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How much

作者:塵積山
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How much

 今、ちまたでは小さなおっさんが大人気だ。僕は父ちゃん、母ちゃん、妹、僕の家族4人で買いに行く事にした。
 ホームセンターに着くと、すぐにペットコーナーへ向かった。犬、猫、に並んで小さなおっさんが置かれていた。おっさんは個別にケースに入れられていて、10人いた。ガラスがある為、直接触れることはできなかったが、初めて生で見る小さなおっさんに目が宝石のようにきらきらと輝いた。
 おっさんが置かれている前のスペースには木の看板があり、おっさんを説明する紙が貼り付けられていた。
 その説明書を見てみた。
 1、おっさんの身長は約10cmです。
 2、七三の髪型は、産まれたときからの遺伝です。変えようとすると怒ります。
 3、服はタンクトップと短パンが好ましいです。それ以外だとストレスがたまるので注意が必要です。
 4、エサは、基本的に人間と同じ物を与えてください。
 5、ビールや、ピーナッツ、さきいかなどを与えると寿命が延びると言われています。
 6、寿命は約10年でストレスのない環境なら、1、2年で子供が産まれます。
 7、言葉は喋れません。しかし、頭が良いので人間の言葉はすぐに理解します。
 8、文字を覚えさせることは、決してしないで下さい。おっさんはボディーランゲージが好きなので、文字を覚えさせることを強要すると、舌を噛んで死ぬことがあるので注意して下さい。
 その紙を見て僕は、へーおっさんって繊細なんだなと思った。
 僕は小さなおっさん達に手を振ってみた。小さなおっさん達が、手を振り返してきた。
 うわーかわいい。僕は早く小さなおっさんを家に持って帰りたくなった。
 値段はいくらぐらいするのだろう、と眉をひそめているとペットショップの店員が近づいてきた。
「こんにちは、小さなおっさんをお探しですか?」
 父ちゃんが「はい」と言った後、「息子がどうしても欲しいってゆうこと聞かなくって」と笑って付け加えた。
「予算は、いくらぐらいですか」
「予算ですか? 5万円ぐらいですけど、みんな同じ値段じゃないんですか?」父ちゃんが言った。
「いいえ、一見みな同じおっさんに見えるでしょうけど、ピンキリですよ。犬や猫といっしょです。ガラスに値段が書いてありますよ」
 店員に言われて見てみるとたしかにガラスに小さく値段が書いてある。一番値段が安いおっさんは1万円弱で、一番値段が高いおっさんは30万円もした。
「うわー全然値段が違う。どうしてですか」僕は店員に聞いた。
「坊や、良く見てごらん。1万円のは、黒い目で、30万円のは青い目をしてるでしょ」
「うわー本当だー。なんで目が青いの? カラーコンタクト?」
「いや、坊やこれはね突然変異なんだよ」
「突然変異? すげー、かっけー、欲しー」と僕は言ったが、父ちゃんが、「まずは普通の安いおっさんを飼ってみなさい。ちゃんと育てられたら、次はもう少しいいおっさんを買ってあげるから」と僕に言った。
 僕は様々な小さなおっさんの中から、目が優しいおっさんを選んだ。「このおっさんに決めるね」
 母ちゃんは「うん」と一言だけ言った。
「あと最後に、ここで売られているおっさんは安全ですよね」母ちゃんが言った。
「大丈夫ですよ。ちゃんと検査は受けています。すべて安全なおっさんです。ただ、万が一子供が産まれた場合、始めは注意して見守って下さい」
「子供? なんで注意しなくちゃいけないんですか?」僕が聞くと店員が、いや検査されていませんからね。万が一へんなおっさんが産まれたら、すぐにペットショップか保健所に連絡して下さい。
 そういえば聞いたことがある。毎年ごく僅かではあるが、へんなおっさんが産まれ、犯罪が起きている。その犯罪を犯すおっさんは、食べ物でいうなら訳あり品、物でいうなら不良品だ。それらのほとんどは、保健所に引き取られ、処分される。でも、ごくたまに保健所から逃げ出したりする奴や、へんなおっさんが産まれても届出を出さないやつがいる。そうして世に放たれた、小さなおっさんが、闇ルートで売買されたりして要人の暗殺やスパイ活動など様々な犯罪を犯すらしい。
 おっさんは、陸でも、水中でも飼うことができる。僕は放し飼いにするか、鳥かごで飼うか、水槽で飼うか迷い水槽で飼うことに決めた。
 120cm水槽におっさんを入れ、水を7割、砂地を3割のスペースで区切った。砂の所におっさん用の小さな家を作り、家の中にベットをいれ、外に小さなパラソルを置いた。
 まるで、どこかのリゾート地のようだ。水の中にはおっさんがいつでも食べられるように柔らかい口当たりの良い、わかめを浮かせた。

 おっさんを飼って二年が過ぎた……。
 すっかり、おっさんも家族の一員になった。春には家族とおっさんで花見をし、夏は、おっさんと山や海でバーベキュー、秋はおっさんとおいしいものをたらふく食べ、冬はおっさんと雪だるまを作ったり、温泉に行ったりして遊んだ。僕達の心は幸せで、満ち溢れていた。
――その日はある日突然訪れた――
 僕がおっさんを眺めていると、おっさんが苦しみだした。僕はすぐに病院に連れて行こうとした。でもおっさんはかぶりを振ってその後、手を開いて、<待て>の合図をした。どういうことなのだろうか。僕が30分ほど様子を見ていると、おっさんは「ゴホッ、ゴホッ、ウエッ」と苦しそうにうめきだした。僕は二日酔いかなと心配そうにおっさんを見つめているとおっさんの口が開いた。そしてベチャっと何かを吐き出した。僕はその吐き出した物体を恐る恐る見てみた。
「あ、赤ちゃんだ!」僕は歓喜の声を上げた。小さなおっさんの口から、もっと小さなおっさんが、おっさんのまま出てきたのだ。
 僕はすぐに家族のみんなを呼んだ。「みんなーおっさんが、子供を産んだよー、早く見に来てー」
 すぐに家族全員が集まった。そしてみんな赤ちゃんを興味深げに見た。
 小さいねー、可愛いねー、早く服買ってこなくちゃ、そんな声がしばらく続いた。
 しばらく見ていた僕達だったが、妹が突然「アレ?」という声を出した。
 妹の方を見てみると、なにやら難しい顔をしている。
「どうしたの?」と聞くと、妹は背中の方を見るように促した。妹に言われるがまま、背中の所を見てみると、なにやら白い物体が……。は、羽? 羽が生えている。
 しばらく、僕達は混乱したが、その混乱が一段落すると一つの答えを導き出した。
 突然変異だ。それしか考えられない。僕達は、インターネットで世界中の小さなおっさんの突然変異を検索した。しかし、羽の生えた小さなおっさんは、ついに見つからなかった。
「世界初の羽が生えた小さなおっさんだ」
僕が喜んでいると、父ちゃんが、これ売ったら高く売れるだろうな……。と呟いた。そう言われて、僕はおっさんを売ることを考えてみた。すると、自然と涙がぽろぽろと流れ落ちてきた。おっさんと過ごした春夏秋冬が走馬灯のように甦ってきた。そのどれもが、かけがえのない宝物だ。
 おっさんを売ることなんてできやしない。僕は固く決心した。
 おっさんが子供を産んで、3ヶ月もすると子供は親と変わらない大きさになった。そして親子、なかむつまじく水槽の中でフォークダンスを踊ったり、水泳をしたりしていた。
 二人のおっさんを見ていると、ほんわかと温かい気持ちになった。
 その年の冬のある日、おっさんは僕に何かジェスチャーをした。自分と子供を指差し、その後、空を指差した。
 僕はおっさんと長い付き合いだし、すぐに理解した。おっさんは子供と二人で旅に出たいんだ。二度と戻らない旅に……。
 僕は、おっさんの気持ちを汲んであげることにした。だって、外に出られるのは、親のおっさんだけだから。もし子供といっしょにおっさんを外に出したら突然変異の子供はすぐに捕まって連れ去られるかもしれない。それじゃあ子供は可哀想だ。
 僕達家族は、太陽が顔を出し始めた冬の朝、おっさん達を車で近くの港まで連れて行った。
――いよいよ、お別れの時が来た――
おっさんとその子供は、僕達にありがとうと、掌を二つ合わせ、ぺこりと頭を下げた。そして、太陽の光が反射する海の上を子供の背中に乗り、ゆっくり飛んで行った。
 親のおっさんはこちらを向きながら、またぺこりと頭を下げる。
 いままでどうもありがとう、小さなおっさん。そしてさようなら、小さなおっさん。幸せにね。僕は心の中で呟いた。
 
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