魔王の友を持つ魔王
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§13 東西奔走イタリア紀行
「黎斗、起きろー。今日はとても清々しい天気だ。まるで俺たちを祝福しているかのような……!!」
朝の四時。反町の陽気な声が頭に響く。個人的にはもう少し眠っていたい。が、そんなことを言えばこんなテンションの彼らは自分たちだけで外出してしまうだろう。そうなってしまったが最期、迷子になった三人を必死に探す未来しか見えない。迷子ならまだいい。ナンパで人さまに迷惑かけたり、最悪マフィアンな人たちに接触したらもうどうしようもない。やむなく黎斗はベッドから抜け出した。
昨晩、嫌なカンがして結末が気になった彼はカイムの権能を用いて情報収集をした。護堂が敗北したことと事件の真相を把握した彼は、ため息をついたものだ。まとめるとペルセウスが現れ、護堂が倒れ、アテナ&ペルセウスで一時停戦したらしい。死んだり生き返ったりハーレム作ったり神と戦ったり、護堂はほんとうに忙しいやつだ。アテナにまでフラグを建てたのだろうか。
「結局解決してなかったのね。でもなんでペルセウスに護堂の力が無効化されるんだ? ペルセウスの権能って封印系能力ではないよな」
他の可能性はギリシアとペルシャの神話に何か繋がりがあること。知識の無い黎斗にはそれを確かめる術がない。 唯一の力を無効化するペルセウスとの戦いはいくらなんでも相性が悪すぎるだろう。それでも勝機を見つけ出すのが神殺し、なのだけれど。
「……これは僕が代打ででるべき? あの光る剣まで無効化されたら勝機皆無だろ。流石にスルーして護堂を見殺しにするわけにゃいかんよなぁ。ザルパートレだかなんだか知らんけど元凶に見つからないよううまくやらなきゃ。っかザルさん働けよ。欧州のカンピオーネ達働けよ。全員ニートかっつうの」
光る剣以上の切札を護堂は持っているのだろうか? 持っているなら取り越し苦労で済むのだが。
「サルバトーレ卿、です。あとそんなに見つかるのイヤでしたら最終手段で口封じもありますよ? 相手がどんな存在だろうがテュール神の権能、破滅の呪鎖で絡め取れば終わりです。これは相手が一人でなかったら逆にマスターが終わっちゃいますけど。ペルセウスと卿で苦戦の末両者相討ちって展開もうまく偽装すれば出来ますよ? もっとも、そんな外道案実行しようとしたら噛み付きますけど。欧州ったってどんくらい広いと思ってんですか。マスターここを横断したんでしょ? この広さなら一日二日対応できなくてもしょうがありませんって」
後半はともかく、前半で物騒な案を出してきたエルに再考を願ってみる。というか、噛み付くくらいならそんな案を提案しなくてよいのではないだろうか。
「もうちょい平和的なさ。話し合いとかありません……? 最後の方は納得せざるを得ないけどさ。まぁ飛行機あるじゃんとか言い出したらキリがないからやめておくよ」
「自分が戦いたいがために都市に大損害を与える人間と話し合いが通じるとは思えませんけど」
「うぐっ」
行動を考えるとサルバトーレとかいう男はおそらく、黎斗を神殺しと察知すれば勝負を挑んでくる。そうなれば自衛のために戦うわけだが噂になるのは避けられない。一、二回死んで満足してくれるなら負けてもよいのだけれど。
「んなコトしたらカンピオーネってバレるよねぇ……」
現在最古のカンピオーネとしてゴタゴタにかかわってしまうのは必至。そんな結末を遠慮したい黎斗のとる手段は二つ。
隠しきるか、知られたら倒すか。つまるところ、それしかないのだ。
「……ペルセウスは潰す。サルバドーレからは逃亡。見つかったら黙ってくれるよう説得。最悪倒すことも視野に入れる」
仮案を出してみる。とにかく護堂が挑む前に決着をつけねばならない。
「三人には悪いけど今日僕は別行ど……」
「マスター、それは彼らの遭難フラグ、しいては死亡フラグですよ」
これまでの惨状を鑑みるに、彼らの末路がありありと見えてくる。下手したら”本当に”死亡しかねない。まったく、現地での会話が出来ないのにくるなんて!
「エル、至急幽世行くよ。姫さんとスサノオに協力をしてもらおう。人化の術式を組み上げる」
「ママママスター、一体何を!?」
突然飛んできた思わぬ言葉に慌てふためく様は見ていてとても面白い。が、ここで面白がっている時間はない。広大なイタリアを身一つで探すのだ。カイムの権能で情報を集めようとしてもペルセウスと同じような姿恰好をしている人間だって大勢いるだろう。こういう探し人の場合この力はあまりアテにならないものだ。だから、探索に割ける時間は多いほど良い。今から探せば、夜までには見つけられるだろう。
「幽世で二人の協力の下、エルを女性に変化させる。あとは僕の海外の従妹ってことで三人の案内を」
「イヤですよあんな変態達の!?」
即答。即答である。彼らの自業自得とはいえ、流石に哀れになる黎斗。一応友達として弁護してやるのが仁義だろう。
「たまにはそうかもしれないけどさ、三人ともいい奴だし、ね?」
「……いい方々かどうかはこの際置いておきましょう。マスター、あの人たちは本当に”たまに”変態なだけですか?」
思い返してみる。今まで過ごしてきた三人の言動を。変な影響を受けやすく、一度染まってしまうと凄まじい暴走を見せつける高木。巫女萌えを公共の場で宣言してしまう名波。そして、二次元に百人を超える妹を持つと言い、常日頃から彼女たちに愛を注ぐ反町。
「…………」
思わずエルから顔を背ける。変えることの出来ない現実があるのなら、それを受け入れて未来へ進むしかないのだから。
「マスタぁー!!」
「高木ー、三人で悪いけどロビー先に行ってて。ちょっとトイレ」
エルの悲鳴を外部に漏れないよう器用に遮断しつつトイレの個室に入っていく。ホテルのトイレから幽世へ転移するのは僕ぐらいだろうな、などととりとめもないことを考えながら黎斗はエルを連れて転移の術式を組み上げた。
「おまたせー」
「なんで部屋のトイレに入った黎斗が外から現れ……!?」
ホテルの玄関から現れた黎斗を見るなり絶句する反町。名波と高木も口をポカンと開けたまま身じろぎ一つしない。黎斗の隣には、紫髪の美少女が一人。護堂の周囲の女性陣に勝るとも劣らない容姿は周囲の視線を釘付けにする。見かけは十八、九だろうか。白いながらも決して病的ではない肌と華奢だが恐ろしくスタイルのよい肢体。艶やかな長髪は腰のあたりまで伸ばされており、そよ風が吹くと流れるように髪先が舞う。薄手のノースリーブとスカートはどちらも黒で地味そうだが、不思議と彼女に似合っているように見えた。
「えっと、エルっていいます。今日はよろしくお願いしますね?」
可憐な声音による挨拶と向日葵のような笑顔を向けてくる彼女に、そろって三人の動きが停止する。
「「「」」」
「おーい、生きてるー? ……まぁいいや。この子は僕の親戚なんだ。折角だし案内を頼もうと思って呼んでみたんだ」
(マスター!! 私もこの周囲の地理詳しいわけじゃありませんよ!!)
念話で、エルの抗議が脳裏に響いてくる。
幽世に撤退した黎斗は須佐之男達の協力を借りて、エルを人に化けさせることに成功した。万が一の為同じ国なら黎斗との念話を可能にしてあるので正直、単純なスペックは普段より高い。魔力消去の結界は時間物資共に足りず簡易術式しか組めなかったが大騎士クラスの相手と至近距離での接触をしなければ問題ない。悪質な不良程度なら一人でも無事に逃げ切れるだろう。半ば即興に近いものの神&神祖&神殺しが共同で術を掛けたのだから当然と言えば当然なのだが。簡素な護身用の呪符も持たせているし事件に巻き込まれても大事には至らないハズだ。
容姿は人化の準備を二人にしてもらっている間に単身様々な店を巡り買ってきた作品のヒロイン達を元に設定。ギャルゲーを山のように買った時の周囲の視線の痛いこと痛いこと。女性の店員の汚物を見るような視線に内心涙した。エロゲーを全品買い揃えれば当然かもしれないけれど。もうこんな真似はこりぎりだ。僅か十分足らずで幽世へ大量の資料を持ち込んできた黎斗。彼の並々ならぬ熱意に当初は呆れていた須佐之男命だったが、最終的に二人で容姿について議論を重ねるまでになってしまい二人の様子を女性陣は苦笑い。コスプレにならない程度に服を含めた装飾品も参考にし、エル人間ver.の完成と相成ったのである。ちなみに幽世の黎斗の部屋その二は今回資料として用いたラノベ、マンガ、ギャルゲーの類(全部未開封)で埋め尽くされてしまったので、他人を部屋に招くのは恐ろしい部屋に変貌している。
「今日はエルに案内を…って聞いてねぇ……」
硬直したのもほんの数秒、黎斗の話を聞くことなくエルに群がる野郎三人。少し離れたここからでもエルの顔が引きつっているのがよくわかる。出来ることなら助けてやりたいがここは彼女に頑張ってもらってその間にペルセウスを探そう。
「今日はエルに任せて僕はちょっとホテルで寝てるよ。あとで目的地に行くからさ、現地合流にしましょ」
そう言って自室に戻ろうとする黎斗の肩を朗らかな声と共に高木が叩く。
「なーに辛気臭いこと言ってんだよ。具合悪いわけじゃないんだろ? みんなで楽しむべきだ!」
それはもう爽やかな笑顔で。マンガだったら歯がキラリと輝いているような。思わず呆けた一瞬の内に黎斗は腕を反町に捕獲されていた。抜け出そうとしても抜け出せない。こやつは捕縛のプロか、プロなのか。
「脱出できない、だと……!?」
密かに驚愕する黎斗。縄抜けに始まる脱出術もそれなりのレベルで修得している自信があったのだが、それが完膚なきまでに打ち砕かれる。
「せっかく黎斗が美人な親戚連れてきてくれたんだ。まずはどっかで朝飯にしようぜ!」
そのままずるずる連行される中で思考を放棄する。鳥達の話が真実ならば護堂はアテナと一緒なのだ。あの女神様と一緒なら悪いようにはならないだろう。彼女が大丈夫と判断しているなら護堂に勝機はあるはずだ。当然のことながら智慧の女神様は黎斗などより遥かに賢い。凡人なんかが心配する必要はないか。ここは三人と一緒に行こう。
「……りょーかぃ。朝ごはん食べたら移動開始。今日はシチリアだっけ?」
「シチリアは明日だよ。今日はサルデーニャだ。明後日レジョディカラブリアに行って帰国だ。……ガイドだろ、しっかりしろよ」
「……すげー屈辱だわ。まさか名波にそんなことを言われるとは。つーかガイドは無理だと何度言えば」
思いつきだけでここまで来たような人間にしっかりしろと言われるとは世も末だ。だいたい、一日ごとにイタリアを縦横無尽に駆け抜けるこんな日程では観光なんてほとんど出来ないではないか。一日の大半は移動時間で消えてしまう。もし、観光したいのなら今回のように早起きなりなんなり、睡眠時間を削るしかない。商店街は何を考えてこんな滅茶苦茶なプランにしたのだろうか。「イタリア全土を駆け抜けろ! 夏に攻略するイタリア!!」という副題がついていたらしいが、本当に駆け抜けることになるとは。
「マス……じゃない、黎斗の負けですよ。名波君しっかり日程覚えてるじゃないですか。しっかしホント、強行日程みたいな無理ありすぎる日程ですね」
マスター、と言いかけて慌てて訂正するエルだが、三人の耳はこういう時に限って恐ろしい精度を発揮する。
「マスってなんだよマスって!? 黎斗、てめーまさかマスターとか呼ばせて悦に浸ってるんじゃねェだろうな!?」
「お前だけは俺たちの仲間だと思っていたのに。紫髪の美少女のマスター気取りかよ!! この裏切り者!!」
「天誅だ!!」
「ちょっと待て三人とも!! マスだけでマスターって決めつけるなよ。もしかしたら鱒が食べたかったのかもしれないだろ!!」
悦には浸っていないがマスター呼びされているのは事実。ここでバレたら学校生活が大惨事になりかねない。助けを求めてエルを見るが、三人の剣幕に彼女も口を挟めないようだ。オロオロとするばかり。助けが当てにならないことを悟った黎斗は、最終手段を選択した。
「だー、朝ごはんいくぞ!!」
強引に誤魔化す。朝食を食べてしまえば、少しは三人も落ち着くだろう。そんな希望を胸に秘め、黎斗は中央街へ走り出す。彼と彼を追いかける三人を、エルが苦笑いしながら歩いて追った。
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