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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第十九話




 アリシアちゃんを保護してから二日が経過した。

 一日は休日だったが、今日は休日明け初日の学校だ。アリシアちゃんはなのはちゃんのお父さんの伝手で医者を紹介してもらっているので、今日は母さんと一緒に病院にいく予定だ。もっとも、表面上の虐待のような跡だけは、救急病院で見てもらっているので薬と包帯で治療してもらっているが。なにせ、あの傷跡は見ているこっちが痛くなる。擦過傷で鞭のようなもので叩かれた結果らしい。

 今日の病院は健康診断やアルフさんが言うフェイトちゃんの存在を確かめるためのものに近い。

 さて、アリシアちゃんのことは母さんに任せるとして、現状、僕は目の前の敵と戦わなければならない。

「これ、私が作ったんだ」

「……おいしそうにできてるね」

 さも当然のようにはい、と綺麗に焼けた卵焼きを箸に挟んで、僕に差し出してくるすずかちゃん。休日を挟んだから少しは収まっているだろう、と考えたのだが、どうやら僕の考えが甘かったようだ。さりげなく隣に座るアリサちゃんに助けを求めようと目を合わせてみるが、アリサちゃんはこちらを注意深く観察するように見ているだけで僕を助けるつもりはまったくなさそうだった。

 いや、その前にこの状況を助けるという意味さえ分からないのかもしれない。女の子同士の昼食ならこのくらいは当たり前らしいから。だから、アリサちゃんにしても普通のことで、助けるという選択肢はないのだろう。

 さて、断わろうにも、笑顔で箸を向けてくるすずかちゃんの笑みには、断わるという選択肢を断固として許さないというような強い意志さえ見える。気迫とでも言おうか。もしも、ここで断わったとしても、おそらく「いいえ」を選択しても無限にループする選択肢のような状況になりかねない。

 覚悟するしかないのか……。

 ちょっと、いや、かなり恥ずかしかったが、断わるという選択肢を選べなかった僕は、大人しく箸に挟まれた卵焼きを口に運ぶ。口に入ってきた卵焼きは、やや甘かったが許容範囲内。卵焼きの砂糖や塩加減というのは、家庭によって千差万別だから、もしかしたら、これが月村家の卵焼きの味なのかもしれない。それにしても、これだけ甘いのに焦げた様子が見られないのがすごいと思った。

「どうかな?」

 自分で作った料理の味がよほど気になるのか、ワクワクしているようなドキドキしているようなそんな半々の表情を見せながらすずかちゃんは僕に問う。

 さて、どう答えたものか。少なくとも拙いとは到底答えられない。だが、ここで手放しで褒めると明日も作ってきそうで怖い。一番恐れているのは、これが常態化することだ。毎日この状態。耐えられそうになかった。結局、目の前で僕の答えを目をきらきらさせて待つすずかちゃんをこれ以上待たせるのも限界だった僕は、常態化することが分かっていながらも素直に答えるしかなかった。

「う、うん、十分おいしかったと思うよ」

 僕の素直な回答にすずかちゃんは顔を綻ばせて喜ぶのだった。



  ◇  ◇  ◇



 あの後、すずかちゃんはあれもこれもと僕に箸で渡してきたため、昼間は恥ずかしい思いをしながら昼食を食べた。もっとも、全部渡すとお弁当のおかずがなくなるので、僕の中からいくつかすずかちゃんに渡した。ただ、誤算はその時、すずかちゃんが口を開けてきたことだろう。さすがにそれは回避した。

 さて、不気味だったのが、やはりアリサちゃんだ。僕の助け馬に入るように暴れてくれてもよかった―――いや、いつもなら自分だけが仲間はずれになっていれば、暴れたであろうアリサちゃんが今日は静かに観察するように僕たちを見ていたのだから。何かあったのか? と問うことはできなかったけど。

 すずかちゃんの相変わらずのテンションと静かなアリサちゃんという不思議な昼食を過ごした後、少しばかりの授業を受けて放課後。相変わらず放課後は、ジュエルシード探しだ。教室を出た後、隣のクラスのなのはちゃんと合流して、聖祥大付属小の近くの公園で恭也さん、忍さん、ノエルさん、ユーノくんと待ち合わせだ。彼らと合流した後、今日の捜索範囲を決めるのだが、今日はその必要がなかった。

 なぜなら――――ジュエルシードが発動したからだ。

 それを感じたのは、なのはちゃんとユーノくんだった。まるでタイミングを計ったように僕たちが集まった直後にジュエルシードは発動した。すぐさま、僕がもっている地図を広げて場所を確認する。その地図の殆どは赤い斜線で塗りつぶされていたが、まだ捜索していない場所となのはちゃんたちが感じた方角から大体の場所を確認した。

 ジュエルシードが暴走した場所は―――海の近くにある公園だ。

 まだ海側が捜索していないので、そこにあったジュエルシードが発動したのだろう。場所を確認した僕たちは、その場所へと急行する。僕は恭也さん、なのはちゃんはノエルさんに背負われて、風のように。忍さんやノエルさんが早いのは分かるが、それに追いつける恭也さんは本当に人間なのだろうか。

「――――広域結界発動!!」

 やがて、ジュエルシードが結界作用範囲内に入ったのか、ユーノくんが広域結界を発動させる。同時に周りの雑音がなくなる。今まで隣を歩いていた街の人も道路を走っていた車も。僕たち以外の人の気配がなくなってしまった。何度見てもこの結界という魔法は驚く。一人も人間がいなくなるのだ。街はまるでゴーストタウン。不気味というほかない。

 だが、誰もいなくなったのは、これ幸いとでも思ったのか、恭也さんたちは、歩道を走っていたところを今度は道路を駆ける。そのおかげかどうか分からないが、目的地に着いたのは結界を張った五分後だった。

 海浜公園についた僕たちが見たのはゲームの中に出てくるモンスターの人面樹のような生物(?)が暴れている姿だった。それは、周りのベンチやゴミ箱や柵を自らに生えた枝などで次々に壊していく。ユーノくんの結界が間に合っていることを願うだけだ。

「たぶん、木にジュエルシードが取り付いたんだ」

「でも、どうして怒ってるのかな?」

「なんでだろう?」

 ジュエルシードが今、暴れている人面樹に取り付いたのは間違いないだろう。だが、ジュエルシードは願いをかなえる宝石。ならば、木に意思があるかどうかは分からないが、その願いに答えるはずだ。まさか、自然破壊をしている人間に怒りを示したいとでも願ったのだろうか。

「俺たちが、あの枝をひきつける。その間に封印を頼んだぞ、なのは。忍、ノエル、いくぞ」

「わかったわ」

「了解」

 恭也さんが端的に作戦を告げ、小太刀に手をかけた状態で人面樹にせめていく。忍さんもノエルさんも恭也さんに続いた。

 どうするつもりなのだろうか? と思ってみていると、人面樹が恭也さんたちに気づいたのか、幹に浮かび上がった人面部分が恭也さんたちを見据える。やがて、恭也さんたちを認識した人面樹は、Woooooooonという叫び声を上げて鞭のようにしなる枝の標的を恭也さんたちに変更した。

 ―――危ないっ!!

 そう思ったのだが、その認識はどうやら恭也さんたちを甘く見ていた証拠だったらしい。
 鞭のようにしなる複数の木の枝を恭也さんも忍さんもノエルさんも危なげなく避ける。避ける。避ける。それは彼らが曲芸師といっても何の偽りもなさそうなほどに見事なものだった。

「見惚れてる場合じゃなかった。なのはちゃんっ!」

「うんっ!」

 僕の声だけで状況を理解してくれたのだろう。なのはちゃんは、レイジングハートを起動させる。もっとも、なのはちゃんのバリアジャケットは殆ど制服と変わらないから起動させる前と起動させた後では彼女の手に持つものが宝石か杖かの違いしかないのだが。

 杖を構えたなのはちゃんは、きっ、と人面樹を睨みつけるとたたたっ、と前に駆け出す。

 恭也さんたちは敵の陽動。なのはちゃんは封印の要。そして、僕はなにもできない。魔法はなのはちゃんほど使えないし、恭也さんたちのように動けるわけでもない。だから、せめてできることをしようと思った。

「なのはちゃんっ! 頑張って!!」

 応援ぐらいしかできない自分が少し情けないと思った。こんなことしかできないのか、と思った。だけど、なのはちゃんは、僕のそんなちょっと沈んだ感情を払拭するように振り返って笑顔で応えてくれた。

「うんっ! 私、頑張るねっ!」

 そういうとなのはちゃんは靴にピンクの羽を生やして空へと飛び立つ。僕はそれを見上げる形で目で追った。空に飛んだなのはちゃんは、空中で静止すると杖を構え、照準を恭也さんたちと遊ぶように枝を振るう人面樹へと向ける。

 恭也さんたちは、相変わらず傍から見る限りでは簡単に枝の鞭を避けていた。恭也さんたちに注意が向いている人面樹は、空に浮かんでいるなのはちゃんに気づくことはなかった。

 空に飛んだなのはちゃんが何かを呟くように口を動かした直後、レイジングハートから太いレーザのような桃色の光が吐き出され、まっすぐそれは人面樹に向かい、恭也さんたちを追いかけることに夢中になっていた人面樹はなんの抵抗もなく桃色の光線を受け入れるように命中した。

 桃色の光線が命中した人面樹は、恭也さんたちを襲う直前のようにWoooooonという断末魔を上げ、ちょうど人面樹の顔の辺りから蒼い宝石を一つ吐き出す。その宝石は導かれるように空に浮いているなのはちゃんの元へと向かい、そのままレイジングハートの宝石部分へと飲み込まれた。

 どうやら封印は上手くいったようだ。

「どうやら、うまくいったようだな」

 先ほどまで人面樹の気を惹いていた恭也さんたちが僕の元へと戻ってきた。しかし、この人たちはあれだけの運動をしておきながら汗一つかいていないのはどういうことなのだろうか。

「ジュエルシードの暴走体って初めて見たけど毎回こんな感じなの?」

「そうですね。怪物や巨大犬だったこともありますけど、流れは大体こんな感じです」

 忍さんからしてみれば、もしかしたらあっけないと感じたのかもしれない。その表情は物足りないと語っていた。どうなのだろうか。最初の怪物や大型犬と比べるのはどうかと思う。最初の怪物は確かに大変だったが、それは最初で魔法があまり使えなかったという理由がある。今は、なのはちゃんの魔法も強力になったし、恭也さんたちのアシストもある。正直、恭也さんたちが近距離で相手をしながら遠距離からなのはちゃんの狙撃というのは、一番消耗が少ない攻略パターンなのかもしれない。

「ショウくん! やったよっ!」

「うん、見てたよ。今回も成功だったね」

 空から降りてきたなのはちゃんがずいぶんと嬉しそうだったので、僕は思わずハイタッチをするつもりで片手を挙げていた。だが、なのはちゃんにはその意味が分からなかったのか、きょとんとして何の反応も返してくれなかった。

 これでは僕が片手を上げたただのバカになってしまう。

 思わず冷や汗が背中を流れる。まるで、ギャグをすべってしまった芸人というのはきっとこんな感じなのだろう、と僕は思わず思ってしまったぐらいだ。

 その様子が可笑しかったのだろう。忍さんがくすっ、と笑うと僕に助け舟を出してくれた。

「なのはちゃん、こうするのよ」

 忍さんがそういった直後、僕の挙げた片手に勢いよく彼女の右手を当ててパチーンと気持ちのいい音がする。その代わり、僕の手はじんじんと痛かったけど。それを見たなのはちゃんも合点がいったのか、うん、と頷くと改めて手を挙げてパチンと僕の手をなのはちゃんの左手で叩いた。

 今までこんなことをやったことがなかった僕はようやく成功したハイタッチに思わずあはは、と照れ隠しの意味をこめて笑ってしまう。それにつられたのか、なのはちゃんもにゃはは、と笑っていた。それをまるで微笑ましいものを見るかのような表情で見てくる恭也さんたちが少し痛かったが。

「それじゃ、結界を解きますね」

 ジュエルシードも封印したことで事態は収まったとみていいだろう。だからだろう、ユーノくんは広域結界を解いた。ユーノくんが結界を解いた途端、周りの空気が変わる。海風が公園の木を揺らし、海からの波の音が聞こえていた。幸いにして、ジュエルシードが発動したのは、学校が終わった直後だったので、まだ完全に日が沈むということはなく、三分の一ほどを水平線の向こう側に沈めているだけだった。

「それじゃ、今日はもう帰りましょうか?」

「そうですね」

 忍さんの提案に僕は頷いた。

 本当なら日が沈むまで捜索は続けられる。だが、今日はもう一つとはいえ、ジュエルシードを封印した。僕はまったく何もやっていないといっても過言ではないが、恭也さんや忍さん、ノエルさんは動いただろうし、なのはちゃんも封印魔法を使ったので疲れているだろうという判断からだろう。

 僕たちの空気は完全に帰宅ムードになっていたのだが、そこに横槍が入ってきた。

「申し訳ありません。少しお時間よろしいでしょうか?」

 不意に僕たちに向けてかけられた声。全員が反応して声がした方向を向いてみると、そこには髪から瞳まで黒く、さらに念を入れたように黒い外套のような服に包まれた僕と同じぐらいの身長の男の子が立っていた。そして、もう一つ目を引くのは彼が右手に持っている杖のようなもの。形は異なるがなのはちゃんが持っているレイジングハートと同じような感じがする。

「あなたは誰?」

 僕たちと彼の間に走った緊張のようなものを破る口火を切ったのは忍さんだ。その後ろに控える恭也さんとノエルさんもこっそりと彼が何をしてもいいようにお互いに得物に手をかけていた。

 だが、彼はそんな二人に気づいたのか、気づいていないのか声をかけられたときから変わらない仏頂面を崩すことなく淡々と答えるのだった。

「僕は、時空管理局執務管、クロノ・ハラオウン。あなた方が持っているジュエルシードについて事情をお聞かせ願いたい」

 彼が名乗った時空管理局という名前に僕は驚いた。

 考えてみれば、そろそろユーノくんがジュエルシードを見つけて一ヶ月近く経とうとしている。最初の予想が三週間程度ということだったから、時期的には間違いなくあっているだろう。だから、僕は、ああ、ようやく来てくれた、という思いで一杯だった。

 だが、僕の感情とは裏腹に忍さんや恭也さんたちは気を抜いていなかった。むしろ、鋭くなっているといっても過言ではない。一体、どうしたのだろうか?

「あなたが時空管理局の人?」

「はい」

 この通り、といわんばかりにクロノ・ハラオウンと名乗った彼は、手の平を向けると名刺のようなものを何もない空間に映し出した。その名刺には、時空管理局執務管、クロノ・ハラオウンと書かれており、その技術は、彼が魔法世界の出身者であることを明確に示していた。

「ユーノくん、彼は本物なの?」

 その問いで、どうしてまだ忍さんたちが緊張を解いていないか分かった。忍さんたちは、アリシアちゃんのように僕たちと時空管理局以外の第三者が語っていないか疑っているのだ。確かにアリシアちゃんの例から鑑みてもその確認は、必要なのかもしれない。

「少し確認してみますね。すいません、僕が通報した方の名前を教えていただけますか?」

 ユーノくんの問いにクロノさんは、少しだけ目を瞑ったかと思うと、すぐにまた目を開いて、一人の名前を口にした。目を閉じたのは、おそらく念話のためだろう。ということは、彼は一人ではないのだろうか? 時空管理局が警察のような役割をしているなら、確かに一人とは到底考えられない。

「ええ、間違いありません。彼は時空管理局の執務管だと思います」

 どうやら、クロノさんが答えた名前は間違いないらしい。それでようやく彼が本当に時空管理局の人間だと分かったのか、忍さんたちも緊張を解いたようだった。

「さて、分かってもらったようなので、案内しましょう。僕たちが使う次元航行艦アースラへ」



  ◇  ◇  ◇



 ―――圧巻。

 彼が言う時限航行艦アースラとやらに転移魔法で案内された先の光景を表すにはその一言だけで十分だった。僕たちの文化とは異なる雰囲気。周りの雰囲気は艦というだけあって室内というよりもどこか船のような感じではあったものの地球にある船独特な揺れやエンジン音はなく、停泊している船に乗っているという感じが近いだろうか。いや、船とあらかじめ説明されていなければ、どこかの建物と思い違いしてもおかしくないほど、次元航行艦アースラとやらは異様で圧巻だった。

 もしも、僕が普通の子どものような感性を持っていたとしたら、秘密基地のような雰囲気に喜んだかもしれないが、生憎ながら精神年齢だけなら二十歳なだけに異様な雰囲気と圧倒的な感覚で、ぽかんと呆けるしかなかった。

「さあ、艦長が待っていますので案内します」

 僕たちを先導するようにクロノさんは歩き出した。だが、少し歩き出したところで何かを思い出したように振り返る。

「ああ、そうだ。そこの君、元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」

「そうですね。ずっとこの姿だったから忘れそうでしたけど、ここなら……」

 そういうとユーノくんは僕の肩から飛び降り、いつも結界やチェーンバインドを使うときの魔方陣を自分の足元に展開させ、彼の身体が光り、その光りが収まる頃には、フェレットだったユーノくんの姿はなく、代わりに僕と同じぐらいのハニーブロンドの髪を持ち、どこかの民族衣装のような衣服に包まれた少年が立っていた。

「……え? ユーノくん変身できたんだ」

「そんなわけないだろうっ! こっちが元の姿っ!!」

 ああ、なるほど、といわれて初めて納得した。僕は彼がフェレットの一族と思っていたが、どうやらそれは間違いで人間の形態から魔法でフェレットの姿に変身していたらしい。確かにフェレット姿で発掘なんておかしな発想だ。よくよく考えれば、アルフさんだって人間状態から狼に変身するんだからおかしい話ではない。もっとも、彼女の場合は、狼が本来の姿らしいが。

「フェレット姿も可愛いけど、こっちも中々美少年じゃない」

 まるでからかうような忍さんの言葉にユーノくんは顔を真っ赤にしていた。その反応がさらに忍さんを喜ばせるとは思わずに。

「あ~、照れてる。初心ね~」

 ユーノくんが忍さんの言葉に真っ赤になって俯いたのをまるで獲物を見つけた肉食獣のように目を光らせた忍さんはさらに追撃を仕掛ける。それにさらにこれ以上、赤くならないんじゃないかというほどに真っ赤になるユーノくん。このままずっとからかわれるのかな? と思ったのだが、クロノさんのこほん、というわざとらしい咳でみんなの注目がクロノさんに移った。

「すいません。あなた方の間で何かしら行き違いがあったようですが、艦長が待っているので先に案内してもいいですか?」

 クロノさんの言葉に正気に戻った僕たちは、これまでの行いを反省し―――特に忍さんが恭也さんに怒られていた―――今度こそクロノさんの案内に従って時空航行艦アースラの中を歩いていく。五分ほど案内されてたどり着いたのは、案内される途中、いくつも並んでいた普通の扉の一つだった。

「さあ、奥に艦長がいます」

 そういって開かれた先の光景は、これまでから想像したような背後に大きなスクリーンが並び、大きな机に肘を突いた中年の男性が座っているような光景ではなく、なぜか日本特有の獅子嚇しの音が響き、お茶会でも開けそうな和の雰囲気だった。しかも、ご丁寧に桜吹雪まで舞っている。

「……ここって船の中ですよね?」

 今までの雰囲気も異様だったが、ここの雰囲気は異質だった。あまりに他の場所とは雰囲気が違いすぎる。もしも、これが僕たちを出迎えるために用意してくれたとなれば、恐縮するしかないのだが。

「その通りです。この部屋は私の趣味なの」

 僕の問いの答えは部屋の中にいた唯一の人物から返ってきた。

「ようこそ、アースラへ。艦長のリンディ・ハラオウンです」

 ライトグリーンの髪をポニーテイルにし、時空管理局の制服のようなものに身を包んだ女性は僕たちを出迎えるように微笑むのだった。



  ◇  ◇  ◇



「そう、大変だったわね」

 まるで、その苦労をいたわるように重々しい雰囲気で呟くリンディさん。

 部屋の中に用意された畳と座布団の上に座った僕たちは、各々の自己紹介の後、これまでの事情を彼らに話した。ユーノくんがジュエルシードの暴走体に襲われ、僕たちに助けを求めたところから、今日の人面樹の戦闘までだ。語り手は主にユーノくんだ。そもそも始まりはユーノくんで時空管理局を呼んだのはユーノくんなのだから、下手に僕たちが出しゃばるよりもいいと思ったからだ。

 彼らは何の疑問も挟まず黙々とユーノくんの話を聞いていた。そして、聞き終わっての感想は、先ほどのようなものだ。そこにはとりあえずの相槌ではなく、確かな同情のようなものが読み取れた。ユーノくんの話ではジュエルシード等を保管するのが彼らの仕事らしいから似たような仕事もしたことがあるのかもしれない。

 さて、話はひと段落だが、ここで一つ僕は聞いておかなければならないことがある。

「少しいいですか?」

「はい、どうぞ」

「アリシアちゃんの件はどうなるんでしょうか?」

 そういえば、僕はアリシアちゃんの件の処遇を聞いていなかった。彼らが警察のような役割を担っているというのなら、アリシアちゃんには何か処罰が下るのだろうか。そもそも、ユーノくんによると管理世界の人間が管理外世界に勝手に来るのは違法らしいし。

 だが、僕の問いにリンディさんは難しい顔をした。

「そうね、少し事情を聞いてみないと分からないけど……お咎めなしね。彼女に罪があるとすれば、管理外世界の違法渡航だけど、軽く事情を聞く限りでは親に無理矢理という形でしょうし、ジュエルシードを狙っているプレシア・テスタロッサの情報がもらえれば、司法取引で無罪になるでしょうね」

「それじゃ、このままこの世界に住むことは……?」

「手続きをすれば可能だわ。ただ、この事件の参考人として少し管理世界に来てもらう必要があるかもしれないけど」

 ああ、そのとき、症状について調べてみるのもいいかもしれないわね、と付け加えた。

 それを聞いて僕は安堵した。彼女と暮らしたのはたった三日程度だが、彼女はすでに僕たちの家族だ。お兄ちゃんと呼んでくれるアリシアちゃんは確かに僕の妹である。この場で別れ別れになるのはかなり寂しい。だから、艦長と言えばかなり上官だと予想できる。そんなリンディさんが太鼓判を押してくれたのだからおそらく大丈夫だろう。

 確かに魔法関係で医療が進んでいるならアリシアちゃんも見てもらうべきなのかもしれない。ただ、魔法で心の問題まで何とかなればいいのだが。

「しかし、ごめんなさいね。もう少し早く来られたらよかったんだけど……」

「言い訳するわけじゃないが、こちらも混乱していたんだ。ジュエルシードを運ぶ輸送艦の事故。次元犯罪者による事件の線でも捜査はしたんだが、事故という結論になった。しかも、ジュエルシードは運ぶ前は封印処理がされていて、落ちた先は魔法技術のない管理外世界だ。これが管理世界ならもうちょっと迅速に行動できたんだが、結果的に危険度が低くなってしまい、初動が遅れたんだ。さらに、報告では君が民間協力者として先行したことになっていたしね。まさか、封印が解けていたなんて」

 おそらく、ジュエルシードの封印が解けて暴走していることは、彼らにとっても予想外だったのだろう。最初は、ユーノくんも封印された石を拾うだけだと思っていたといっていたから。しかも、それを回収するためにユーノくんが先行してたら、後からでもいいか、となって遅れるのも仕方ないのかもしれない。

「だけど、私たちが来たからにはもう大丈夫よ。残りのジュエルシードもこのアースラがあれば、すぐ見つかるでしょうし。今後、このジュエルシードの回収については時空管理局が全権を持ちます」

 それは、僕にとっては願ったり叶ったりだ。そもそも、僕たちが協力したのは、彼らが来るまでの中継ぎということであり、彼が来た以上、僕たちはお役ごめんであることは間違いない。なのはちゃんも危険な目にあうことはないし、ジュエルシードの件が片付けば、少なくとも余裕ができてアリシアちゃんやすずかちゃんのことももう少し構ってあげられる。

 もっとも、さすがにこれだけの出来事だ。今までのことを全部忘れてというのは無理そうだが。

 恭也さんと忍さんの表情を伺ってみても、特に疑問を持っていないようだった。

「それでは、細かいところは明日説明するとして、明後日から今までのことは忘れて元の生活に戻ってください」

 思えば一ヶ月よりも少し短い時間だったが、やけに濃密な時間を過ごしたような気がする。もっとも、魔法というありえないものに触れて、実際にそれを基本とはいえ、使えるようになったのだから、その一ヶ月が今までと同じように感じるはずもなく、当然、薄いはずもなかった。

 明後日からはまた普通の小学生か、と思うと少し侘しい気持ちもあるが、彼らが来た以上、これ以降は彼らの仕事である。僕たちがこれ以上関わるのはお門違いというものだろう。だから、「分かりました」と頷きかけたところで、それよりも先に僕の隣から聞こえた声が、僕の言葉を遮った。

「そんなの嫌だよっ!!」

 隣から聞こえたのは、なのはちゃんの切羽詰ったような声。

「なのはちゃん?」

 ちゃぶ台をひっくり返すように今までの話の流れのすべてをなのはちゃんは否定した。

 この状況が僕には分からなかった。彼らの登場はなのはちゃんにとっても待ち望んだものであるはずだ。もう、ジュエルシードの暴走体と戦うことなく、普通の小学生に戻れるはずなのだから。だから、僕にはなのはちゃんが彼女たちを否定する意味が分からなかった。

 そうやって僕が呆けている間にも話が進んでいく。

 なのはちゃんの否定するような言葉にむっとしたのか、クロノさんは、表情を固くして口を開いた。

「次元干渉に関わる事件だ。民間人に介入できるレベルの話じゃない」

 聞いた話によるとジュエルシードは時空干渉型であり、時空震という恐ろしい現象を起こす引き金になるんだそうだ。特に複数集まって正確な手順を踏めば、複数の世界が壊れてしまうほどの災害。僕には規模が大きすぎて、その規模を想像することはできなかったが。

 だが、その言葉で怯むなのはちゃんではなかった。

「……私より弱いあなたが解決できるとは思えない」

「なのはちゃんっ!!」

 さすがにその言葉には僕はすぐに反応した。僕たちとクロノさんは初対面に近い間柄だ。なのはちゃんがいくら魔法が強いからといって、その言葉はさすがに失礼すぎると思った。

 まるで大人が子どもを叱るように僕は、なのはちゃんを見据える。僕に睨まれたような形になったなのはちゃんは、なぜか酷く怯えていた。それはあまりに僕が想像した表情とは違っていた。普通、子どもが何かしら悪いことをして大人から睨まれれば、自分のやっていることが正しいと思っている以上、不満げな表情になるはずだ。だが、なのはちゃんはまるで僕に怯えるような表情をしていた。

「すいません、クロノさん、妹が失礼なことを」

 僕がなのはちゃんを見据えている間に恭也さんが先にクロノさんに頭を下げていた。恭也さんならなのはちゃんの肉親である以上、頭を下げる理由があるだろう。少なくとも僕が頭を下げるよりも妥当だ。

「いえ、気にしていませんよ」

 恭也さんの謝罪にクロノさんが笑顔で大人の対応をしてくれて助かった。これで、もしも、根に持つ人だったら困ったことになっていただろうから。

 もっとも、身長は殆ど変わらないから、おそらく同年代なのだろう。しかし、そう考えると管理世界、魔法世界というのは大人になる年齢がえらく早いのだな、と思う。ユーノくんにしても僕と同じぐらいの年齢で発掘の責任者だし、クロノさんはこの船の偉い人らしいし、まだ二十代前半ぐらいにしか見えないリンディさんも相当若いように見受けられる。

 そんなことを考えていたからだろうか、僕は不意にリンディさんが口を開くのに気づかなかった。クロノさんが答えた後、何かを考えるように人差し指を顎に当てていたリンディさんは不意に口を開くととんでもないことを提案してきた。

「……そうね、なのはさん。もしも、クロノの強さに疑問や不満があるなら、模擬戦でもやってみる?」



  ◇  ◇  ◇



 目の前のスクリーンの中では桃色の弾幕が三次元の軌道を描きながら恐ろしい勢いで走っている。状況を表すなら桃色の弾幕が三、景観が七ぐらいだろうか。その弾幕を空中でまるで舞うように避ける黒いバリアジャケットに身を包んだクロノさん。その様子は弾幕の中を余裕で避けながらゲームをクリアしていくシューティングゲームのゲーマーのようにも思える。

 実際、これまでの戦いの中でクロノさんはなのはちゃんからの攻撃を一度も受けていない。何度か当たったように見えたこともあるが、それもきっちりシールドを張って防御していた。

 やがて、なのはちゃんはクロノさんにまったく当たらないのに痺れを切らしたのか、自分自身にいくつもの弾を纏わせてクロノさんに向けて突貫する。一直線かと思われたその軌道はとても歪であり、フェイントのつもりなのだろう。纏ったままの合計八発の弾は発射されることなく、なのはちゃんを守る衛星のようになのはちゃんの傍らに存在する。それが発射されたのは、クロノさんとの距離がかなり縮まってからだった。最初に発射されたのは、四発。やや時間をおいて残り八発。

 クロノさんは、それをまるで規定路線のように易々と最初の四発を避けると残りの四発は、鞭のようなもので一閃した。その間になのはちゃんはクロノさんに距離を詰め、レイジングハートを振りかぶったかと思うと直後、彼女はスクリーンの中から一瞬姿を消した。次に現れたのはクロノさんの背後。振りかぶったままのレイジングハートがそのまま振り下ろされ、クロノさんに直撃するかっ!? と思ったが、そうはならなかった。レイジングハートは振り下ろされることはなく、なのはちゃんは、振りかぶったままの体勢で動きを止めてしまった。そのなのはちゃんの両手両足には彼女の動きを拘束するような蒼い光の輪。この模擬戦の中で何度も見たバインドだ。

 そして、動けないなのはちゃんの喉元に突きつけられるクロノさんのデバイス―――S2U。

『はい、模擬戦終了。勝者、クロノ・ハラオウン』

 僕たちが見ている管制塔のようなところに響くオペレータのエイミィさんの声。この声を聞くのも七回目だった。そう、別室で行われているなのはちゃんとクロノさんの模擬戦も七回目なのだ。本当なら一回で終わるべきなのだろうが、なぜかなのはちゃんがまるで遊びをせがむ子どものように『後一回』と繰り返すため、クロノさんがそれに付き合うような形で延々と七回も続いてしまった。

 本当にクロノさんには頭が上がらない。恭也さんや僕も何度か止めようといったのだが、なのはちゃんは聞かない。

 ―――「次は勝てるから」

 なのはちゃんはそう繰り返す。確かに模擬戦の時間も長くなっているし、恐ろしいことになのはちゃんがこの短時間で段々と強くなっているのは間違いないのだろう。だが、それでもクロノさんは遠く及ばない。余裕は一切崩さないし、必死という風にも見えない。レベル百の魔王に立ち向かうのにレベル二十から二十五に強くなっても負けという結論が変わらないと同じだ。

 おそらく、なのはちゃんは次も「次こそ」というだろう。だが、それもそろそろ限界だ。スクリーンの向こう側のなのはちゃんはまるで親の敵を見るような目でクロノさんを睨みながら、肩で息をしている。気力はあるが、体力と魔力が追いついていないのだ。六回目が終わった時点で殆どそれは分かっていた。だから、恭也さんと相談して七回目で終わらせると話していたのだ。

「なのはちゃん、もうクロノさんが強いことは分かったよね? ねえ、もうクロノさんに任せよう」

『……なんで? なんで、そんなこと言うの?』

 僕の言葉に返ってきたのはなぜか疑問だった。なぜ、そんなことを言うのか。それは、ジュエルシードのようなロストロギアを集めるのが彼らの仕事で、僕たちの仕事ではないからだ。それに僕たちは子どもで、できるなら危険なことには首を突っ込むべきではない。だからこそ、僕は彼らに任せるべきだと思うのだ。

 だが、僕がその答えを返すことはできなかった。なぜなら、空に浮かんでいたなのはちゃんが不意に糸が切れたマリオネットのように身体から力を抜き、地面に向かって落ち始めたからだ。

「なのはっ!!」「なのはちゃん!?」

 僕と恭也さんはなのはちゃんを心配して同時に叫ぶ。だが、その心配も無用だったようだ。なのはちゃんの身体は地面に叩きつけられる前にクロノさんによってお姫様だっこのような形で受け止められたからだ。

 ふぅ、と安堵の息を吐く僕と恭也さん。

「クロノくん。なのはがまた迷惑をかけたようで申し訳ない」

『いえ、こちらも久しぶりに歯ごたえのある訓練のようで助かりました。長期間の航行は勘が鈍りますからね。あと、どうやら彼女は、体力と魔力が尽きただけのようです。少し眠ればすぐに回復するでしょう』

 七回も全力で模擬戦をすれば、いくら多いといわれるなのはちゃんの魔力もなくなるのだろうか。そして、そのなのはちゃんを相手にして少し息を切らせるだけのクロノさんはさすがだ。時空管理局の執務管がどれだけすごいのか分からないが、相当強いのはなんとなく理解できた。

「リンディさんも申し訳ない」

「いえ、クロノもこの艦にいる間は、訓練できないと嘆いていたからいい機会でしょう」

 艦長席のようなところに座ってなのはちゃんとクロノさんの模擬戦を見ていたリンディさんが微笑みながら言う。

「とりあえず、今日のところはなのはさんを連れて帰ったほうがいいでしょう。また、お話は続きは明日しましょう」

 なのはちゃんのことで迷惑をかけてしまった僕たちは、リンディさんの言葉に否ということはできず、はい、と従うしかなかった。



  ◇  ◇  ◇



 すっかり日が落ちてしまい、空には月と星が輝くような時間帯。いつかのように恭也さんがなのはちゃんを背負い、僕たちは道を歩いていた。忍さんとノエルさんは先にタクシーで帰った。乗せてもらえる予定だったが、人数が増え、二台になるのは忍びないと思い、僕たちは歩いて帰ることにした。また、ユーノくんはこの場にはいない。今日はアースラでお世話になるようだった。

 僕と恭也さんは無言で道を歩く。だけど、考えていることは大体分かる。なのはちゃんのことだろう。

 僕にはどうしてなのはちゃんがクロノさんと模擬戦をしてまでジュエルシードに固執したのか分からない。だけど、僕の中でジュエルシードの件はもはや時空管理局の彼らに任せるべきだという結論が出ている。餅は餅屋であるべきで、彼らがこの場に来た以上、僕たちがこの件に関わるのは終わりで、後は事後処理のときにでも結果を聞かせてもらえれば十分だと思っている。

 そう、なのはちゃんの理由がなんであれ、僕は彼らに任せるべきだと思うのだ。だが、そう考える一方で、なのはちゃんのことが気になるのも確かだ。どうして、あれだけジュエルシードに固執するのか。前なら子どもの癇癪のようなものだ、と割り切っていただろう。前世ともいうべき僕が子どもの頃はどうだったかはもうはっきりとは覚えていないが、子どもは間違っていようが、自分の道を主張するものだから。だが、今はそういう風には割り切れない。思い出すのは先生の言葉だ。

 ―――正論がいつだって正しいとは限らないということだ。

 ああ、僕が言うことは間違いなく正論なのだろう。ロストロギアというものは、時空管理局に任せるべきなのだから。だが、その正論はなのはちゃんにとっては、正しいものではなかった。正しいものであれば、クロノさんと模擬戦などしなくてよかったのだから。だから、その疑問を解決するために僕は唯一事情を知っていそうな人に尋ねることにした。

「恭也さん」

「なんだい?」

「どうして、なのはちゃんはあそこまで固執したんだと思いますか?」

 恭也さんは僕の問いに無言。しばらく考えるように夜空を見上げていた。だが、その時間は少しで、やがて何かを決意したような顔つきになり僕を真正面から見てきた。何かを試すような目。だから、僕も視線を逸らさず応えた。

「ショウくん、これは君を信頼して話すことだ。なのはには俺が話したことを言わないでほしい」

「はい」

 真剣な声に僕も真剣に応えた。なにがあるのか僕には分からない。だが、それはきっとなのはちゃんにとっては大変なことなのだろう。

「なのはにとって、君は初めての友達なんだ。だから、今日までの時間がとても楽しかったんだと思う」

 ―――え?

 僕には最初、恭也さんが言っている意味が分からなかった。

 僕がなのはちゃんにとって最初の友達? それは僕にとってありえない答えだからだ。

「そ、それはおかしいですよ。だって、なのはちゃんは二年生のとき以来ちゃんと学校に来てるじゃないですかっ!?」

 あのとき、友達がいないのことが原因で、不登校になったと判断し、伝えたのは僕だ。その次の日にはなのはちゃんはちゃんと学校に来て、それからずっと不登校にならず学校に来ている。だから、僕はあの時以来、なのはちゃんにも友達ができたものだと思っていた。僕が把握しているのは自分のクラス内ぐらいで、さすがに隣のクラスまでは余裕がなかったのでちゃんと確認はしていないが。

「そうだな。なのはがきちんと学校に行った理由は俺にもわからない。もしかしたら、なのはも学校で友達を作ろうとしていたのかもしれない」

「そんな……」

 僕は恭也さんからもたらされた事実に愕然とした。もしかして、なのはちゃんは、一人であの教室で友達を作ろうと頑張っていたのだろうか。いくら余裕がないからといっても僕は、その後なのはちゃんのことを調べておくべきだっただろうか。あるいは、幼稚園時代からまだ縁のある第二学級の子にもう少し強く言っておくべきだっただろうか。

 だが、後悔しても過ぎ去ったときは戻すことはできない。

 嘘だと思いたいが、恭也さんが言うことを鑑みれば、確かになのはちゃんが固執するのも分かる。彼女が固執していたのはジュエルシードじゃなくて、僕と遊んでいる時間なのだろう。だから、時空管理局にその時間を奪われると思ったから、あんな手段に出てしまった。

「……恭也さん、僕はどうするべきでしょうか?」

 分からなかった。この事件はもう時空管理局に任せるべきだと思う。だけど、なのはちゃんのことを聞けば、このまま引き継いでいいのか? と思う。それとも時空管理局に引き継いで、なのはちゃんのことを今まで以上に気に掛けるべきなのだろうか。僕には結論が出せなかった。

 だが、僕が真剣に悩んでいるのを恭也さんは今までの表情を崩して微笑みながら言う。

「……ショウくんはショウくんのままでいいさ。ショウくんと友達になってのなのはは楽しそうだった。少なくとも一ヶ月、後ろから見ていた俺はそう思った。だから、ショウくんはショウくんが思うがままでいいさ」

 そこで少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続ける。

「まあ、少しは今まで以上になのはのことも気に掛けてくれたら兄としては嬉しいがな」

 恭也さんの笑みを見て、ああ、やはり兄というのは偉大なのだな、と思う僕だった。



 
 

 
後書き

 先生のアシストと恭也のファインプレー。まさか、ケンジくんの事件がここで絡むとは誰も予想できなかったはず。
 なのはの救済の方程式が出来上がってきました。
 裏は、アリサ、アルフ、クロノorリンディ、なのはでお送りします。 
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