とある英雄の逆行世界
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幼年期編
閑話
その夜
「…何となくこうなる気はしてたんだけどね」
時刻は午後八時、美琴の目の前には気持ちよさそうに眠る当麻。
そしてリビングからは美鈴の娘自慢(美琴からすれば羞恥プレイ以外の何物でもない)とそれに対抗するように当麻のダメなところを言っていく詩菜さんの声(ダメな子ほどかわいいと言いたいのだろうか?)という感じの酔っ払いフィールドが展開されていた。
美鈴は詩菜とかなり意気投合したようでテンションが天元突破していたため今夜はこんなに酔っているのだろうと美琴は思う。
案外、詩菜さんもそうではないのかとも思っていた。
「どうしようかな…」
あっちに戻るのは怖いがこっちは暇である。美琴は少しだけ考えるそぶりを見せると当麻の布団に潜りこんだ。
美琴はそのまま当麻にくっつくと目を閉じる。
「…ちゃんと当麻はここにいる」
美琴は声を震わせながらそう呟いた。体も心なしか震えているようだ。
美琴は怖いのだ。いま見ているこれが幻ではないだろうか、と。あした目覚めると元の世界に居てこの温もりは永久に消えるのではないかと。
けれど体に伝わってくるあたたかさがその不安をぬぐっていく。
そこには美琴が前の世界で失った温もりが確固たるものとして存在した。美琴はそれを確かめるようにさらに当麻に体を密着させる。
「わたしが守るんだ」
自分の力はさらに大きな力の前ではちっぽけな物かもしれない。それでも失いたく無い物があるなら、護りたい人がいるならそんなの関係なしに戦えるだろう。
「ま、こいつは厄介事に自分から突っ込んでくから、護るのはちょっと大変そうだけど」
美琴は苦笑しながらそう言う。けれど美琴にとってそんなのは百も承知だ。それでも決めたのだ。彼を護ると。
「わたしはあんたみたいにはなれない」
御坂美琴は敵も味方もすべて救って見せるような英雄になれはしない。御坂美琴が救えるのは自分が救いたいと思った大切だけだ。
「だから…わたしは護りたいと思う大切だけは絶対に守ってみせる…」
彼は“大切”の中でも一番に護りたいものだ。これからも美琴にとっての“大切”は増えていくんだろう、けれどこれだけは変わらないだろう。
「…だから…これ…は、誓…約」
当麻から伝わる温かさに美琴に意識は沈み始める。
「わ…た…しは、ず…と、とー…まと…一緒…いる」
そこまで言うと美琴の意識は落ちた。美琴は温かさを求め当麻にさらに密着していく。
当麻の体温を感じている眠り姫の寝顔はとてもやすらいだものだった。
御坂美琴は英雄にはなれない。英雄の物語には最後に必ず悲劇が待っている。
だけど彼女が望み、手繰り寄せるのはハッピーエンドだ。悲劇なんていらない。
だから彼女は英雄には絶対にならない。
故に彼女の物語はただの女の子の話だ、どこにでもいるありふれた女の子の話。
…けれどそれは誰かにとっては英雄譚だ。もし彼女をあえて英雄と呼ぶのなら彼女は異端の英雄と言えるのかもしれない。
―――悲劇で終わらない新しい形の英雄譚、時を逆行してきた彼女はそんな物語の主人公で英雄なのかもしれない。
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