故郷は青き星
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第六話
7歳の誕生日。エルシャンはポアーチの書斎に呼ばれた。書斎と言っても本があるわけでも執筆用の筆記道具が置かれているわけでもなければ、PCやプリンタがあるわけでもない。情報のインプットアウトプットに紙媒体も物々しい装置も必要なく、ポケットに収まる情報端末一つあれば全てが賄えるので、書斎の『斎』の意味である『こもる』を満たすための部屋だった。
部屋の中は少々値の張りそうな重厚感漂う木製の大きな机と、革張りの椅子が置いてある4畳にも満たない小部屋のようだが、左右が一見何もない壁に見えて一面が作りつけのシェルフになっており、中には勲章や趣味のコレクションや取って置きの酒。そしてユーシンには見せられない男のロマンが一杯に詰まっている事をエルシャンは知っていた。
ポアーチは机の袖の引き出しから一枚のカードを取り出すと「誕生日おめでとう」と言いながら年少パイロットライセンスをエルシャンに手渡した。これで限定条項はあるがエルシャンハ正式にパイロットとなった訳だが、同時にポアーチはエルシャンに強く言い含める。
「いいかエルシャン。せめて正規パイロットライセンスを手にするまでは実力を隠すんだ」
ポアーチは優秀すぎる息子が心配でならなかった。
「えっなんで?」
【敵性体】の侵攻は食い止めるどころか遅らせるのが精一杯という戦況で優秀なパイロットはどの戦線でも喉から手が出るほど欲している。それはたった今エルシャンが受け取った年少パイロットのライセンスの存在が全てを物語っている。
今は戦う力がを持つものが、全てを出し尽くして戦わなければ【敵性体】に全ての生命体が滅ぼされかねない状況だと言う事がエルシャンにも分かっていた。
「エルシャン。私はパイロットとして基幹艦隊の司令官として長年シルバ6と共に遙か彼方の星域で戦い続けてきたが、私自身、この身体はイルヌ星系からすら出た事は一度も無いんだよ。これがどういう事か分かるかい?」
「えっ? どうして……」
「200年前、連盟に加盟したばかりの頃はドルック星系などに三つの植民惑星を持っていて、最盛期には500万人を超えるフルント人がイルヌ星系の外で暮らしていたんだ。でも現在は、それらの植民星には研究目的などで僅かな職員が駐在しているだけなんだ」
「どうして?」
エルシャンの星間文明のイメージは、どんどん星系外に進出して領域を拡大するイメージが強かった。
「それは──」
連盟は【敵性体】の侵略に対して銀河を防衛するために多くの星間文明が参加し結成されたが、ある意味寄せ集めの存在であり決して一枚岩ではない。そもそも防衛線の遙か後方に位置する国家と、防衛線が破られば侵略される恐れのある国家では意識そのものが違う。前者の多くは未だ【敵性体】の直接的な侵略の危機に晒されていないペルセウス腕とバルジに集中し、後者は【敵性体】の侵略を受けている他の渦状腕に分布する星間文明国家で、【敵性体】との戦闘に勝利するためには手段を選ぶべきではないと主張している。
現在、連盟において大きな発言力を持つのは、長い歴史を持ち進んだ文化文明を誇る──銀河の中で年老いた恒星系が集まるバルジでは古くから文明が誕生していた──前者であるが、追い詰められている後者は時として過激な手段に訴える事がある。
過去に前線国家によってフルント人のような高パイロット適正を持つ種族の研究とクローン兵の生産計画を連盟議会に提出された事があるが、その研究が人体実験を含む非人道的な内容であったために廃案にされる。しかし彼等は独自にその計画を実行に移してしまう。代表的な6つの高パイロット適正種族の優秀なパイロット達を工作員を使って拉致し、その多くを人体実験の末に死に至らしめ、更に人体実験と平行してクローン兵生産計画も進めるが、彼等の計画を察知した連盟首脳部が派遣した特殊部隊の手により施設ごと灰になった……ということになっている。
「──その為に、今も我々はイルヌ星系に引きこもる事を余儀なくされている訳なんだよ」
父の説明によって、連盟に属する国家は地球より遙かに文明が進んでいるので、地球よりは遙かにマシな倫理観によって政治が行われているというエルシャンの幻想を破壊された。そして同時に一つの事実に気付かされる。
「そんなに戦いは不利なの?」
詳しい戦況に関する情報は端末に設定された年齢制限ロックで検索できないようになっており、テレビなどのマスメディアによる報道では防衛に成功したしない程度の情報しか伝えられない。またエルシャンは知らない事だが連盟の勝利に関する報道は声高に行われる一方で、敗北に関しては取り上げれない事も少なくなかった。
「そうだな……お前も、もうパイロットとなったんだ隠しても仕方が無い。はっきり言おう。このままでは200年後にはフルント星は【敵性体】の手に落ちるだろう」
「まさか、そこまで?」
「まさか? 事実だよ。我々と【敵性体】との戦いは勝ったり負けたり、だが攻めてくるのは常に【敵性体】であり我々は防衛するだけ。負ければ一つの星が失われ、勝っても星が戻ってくるわけじゃない」
「でもSF/A-302には大気圏に突入して大気内で戦闘する事も、対地攻撃も出来るから──」
「それは単に【敵性体】の大気圏突入を阻止できなかった場合の保険だよ。占領行動を開始する前の段階なら、惑星に侵入した小型種を駆除できれば連中は何も出来なくなるからね」
事態はエルシャンの想像を遙かに超えて深刻だった。銀河のディスク──棒渦状銀河や渦状銀河は中心部のバルジと銀河の中心から同一平面状に展開する渦状腕により形成するディスク。そしてバルジとディスクを包み込むように球状に展開するハロによって構成される──の1/3は、僅か500年で【敵性体】の勢力下に落ちていた。
「そこで、今は実力を隠して欲しい。お前が正規パイロットにさえ成れば状況は変わる。だから頼む!」
年少パイロット資格の認可に関しては、バルジ星域出身者が占める軍上層部管轄のためにエルシャンの情報が伝わることに問題は無いが、実戦部隊を管轄する各方面軍司令部にはポアーチが警戒する前線国家出身者が多く所属しているため、エルシャンがフルント人パイロットの枠をも超えるパイロット適正を持つ事を示す実戦データを出すのは危険だった。
他でもない自分の為に自分へと頭を下げる父へ、横に振る頭などエルシャンには無かった。
「分かったよお父さん」
パイロットに成ったらやろうと考えていた『俺無双』に未練を感じないわけでもないが、そこは中身は大人。ぐっと我慢し、そして父への評価を大きく上方修正しながら頷いた。
「これで心配事は片付いた。今日はお前の誕生日だ。母さんがご馳走を作ってるぞ」
右手でエルシャンの肩を抱いて書斎を出ようとするポアーチだが、ここで余計な事に気付く。
「そういえば、今日は誕生日会とか開いて友達を呼んでるのか?」
父の言葉にエルシャンはピクリと小さく肩を震わす。普段なら気付かれることは無かっただろうが、肩を抱く父の手にはその僅かな動揺の証がはっきりと伝わってしまった。
「ん、どうした? さては友達がまだ出来てないのか?」
妙に嬉しそうに問いかけるポアーチ。
「え、そ、そんな事は無いですよ……友達は居ますよ。本当に居るんです」
勿論嘘だった。そしてそんな嘘は通じない。
「そうか、友達居ないのか……」
トーンを落とし残念そうに呟くが、口元がどこかにやけていた。何でも卒なくこなす息子に欠点を見つけてほっとすると同時に、何故か嬉しかったのだ。
「父さんの馬鹿! お母さんに言いつけてやる!」
エルシャンは父の手を振り払うと脱兎の如く駆け出す。背後で「ちょっと待て、それ洒落にならん!」と叫んでいるが無視した。
半分はちょっとした復讐心による小芝居だが、もう半分ではエルシャンは本当に傷ついていた。
エルシャンとしても友達が出来ない現状を真剣に悩んでいた。
前世もあわせれば齢30代後半にもなって餓鬼と一緒に遊べるかなんて、それこそ餓鬼っぽい考えをしていた訳でもない。
可能な限り普通の子供らしくして、両親に心配を掛けない様にしたいと思っており、そう心がけて行動していたのだが無理だった。
失敗してもくじけず努力した。肉体年齢というか環境に影響を受けての精神年齢の低下という追い風も受けた。さらには自分の中の『永遠の少年』である部分も惜しみなく開放した。それでも子供社会の中で対等な人間関係を築くのは余りに困難だった。
大人として小さな子供と遊んであげるという経験は前世である田沢真治にもあったが、これは大人と子供という関係の中で、あくまで上の立場で子供と遊んであげるというスタンスであり、全力でテンションを上げて、更に『永遠の少年』を解き放てば十分に子供と仲良く遊ぶ事は可能であり、むしろ開放しすぎて後で後悔する事もあった位だった。
しかし、同じ対等な立場で子供と付き合うのは全く別物で、子供を理解できても共感が出来ない。子供達の喜怒哀楽のポイントが後から理解できても、彼等と同時に笑ったり怒ったりが出来ない。
そんな訳で、エルシャンは今年から通い始めた初等教育の1年目にしてクラスで浮いてしまった。別にクラスメイト達から嫌われてる訳じゃない。むしろ一目置かれている。いや一目も二目も置かれすぎて浮いているのだった。
クラスメイトにとっての個人としてのエルシャンの評価をまとめるなら、いざと言うときに頼りになるが近寄りがたい何処かおっさんみたいな人である。
幼児プレイを極めた上で児童となった彼をもってしても超えられない厚い壁が子供達との間に立ち塞がっている。そうエルシャン本人は思っているが、もう一つ重大な理由があった。
彼個人の問題ではなく、彼の家名であるトリマの名。痩せても枯れても腐ってもフルント6大種族の一つシルバ族において10指に入る名門トリマ家の跡継ぎである事を彼はすっかり忘れていた。普段の生活が一般庶民レベルなだけにエルシャン自身は忘れ気味だが、周囲の人間は忘れては居ない。
元はいえばこの一帯の地域を支配した大領主の家柄で、この学校に通う子供たちの多くはトリマ家の家臣や領民出身であり、尚且つ現当主は【敵性体】から銀河を守る連盟軍の提督で、若い頃は名の知れたエースパイロットとして活躍した英雄として、家庭内の評価はともかくとして尊敬を受けており、更にこの地方の住民の多くは彼の部下でもある。
そんな訳でエルシャンには誕生日に呼ぶような親しい友達は居ない。別にクラスメイトに友達になって欲しいわけじゃないが、人間には同じレベルで話し合える友人という存在は必要だった。友達が居ないという現実はやはり寂しく辛く、その行き場の無い思いが弟や妹達への愛情として向けられているのだった。
ユーシンの料理を待つ間ソファーの上で弟ウークの和毛を梳るエルシャン。ウークはもうじき4歳を迎えるので体中を覆う柔らかな和毛が抜け始めているので、取り除いてやらないと抜け落ちた毛が床に落ち、細くて軽い和毛は簡単に舞い飛び家中毛だらけになる上に、本人も抜け毛が纏わりついていると気になるのか落ち着かなくなるので、日に何度かはこうして専用ブラシで毛づくろいをしてあげる必要があった。
エルシャンの誕生祝いの料理造りに腕を振るう母の代わりに──ユーシンはこれは母の仕事だと言い張り、普段は滅多にエルシャンに代わることは無い──引き受けたのだが、気持ち良さそうにクッションの上で身体を伸ばすウークに、友人が居ない寂しさを癒されていた。
抜け毛がかなり進み、顔を覆う和毛も薄くなり以前のようなモコモコな可愛らしさは失われつつあるが、和毛の下から覗く顔も子供らしくてとても可愛いとエルシャンは思う。
「ニーニー、ベオもぉ」
「ムゥもぉ」
エルシャンの背中を登りながら毛繕いをせがむ、こちらはまだ毛玉状態の2人の妹、ベオシカとムアリ。
「ニーニーは一人しかいないから、ちょっと待ってね」
一生懸命自分の背中を登ろうとする動作のくすぐったさに笑いを堪えながらご機嫌で答えると、横からポアーチが「じゃあパパが」と口を挟んだ瞬間、エルシャンが鋭く振り返り睨んで威嚇すると物理的に尻尾を巻いて退散していった。まだ父を許してなかったようだ。
「誕生日おめでとう。エルシャン」
いつも通りの優しい笑顔で息子の誕生日を祝うユーシン。
「おにーちゃんおめでとう」
そろそろ言葉が明瞭になってきたウーク。
「にーにーおめっとう」
「たーじょーびおめっと」
次第に語彙が増えているがまだきちんと発音できないベオシカとムアリ。『だがそれが良い!』とエルシャンのみならず両親、そして弟までも思った……困った血筋である。
「改めて誕生日おめでとうエルシャン……まだ怒ってる?」
「ママ。ウーク。ベオシカ。ムアリ。皆ありがとう」
エルシャンは自分の誕生日を祝ってくれる家族に笑顔で応えるとともに、ポアーチを軽やかに無視した。
「今日はエルシャンの大好きなカレーを作ったのよ」
一旦、キッチンに戻ったユーシンが大きな深皿を両手に持って戻ってきた。
深い茶系の色をしたとろみの付いたスープに鮮やかな色合いの一口大に切られた野菜が浮かぶ見た目、そして食欲を揺さぶる刺激的なスパイスの香り。どう見てもカレーでした。
目を輝かせ、ぶんぶんと尻尾を激しく振りながら喜びを表す弟と妹達の様子に、エルシャンは地球の料理を再現してよかったと心から思った。
研修中といえど実戦に参加し、フルント人のベテランパイロット達をも凌ぐスコアを叩き出したエルシャンにはかなりの額の報酬が出ていた。ポアーチは「貯金するでも何かの為に使うのでも好きにしなさい」とその全てをエルシャンに渡した。得た報酬の使いみちを決めるまでがパイロットの仕事だと言うのが彼の持論だった。
ポアーチとしては、大部分を貯金して後は家族にプレゼントといった堅実な使いみちを選択するのだろうと信頼していた。心配があるとすれば下の子供達に高価なおもちゃを与えてしまう事だが、その時に注意するのが親としての役割であり、出来れば是非とも親としての役割を果たさせて貰いたい。ここは親孝行と思ってお願いしますといった心境だった。
しかし実際のエルシャンが選んだ使いみちは、家族へのプレゼントまでは予想通りだったものの、残った報酬は各種香辛料や発酵調味料の購入費に充てられた。しかもフルント製のものだけではなく、他星系から輸入されている珍しい香辛料や発酵調味料なども積極的に収集し、集まったそれらと共にキッチンに篭るとそれらを使い地球の料理を再現するために没頭した。
魚醤の類はフルント星でもアルキタ族の一部が古くから使用していたものが手に入った。しかし醤油に比べても強い旨味があるが魚独特の風味が感じられて、調味料として用いるには使いどころが限定されると感じた。
大豆そのものは無かったが、地球の豆類や穀類に似た作物を発酵させた味噌や醤油に近い調味料が、第一渦状枝腕(ノルマ腕)の幾つかの星系で生産されていて、それらが和食への使用に耐えうると判断し、結構な代金を払って購入した。
また香辛料はフルント星や入手しやすい周辺星域産を集めただけでも想像を超える数が集まり、それらをミルサーで挽いては香りと味を確かめる作業に苦労した上に家族から色々と不安がられたが、唐辛子・胡椒・山椒・ナツメグ・シナモン・バニラなどのなじみのあるスパイスの代用になりうるスパイスを次々に見つけ出し、ついにはカレー粉の開発に挑むが、単純に唐辛子・ターメリック・コリアンダー・クミンの代用スパイスを用いても、それぞれとオリジナルの僅かな差異がミックスされる事でマイナスの相乗効果を生み出しカレーとは似ても似つかない味が生まれたり、新たに見つかったターメリックの代用スパイスが熱を加えると緑っぽい色に変色したり、一部のスパイスが多く摂取するとフルント人には健康被害が出たりと問題続出で難航するも、最終的に6つのスパイスを調合する事によってカレーに近いミックスパイスの完成に漕ぎ付けたのだった。
米に近い種の作物はあったものの、残念ながら元日本人の舌を満足させる──実際はフルント人の舌であり、もし前世で食べていた料理と全く同じ味の料理を食べても、今の舌では同じ味に感じられるとは限らない──物ではなく、とても主食にするのはとても無理な代物だったためカレーライスにはならなかったが、その代わりに小麦に似たコルナという作物がフルント星でも栽培されていて、それから作られたコルナ粉より地球のパンとほぼ同じ食べ物が存在するくらいなので、うどんやパスタなどの麺類にも挑戦して、何度もの失敗を繰り返しながら再現の成功に導いたのだった。
エルシャンが他のレシピの再現に挑戦し続ける一方で、レシピさえ確立してしまえば後は主婦であるユーシンの独壇場となった。確かにユーシンの作る料理は不味かったが、それは彼女が料理下手のなのではなくこの星自体の食文化の貧弱さのせいであった。そしてエルシャンが試作した料理をきっかけとして彼女の料理人としての魂が目を覚ました。
このカレーにしても、エルシャンが作り上げた6種類のスパイスを使ったミックススパイスを改良して、18種類ものスパイスをブレンドして作り上げたミックススパイスを用いている。スパイスは使う種類を増やせば良いというものではない。数を増やせばぶつかり合ったり、目指す料理の枠を踏み越えてしまったりする。最終的な調和に至る為には必要最低限のシンプルな構成の方が良い結果を生み出す場合が多い。だがユーシンは18種類のスパイスを使いこなして完成させた。それは生半可なセンスではない。
それは前世より味覚には自信があり、実際に未知のスパイスを用いてカレー粉を再現したエルシャンをしても届かない高い味覚センスを意味していた。
今現在はまだ、家庭内で料理革命の猛威を振るう程度で済んでいるが、今年の内に今回のカレーを初めとして様々な料理が商品化され、大ヒットし莫大な利益をあげて、そのほとんどがシルバ6関連につぎ込まれてしまう事になるのだが、この事が今後の銀河の運命に大きな転機をもたらす事になる。
だがエルシャンは、そんな事も知らずに、口の周りをカレーで黄色く汚しながら「おにーちゃん美味しいね」と笑顔を振りまく弟をカメラで撮り続けるのであった。
そして、ポアーチは弟を撮影するエルシャンを撮影する。一言で表現するなら馬鹿家族以外のなにものでもなかった。
「地球か……やっぱりあったんだな」
端末に映し出された青い星の映像。
それは、年少パイロット資格を得た事で閲覧可能になった軍関係のデータベースを調べて見つけた第3渦状枝腕(オリオン腕)関連情報の中にあった太陽系と思しき星系の第3惑星の映像だった。
第3渦状枝腕は銀河の中でも最辺境と呼ばれる地域で誕生した知的生命体が極めて少なく、星間文明まで発展して連盟に加盟した種族は過去に1例のみで、しかも既に滅んでいたため、第3渦状枝腕に関する情報は民間には存在しなかった。
FTLT(超光速航法:Faster Than Light Travel)により1000光年以上の距離を一瞬で飛び越える科学技術を持ってなお銀河は広い。予め設定された航路以外はワープアウト時の安全性が確保出来ない上に1000光年先のFTLTにより距離を飛ぶのと、1000光年のルートを亜光速で調査するのとでは意味が全く違う。
しかも、民間企業や1連盟加盟国家にとっては第3渦状枝腕を調査する意味が無い。
領土・資源などの目的とするなら、開拓する宙域はこの銀河の何処にでも存在した。そもそも連盟加盟国家同士で国境が接しているのはバルジ宙域において数例ある程度で、現在領土問題は存在すらしていない。
連盟軍が軍事的目的で星図を作成するために200年前に調査を行った時の情報が存在するだけだったので、エルシャンは今まで地球の存在を確認できなった。
「だけど200年前のこの映像がどの時代の地球なのやら」
画像に添えられた情報は僅かで、第3惑星、つまり地球がスペクトル分析の結果分かった大気成分が、豊かな生態系の結果としての組成であると記されていた。
「まさか過去ということはないだろうから、同じ時間軸。もしくは未来か……」
多分前者であるだろうとエルシャンは思っていた。そして今自分がエルシャンとして生きているこの時。遠い故郷の星で田沢真治にとって大事な人達が生きていると思うことで、これからは地球の事も田沢真治のことも忘れてエルシャンとして、今の家族と共に生きていこうと決意する事が出来た。
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