう。何なんだお前?」
「ばか」
剣の少女が諌めようとするも男は聞きもせずに俺に突っかかるのを辞めない。それを小冬が小さい声で罵倒する。
「村長から聞いてないのか? 俺は……」
「名を名乗るのなら自分から名乗れと!? おうよ! 名乗ってやろう! 俺の名は……」
……鬱陶(うっとう)しい。斬り捨ててやろうか?
「この村の村長の遠縁にしてこの村の門番! ユクモに無双の刃ありといわれた男! 小野寺(おのでら)正太郎(しょうたろう)だ!」
大袈裟な名乗りを上げる男を前に俺はどう対応していいのか分からず後にいある三人の少女達に視線を移す。
微笑ましく見ている者。困ったなぁ……と言わんばかりに苦笑している者。眼中に無いと溜息混じりに明後日の方向を見る者。
どうやらこの男の奇行は日常茶飯事らしい。面倒な奴だ。
「さあ! 名を名乗れ!」
「……」
無性に、名前を言いたくない。そんな気持ちが俺を支配する。この殺意にも似た感情は何だろう? 最早関わり合いになりたくない。故に告げる言葉は一つ。
「退け」
「なにぃ?」
俺の言葉に男は大袈裟なほどに目を見開いて言った。
「もう一度言う。退け」
「ちょ、ちょっとヴォル君!」
剣の少女が前に出て来る。
「か、神無(かんな)嬢! いけねえ! コイツは……」
「正太郎さんは黙ってて! ヴォル君。ここは私達が言って置くから、村長さんの所へ行って。ね?」
俺はそんなに殺気立っていたか? そう思わせるほどに、神無と言われた少女の言葉は必死だった。
彼女の背後に居る男に視線を向けると、奴は何処か悔しそうな顔で俺を見ていた。そんなに俺を庇われたのが気に入らないのか?
「まぁまぁ。正太郎さんも落ち着いて下さい。ヴォルちゃんもここはお姉さん達に任せて下さいね~」
「夏空(そら)さんまで!? てめぇ! 一体何も……ふもっ!?」
夏空と呼ばれた火砲を背負った女性まで神無に同意したので、いよいよ持って声を荒げようとした途端奇声を発して崩れ落ちた。
男の背後には小冬が立っていた。木の棒を脇に放って居る辺りアレで奴を殴ったのだろう。
「行くわよ。時間の無駄」
小冬が辛辣な言葉を吐くと神無の腕を取って村へ入っていき、神無はされるがままに村へ入って行く。
夏空はそんな光景を全く気にしていないのか、妹二人を追って村に入っていく。どうやら見慣れた光景のようだ。
男は両手で股間を押さえて蹲り、呻き声を上げている。どうやらあの木の棒は股間を殴ったようだ。同情する気にもならんが。
俺もすぐにその男への興味は無かったので、村に上がる事にした。
「まぁ。早速腕の見せ所でしたわね?」
例の如く、売店前で団子と茶を喰っていた村長に、ヴォルフは事の次第を報告した。
救助要請を出した三人が無事に戻った時はホッと息を吐いていたものだが、すぐに報告という事に相成った。
「もう聞いていらっしゃると思いますが、ヴォル君がギルドから召喚したハンターですわ。今回の件は彼に一任する事になっていますが、貴女達も彼の力になって頂けると嬉しいですわ」
「勿論ですよ!」
「はい!」
「……」
三人がそれぞれ賛成する。小冬は頷いただけだったが。
「でも……」
夏空が顔を曇らせる。
「何か問題でも?」
「ヴォルちゃん、私達の事覚えてないらしいんですよぅ~。それがとても悲しくて……」
「うん」
二人の言葉を聞いた村長が細目のまま、眉毛だけ器用にを立たせてヴォルフを睨んだ。
「あらあら。ヴォルフさん。流石それはどうかと思いましてよ? まだ生まれてなかった小冬さんはとにかく、夏空さんと神無さんは貴方が小さい頃は家族ぐるみの付き合いで、ずっと一緒でしたのよ?」
糸目の村長が目を開いて、ヴォルフ諭すようにに語り掛けた。
「お母様が亡くなられてすぐに旅立ったときの貴方は三歳でしたわね? 無理もないとは思いますが、それでもこの子達のことは思い出して上げて下さい」
「ああ。努力する」
「そうですか。それでは、貴女達は一度着替えていらっしゃい。私はまだお話する事がありますし、貴女達は加工屋のおじじ様がお待ちでは無いですか?」
「あ、そういえば」
村長の言葉に、神無がポンと手を打った。
「倒したのはヴォルフさんですが、あれらは貴女達に所有権が移っていますからねえ。加工注文をしないといけませんわよ?」
「わかりました。ではまた後で~。ヴォルちゃん? また後でね~」
「また後でね、ヴォル君」
「……」
「ああ」
三者三様にこの場を去っていく。内二人は血を浴びてしまっている為、身体を洗うのに時間が必要だという事はヴォルフにでも分かった。
「さて、ここからが本題でもあります。ハンターとしての貴方個人には関係ありませんが、ヴォルフ・ストラディスタとしては関係のあることですわ」
村長が不意に声を落としてヴォルフに話しかけてくる。先程の諭すような雰囲気よりも、今の彼女が纏う雰囲気は重苦しかった。
重要な話をすることを理解したヴォルフは、改めて村長に向き直った。
「実はあの娘たちは、両親を失っているのです」
村長から唐突に告げられた言葉に、ヴォルフは眉根を寄せた。
モンスターによって命を落とす者など珍しくは無い。それは誰であろうと例外は無い。
だが、先程出会ったばかりの者……正確にはこの村の出身者だろうが、長い事村を離れていたのだから余所者同然である……そんな話を聞かせる事に、ヴォルフは訝しんだ。
「貴方がこの村を、お父様に連れられて出て行ってから一年が経とうとする頃の事ですわ。小冬はまだ一歳にもならない頃ですわね。あの日の夜、救助信号の狼煙が上がりましてハンター数人が救助に駆けつけましたが、間に合いませんでした」
その間に合わなかった犠牲者が彼女達の両親なのだろう。
「現場は巨大な何かが暴れたかのような無残な有様で、犠牲者の遺体は手首と足首が片方ずつしか残っていませんでした」
ヴォルフは、その無残な事態は今更ながら見慣れていた。特に酷かったのはティガレックスの顎(あぎと)の餌食になった者や、フルフルに丸呑みにされながら消化途中に吐き出された者だ。
小型鳥竜種の群れに食い荒らされた方がまだマシなくらいだ。あの三姉妹の両親を襲ったのもそういう凶暴且つ凶悪な類なのだろう。
自分自身は生き残ってきたものの、生き残れなかった者はその運命を辿る。遅いか早いかの違いでしかない。
「ただ、その場の近くでジンオウガの咆哮を聞いた者がいるのです」
ヴォルフの脳裏にあの碧の牙竜の姿がよぎった。あの誇り高い孤高の咆哮の持ち主……それが繰り出した前足の一撃の威力。確かにアレとやり合えば死体なんて残る方が奇跡だろう。
「つまり、それはジンオウガの仕業だと?」
「確証はありませんが恐らくは……」
村長はそこでお茶を飲んで会話を止める。そして、ヴォルフにも別の湯飲みにお茶を注ぎ、先程食べられなかった薄桃、白、緑の三色団子を二本勧めてくる。
「それからあの娘達は三人で協力し合って生きてきました。村の者達も事情を理解しているので力になってきましたが……それでも、あの娘達の心を完全に癒すことなど出来なかったでしょう」
ヴォルフは団子の一個目を食べながら聞く。質素な甘さの有る独特の甘味だと素直に思ったが、村長の話が正直言って重かった。
「そこへ数年前に届いた情報……風の知らせとでも言うのでしょうか……ギルドでこの村出身のハンターが史上最年少で上級ハンターの仲間入りを果たしたとの吉報が入りましてね」
そう言って村長はヴォルフをいつもの糸目ではなく、開いた……夜空のような澄んだ目で見た。
「貴方のことですよヴォルフ。その時のあの二人……夏空と神無の喜びようは見ているこっちが嬉しくなりましたわ。彼女達の喜びは貴方が上級ハンターになったからではなく、行方知れずとなっていた貴方の無事を知る事が出来た事に対する喜びですわ」
ヴォルフは急に理解した。あの時の彼女達が見せた喜びの意味……そして、自分が彼女達を覚えていなかった事に対する落胆の意味を。
生き残ることに必死すぎて前しか見ていなかった自分に対して、あの二人は両親を失いつつも自分の身を案じてくれていたのだ。
「貴方が旅立った当時、まだ生まれていなかった小冬は貴方の事を聞きハンターへの道を志しました。あの娘は対抗意識がお強いですからね。同じこの村出身の貴方に対抗して見たかったのでしょう。今まで一緒に生きてきた姉二人もまた、同じくハンターを志しました」
村長の言葉にヴォルフはお茶を飲みながら聞き続ける。猫舌の彼には少し熱かったが、飲めないほどではなかった。
「それで、俺にあの姉妹をどうして欲しいんだ? 鍛えろと?」
「あの時のように接して下されば幸いですわ」
村長は笑顔で答えた。ヴォルフは見かけに反して考えや人の気持ちが理解しきれていない部分が多分にある事を既に見抜いていた。これからあの三人やこの村の住人と接する事で、それらを身に付ければ良いと踏んでいた。
「覚えてもいない事をどうしろと?」
「家族として、少なくとも友人として接して頂ければ……」
そんな簡単に出来る物かとヴォルフは心の中で思ったが、口にはしない。生来口下手な自分には会話は不得手だ。余計な籔は突かないに限る。そもそも家族なんて物は知らない。
「善処するとしよう」
「はい。宜しくお願い致しますわ」
村長はヴォルフの言葉にニッコリと笑った。
「そうそう。貴方の寝床の件はもう暫くお待ちくださいませ。手違いで手配が遅れてしまいまして……」
「最悪野宿で構わんよ。いつもの事だ」
ヴォルフはそう言うと最後の団子を食べ始めた。
「改めて自己紹介するね。私は四季上(しきがみ)神無(かんな)。宜しくねヴォル君!」
服を普段着らしい黄色の着物に着替えた、艶のある黒髪を腰まで伸ばした少女が、花が咲いたような満面の笑顔でヴォルフに自己紹介する。
つぶらな瞳の大きな眼が印象的な整った顔立ちで、普通の男なら『綺麗な娘』だな……と思うだろうが、生憎とヴォルフはその辺にとことん疎い。マトモな人付き合いなど皆無だった彼にとって他人など皆同じ顔に見えてしまう。付き合いがなそれなりにあって、ようやく個人の識別が可能なくらいだ。
「神無ちゃんの姉の夏空(そら)です。宜しくお願いしますね~ヴォルちゃん」
姉妹なのか顔立ちは神無に似てはいるもののタレ目が印象的で、臀部まで届く黒髪を襟足で結んだ女性がおっとりした性格を思わせる、実にのんびりとして口調で自己紹介する。彼女もまた普段着らしい桃色の着物に着替えている。
物腰が穏やかそうな雰囲気で虫も殺せなさそうな感じだ。
「……三女の小冬(こふゆ)。宜しく」
腰まで届く柔らかそうな黒髪を両側頭部で縛った小柄な少女が自己紹介する。彼女は姉二人と違って着物ではない。フリルの付いた柔らかそうな黒い服とスカートを着ている。
この少女も美人ではあるが、姉二人のように柔らかな雰囲気は無い。軽く吊り上がった大きな目は寧ろ硬質的な雰囲気を持っている。
「ヴォルフ・ストラディスタだ。宜しく」
ヴォルフ自身は慣れていないので多少ぎこちなかったが、自己紹介する。
簡潔ではあったが、うち二人は嬉しかったのかニッコリと微笑み、後の一人は特に感慨が無いのか無表情だ。
村長のいた売店前で一旦別れたヴォルフたちは旅館前に集合していた。何でも、彼女達がこれから道案内してくれるらしい。
「えっと、まずはここね。温泉旅館。旅行や湯治目的に訪れるお客さんが泊まる場所なんだけど、ハンターギルドの集会場でもあるんだよ」
神無が目の前の大きな建物を指して言った。
ユクモは温泉による湯治を名物としている村だ。
神無の言葉通り、この建物は村長が女将を勤める温泉宿であり、ここがハンター達の集いの場である集会場も兼ねている。そこを中心として、雑貨屋や武器屋に加工屋、食料等を売る商店街が存在し、それらを囲むように住宅街が存在する。
村というよりは町と読んだ方が良い位の広さだ。
そんな説明を受けながら、四人は町を歩く。行く先々ですれ違う人々がヴォルフを珍しそうに見る。この村の住人たちと同じような服装はしていても、見覚えの無い顔は目に付くようだ。
そんな時に、威勢の良い老人の声が聞こえた。
「おう! アオアシラにドスジャギィを倒すとはお前さん達も腕を上げたのう!」
子供程の背丈の、小柄な竜人と思わしき老人だ。大きな金槌を肩に担いでいる。その金槌は大の男が持てば様にはなるだろうが。こんな小柄な老人が持つには不釣合いだ。だが、彼はそれを掌の上で玩んでいた。恐ろしいほどの怪力だ。
「いえいえ。これは私達ではなく、ヴォルちゃんがやってくれた事で……」
「うん?」
老人は夏空の隣に立っていたヴォルフを見上げる。
「ほ! これが件の上級ハンターかぃ! あのちっこい小僧っ子がようもまぁでっかくなりよってからに!」
老人はそう嬉しそうにケラケラと笑ってみせる。ヴォルフの事を知っているようだ。
「アンタも俺を知っているのか?」
「おう! お前さんたぁ話したこたぁ無ぇが、親父とならなぁ! お前さん……顔立ちは母親似だが髪の色とかぁ背丈とかぁ親父に似たんだなぁ! 目付きなんかそっくりだぁ」
老人そう言っては何処か遠くを見始める。過去を思い出しているんだろう。
「そういやぁお前さんはぁ今まで仕留めて来た獲物はどうしたん?」
要するに武器とか鎧に加工はしなかったのか? と聞いているのだ。
「一応あるにはあったが破損して使い物にならなくなった」
「……なにやら相当まじぃモンとやりあったようだなぁ?」
老人は察したらしく、急に鋭くなった目でヴォルフを見る。上級ハンターのヴォルフが鎧を失ったほどの相手が、如何なる者かを探っているような目だ。
周囲の三人娘は二人の間に生じた張り詰めた雰囲気に口を出せないようだ。
「しかしお前さん。変わった得物ぉ持っとるのぉ?」
会話がヴォルフが背負った刀に移った。ヴォルフの過去話には興味をなくしたのではなく、話さないだろうと察した為に話題を変えたのだ。
「片手剣でも太刀でもないなぁ? 太刀にしちゃあ刀身も柄も短すぎるし、片手剣にしちゃあ刀身も柄も少しばかり長い。そりゃあ両手でも片手でも振るえるように作られとるのぉ。それはお前さんの異端とされる剣術のためかのぉ?」
「……」
ヴォルフは無言で腰に差した刀を手に取り老人に差し出した。
老人は差し出された刀を恭しく受け取って鯉口を切った。
現れた刀身は老人の背丈よりも若干短い位だ。鏡のように磨き上げられた刀身は茜色の光を反射して老人の顔を照らしている。
刀身に描かれた刃紋は流麗。切っ先付近から鍔元近くまで彫られた溝は、寸分の狂いも無く見事に刀身の反りに合わせられている。
「見事な一振りよ。ワシもこれ程の物にお目に掛かるのは初めてじゃわい。良い物をもっとるじゃないかい。さぞや高名な鍛冶師が打ったのだろうな」
老人は刀を納めてヴォルフに差し出した。
「いや、これは古代遺跡で発掘したものらしい。詳しくは話せんが、これは錆びる事も無く残っていたそうだ」
「古代遺跡?」
「ああ。親父が最後に探索した所だ。今は崩れてしまってどうにもならないそうだが。俺がハンターになった時に……親父は既に死んでいたが、親父が懇意にしていた鍛冶師がここまで仕上げてくれた。発見時は刀身だけだったらしくてな」
つまり、最初は柄も鍔も鞘も何も無かったのだ。
「ふむ。お前さんはその刀を大事にしておるようじゃなぁ。有名になっても慢心しておらん良い証拠になったわい!」
そう言って老人は満足そうにニヤリと笑う。
「その刀を打ち直すときはそれ相応のモンを持ってくるようになぁ! ハンパなもんは逆に刀を鈍にするぞぃ」
ヴォルフはそんな事は百も承知と肩を竦めた。
「そういえば、俺が仕留めた奴はここにあるのか?」
「当然じゃ」
「あれで彼女達の武器防具を新調・改良してやってくれ。これから必要になる」
ヴォルフの言葉に三人は驚きの表情を浮かべ、老人はニンマリと笑う。
「その言葉を待っとったよぅ? オオイ! 修理入っとったモンが改良に変わったぞい!」
老人が工房の中にいるらしい助手に大きな声で言い、工房からは複数の猫の声が響いた。どうやら助手はアイルー達のようだ。
「これも男の甲斐性かいぃ?」
「売却よりはマシな使い道だ」
対するヴォルフは老人の笑みに気づいた風も無くそっけなく答えた。
「では任せた」
ヴォルフはそう言って神無達に向かい合う……前に雑貨屋が視界に入ったらしく、そちらの品揃えを確かめに行った。
「前途多難よのォ? しっかりせいや?」
老人はいやらしい笑みを浮かべて神無達三人に問いかけた。
「あらあらまあまあ」
と呑気に頬に手を当てるのは夏空。
「ちょっ!? おじいちゃん!?」
急に話題を振られてあわてるのは神無。
「ふん」
興味無さ気に言いつつもヴォルフを横目で見るのは小冬。
三者三様の反応に、老人は愉快愉快と言わんばかりに笑い出した。
当の本人であるヴォルフはそんな事には気付かずに商品を見定めていた。
後書き
ご感想お待ちしております。
ページ上へ戻る