蒼き夢の果てに
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第2章 真の貴族
第16話 極楽鳥
前書き
第16話更新します。
「極楽鳥の雛を密猟者から護る?」
俺の少し裏返った声で聞き返した質問に、無言でコクリとひとつ首肯くタバサ。
う~む。何と言うか、タバサ自身は冷静なのでしょうけど、俺の考えからすると、それはガリア野鳥の会の会員の方の御仕事で有って、騎士のお仕事ではないと思うのですが。
もっとも、時代区分的に言うと中世ヨーロッパの国に過ぎないガリアに、そんな野鳥を保護するような組織が有るかどうかは知らないのですが……。
それで、夕食の最中に妙なフクロウが持って来た紙切れに書かれていた指令と言うのが、さっき俺が聞き返した内容らしいのですが……。
そもそも、ヨーロッパに極楽鳥など存在していたでしょうか。あれは確か熱帯に生息する鳥だったと記憶しているのですけど。
あのド派手な羽を持った、多彩な求愛のダンスを踊る鳥が。
それで、その指令を確認した翌日。火竜山脈と言う場所に移動する事に成ったのですが。
尚、明日は虚無の曜日とか言う、地球世界では日曜日に当たるお休みらしいのですが、それに合わせた日帰りが出来る任務では無いらしいです。
それに、そもそも、学院側もタバサの事情をある程度は知っているので、その任務に就いている間の授業に出ない事で後に補習などが科せられる事はないようですし、多少の成績などに関しての融通は付けて貰えるらしいのですが……。
このガリアの騎士の御仕事って、魔法の課外授業扱いに成るのでしょうかね。
「それで、その火竜山脈と言うのは、何処に有るのでしょうか」
一応、真っ当な質問を行う俺。……と言うか、少々投げやりですね。この台詞は。
何故ならば、ヨーロッパの地図をざっと頭に思い浮かべてみて、更に、フランス近辺で大きな山脈と言うと、俺には候補がひとつしか思い浮かばないのですが……。
「ガリアとロマリアの国境付近」
タバサが何でもない事のようにそう告げる。
成るほど。矢張り、アソコの事ですか。地球世界で言うトコロの、アルプス山脈と言うトコロの。モンブランとか、マッターホルンとか。
但し、富士山よりも高い山ですよ、そいつらは。
「せやけど、そんなトコロに行くんやったら、ハイキング気分と言う訳には行かないでしょうが。どう考えたって、氷河が有るはずやし、無かったとしても冬山登山に近い装備は必要やと思うのですけどね」
季節は間違いなく四月の半ば。これは、凍死覚悟の御仕事だと思うのですが。魔法や仙術。それに式神たちが居なければ。
……って言うか、この魔法学院が有る場所がベルギーだったとして、アルプス山脈に辿り着くまでどれぐらいの距離が有るって言うのですか。
しかし、タバサは首をふるふると横に振る。そして、
「先ず、リュティスにまで移動して、そこで風竜が借りられる。そこから、現地のサヴォワと言う地方までは風竜で向かい、そこからさらに先は……」
割と簡単な事のようにタバサは答えた。こう聞いてみると本当に簡単な事のように聞こえるから不思議ですね。……但し、どうも俺的には、嫌な予感しかしないのですけど。
そもそも、そのリュティスって言う都市は、おそらくガリアの首都の事だと思いますから、地球世界のパリの事なのでしょう。パリの昔の名前がルーテティアとか言う呼び方だったと思いますから多分、それで間違いではないと思います。
そこからイタリアとの国境って、どれぐらいの距離が有るのか俺は知らないのですが、ほぼ地球世界のフランスを北から南へ突き抜けるぐらいの移動距離じゃないですか。
それに、アルプス山脈ならば、確か四千メートル級の山々が連なる山脈だったと思うのですが。
もっとも、それについては、今はどうでも良い事ですか。一応、彼女との間には霊道が繋がっています。少なくとも、そのリュティスまでなら、転移の魔法でどうにか成りますから。
それに、火竜山脈ならば、名前から推測すると、普通の人間に取っては非常に危険な生き物が生息している可能性の有る山脈なんですけど、俺の場合は違います。
少なくとも、竜族が俺を問答無用で襲って来る可能性は低いですから。
それに、無理に準備をする必要もないのは確かですね。俺には魔界の兵站担当のハルファスが式神として存在していますから、必要な物資は直ぐに調達可能です。まして、霊力で支払わずとも、金や宝石の類で支払う事も可能ですから問題は有りません。
「そうしたら、タバサ。一度、俺の手を取って貰えるかな」
準備は必要ないとタバサは言うし、ならば、転移魔法の実演と行きますか。
俺の差し出した右手を訝しげに見つめるタバサ。しかし、その場では何も問い掛けて来る事もなく、そっと手を取る。
……って言うか、実は、彼女と直接触れ合ったのって、あの俺の方から霊道を開いた時以来ではないですかね。もっとも、今までの彼女との関わりには、何故かくちびるが関係して来ているんですけど。
例えば、夕食の度に用意されている、お箸を使う事が前提のご飯とおかずの数々など。
まぁ、などとクダラナイ事を考えながら、シルフを起動。そして……。
そして、次の瞬間、俺とタバサのふたりは、最初の出会いの地。召喚の丘の大地を踏みしめていた。
女子寮の室内に比べて、かなりの陽光に溢れた春の草原に少し、その瞳を眩しげにさせながらも、真っ直ぐに俺を見つめるタバサ。これは当然、今、行使した仙術の説明を求めている雰囲気です。
それならば……。
「これが転移魔法。術者の行った事の有る場所になら、ほぼ瞬間的に移動出来る魔法だと思って貰っても構わない。
但し、当然、魔術を防ぐ結界の中に転移する事は出来ないけどね」
そう、タバサに告げた俺の周りを、春の早朝の丘を吹き抜けて行く風が、少し渦を巻く。
風が彼女の蒼い髪の毛をそよがせ、やや収まりの悪くなった前髪を、彼女に相応しい繊手でそっと払った。
……良い風が吹いているな。
この風が吹いて来るなら、シルフを現界させて、風の気を取り入れさせたら良いのでしょうけど、流石にそう言う訳にも行きませんか。次の目的地はガリアの首都。それなりに人間の頭数が居る以上、見鬼の才に恵まれた人間がいる可能性も高い。
そんな中に、昆虫に似た羽の生えた乙女などを連れて歩く訳にも行かないですからね。
少し、彼女から視線を外し、やや見当違いな思考で頭の中を埋める。
正直に言うと、こんなに傍にいるのに、彼女を見つめるのは、未だに慣れていせん。
「それで、今回はこの魔法を使ってリュティスまで行こうと思う。
但し、俺はそのリュティスに行った事がないから、タバサがイメージした風景や距離、方角などを【念話】で俺の方に送って貰って転移魔法を使用する。
もっとも、イメージした事を俺に【念話】を通じて送るのが嫌なら、他の方法を試すけど、どうする、一瞬で跳んでみるか?」
それまでの思考をオクビにも出す事もなく、用件のみをタバサに伝える俺。
もっとも、他の方法と言うのは、有視界内に転移を繰り返す事ですから、一度、上空に昇ってから方向を定めての転移魔法となるのですが。
それに、タバサのイメージを俺がちゃんと掴み切れていないと、まったく違う場所に転移して仕舞う可能性もゼロではないのですが……。
タバサが少し考えた後、コクリとひとつ首肯く。良し、これは肯定された、と言う事です。
そうしたら……。
再び、シルフを起動。そして、俺の差し出した右手に、彼女がそっとその手を重ねる。
そして、次の瞬間、俺とタバサの姿は、出会いの丘から完全に消え去っていたのだった。
☆★☆★☆
それで、先ず、リュティスへの転移魔法は成功して、そこで風竜を借りてサヴォワ伯爵領トノンと言う街まで移動。その後、シャモニーと言う街まで駅馬車を使用しての移動と言う経路と成ったのですが……。
「ひとつ、質問しても良いかいな、タバサ」
流れ出る汗を拭きながら、目の前に聳える紅い山を、少し陰気の籠った視線で見上げる俺。
……って言うか、ここに有るはずの白い山は何処に行ったのですかね。これでは、白い山では無くて、紅い山でしょうが。
俺と同じように汗を拭きながらも、何故か涼しい顔をしたタバサが首肯く。
但し……。
う~む。矢張りこれは、何処かで着替えるべきですね。それも、水着か何かに。
それで無かったら、近い未来に目のやり場に困る事に成ります。間違いなく。
それと、この任務が終わってからで良いから、ハルファスにタバサ用の下着を調達して貰う事も忘れないようにする必要が有りますか。
「ここはタクラマカン砂漠で、この目の前に見えている山は火焔山なのでしょうか?」
火山性の湯気らしき物に覆われたその山からは、異常な熱気と、そして、多量の湿気とを感じて……。どう考えても不快指数が異常に高い地域である事は間違い有りません。
……と言うか。そもそも、何故にモンブランが有るべき場所に、火山が有るんでしょうかね?
それも、間違い無しに活火山が。
確か、アルプス山脈の出来上がった理由は、大陸同士の衝突によって盛り上がった地形のはずです。つまり、ヒマラヤ山脈と同じ方法で出来上がった山脈と言う事ですね。ですから、山の中から古代の海の生き物の化石が出て来たりするのですから。
尚、このシャモニーと言う街や、そもそも、サヴォワ伯爵領のトノンと言う街にはスパ。つまり、有名な温泉が有るらしいです。
但し、両方ともサヴォワ伯爵家専用の物で、一般の観光客に開放されている物ではないらしいのですが。
それにしても、あのイケメンくんの実家の領地での厄介事じゃないですか。
まして、あの一族は、確か水は問題が有ったように記憶して居るのですが。もっとも、故に純粋な水ではない、温泉を開発して、自らの一族専用のスパと為している可能性もあるのですが。
しかし……。
俺は、他所に行きかかった思考を無理矢理軌道修正させて、再び、思考をタバサの方に向かわせる。
そう。まさか、タバサの従事させられている騎士の任務と言うのが、こんなにも汗だくになってこなす必要の有る任務だとは思ってはいませんでしたから。
尚、暑さ……いや、熱さと湿気……と言うか蒸気に蒸し上げられた肉まん状態の俺の脳みそから発せられるクダラナイ冗談は、いともあっさりとタバサに無視されて仕舞いました。
メガネ越しの、およそ、暖かなとは表現されない視線と共に。
それに、良く考えてみたら、タバサにはタクラマカン砂漠も判らなければ、そもそも、火焔山などの元ネタが判る訳は有りませんから、それも仕方のない事なのですが。
しかし、それにしても妙な熱さですね。何故に、この山はこんなに熱いのでしょうか?
俺は、汗と湯気を多量に含む事により、額にへばりついて不快な髪の毛を掻き上げながら、少し歩みを止めて周囲を見回してみる。
う~む。延々と岩ばかりがゴロゴロとしている景色が続く、中学生の時の修学旅行で行った、なんちゃら地獄とか言う場所の雰囲気とそっくりなんですけどね、ここは。
「なぁ、タバサ。ここには有毒ガスの危険とかはないのか?」
サウナ風呂の中で延々と登山をやらされている事に、流石に辟易としながら、少し先に立って、登山道……と言うかゴツゴツとしたむき出しの岩場で、少しでも進み易そうな場所を探しながら進むタバサに、そう質問を行う俺。
それに、登山道が無いのは当然でしょう。そもそも、こんな熱い、サウナ風呂の中のような山に好き好んで登るアホは早々存在しては居ないと思いますから。
まして、当然のように、火山性のガスが発生する可能性だって有ります。その上、火山性の岩が風化によって脆くなり、簡単に崖崩れのような状態を引き起こす可能性だって高いでしょう。
尚、目的の極楽鳥が居るのは山頂の火口付近に成るみたいなので、ここからだと直線距離で行ったとしても10キロメートル近く有るはずです。
「大丈夫。この山で有毒ガスが発生した事はない」
俺と同じように滝のような汗を流しながら、タバサはそう言った。表情だけは普段通りの表情で、周囲の熱や湿気を気にしている様子は見えないのですが。
但し、その不快指数の異常に高い世界の中で、彼女が如何に涼しい風を装うとも、彼女の身体が汗を流し、体内から大量に水分と、ミネラル分を放出しているのは間違い有りません。
……って言うか、流石にこれは危険な可能性も有りですか。しかし、これだけ炎の精霊が多い場所でウィンディーネを召喚するのも難しい。
それならば、
「タバサ。ここは、空を飛んで山を登る訳には行かないのか?」
この火焔山(仮名)に登り始めてもう二時間。もう俺的に無理……と言うか、これ以上、タバサに水分を失わせる訳にも行かない。彼女は俺よりも、蓄えている水分や、ミネラル分の総量が少し少ないはずです。
それに、確か身体から水分が大量に失われたら、血液自体の粘度が上がって、酸素を運ぶ能力が低下して、高山病のリスクが高まるはずですから。
決してこれは、俺がラクをしたい訳ではないですよ。これは、彼女の体力を温存する為の処置ですから。
タバサが振り返ってから俺をじっと見つめる。そして、
「この山には、その名が示す通り火竜が多く住み、迂闊に空を飛んで山頂を目指すと空中で火竜に襲われる危険性が有る」
……と答えてくれました。
確かに、正面から相対した場合ならば、俺相手には、火竜と雖も早々襲い掛かって来る事は無いでしょうが、不意を突かれた場合は、火竜の方が俺の正体に気付く可能性が低くなるので流石に難しいですか。
それに、この地熱が生み出す霧、と言うか蒸気みたいな物が、近寄って来る火竜の存在を消し、熱気が、その存在の気配を消す可能性も高い。
ならば、超低空飛行と言うか、地上一メートル以内ぐらいの高さでタバサを抱え上げたまま飛び、俺の周りを青玉に封じられた状態のウィンディーネに、常態的に冷気を発生し続けて貰えたら、多少はマシに成りますかね。
それならば、先ずウィンディーネを起動させ、俺の周りに冷気を発生させる。そして、同時に余分な湿気もカット。
この方法では、確かに霊気の消耗が激しくなるけど、これは仕方がないでしょう。
そして、
「タバサ、すまんけど、少し持ち上げるで」
一応、そう最初に断って置くのですが、タバサ自身の答えを聞く前に、彼女の小さな身体をそっと抱き寄せて持ち上げて仕舞う。
一瞬、タバサの身体が緊張で少し身を硬くした。成るほど、いくら自らの使い魔とは言え、自分の身体を完全に預けて仕舞うのは流石に抵抗が有っても当然ですか。
……なのですが、俺が彼女に直接触れる事によって、かなり驚いたような雰囲気と少しの拒絶感が有ると言う事は、俺は、一応、彼女の中では使い魔で有りながら、多少は男性として認識されている部分も存在している、と言う事なんですね。
これは、少しは嬉しい事でも有りますか。
そんな俺的には重要な。それでいて、現状では全く意味の無い事を考えながら、タバサを抱き上げると同時に、地上から三十センチほど浮かび上がる。
そして、そのまま、ゆっくりと前進を開始する。しかし、タバサの使い魔に成ってから、俺は、俺の能力をかなり使用していますね。
これを続ける事によって、少しは霊力の総量が上がったら良いのですが……。
尚、前進を始めた事によって俺の意図を理解したのでしょうか。タバサが、俺の横顔を見つめる。
そして、
「ありがとう」
……と、短く告げて来たのでした。
☆★☆★☆
飛行……と言うか、空中浮遊移動を開始してから三十分ほど。距離にして四,五キロメートルは稼げたと思います。
但し、俺の霊力が大分、削られましたけど。
尚、当然のように俺の周囲にはシルフを起動させ、酸素を常態的に発生させる事によって高山病も防いで置く事も忘れてはいません。
何故ならば、たかが高山病と甘く見てはいけませんから。確か、生命に関わる可能性も秘めていたと思いますからね。
……って、これぐらいの事は、当然の事かな。
俺の記憶が正確ならば、普通の登山の場合は、ゆっくりと歩いて登る事によって低酸素状態に身体を慣らして行くのですけど、こんな山をゆっくり登っていたら、それだけで暑さと湿気によって、余計に体力を削られて行きます。
まして、この山はモンブランだと思います。地球の歴史で言うなら、公式に登頂に成功するのは十八世紀の最後の方となるはずの馬鹿でかい山。この山の山頂を目指すのに、酸素も準備せずに登るなんて、命知らずにも程があるでしょう。
もっとも、俺自身が数年前に高山病で寝込んだ事が有るから知っていただけなのですが。
日本で一番高い山に登った時にね。
そんな事をタバサに説明……但し、かなりマイルドに薄めて説明しながら、更に進む事十分。周囲を完全に霧と言うよりも、湯気に覆われた一帯を進む冷気に覆われた空気の玉。
それが、俺達ふたりの現在の姿です。
その悪い視界の先。もっとも、気配だけならもっと前から判っていたのですが、十メートルほど先の少し足場の良い場所に立つ一人分の影が有った。
えっと、このシルエットから推測すると……。
女性かな。かなり、長い髪の毛をしているみたいに見えますね。
更に、その人影に近づく事に因って、彼女の姿形がはっきりと見えるようになる。
少女……って言うか、シスター?
う~む、その場に現れたのは、服装に関しては西洋の修道女を思わせる服装。身長はタバサより少し高いぐらい。大体、ルイズと同じぐらいと言う感じかな。髪の毛は、矢張りシルエット通りかなり長くて腰よりも下。大体、膝の裏まである紅のストレートの髪の毛。瞳も……紅いな。しかし、人食いの類に感じる血の紅と言うよりも、炎を思わせる紅蓮と言う感じなのでしょうか。
綺麗なとか、可愛いとか言う表現方法よりは、凛々しいと表現する方法が相応しい少女姿の何モノかが、俺達の行く手に顕われたのでした。
……成るほど。コイツが居るから、この山が異常に熱いのか。
これは、精霊王と言うべき存在の可能性が有りますね。それに、少なくとも、この火山の擬人化された存在で有る事だけは間違いないですか。
俺は、その修道女姿で顕われた何者かを見つめながら、そう考えた。
何故、女性の姿で顕われたか、ですって?
山を女性化する事は、そんなに珍しい事では有りませんよ。まして、アルプスの語源も、確か女性と言う意味だったと思いますし。
しかし、何故に俺やタバサの目の前に、そんな大物が顕われたのでしょうか。……と言う疑問は残りますが。
「来たわね」
その少女が、彼女の目の前で止まった俺とタバサに対して、そう声を掛けて来る。
声の質はやや低音。少しぶっきらぼうな感じがする少女風の言葉使い。少なくとも、修道女を連想させる姿形からは少し遠い感じの言葉使いの少女です。
「えっと、すみませんが、貴女はどちら様でしょうか?」
そう少女に対して実際の言葉にして聞く俺。そして、それとほぼ同時に、
【タバサ。彼女について、何か指令を受けているのか?】
……と、そう【念話】で聞いて置く。尚、この目の前の少女が顕われた事に、そのタバサ自身から、まったく驚いたような雰囲気を感じる事が出来なかったから、そう聞いたのですが。
何故ならば、サウナ状態の山の中で、汗ひとつ掻いていない、炎を連想させる美少女が顕われたのですから。普通に考えるなら、驚かない方がどうかしているでしょうが。
【現地で、導く者の指示を仰げ、と言う指令を受けている】
俺の質問に対して、同じように【念話】で答えを返して来るタバサ。
成るほどね。あの少女らしき存在が、その導く者とか言う存在ですか。
もっとも、こんなサウナ状態の中で極楽鳥の雛などを捕らえに来る奴がいる事も、早々無いとは思うのですが……。
まして、火竜に襲われる危険を冒してまで。
そもそも、極楽鳥とは、つまり、鳥類スズメ目フウチョウ科に付けられた俗称の事なのでしょう?
確かに、ヨーロッパにはいないとは思いますが、熱帯にならば生息している鳥だったと記憶しています。
そんな鳥の雛を手に入れる為に、こんな危険なトコロにまでやって来る酔狂な食通は、そんなにいないとは思いますよ。
それとも、捕らえてから珍しいペットとして飼う心算なのでしょうか。
……いや、珍しいペットを欲している貴族に売りつけようとする密猟者の可能性が一番高いですか。
あれ? でも、それならば、何故、卵の状態の時ではなく、雛を護れと言う指令になったのでしょうかね。
「お前達はガリア王家より寄越された者達ではないのか?」
その導く者とタバサに表現された少女が、少し俺達の方を訝しげに見つめる。
成るほど。ガリア王家と、この目の前の存在は何か関係が有って、その関係の為に、タバサに極楽鳥の雛を密猟者から護る、と言う仕事が回って来たと言う事ですな。
それに、タバサも血筋的に言うのなら、ガリア王家に繋がる人間ですからね。
「貴女が、導く者と呼ばれている存在なのですか?」
流石にタバサを抱き上げたままの状態では失礼なので、彼女を俺の右側に下ろしてから、そう俺が尋ねた。
何と言うか、この質問は本来なら正式に仕事を命じられたタバサが行うべき質問だとは思うのですけど、どう考えても彼女が、こんな質問を行う様子が想像出来なかったので。
……って言うか、タバサは俺が使い魔に成る以前も、交渉事を伴う騎士としての仕事をこなして来たはずですから、必要が有れば、当然、自ら交渉を行って来たはずですか。
もしかすると、これは余計な事をしたのかも知れませんね。
「人間の間で、わたしがどう呼ばれているかなどに興味はない」
かなり素っ気ない感じで、そう導く者が答えた。まして、その呼称に関しても、要は極楽鳥の巣にまで案内してくれる存在と言うだけですから、単純に案内人と表現すべきトコロを、王家らしく、勿体ぶって導く者と言う名称を与えたに過ぎないとは思うのですが。
「ここからはわたしが案内をする」
そう言ってから、軽く地を蹴る導く者。
刹那、その少女の背中に鳥を思わせる深紅の翼が顕われていた。
成るほどね。彼女と行動を共にしている間は火竜に襲われる心配はない、と言う事なのでしょう。彼女の正体は、おそらく炎の精霊。霊格から推測すると、この世界の炎すべてを支配する精霊王かどうかは判らないのですが、少なくとも、この炎の山を完全に支配する存在で有る事だけは間違いないと思います。
おそらくは、俺が連れている炎の精霊サラマンダーよりは、高位の精霊で有る事は間違いないでしょう。
その導く者を追って飛び立とうとするタバサ。
……って、ちょい待ち。
「タバサ。オマエさんの飛行呪文は無しや。あの導く者は、可能性としては高位の精霊で有る可能性が高い。
その精霊の目の前で、精霊の生命を消費するオマエさんの魔法を行使する事はかなりマズイ」
そう言いながら、慌てて彼女を止める俺。多分、あの炎の精霊との関係が現在良好なのは、俺達が系統魔法と言う精霊の生命を消費する魔法を使用していないから。
そして、この山の有る一帯を支配しているのは、ジョルジュと名乗った、精霊を支配する術を知っているイケメンの一族。
ここに、何らかの関係を疑う余地が残っている以上、ウカツに系統魔法を使用すべきでは有りません。
それに、今度。近い内にタバサの式神に、浮遊や飛行能力を備えた式神を呼び出して契約させる。こう言う準備も必要となったと言う事ですかね。
色々と仕事が有って、退屈だけはしなくて済みそうですよ。彼女の使い魔生活と言うのは。
「それに、タバサと俺の距離を離して仕舞うと、冷気陣の効果も、タバサへの酸素の供給も難しく成るから、ここから先も、しばらくの間は俺の腕の中で我慢してくれるか?」
俺の問いに、少し考える雰囲気のタバサでしたが、直ぐにコクリと首肯いて肯定を示す。
おそらく、俺の論理に破綻したトコロはないでしょう。彼女の中での問題は、俺に頼り過ぎる事への警戒と言う物だと思いますが、これは、その内に彼女の能力が上がって来るから問題は無くなるはずです。
俺の能力では、彼女の仙骨の詳しい質までは判らないのですが、仙骨は確かに存在していて、才能として見鬼を備え、この世界の魔法の才能も高いのなら、俺程度の使い手には直ぐに至るはずですから。
元々、行使していた系統魔法のルーンを使って発動していた部分を、式神の能力を借りて発動させるだけに置き換えた魔法ですから、ゼロ・ベースで魔法を覚えて行って居る訳では有りません。
まして、発動した結果、冷気が発生していたら冷気系。風が発生していたら風系。そこに違いなど見出す事は不可能です。
俺のように、精霊の声を聴き、彼らと契約を交わす事の出来る存在以外には。
おっと、少し、思考が明後日の方に進むな。無理矢理軌道修正っと。
しかし……、
しかし、タバサに命令を下しているヤツが一体誰なのか知らないけど、本当に厄介な任務を押し付けて来てくれましたよね。
普通に考えると、この任務は、代々サヴォワ伯爵家の人間がこなして来た仕事だと思うのですが。
それをわざわざタバサに遣らせようとしている、と言う事は……。
其処まで考えた刹那、上空より微妙な気が俺とタバサに対して向けられて居る事に気付く。この感覚は、……少しの苛立ち?
少し慌てて視線を上げた先に存在したのは、先に上空に駆け上がった導く者が、地上で話し込んでいる俺とタバサを見つめて……。
おっと、イカン。ぐずぐずして居ると導く者に置いて行かれるな。それに情報不足の状態であまりアレコレと先走って考えても仕方がないか。
前提の条件が曖昧な以上、現状では、自らが作り上げた虚構のゴールに結論を導いて仕舞う可能性の方が高く成りますから。
「そうしたら、もう一度抱き上げるけど、構へんな?」
後書き
この段階では判り辛いですが、この極楽鳥の話は、かなり内容を変えて有ります。それに、この極楽鳥絡みの話は、魔術的に必要な処置でも有りますから。
まして、原作崩壊とタグに銘打って有る以上、ちゃんとその通りにして行かなければ、看板に偽り有り、になって行きますから。
故に、これから先も原作小説世界とは、少し違った事件が起きて行く事と成ります。そして、一時的に非常に不幸な状況に陥る、原作小説内の重要なキャラクターも現れる事と成ります。
もっとも、そのまま放置するかどうかは判りませんが。
ここまででも、タバサやオスマンに対するこの物語内での扱いを見て頂けると、大体の想像は付くとは思いますけどね。
次。この『蒼き夢の果てに』内では、フーケに因る破壊の杖強奪未遂事件は起こりません。
その理由は、あの事件は、魔法学院の関係者が、破壊の杖と言う魔法のアイテムが、魔法学院の宝物庫に有る、と言う情報を外部に漏らさない限り、起こり得ない事件ですから。
この世界の魔法学院の教師やオスマンは、職務上知り得た情報を易々と関係者以外に漏らすようなマネはしません。
あのフーケと言う存在は、小説内でもそうで有ったように、アンチ貴族の存在です。
その誕生も。そして、行動も。
故に、出来るだけ、貴族無能と言う表現を排除する為には、フーケ事件自体を起こさないと言う選択肢を私は採用したのです。
更に、この極楽鳥事件に似た事件を起こす必要も有りましたから。
もし、この説明でも納得出来なければ、感想の方にそう記入して頂けるのならば、もう少し詳しい説明を為したいと思います。
かなりのネタバレに繋がる可能性は有りますが。
それでは、次回タイトルは『湖畔にて』です。
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