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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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第101話:スバルの先生は誰に?


スバルたちの訓練について話をしてから1週間がたった。
その間、待ちに待った隊舎再建工事も開始され、
俺自身の仕事は、JS事件以来の多忙な状況を脱した。
この日も工事現場の視察のあとは、特に予定がなく、
俺は、模擬戦の見学のために、訓練スペースへと向かった。

訓練スペースの前まで行くと、ディスプレイを開いて何かを見ている
ティアナの後ろ姿が目に入った。
俺が近づくと足音で気がついたのか、ティアナが後ろを振り返った。

「あ、ゲオルグさん」

「よう、ティアナ。調子はどうだ?」

「いつも通りです。それにしても、今日は個人戦訓練の日じゃないですけど、
 こんなところでどうしたんですか?」

「なのはにお前らの模擬戦を見に来いと言われてね。
 ちょうど暇だったから、見に来たんだよ」

「そうなんですか。なら、頑張らないといけませんね」

笑顔で言うティアナに向かって、俺は手を振った。

「別に俺が見てるからって特別頑張る必要はないよ。
 普段通りにやればいい」

「ゲオルグさんならそう言われると思ってました。
 でも、師匠にはいいところを見せたいですから」

「師匠? なのはのことか?」

「確かになのはさんには、ずいぶんお世話になってますけど、
 個人戦で力をつけられたのは、ゲオルグさんのおかげだと思ってますから」

「持ち上げても何も出ないからな」

「そんなの期待してませんよ」

ティアナは苦笑してそう言った。
その時、後ろからにぎやかな話し声が聞こえてきた。
振りかえると、スバル・エリオ・キャロの3人が笑い声を上げながら
こちらに向かって歩いてくるのが目に入る。
あちら側も俺に気付いたらしく、エリオとキャロはこちらに向かって手を振る。
一方、スバルはバツが悪そうにしていた。

「ゲオルグさん、スバルと何かあったんですか?」

ティアナは真剣な表情で俺を見ていた。

「まあ、ちょっと・・・な。スバルからは何も聞いてないのか?」

「直接は何も。ただ、ちょっと様子がおかしいな、とは思ってましたけど」

「様子がおかしいって?」

「そうですね・・・」

ティアナはそう言って少しの間黙りこむと、すぐに顔を上げる。

「焦ってる、って感じですね」

ティアナの言葉に、俺は苦い思いを抱かざるを得なかった。
スバルの焦りを加速させたのは、俺自身の行動にほかならないとの思い故だ。
スバルに歩み寄るべきだったか、との思いも心中に浮かぶが、
あの時にスバルの要請を受け入れれば、組織としての筋が通らない。
その矛盾を整合し得ない以上、正解はない。
そう考えることで自分自身を納得させるのだが、その事実がまた、
俺自身に対する苦い思いを大きくさせる。

「ゲオルグくん?」

突然耳に届いたなのはの声に、俺は我に返った。

「大丈夫? ゲオルグくん」

声のした方を見ると、俺のすぐ隣に立つなのはが不安げに俺を見上げていた。
どうやら結構な時間、自分の世界に閉じこもっていたらしく、
先ほどまで俺と話していたはずのティアナはおろか、スバルや
エリオ・キャロの姿も見当たらない。

「大丈夫だよ。悪いな、心配かけて」

「ううん」

首を横に振るなのはの頭に手を載せると、なのはは俺に向かって微笑んだ。

「模擬戦は?」

「もう始めるよ。どうする? ここで見る?」

なのはの言葉に俺は首を縦に振った。

「そうだな。ここで見させてもらうよ」

俺の答えになのはは小さく頷くと、既に開かれていた通信画面に向かって
話し始めた。

「スバル、ティアナ。準備はいい?」

『問題ありません』

『はい』

「うん。じゃあ、模擬戦スタート!」





2時間後・・・。
俺となのはは、2人きりで訓練スペースの前にいた。
総当たりで計6戦の模擬戦を終えた4人は、すでにアースラへと戻っている。

「どう? 感想は?」

「展開はいつもこんな感じか?」

「まあ、そうだね。 大体こんな感じだよ」

なのはの答えを聞き、俺は模擬戦の結果をもう一度思い返す。

ティアナはエリオに負け、スバルとキャロには勝ち。
スバルはエリオには勝ったが、ほかの2人には負け。
エリオとキャロの対戦は、エリオの勝ちだった。

「それぞれの戦い方の特徴がよく出てたな」

スバルは近接戦闘における爆発力に優れるが、移動速度と中距離以上の
レンジでの戦闘に劣る。
ティアナは幻影とマルチショットを生かした中距離戦には強いが、
いざ懐に潜り込まれると打たれ弱い。
エリオは移動速度がべらぼうに速い一方で、近距離戦はスバルに、
中長距離ではティアナやキャロに及ばない。
キャロは索敵と先読みに優れるが、打撃力が足りない。
どの模擬戦も、それぞれの特性をよく反映していると感じた。

「うん。わたしもそう思うよ」

「そっか。なら俺の見る目もまずまずってことだな」

わずかな自嘲を含ませつつ、冗談めかしてそう言うと、なのはが苦笑する。

「またそんなこと言って・・・。で? スバルについてはどう思う?」

「そうだな・・・」

俺は少し考えると、言葉をつなぐ。

「まずは、スバル自身がどう考えているのか聞いてみたいな」

「そう・・・。じゃあ、スバルと話してみよっか。
 ゲオルグくんの部屋でいい?」
 
なのはの言葉に無言で頷く。

「なら、スバルを連れていくね」

「頼む」

俺はなのはと連れだってアースラに向かうと、艦内に入ったところで
なのはと別れ、自室へと戻る。
部屋に入ってソファに腰をおろし、模擬戦の内容を振りかえっていたところで、
ブザーが鳴る。
ドアが開くと、なのはに連れられたスバルが部屋に入ってきた。
俺が2人に座るように告げると、スバルは俺の向かいに腰を下ろした。

「悪いな。疲れてるところに呼び出したりして」

「いえ・・・」

返事をするスバルは、表情も声も硬い。

「今日の模擬戦はじっくり見せてもらったよ。正直言って感心した。
 ずいぶん腕を上げたな」

「・・・ありがとうございます」

依然としてスバルの表情は硬い。

「でだ。模擬戦の結果についてスバル自身がどう考えているのか聞きたい」

「はあ・・・」

俺の言葉に、スバルはどう答えるべきか考えているようだった。

「スバル。思ってることを素直に言えばいいよ」

「・・・はい」

なのはに返事をしたスバルは、少し考えるようなそぶりを見せた後、
ゆっくりと口を開く。

「あの・・・、さっきゲオルグさんはあたしが腕を上げたって
 言ってくれましたけど、自分自身でもそう思ってました。
 でも、いざ模擬戦で戦ってみたら、ティアにはほとんど勝てませんし、
 エリオやキャロとも5分がいいとこで・・・。
 正直言って、自信をなくしそうになってます」

「なるほど・・・」

俺は少し間を開けると、先を続ける。

「まあ、ティアナに大きく負け越してるのはお前にしたら辛いわな。
 でも、エリオとキャロと5分ってのは、全然問題じゃないだろ。
 あいつらだって、一生懸命訓練して腕を上げてるはずだしな」

「そう・・・ですね」

スバルは微妙な表情で床に目線を落とす。

「それで、スバルはどうしていくべきだと思うんだ?」

俺がそう言うと、スバルは小首を傾げた。

「どうしていくべきか・・・ですか?」

俺はスバルに向かって頷く。

「そうだ。自信をなくしそうになって、俺に自主トレを見てほしいっていう
 くらいに悩んでるんだろ? どうしていきたいのか、お前なりの考えが
 あるんじゃないのか?」

「はあ・・・」

スバルは再び床に目線を落とすと、考え込み始めた。
俺が口を開こうとすると、隣に座ったなのはが俺の太ももの上に手を置く。
なのはの方を見ると、なのはも俺の方を見ていて、目が合うとなのはは
小さく首を横に振った。

(黙ってろってことだな・・・)

俺はなのはの意図を察すると小さく頷き、スバルの方に向き直った。
やがて、スバルは顔を上げて話し始める。

「今日だけじゃないんですけど、模擬戦を振りかえって思うのは、
 うまく距離をつめられてないってことなんです。
 最初のうちは、もっと鍛えれば・・・って思ってたんですけど、
 何回も繰り返してるうちに、攻撃に出る機会が少ないなって気付いて・・・。
 思い返してみると、ティアが相手だと前からそうだったんですよね。
 で、これまでの模擬戦を何度も見直したんですけど、
 何が悪いのか全然判んなくって・・・」

スバルはそこまで喋ると、再び黙りこんでしまった。
その表情は、今にも泣き出しそうに見えた。

「なるほどね・・・」

俺はそこで一旦間をとると、その先に続ける言葉を選ぶ。

「スバル」

努めて穏やかな声で呼ぶと、スバルはパッと顔を上げる。

「俺もスバルが言ったとおりだと思ってるよ。
 お前がうまく攻撃に入れないのは、距離をきちんと詰められていないからだ。
 きちんと自分の戦いを分析できてる。よく頑張ったな」

スバルは俺の言葉に驚いたようで、目を丸くしている。

「あとは、なぜきっちり距離を詰められなかったかが判れば、
 どうすればいいかが判るよな」

スバルが神妙な顔で頷く。

「で、俺の考えを言わせてもらうとな。スバルは移動に時間を
 かけすぎなんじゃないかと思うんだよ」

「移動にって・・・スピードが足りないってことですか?」

スバルの問いに、俺は首を横に振って答える。

「それもあるかもしれないけど、本質はそうじゃないと思うよ。
 俺が思うに、スバルは行動の決断が遅すぎることがあるんだ。
 たとえば、この場面だ」

俺は手元の端末を操作して、スバルとティアナの模擬戦の一場面を映す。
ティアナの姿を幻影と見破れないまま攻撃し、状況に混乱したスバルは
一瞬その場に立ちすくむ。ティアナがそのスキを逃さず、集中砲火によって
スバルを撃墜した場面だ。

「この場面、自分が罠にはまったと気付いた瞬間に、その場から動いていれば
 少なくとも集中砲火を食らうことはなかったろうな」

「でも、罠を見破れるようにするのが本当じゃないですか?」

「そりゃ無理だ。罠の可能性を考えることは必要だけど、100%見破るなんて
 俺やなのはでも無理だよ」

俺がそう言うと、隣に座るなのはも頷く。

「しかも、お前は近接戦闘がメインだろ。先に仕掛ける方が有利な筈だよ。
 それにな、スバルくらいの攻撃力や突破力があれば、罠と知りつつ
 突っ込みながらも、その罠を踏み破ることができると思うんだよ。
 そのためには、瞬時に次の行動を決定できなきゃいけない。
 お前にはその判断力を磨いてほしいんだ」
 
「はあ・・・」

「で、それを手助けするのには、俺じゃ役者不足なんだよ」

「なんでですか?」

スバルは首を傾げつつ、尋ねてくる。

「俺は、基本的な戦闘スタイルがティアナと似てる。
 つまり、姿を隠して罠を張り、受動的な立場で戦闘を進めるタイプだ。
 正面突破なんてガラじゃないんだよ」

「じゃあ、あたしはどうすればいいんですか?」

「今のスバルにぴったりの先生を一人知ってる」

「それは・・・」

「フェイトだよ」

スバルは俺の答えに意外そうな反応を見せる。

「フェイトさん・・・ですか?」

「そうだ。フェイトはスピードタイプだ。そのスピードは6課で
 トップといって間違いないだろうな。でも、フェイトの真価は
 そのスピードを最大限に生かす戦い方ができることなんだ」

「でも、フェイトさんは執務官だし、忙しいんじゃ・・・」

「確かに忙しいだろうけど、ちょっと前ほどじゃないと思うぞ。
 で、どうする?」

俺が尋ねると、スバルはなのはの方を窺うように見る。
なのははスバルに向かって笑いかけると、おもむろに口を開いた。

「スバルの好きにすればいいよ。ヴィータ副隊長とフェイト隊長には
 わたしから話しておくから」

なのはの言葉に背中を押されたのか、スバルは少し考え込んでから力強く頷く。

「そうか。じゃあ、大変だろうけど頑張れよ」

「はい、ありがとうございます」

スバルは一度深く頭を下げてから、俺の部屋を出て行った。
部屋に残った俺となのはは、そろって大きく息を吐いた。

「やれやれ、だね」

「まあね。ヴィータとフェイトに話すっていう仕事が残ってるけどな」

「きちんと話せば2人とも判ってくれるよ。それよりも・・・」

そこで言葉をいったん止めると、なのははニヤニヤと笑いながら俺の顔を見る。

「なんだよ?」

「なんだかんだ言って、ゲオルグくんってホントに優しいよね」

なのはが何を言っているのか理解できない・・・。

「は? 何言ってんだ?」

「だって、スバルを傷つけないようにちゃんと言葉も選んでたし、
 スバルの話もきちんと聞いてあげてたし。
 それに、いつものゲオルグくんと違って、すごく穏やかな話し方だったし。
 隣で聞いててちょっと嫉妬しちゃったもん」

「お前なぁ・・・」

「わたしの時もすっごく優しかったよね。直前にすごい言い争いをしたのに」

なのはは少し潤んだ瞳で俺を見つめている。

「ゲオルグくんのそういうとこ、大好きだよ」

なのはは俺の肩にしなだれかかってくる。
が、俺はなのはの頭に手を添えると、押し返した。
なのはは頬を膨らませて、恨めしそうに俺を見る。

「ちょっと、わたしの扱いが雑すぎると思うの」

「やかましい。今は仕事中で、ここは俺の執務室だ」

「むぅぅ・・・、確かにそれはそうだね・・・」

「ご理解いただけて幸いですよ、高町1尉」

「・・・そのかわり、帰ったらちゃんと可愛がってよね」

「はいはい。それにしても・・・」

そこで言葉を止めると、なのはが首を傾げる。

「なのはもずいぶんエロくなったよな」

「それは・・・ゲオルグくんのせいだもん」

なのははそう言って、不服そうに俺の顔を見上げる。

「はいはい・・・。それじゃあ、そろそろフェイトとヴィータに
 来てもらうとしますか?」

「そうだね。じゃあ、2人に連絡するね」

「頼む」

なのはは引き締まった表情に戻って頷くと、ヴィータとフェイトに
連絡を取り始めた。





なのはが2人に連絡して10分と少したったころ、
俺の部屋のブザーがなった。
ドアを開けると、フェイトとヴィータがそろって入ってきた。

「一緒だったのか」

「うん。すぐそこで一緒になったんだ」

「なるほど。まあ、2人とも座ってくれ」

2人は俺となのはの向かいに座る。

「話ってなんだよ?」

ヴィータの言葉になのはが頷き、口を開く。

「スバルの個人戦訓練なんだけどね、今はヴィータちゃんに
 見てもらってるんだけど、次からフェイトちゃんに見てもらいたいと思うの」

なのはが話し終えると、部屋の中はしんと静まり返る。
ヴィータとフェイトはお互いの顔を見合わせ、ヴィータは肩をすくめていた。

「なのは。目的を聞かせてくれる?」

なのははフェイトの言葉に頷くと、スバルを交えた3人で話した内容を
簡単にまとめて、2人に向かって話す。
話が終わると、ヴィータとフェイトは得心がいったように頷いた。

「そういうことなら、納得するしかねーな」

「そうだね。そういうことなら、私は喜んで協力するよ」

「2人ともありがとうね」

なのはがそう言って2人に向かって頭を下げるのに合わせて、
俺も感謝の意を表すべく、頭を下げる。

「でも、スバルの面倒を見なくてよくなったら、あたしは暇になるな」

そう言うヴィータの顔は、面白くなさそうに見える。

「それなんだけどね。わたしはキャロの訓練を見てあげないといけないから、
 ヴィータちゃんに訓練とか模擬戦の結果の分析と訓練計画の立案を
 お願いしたいの。いいかな?」

「そーなのか? あたしはいいけど・・・なのははいいのか?」

「うん。今までも結構忙しいから誰かに任せたいと思ってたんだけど、
 なかなか適任者がいなくって。その点、ヴィータちゃんは教導官を
 目指してるし、ちょうどいいかなって」

「そーだったのか・・・。ごめんな、気付かなくって。
 そっちはあたしが引き受けるから、任せとけ」

「うん。お願いね」

そのあと、4人でお茶を飲みながら少し雑談をしてから、
仕事が残っているフェイトとヴィータは部屋を出て行った。
再びなのはと2人きりになった部屋で、時計に目をやると
普段帰る時間を少し過ぎていた。

「帰るか」

「そだね。帰ろ」

俺はソファから立ち上がると、なのはと部屋を出てアースラの
メインハッチに向かった。

 
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