少女1人>リリカルマジカル
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第二十話 少年期③
「えっ、3日後にそっちに行けるかですか?」
『あぁ、そうだ。ようやくこちらもある程度準備ができたからなぁ。お前さんの持っとる情報ともきちんと整合性を取っておきたい』
「……だけど、大丈夫なんですか。俺一応保護されている立場でしょう? 俺が突然いなくなったらお姉さんだって気づくし、母さん達の立場が悪くなったりしないですか」
『かっかっかっ。心配せんでもええわい。ちゃんと迎えを用意しておくから問題はない』
いや、だからどうして心配する必要がないのか言ってくださいよ。久しぶりに話をしたけど、このおじいちゃん本当に相変わらずだな。豪快というか細かいことはさて置いて、という人だし。まぁそのさっぱりした性格のおかげで、こうして協力してもらえているんだけどさ。
ここに居を構えてから随分経ったある日。いつも通りの日常を過ごしていた今日、コーラルからついに連絡が入ったと知らせを受けた。たくさんあった蝉の鳴き声も前に比べると少なくなり、そろそろ夏も終わり秋に入っていくだろう時期のことだった。
『坊主も相変わらずみたいだなぁ。慎重なのはいいことだが』
「……別に悪いことではないでしょう」
『あぁ、悪いことではない。儂も家族の一大事なら、そうするさ』
そう言って、またいつものように笑い声が通信から響く。音量は小さくしているし、母さん達もお風呂に入っている。だけど、いつお風呂から2人があがるかわからないし、そこまで長話ができるわけではない。
空中に映し出される映像画面には、5、60歳ぐらいの男性が映し出されている。 高齢なのだが、決してその姿は弱弱しくはなく、むしろ屈強な人物という印象を受ける。肩幅も広く、年齢を聞いていなければ、とても70歳には見えない人だ。ちょっと憧れる。
それにしても、このおじいちゃん相手だとどうも調子を出すのが難しい。俺よりもずっと年上の方だけど話すのは嫌いじゃないし、面白い人なんだけどな。ちょっとつかみづらいというか、なんというか…。まぁ、そんな感じの人だよな。
「とりあえず、その迎えの方が来たらどうしたらいいんですか?」
『転移でこっちに飛んで来い』
「迎えの意味あるんですか、それ」
『坊主の言う心配事をなくすためだ。儂を誰だと思っとる』
あぁ、確かにおじいちゃんならそこらへんは問題ないのか。その結論に至ったため、わかりました、と俺はおじいちゃんの言葉に了承を返しておいた。しかし、ここまで色々やってくれてなんだか申し訳ないな。
『しかしそのレアスキル、ほんとに便利だのぉ。儂のところで働かんか?』
「今明らかに俺のレアスキル重視で勧誘しましたよね」
『だってなぁ、儂ぐらいの年になると移動がめんどくさくてな。迎えに来てくれると楽じゃし、旅行もタダだし、仕事の出張費とか人件費とかその他もろもろ削れるし』
「もはや隠そうともしないアッシー扱い!?」
堂々と公私混同してきたよ、このおじいちゃん! ここまできっぱり言われると逆に清々しいよ。そしてお金に関してはめっちゃ目がマジだった。
『あと坊主が同じ職場で働くと知った、あいつの反応も面白そうじゃし』
「……どうしよう。それは俺もすごく見てみたい」
『すごく楽しそうな笑顔になったのぉ』
あれは運命を感じたね。まさかあんなにも俺が求めていた逸材が偶然現れたのだから。俺とおじいちゃんは同じ人物を思いかえしながら、それはそれはお互いに満面の笑みを顔に浮かべていた。
『うわぁ、すっごく悪巧みしてそうな顔ですねー』
うっさいよ、コーラル。……否定はしないけど。
******
「んー、しかし実際問題どうするかだな」
『昨日の話のことですか?』
「まぁね。おじいちゃんの言うとおりいじりたいのは確かだけど、それを理由に就職するつもりはないし。でもいじりたいし、でかなり揺れてる」
『理由が素でひどい』
それは俺も思うけど、こればっかりは性格だしさ。自分でもそれでいいのか、と自問してしまうときはあるけれど。それにしても、おじいちゃん俺の性格わかっているな。セールスポイントをしっかり押さえているよ。
「さて、冗談半分はさて置き」
『え、本気が半分だけ?』
「……冗談3割ぐらいはさて置いてだ。ちょっと本気で考えねぇと」
おじいちゃんとしては本当に冗談だったかもしれない。けれど俺のこれからの方針的には、どうしてもあの人たちの力が必要なのだ。今回の件はお互いにwin-winの関係になれたから、協力者としてつながりを持てた。おじいちゃんの立場と俺の持っていた証拠が見事に一致したからだ。
だけど、今回のことが終わった後、それでさよならをするには俺としてはまずい。どうしてもおじいちゃん達との関係を継続させる必要が俺にはある。俺だけの力では、どうやっても解決できない問題があるからだ。
「それには向こうにも、継続させるだけの利益を持たせる必要がある。でも俺にはもう渡せる物も有益な情報もない。向こうが欲しがりそうなもので残っているのは、俺自身の能力だけか…」
思い至った考えに自分でも顔が曇るのがわかる。それでもやるからには、せめてものことだけはしたいと決めたんだ。これは真剣に決めよう。明後日のおじいちゃん達との話し合いで可能かどうか、可能なら条件はどうなるのかを聞かないと判断がつかない。
『あ、ますたー。満杯になってきましたよ』
「おっ、ほんとだ。サンキュー、コーラル」
コーラルの呼びかけに俺は意識を戻し、手に持っていたホースを引いた。危うくビニールプールから水が溢れそうだった。俺は流れている水を止めるために、蛇口の口を閉める。
いやぁ、それにしても涼しそうだ。日陰で作業していたとはいえ、やっぱりまだ日差しが暑かったからな。透き通った水に光が反射して、きらきら輝いているようだ。
「しっかし、昨日風呂上がりのアリシアがいきなり、『大変だよ、お兄ちゃん。今年プールに入ってなかった!』って言ったときは驚いたな」
『僕としてはその後に、『やっべ、まじだッ!』とすごく深刻に捉えたますたーの手によって、次の日にこうしてプールが用意されている現状に驚きなのですけど』
「ありがとう、お姉さん」
『ほんとにね』
さすがに夜に連絡するのは失礼だと思い、朝一番にお姉さんにモーニングコールしてみた。そしたらなんとプールに入ることを了承してくれたのだ。施設の子ども部屋から少し古いが、大きめのビニールプールを用意してくれた。
それに今日は、母さんも用事がない日だったのでまさに渡りに船。どうせ施設の中で過ごすことになるんだったら、家族みんなで水浴びをしようということになったのだ。
「外出は禁止だけど、こういうことを大目に見てくれて助かるよ」
『そうですね。そういえば、随分快く貸していただけたって聞きましたけど』
「うん。お姉さんが、『こんなもので君たちが収まるのなら、いくらだって貸してあげるわ…』って言ってくれた」
『それは、ちょっと意味が違う気が…』
それにしても、お姉さんにはもう一度ちゃんとお礼を言っておこう。やっぱりここで一番お世話になっている人だし。俺たちがこんな風にできるのは、お姉さんが色々手をまわしてくれているからなんだ。……何かいいアイデアはないだろうか。
「お待たせー!」
「ごめんなさいね、アルヴィン。プールの水を入れてくれてありがとう」
「いやいや。俺と違ってそっちは色々準備があるんだし、気にしなくていいよ」
女の人の準備って長くなってしまうのは当然だろうから。風呂の時間とか朝の準備とか着替えとか。前世でも一応経験してきたし、今なんて女系家族みたいなもんだからさらに慣れた。俺の場合下を履きかえれば終了だし、これぐらいはやっておきますよ。
実際、母さんもアリシアもいつもとはだいぶ印象が違う。髪型も母さんは長い髪を緩い三つ編みで束ねているし、妹は2つ括りでおさげにしている。水着も2人によく似合っていて、正直眼福です。
それにしても、施設の庭の一角を借りさせてもらったけどいい場所だな。給水場も近くにあるし、隅で角側だから人気もない。まだ暑いから、日中にわざわざ外に出てくる人が少ないのも要因だろう。おかげでかなり伸び伸びできる。
「あれ、そういえばリニスは?」
「リニスなら……あっ、いた」
アリシアが指をさす先を見ると、プールより少し離れた場所にちょこんと猫が1匹。その距離感はプールの水しぶきが決して届きそうにない場所だ。そういえば、リニスにも苦手なものがあったなと思い出した。
「……ハイドロポーンプ」
「ふにゃァァアアアァァ!?」
ホースの蛇口を捻って、目標に向かって発射してみた。おぉ、ナイス反応。
「命中率80%だし、こんなものか。これ、蛇みたいにSの字で撒いたらスピードスターになったりする?」
「にゃァッ!?」
『すごい。これが相性差と呼ばれるものなのですね!』
「……そろそろやめてあげなさい」
******
さて、水遊びといっても、今回できることは限られている。結構しっかりした素材でできているみたいだが、さすがにビニールプールではしゃぎすぎる訳にはいかない。潜ったり、泳げるほどのスペースも当然ない。家族3人が入って、多少空間が余るぐらいだ。
なので、最初は本当に水に浸かって涼んでいた。おしゃべりをしたり、渦潮ごっこしたり、おもちゃの水鉄砲でコーラル目がけて撃ってみたりして遊んでいた。
「あ、外した!」
「むー、なかなか当たらないよ」
「ふふ、がんばって2人とも」
ちなみに現在の的はコーラルでもリニスでもなく、母さんが魔法で作り出したシューターだ。空中を移動する複数のシューターに向けて水鉄砲を撃ち、アリシアと勝負をして遊んでいる。始めは俺が勝っていたのだが、母さんがコントロールしだしてからは、なかなか当たらなくなってしまった。結構悔しい。
これは誘導射撃型の魔法で、射撃魔法の中でも機動力が高い。母さんに初めて見せてもらったとき、これなのはさんがよく使っていた魔法だと思い出した。追尾機能とか便利なものもあった気がする。だけど今はそんな機能はなく、母さんの思念操作でスムーズな動きを見せている。
攻撃魔法であることは間違いないのだが、まさかこんな風な使い方があるなんて思ってもいなかった。魔法って使う用途や設定次第で、多様な使い方ができるんだな。
「ねぇ、母さんってなんでそんなに魔法が上手なの?」
「うーん、そうね。もともと魔法の構築理論や法則を解析することが好きだったのもあるわ。なによりも新しいことを発見して、そして自分の力になっていくことがわかるのが楽しかったからかしら。今も魔法や技術は、自分も世界もこれからまだまだ成長できるもの」
的当てゲームが終わり、俺はビニールプールに身体を預けながら、気になったことを質問してみた。ちょっと勉強したからわかったことだけど、さっき母さんがやっていた誘導弾はすごく技術のいるものだったりする。なんせデバイスを使わない複数の精密操作で、しかも「電気」を纏っていなかった。
それはつまり、母さんは魔法の操作と魔力を変換させるという複数の同時思考・進行『マルチタスク』を高速かつ的確に行っていたということだ。水場だったから魔力を変換させたんだろうけど、正直舌を巻いた。
「好きこそ物の上手なれか。研究者になったのも調べるのが好きだった時の影響?」
「それもあるわね。でも昔は、魔導師として魔法を使っていく道にしようか悩んだりもしたのよ」
「そうなの?」
アリシアと同様、俺も母さんの昔話に興味が出る。もしかしたら母さんだって、管理局員とか民間の魔導師として働いていた可能性もあるのか。でも確かに、普通魔力量も豊富で、魔法の高等技術も使えたらそっちの道を考えてもおかしくはないよな。
「ただお母さんが子どものころは、まだ管理局もできたばっかりでね。あの時代はある意味時代の黎明期、……新しい時代が始まってまだそんなに経っていないころだったの」
「そういえば、管理局ってできてまだ40年も経っていないんだよな」
なんか随分昔から管理局があったような気もしていたけど、母さんが産まれる数年前にはまだ存在すらしていなかった。しかもそれまでは、かなりやばい時代だったって聞く。そう考えると、たった30年少しでここまで世界を安定させたってことだよな。
「でもそれって、魔導師としての力がかなり求められていたんじゃないの? まだ今みたいに安定してなかったんでしょ」
「その通りよ。私も管理局の嘱託魔導師として、一時期働いていたこともあったわ」
へぇー、それは初耳だ。嘱託とはいえ、管理局の方で働いていたことがあったんだ。アリシアも母さんの話に驚きながら、話の続きを促している。
「当時は魔導師として順調に仕事をこなしていたわ。だけどね、そんな時にふと思ったの。平和のために頑張ってきたって今でも言えるけど、もっと他に方法はなかったのかしらって」
「ほかに?」
「…次元犯罪者になった人の中には、貧しさや不安定な世界の情勢……変化に巻き込まれてしまった人もいたわ。当時の私にできたのは、ただ事態を収めることしかできなかったから」
母さんはどこか懐かしむように、どこかさびしそうに言葉を紡ぐ。俺は想像することしかできないけれど、何となくわかるような気はした。
俺は、原作の母さんが次元犯罪者になってしまったことを思い出す。やり方が法に触れてしまったからだけど、それでも母さんは好きで犯罪者になったわけではなかった。
ただアリシアにもう一度会いたい。次元犯罪者にならなければ、どうしようもないぐらいに追い詰められていたからだ。けれど原作の母さんの行動は、世界から見れば決して正当化できるものではなかった。だから、止められたんだ。
難しいだろうに、真剣に母さんの話に耳を傾けるアリシア。俺はそんな妹を見ながら、どうして母さんが研究者に、開発者になったのかわかったかもしれない。想像だけどそれはきっと、それでも助けたかったからじゃないかって。…これから先も目をつぶることができなかったから。
「もっと世界が安定していけば、もっとみんなが平和に暮らせるような技術や魔法ができていけば、そんな人も減ってくれるかもしれない。私が止めてきた人達も、幸せに生きていけた未来があったかもしれないって思ったわ」
おそらく、母さんがそのまま嘱託魔導師として働いていても、管理局とかに入局して魔導師として働いていても、救われた人はたくさんいたと思う。だけど、それをするには母さんは優しすぎたんだ。
「世界のみんなのためになる技術を作っていきたい。最初は小さなものかもしれない。けれど、それがいずれ世界を守ってくれるような大きな力になってくれるかもしれない。そう思って私は、この道を選んだわ」
「すごいね、なんだか」
「ふふ。でもそんな高尚な、立派なものじゃないかもしれないわ。ただ単に魔導師が合わなかっただけかもしれないし、アルヴィンに話した通り調べることが好きだったのもあったから」
そう言って母さんは静かに微笑む。もしかして、と俺は思う。今から3年前に、ヒュードラの開発に母さんは抜擢された。それが強制だったのかどうかはわからない。だけど、ずっと辛かったヒュードラの開発を、母さんは一生懸命に行っていた。
やめることは…、難しかっただろうけどできなくはなかったと思う。でもそれをしなかったのは、俺たちのことや、研究者としての実績や信用も落ちてしまうかもしれない、とか理由は色々思いついた。だけどもしかしたら、母さん自身が何よりも作りたかったのかもしれない。ヒュードラを、みんなのためになる技術を。必死に。
「それでも素敵なものだって俺は思うよ。母さんの思いも、母さんの作った開発チームも」
「私もね。お話は難しかったけど、お母さんたちがすごく頑張っているんだってわかったよ」
「あ、えっと、本当に大した話じゃないのよ。少し大げさに言ってしまった部分もあるから……」
アリシアの言葉に、俺もうなずいてみせる。そんな俺たちに、母さんは俺たちの言葉にちょっと顔を赤く染めながら、言葉を詰まらせる。その後、恥ずかしそうにつまらない話をしてごめんね、って謝ってきた。
そんな母さんの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。謝られる理由が全く思いつかないし、つまらないとも思わなかった。でも、母さんとしては申し訳なさそうにしている。俺たちはそれを見て、コーラル曰く悪巧みをしてそうな笑みをお互いに浮かべた。さすが我が妹、以心伝心。
「なぁ、アリシア。テスタロッサ家ではよくできた人には何をしてあげるんだっけ?」
「確かね。頭を撫ぜ撫ぜしてあげるんだよ」
「えっ?」
俺と妹のやり取りに母さんが目をぱちくりとさせる。そして言われた内容に理解が行き届いたのか、慌てて母さんは声をあげた。
「ま、待って2人とも。お母さんはいいのよ。本当につい難しい話をしちゃっただけだから、全然気にしないで…」
「撫でボですね」
「撫でボです」
「止まる気が一切ない!?」
さすが母さん、その通りですよ。
******
俺は思ったんだ。何事も自分で始めて行かなきゃ、行動に移していかなきゃダメなんだって。家族で楽しんだ水遊びも十分に堪能した昨日。遊び疲れた俺と妹はその後ぐっすりと眠り、今日という日を迎えた。
母さんの話は確かに難しかったし、俺も同じことができるかって言われたらきっとできないことだと思う。それでも自分の思いを大切にして、そこから頑張って一歩ずつ手探りで歩いていく強さを教えてくれた気がする。
その行きつく先が必ずゴールになるかはわからない。必ず達成できるわけでは決してないだろう。原作の母さんの手は、届くことができなかったのだから。それでも、母さんの歩んできた道を俺は尊敬する。
迷ってもいい。躓いたっていい。うまくできるか思考を巡らせ続けるより、やってみなければ結果はわからない。そうしたい、と思った自分の心にまっすぐに向き合っていきたい。心新たに、俺はそう思えたんだ。
「……そして、そんなふうに考えて出来上がったのが、この物体Xです」
「アリシアちゃん、窓開けて換気! コーラル君はこれが作られた台所の安全確認! 猫ちゃんはお部屋の消臭剤くわえて持ってきて!」
俺、ここまで華麗な連携技を初めて見たかもしれない。
「……それで、今度は何をしようとしたの?」
お姉さんが消臭剤片手に部屋を清浄しながら聞いてきた。別に悪いことはしてないんだけどな。悩むよりもまずは一歩踏み出す勇気が大切だと思って、行動してみただけなんだけど。ちなみに物体Xは俺の目の届かないところへ逝ってしまった。
「お菓子を作ろうと思って」
「あれお菓子だったの!? 刺激臭漂ってきていたけど」
「昔お菓子を作っていたらレンジの中で爆発して、掃除したトラウマがあってさ。それ以来台所に立たないようにしていたけれど、それじゃあ俺は何も変わらない。だから勇気をもって前に進まなきゃダメだと思ったんだ!」
「それはできれば止まって欲しかった!」
勢いダメ、絶対! とお姉さんと約束させられました。後ろを振り向くことも大切だし、まずは現状を見てから前に進みなさいとのこと。1人じゃ無理なら誰かに頼ることも大切。どうやら俺自身、よくわからんテンションでやってしまっていたらしい。反省、反省。
とにかく料理だけはやめなさい、と言われました。でもね、お姉さん。自分でもなんであんなのができたのか不思議なんだよ?
「お兄ちゃんはどうしてお菓子がいるの? お母さん、ちゃんと今日の分のおやつ作ってくれてるよ」
「あー、そうなんだけどさ。俺が作ろうとしたのは自分用じゃなかったからな」
『なるほど。対リニスさん用の最終兵器だったのですね』
「!!!」
「いや、それは超解釈すぎるから。リニスもやらねばやられる、みたいに爪とぎしないで。俺そこまで鬼畜じゃない」
俺だってさすがにそこまでプライド捨ててないよ。俺も食べるならおいしいものがいいから、食材は無駄にしたくないし。しかし、本当は内緒で簡単なのを作っておこうかと思ってたんだけど、やっぱり無理だったか。破裂音響いていたし。
「やっぱうろ覚えで作ったのがまずかったのか? でも材料はあってるはずだし、塩と胡椒を間違えるみたいなテンプレは起こしていないはずなんだが。……お姉さん、もう1回試してみてもいい?」
「アルヴィン君。その溢れるチャレンジ精神は大変素晴らしいけれど、お願い、やめて」
そんな切実に頭を下げなくても…。前世の調理実習でグループのみんなから頭下げられて、キャベツちぎりだけした記憶が思い起こされるよ。あ、ちょっと泣きそう。
「お母さんたちに?」
「うん。ほら、母さん達みんなお話して頑張っているだろ。だから、俺にも何かできないかなって思ったからさ。お菓子でもあげたら喜んでくれるかもしれないって」
「そういうことだったのね」
ほかにも理由はいくつかあるのだが、一応母さん達のお菓子も作るつもりだった。正直に言えば、理由を話すのがこっぱずかしいです。お姉さんがすごく微笑ましそうな表情で見てくるし。
「そういう理由なら私も協力するわ。クッキーぐらいなら材料もすぐにそろえられるから」
「でも、いいんですか?」
「子どもが遠慮しなくてもいいのよ。その代わり、私の言うとおりに作らなきゃだめよ」
「あ、はい」
なんというか、本当にいい人だよな。まだ二十代にはいってないって聞いたけど。前に母さんと料理の話で盛り上がっていたし、母さんも認めるぐらいの料理の腕があるらしい。前に一緒に作っていたし。
それから、お姉さんはクッキーの材料の買い出しに出かけ、俺たちはお姉さんに頼まれていた調理器具を用意しておく。今回は食べ物関係なため、リニスはリビングの方で待機。コーラルも俺たちの準備の助言が終わったら休むそうだ。
「お菓子作れそうでよかったね、お兄ちゃん」
「うん。そうだ、アリシアには言っておくんだけど、実はまだ理由があったりするんだ」
「そうなの?」
俺はお姉さんに話していなかったもう1つの理由をそっと妹に耳打ちする。ほかに誰もいないんだけど、なんか気分です。アリシアもその理由を聞いて納得がいったみたいだ。
「それじゃあ、みんなが元気になるような、おいしいクッキーを作ろうね」
「おう、いっちょ頑張ってみるか」
器具の準備も終わり、俺たちは服の袖をまくしあげた。
******
さて、クッキーづくりなのですが、それはそれはスムーズにいった。施設の厨房の一角を借りさせてもらい、俺たちは作業に入る。ここはこの建物の食堂でもあるので、そこそこスペースがあって広いのだ。
それにしても、やっぱ調理者が一緒にいるのといないのではかなり違うな。お姉さんの指示通りまずは生地を混ぜ合わせ、次に手で押しつけるようにまとめていく。生地をこねるだけなら俺でも問題なくできるな。
「ねぇねぇ、お姉さん。これ水をもうちょっと足したら、もち米みたいなもっちり感を表現できそうな気がするんだけど」
「気がするだけです。それ以上絶対に水入れないでね」
「ねぇねぇ、お姉さん。抹茶味とかもおいしそうだし、お茶混ぜてみてもいい?」
「お茶って…。ちょッ、ストップ! だから液体を生地に直接流し込もうとしちゃダメだよ!?」
「ねぇねぇ、お姉さん。こねこねの歌作ったから歌ってみてもいい?」
「全然いいです」
そんなこんなで生地作りは無事に終了。出来上がった生地を前に、アリシアと一緒に静かに息を吐いた。いやぁ、やればできるもんだねー。
その後はこねた生地をちぎって大きさを整え、同じ厚さに伸ばしていく。丸型や星形の型抜きを握りながら、クッキーの形もきれいに仕上げていった。それなりの人数がいるから、出来上がったクッキーの生地はかなりの数が必要だろう。オーブンも2、3回ぐらい使いそうだ。
「かんせーい!」
「おぉ、きれいな黄金色だな」
「おいしそうね。あとはデコレーションをして、お皿に並べましょうか」
そして数時間後。オーブンで焼きあがったクッキーに、俺と妹は目を輝かせる。こうばしい香りが部屋中に充満し、食欲を誘う。なかなかうまく出来上がったみたいだ。
俺たちはクッキングペーパーの上にクッキーを移し替え、チョコやパウダーを上からかけていく。妹はカラーシュガーを使い、鮮やかなクッキーを作っていた。型抜きで作ったものだけでなく、自分たちで切り取ったクッキーもある。そっちの方は多少形が歪だが、猫の形や犬の形など多種多様なものもあった。
「お、発見」
俺は探していた形を見つけ、チョコペンを手に取る。ほかのクッキーとは大きさが異なり、一回り大きなものとなっている。アリシアと協力して、密かに作っていたものだ。型を作ったのはアリシアだが、器用なものだ。
「お疲れ様。2人ともすごく頑張ったね」
「えへへ、お姉さんの教え方が、すごく上手だったもん」
「本当? ありがとう、アリシアちゃん」
完成したクッキーを乾燥させ、今日みんなに振る舞う分をお皿に盛りつける。俺も一緒に作業をしたが、それと同時に袋に詰めていくものとに分けておいた。2人に不思議そうな顔をされたけど、ちょっとした菓子折りだとことわっておいた。
さすがに手ぶらで行くのは気が引けたので、用意ができてよかった。俺は3つ袋を準備していたので、それぞれにクッキーを詰めていく。2つは明日渡せるだろうけど、もう1つは後日になるだろう。ちゃんと保管しとかないと。
「結構遅くなっちゃったね。そろそろ後片付けをしなきゃ」
「あ、その前にさ。クッキー少し食べてみませんか。少し多めに作っていますし、味見も大切でしょ?」
「うーん、確かにそうね。……でも実は、アルヴィン君が食べてみたいだけだったりして」
「あー、それはひでぇ」
俺の反応に、お姉さんはくすりと笑ってみせる。けどまぁ、一応了承はもらえたみたいでよかった。今日こんな風にお菓子を作ろうと思えた、一番の理由をこなせそうだ。
「それじゃあ、あっちのテーブルで食べよう。ちょうどクッキーが置いてあるからさ」
「あら、本当。あんな離れたところに」
「行こ、お姉さん」
俺とアリシアはお姉さんの腕を引っ張って、テーブルに誘導する。クッキーは逃げないわよ、と俺たちの様子におかしそうにお姉さんは目を細めていた。
正直、お菓子を用意するだけならお店で買うこともできたのだ。開発チームのみんなのため、菓子折り用のためにと理由はいくつかあった。だけど、絶対に手作りじゃなきゃいやかと言われれば、俺は首をかしげる。なぜか物体Xにしてしまう俺にとって、調理はかなり難易度が高いものだからだ。
それでもこんな風に作ったのは、俺がどうしてもお礼をしたかったからだ。「ありがとう」って口にすればいいのかもしれないが、それだけでは自分が納得できなかった。一番気持ちを伝えるにはどうしたらいいかを考えた結果、俺が思いついたのが―――
「あっ…」
手作りのものっていう、なんともクサい物しか考えられなかったんだよな。
「これ、もしかして私?」
「正解! ココアパウダーで制服作って、チョコペンで表情作ったんだ」
「クッキーでね、お姉さんのちょっと飛び出ている髪とか頑張って作ったんだよ。あと前に見せてもらったデバイスも一緒にしてみたの!」
お姉さんがクッキーをお皿に並べている間に、テーブルの上に設置しておいたもの。細かい部分がかなり大変だったけど、かなりの自信作。プレゼントするはずだった人に、手伝ってもらうことになっちゃったけど、こうやってびっくりさせられてよかった。
「いつもありがとう、お姉さん。ささ、食べてみてよ」
「ありがとう、お姉さん」
「……うん、どういたしまして。それにありがとう、2人とも」
それからクッキーを食べ終え、帰ったきた母さん達にも喜んでもらえた。ちょっとしたお菓子パーティーになり、お姉さんやついでにそこにいた男性局員さんも遠慮なく巻き込んで、みんなで笑いあった。
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