蒼き夢の果てに
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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
第10話 To be,or not to be
前書き
第10話更新します。
「シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
ガリア王国オルレアン大公シャルルの娘。それがわたしの名前」
気負う事なく、今までと同じ淡々とした雰囲気で、自らの名前を口にする蒼い少女。生命体の気配のしない異常な空間内を、彼女の声と紅と蒼二人の女神の光輝だけが支配し続けた。
成るほど。辺境伯、公爵と続いて、ついに大公家の姫君ですか。これは、何処かの現王家のお姫様が現れるのもそう遠い未来の話では有りませんね。
少し斜に構えた思考でそう考える俺。
それに、何故か、タバサ……いや、シャルロットが自らの出自を話してくれましたしね。
尚、今度の自己紹介に関しては、最初に彼女が名乗った時のような違和感を覚える事は有りませんでした。これは、つまり、今回の自己紹介は本当の名前を名乗ったと言う事だと思います。
但し、よく判らない点がひとつ。彼女は、シャルロットと言う名前を、本当の名前とは表現しなかった点。大した理由もなくそう表現した可能性も有りますけど、もしかすると、彼女自身が……。
いや、それは考え過ぎか。
まぁ、彼女が俺に対して本名を告げた理由は、俺の方が自分の正体を簡単に明かしたからだとは思いますけどね。
おそらくは、俺が何の蟠りもなく自らの正体を龍種やと明かしたのだから、自分の方も明かさなければフェアーではない、……と、そう思ったのでしょう。
もっとも、そんな事を気にする必要は無いのですが。そんな程度の事で、俺が彼女に対する態度を変える訳は有りませんからね。
「それならば、これからはふたりだけの時は何て呼んだら良いんや?
今まで通りタバサか、それともシャルロットか」
もっとも、何故、本名を隠して魔法学院に通っているのかも判らなければ、そのガリア王国とやらの騎士をやらされている、と彼女が表現した理由も判らないのですが。
騎士とは、名誉有る身分と言う訳ではないのでしょうか。
俺の方を見つめるタバサ。これは、考えていると言う雰囲気。
そして……。
「タバサで良い」
そう、先ほどまでと同じ口調で答えるタバサ。
但し、同時に少しの逡巡のようなモノを感じるのですが……。
あの短い空白が、どう言う意味かによって、彼女に取ってのシャルロットと言う名前の意味が変わって来ます。
大切にしている可能性の方が高いとは思いますけど、その場合は、ぽっと出の、何処からやって来たのかも判らないような俺が気安く呼んでも良い名前だとは思えませんから。もっとも、彼女に取って、既に捨てて終った名前の場合も、思い出したくない過去を思い起こさせる名前の為に、その名前を呼ばれる事は拒否をするとは思いますが。
ただ、彼女に取って、俺自身が現状ではそう大きな存在ではないとも思いますから、今まで通りで良いとは思いますけどね。
しかし、あの逡巡に似た感情の動きは、もしかすると、俺の方が、彼女の本名を呼ぶ事に拘りが有ると思われたのかも知れませんか。
もし、そう思って尚、タバサが偽名を呼ぶ事を強制したとすると、俺を完全に拒絶した事となり、折角、良好な人間関係が築けそうな雰囲気だったトコロをぶち壊して仕舞う可能性が有る、と思ったのかも知れませんね。
少し、あの質問は不用意過ぎましたか。
本来、そんな細かい事は、俺に取ってはどうでも良い事なのですが。まして、未だ彼女が何故偽名を名乗っているのか、その理由の説明を俺は受けていない訳なのですから。
更に、魔術的に言うならば、俺に取っては、タバサと言う名前の方が正式な彼女の名前に成っています。
その理由は、そのタバサと言う名前で召喚が行われ、その上、契約まで交わされていますから。多少の違和感や、微妙な食い違いは時間が解決してくれる些細な問題だと思います。
「わたしの父は、ある男に殺された」
タバサが淡々と語り始めた。但し、口調ほど感情の方が落ち着いていた訳では有りませんが。
もっとも、自らの父親が殺された、と言う事を告白する際に、感情を乱さない人間はいません。彼女の心の動きは当然の事ですか。
「父を殺したとされている男は、次にわたしを殺そうとして、その身代わりに、わたしの母親にエルフの作った精神を破壊する薬を飲ませた」
月光が支配する静寂の世界の中で、蒼き姫の独白が続く。
なるほど、大公と大公家の姫君を殺そうとするか。これは、どうも御家騒動の臭いがするな。
それに、ガリアと言うと、確かフランス辺りを指す地名だったような記憶が有ります。
ガリア戦記だったかな。ガイウス・ユリウス・カエサルの書いた本の中に有ったと記憶していますしね。
それと、先ほどのタバサの台詞の中に、もうひとつ疑問が有ります。タバサは、何故か、父を殺したとされている男と表現をしました。これは、ウワサや憶測レベルの話でしかないと言う事で、彼女自身が確信を持てない情報を語っているみたいな表現方法だと思います。
「その男は、更に、その存在自体が不確かな内乱計画の首謀者にわたしの父を仕立て上げ、わたしの家、オルレアン大公家を取り潰した。更に、その煽りを受けて、国内の多くの貴族にも粛清の嵐が吹き荒れている」
成るほど。矢張り、御家騒動ですか。
但し、内乱の計画が本当に有ったのか、無かったのかは判らないと思いますが。
今、俺が聞かされているのは、タバサの知っている事実だけで有り、これが確実に真実で有ると言う保障は何処にも有りません。
もっとも、その事についても、タバサ自身も不確定情報として認識しているような雰囲気が有りますが。
これは、彼女の視点は、かなり高い位置から自らの置かれている状況を確認出来るだけの広い視野を持ち、そこから柔軟な発想などが出来ると言う事だと思いますね。
成るほど。これは、中世レベルの情報伝達速度の世界に身を置いている人間だと思って相手をしていると、かなり失礼な対応を取る可能性も有ったと言う事ですか。その事について、早い段階で気付けて良かったと言う事でしょう。
「それで、そのタバサの父親を殺したのは、タバサの叔父さんに当たる相手なのか、
それとも伯父さんに当たる相手か」
少し、彼女の言葉が途切れたので、俺は、そうタバサに聞いた。
尚、これはあまり意味が無いように思えるかも知れないけど、重要な意味を持っています。
何故ならば、
「その相手は、伯父。現ガリア王国の王、ジョゼフ一世」
口調自体は変わらず。しかし、その人物の名前を告げる時、タバサからは、彼女に相応しくない雰囲気が発せられた。
出来るだけ、平静を装うとはしているのですが……。
しかし、成るほど。これは、正嫡はジョゼフ一世の方と言う事ですか。えっと、それから確か、地球世界のフランスでオルレアン家と言う家名は、かなり高い王位継承順位を持った王子が名乗る家名だったような記憶も有りますね。
例えば、王位継承順位が一位の王子とか。
いよいよ、御家騒動。それも、かなりドロドロの御家騒動に巻き込まれたと言う事だと思います。
まして、国内の貴族に粛清の嵐が吹き荒れているとするならば、これは非常に厄介な状態。
「いくつか質問が有るけどかめへんかいな?」
俺の問いに、タバサが首肯く。但し、先ほどまでとは雰囲気が違う。
はっきり言うと、あまり好ましい感情とは言い難い。
「ガリアにはサリカ法典。つまり、王位継承権に関する法律で、男系男子以外に継承を認めないような法律はないか?」
ここが平行世界だとしても、フランスらしき国になら、地球世界の中世フランスに有った法律が有る可能性はゼロではない。……って言うか、中世のヨーロッパで女王が王位に即く事を認めていた国自体、そう多くは無かったと思います。イギリスではこじつけのような理由でブラッディ・メアリが女王に即位して、国がかなり乱れた歴史が有りましたし。
俺の問いに、少し考えた後、タバサはコクリと首肯く。これは肯定。
「現在、王家には男子は居るか? 王位継承権を持つ王子が」
もし、ジョゼフが王位を継いだ時に、タバサの父親オルレアン公シャルルが暫定的に王位継承順位一位と成り、その後にジョゼフ一世に男児が生まれていた場合には、タバサの言う事……と言うか、おそらくタバサが語っている言葉は、貴族の間に流布しているウワサ話だと思います。タバサ自身は全面的に信用している訳ではなさそうな。まぁ、その話を信用する材料が増えます。
いくら王子が産まれたからと言っても、その王子がある程度の年齢に達するまでは王位継承順位は王弟の方が上の場合が多かったと思います。確か、封建君主制の時代なら、正嫡に拘るよりも、配下に対する抑えなどの意味から、より年齢の高い、王位の兄から弟への継承も結構有ったように記憶していますから。
但し、それでも未だ、根本的に解決しない大きな問題が残っているとは思うのですが。
この質問に対して、タバサはふるふると首を横に振った。そして、
「王家には従姉のイザベラが居るだけ」
……と答えた。
成るほどね。王家に男児がいないのなら、自らの子供を王位に就けようとした訳でもないと言う事か。これは、益々、訳が判らないな。
「ジョゼフが王位を継いだ時に、もしかして、タバサのお父ちゃんとの間に王位継承問題が起きなかったか?」
考えられるのはこれぐらいですか。
但し、その場合、国を乱した罪は現王よりも、むしろ正嫡以外に国を継がせようとした貴族達に有ると思いますね。
こう言う輩は、往々にして、国の為とか口では唱えながら、己が権力を握りたいが故に正嫡以外の子供に近づき、その子供を王位に即けようと画策する。
タバサの母親の実家や、その親戚回りが一番怪しくなるな。所謂、外戚と言うヤツに成りますから。
もっとも、普通は国が乱れる事を嫌い、前王で有る父。つまり、タバサの御祖父ちゃんがそんな事をさせないモノなのですが……。
「父に王位を継ぐ意志は無かった。但し、ガリア貴族の中の一部勢力が父を王位に就けようと画策していた事は事実」
タバサがそう淡々と答えた。普段と同じ口調なのですが、矢張り、感情の部分はそう言う訳には行かない。
それに、これは仕方がない事でも有りますか。
それに、本当に王位を継ぐ意思が無かったのかと言うと、かなり疑問が残るとも思うのですが……。
これは地球世界のフランスの例なのですが、もし本当に王位を継ぐ意志がないのなら、オルレアンの家名を王家に返上すべきです。この家名を持ったままでは、少々ドコロではない危険が伴う可能性も有りますから。
おそらく、家名と爵位。それに伴う領地の返上を行って、新たに伯爵以下の爵位を賜れば、自らに王位を伺う意志なし、と表現出来て、確実に天寿を全う出来たと思います。
しかし、それも行わず、自分を王位に即けようとした取り巻きの貴族達との密接な付き合いを続けていたとしたら、オルレアン家が王家に粛清されても文句は言えません。
現王家としては、国内に無用な波風を立てる訳には行きませんから。
後は、ジョゼフとタバサのお父ちゃんが正室と妾腹の差が有るか、と言う事も聞いて置くべきかも知れないのですが……。流石に、これは多少問題が有りますか。
ただ、たったひとつ言える事が有ります。
俺ならば、ジョゼフ王の行った事は、消極的にだが支持をします。国内の状況次第ですが、本当に内乱状態になる可能性が有ったのなら、そう成る前に王弟を誅殺した事は、国の為にならば仕方がない事だと思いますから。
決断する時に決断出来ない王なら、もっと国は乱れます。
考え方としては好きにはなれないのですが、大の虫を生かす為に、と言う事に成りますね。
逆に、タバサの父親は、残念ながら決断する事が出来なかった人間の気配が有ります。
王、つまり、自らの兄に忠誠を誓う為の決断を下す事が出来ず、更に、自らを王位にと画策した貴族達との繋がりを完全に断つ事も出来なかった。
もしかすると、そこに兄が自分を殺す事などない、と言う甘えが有った可能性も有ります。
歴史上では、同じような理由に因って誅殺された例は枚挙に暇がないですから。
例えば、宋王朝の太祖から弟の太宗が二代目の皇帝に即位した後の経緯から、以後の宋王朝は太宗の家系の者が皇帝の位を継いで行った例などが有ります。
太祖の家系はどうなったかって?
有り難い事に、太宗……つまり、弟によって、兄の息子は自殺させてくれましたよ。刑死させられていないだけましですね。ついでに、その弟も不可解な死を遂げていたと記憶しています。
王位を巡る争いに、本来なら肉親の情などない、と言うのが歴史的事実です。こう言う歴史的事実から推測すると、残念ながらオルレアン公シャルルと言う人物には、王としての覚悟と自覚が不足していた可能性が有ると言う事だと思いますね。
但し、それは第三者の俺の意見であり、実際に父親を殺された彼女の意見は違う。
そして、彼女に取っては、オルレアン大公で有る前に、父親で有ったはずなのですから。
「そのエルフの薬とやらがどんな代物か判らないけど、おそらく、ウィンディーネなら何とか出来ると思う。
但し、その場合、タバサとタバサのお袋さんは、以後は、隠遁生活に入って貰う事に成る。流石に、そのままガリア国内に留まる事は出来ないからな」
敢えて父親の仇討ちに関しては一切触れずに、母親の事だけを聞く。
そもそも、本当に彼女の父親を殺したのが現王なのか、それともまったく違う第三者なのかが、俺には情報が不足し過ぎていて判断が付きかねますから。
何故ならば、タバサが生きていますから。
もし、国内を二分するような継承争いが起き掛けていたのなら、タバサを生かして置くと、再び、同じような事態が起きる可能性が高い。王家に今存在しているのが姫で、オルレアン家に残っているのも姫ならば、残念ながら火種は残っています。
そもそも、この事態を防ぐ為に王弟を殺したのでしょう、現王は。
まして、一度はエルフの毒とやらで、タバサの精神を破壊しようとしたらしいですから。
もっとも、そのエルフの毒とやらで、タバサの精神を破壊したトコロで、タバサの性別が女性である以上、まったく意味が無いと思うのですが。
男系男子の系譜を継ぐが、今現在の爵位の低い者が、その精神の崩壊したタバサを娶れば、たったそれだけの事で、新たな後継者候補に躍り上がりますから。
この新たな火種を無くす為には、エルフの毒など使わずに、素直に内乱を企てた罪でオルレアン公に繋がる家系の者は処分して終った方が後腐れがなく、国の混乱も一時的な物で終息する可能性の方が高いでしょう。
しかし、何故か、彼女は生きて俺を召喚している。
これは、王弟暗殺の動機自体を疑って掛かる必要が有る、……と言う事だと思いますね。
王弟を誅殺出来て、しかし、その家族を生き残らせ、更に、その後の生活が成り立つように騎士に任じるなど、とてもでは有りませんが、国の為を思って王弟を誅殺する事が出来た王の行いとは思えない甘い対応だと言わざるを得ない。
更に、もうひとつ問題が有ります。
王を失った国をどうするのか、と言う大きな問題が。
サリカ法が有る以上、タバサが女王に即位する事は出来ない。
まして、父親の仇の可能性が有るとは言え、相手は実の伯父で有り、自らを騎士に任じた現国王。
この相手を殺した大逆の不忠者を、女王に推戴しようとする諸侯ばかりとは限らない。
いや、むしろ……。
野心に駆られたヤツや、現王家に忠実な者などが反旗を翻す可能性が大。
まして、それぞれの諸侯が軍を持っている封建君主制の時代なら、簡単に戦国時代が訪れるでしょう。
そもそも、大逆の不忠者。更に、王位継承に重要な法律のサリカ法を無視して女王に即位した人間を討てば、それだけで歴史上では英雄として名を残す事が出来、新たなガリアの王朝を築く事が出来ます。
自らが太祖と成って。
これは、野心の無い人間でも、漢ならば心が動かされる状況だと思いますね。
タバサのバックに、これを抑え込めるだけの戦力が無い限り、彼女がガリアの女王の位に登ったとしても、その玉座を温める間もない内に、次の王によって排除される方の可能性が高いでしょう。
貴族が己の野心で殺し合いをするのは勝手ですが、それを一般人まで巻き込むような内乱に持って行くのは問題が有ります。それで無くとも、この世界の一般的な魔法は陰の気を発生させるモノ。
これを大規模に使用する戦争などと言うモンを引き起こした場合……。
どう考えても、ロクな結果にはならないな。
復讐すべきか、せざるべきか。それが問題だ。
To be ,or not to be ……と言う感じですか。
「大丈夫。俺の能力は知っているやろう。タバサとその母親のふたりぐらいなら、一生面倒を見ても大丈夫なぐらいの甲斐性は持っている心算や。
まして、かたっ苦しい貴族の生活とは違う、平穏な生活は保障出来るからな」
俺は、それまで考えていた内容の事など、オクビに出す事も無くそう続けた。
それに、追っ手が掛かるようなら、排除すれば済むだけ。
王位継承権を持たないタバサを何故、エルフの毒を盛る事に因って精神に異常を来すようにしようとしたのかが判らないのですが、タバサとその母親が逃げて、更にガリア王家から追っ手が掛かったとすれば、ジョゼフがタバサの父親の暗殺に関わった可能性が高くなるだけですから。
まして、状況次第では、俺が異世界へのゲート『奇門遁甲陣』を、安定した形で開けるようになっている可能性も有ります。
もし、彼女にガリアからの追っ手が掛かり続けるようならば、異世界にタバサとその母親を連れて逃亡する事だって、俺には可能だと言う事。
それに、もしそこまで追わなければならない理由がタバサ母娘に有るのなら、その隠れ住んでいる町や村、大きくは国などに迷惑が掛かる可能性も有ります。そんな、陰の気をまき散らせるようなマネは出来る訳が有りません。
本来、タバサ達が居なければ被る事の無かった害です。そして、最終的には、ガリアを恨むと同時に、そこに隠れ住んでいた俺達を恨むように成りますから。
それに、俺には、何処の世界でも生きて行くだけの基本的な能力は有ります。それこそ、タバサとその母親の食い扶持ぐらいはどうとでもしてみせますよ。
其処まで思考を纏めてから、自らの主。蒼き姫を見つめて、肺に残った空気を、ため息にも似た吐息で吐き出す俺。
そう。これは、既に彼女。タバサの周りには、この世界の魔法の使用過多による陰の気の滞りに引かれての不幸の連鎖が起きつつ有った、と言う事なのかも知れませんから。
陰の気を滞らせれば、その陰の気に惹かれて、更なる陰の気。つまり、不幸が舞い込んで来る事となる。
所謂、不のスパイラル、と言う状況と成りつつ有ったと言う事でしょう。
もし、彼女が、それでも尚、父親の仇討ちを行おうとするのなら、その時は、俺の手で彼女をどうにかするしか方法がないのかも知れないのですが。
世界に混乱を齎せる邪仙として封神するしか……。
タバサが真っ直ぐに俺を見つめる。その瞳には、先ほどまでの陰にして苛烈な怒りの色は浮かんではいない。
そして、
「大丈夫。わたしは、父の仇討ちなどを考えている訳ではない」
俺の表情を、そして、発して居る気を読んだのか、それまでとは違う。少しの温かみを感じさせる雰囲気を纏わせて、タバサはそう言った。
普通ならば、考えられない台詞を……。
「確かに、以前には考えた事も有った。でも、もし、わたしが父の仇を討ったのなら、次はイザベラにわたしが討たれなければいけない。
まして、ガリアは現在、ちゃんと治められている。
そんな国の王を私怨だけで討てば、どう言う結果を招くか、わたしにも簡単に想像は付く」
一瞬、本当の彼女が垣間見えたかのような優しげな、しかし、それだけに覚悟の伴った台詞の後、その理由を説明するタバサの口調は、出会ってから、この会話を始めるまでの彼女そのもの。平坦で、抑揚の少ない、やや聞き取り辛い小さな声に戻って居た。
しかし、その声は、何故だか俺にはとても耳に心地よい物で有ったのですが。
しかし……。冷静な娘ですね、俺の主は。それに、何故、父親が死に至ったのか理解もしている。
オルレアン公シャルルが殺された理由は、つまり彼が王家の一員で有り、更に本人にその意思が無くとも、周りから王位に登る事を望まれる存在だったから。
ならば、自分がそんな立場に立とうなどとは思わないのが普通ですか。熱く焼かれた鉄板の上で、生涯、踊り続ける事を義務付けられている王などと言う存在には。
まして、自らが、その王の決断と言うヤツに処された家の人間です。自らが王位に即いて、最初に行うのが自らの正当性を示す為の、サリカ法の廃止と、生き残った前王家の人間の処分。そして、不穏な行動を起こす可能性の有る家臣や貴族たちの処分などと言う血なまぐさい処置を施して行く必要が有ります。
そんな事を自らが進んで為したいとは思わないでしょう。普通なら。
それに、どうも、そのタバサのお父ちゃんを王に推し戴こうとした貴族たちと言うのは、それなりに野心に溢れた方達だった可能性が有りますから。そんな連中を頼るような愚を犯すようなウカツな娘でもないと言う事ですか。
つまり、この目の前の寡黙な少女は、それだけの政治的なセンスも持った、更に、未来を予想できる能力も持つ頭の良い少女と言う事に成ります。
まして、復讐にのみ生きる人間は、最早人間では無く別の存在に変わっています。
そんな陰気に囚われた存在の強い思いが、陽の神獣で有る青龍を召喚出来る訳は有りません。
一歩間違えていたら、ピエール・スゥードに彼女が成っていたと言う事なのでしょうね。
本名を使わずに使い魔召喚を行う。まして、その感情は陰の気に彩られたモノ。
災厄を招き寄せた可能性が高いですか。
しかし……。
「確かに、母の病の事は貴方に頼みたい。でも、その後の生活に関しては、わたしが何とかする。
それに、元々、貴方の生活の面倒を見る事も最初の約束」
しかし、妙に生真面目な雰囲気でタバサはそう続けた。
晴れ渡った冬の氷空を思わせる瞳で、俺を捉えたままで……。
成るほど。どうやら、俺が最初に冗談で言った事を真に受けているのですか。
曰く、ヒモは漢の浪漫だと。
しかし、そんな事ぐらい、俺の能力を見たら、冗談だったと直ぐに気が付くと思っていたのですけど……。
もっとも、そんな事は、今はどうでも良いですか。彼女が見た目通り生真面目な性格で、イマイチ冗談が通じ難い女の子だと判っただけですから。
それに、そんな人間を俺は嫌いでは有りません。
「それは有り難いな。何せ、ヒモは漢の永遠の浪漫やからな。
せやけど、俺はヒモやなしに、タバサの使い魔なんやから適当に仕事を与えた方が良いんやで。
これでも、結構、有能な心算なんやから」
最後は少し軽すぎる雰囲気で答えて仕舞ったけど、これで良いと思います。あまり、シリアスなシーンの長回しには慣れていません。それに、
「それに、タバサは魔法学院卒業までは動く心算は無いんやろう?」
一応、その部分に関しても聞いて置くべきでしょうね。
流石に、明日にでも母親を正気に戻してくれ、と言うのは難しいので。出来る事なら、そのエルフの薬とか言う代物を手に入れてからの方が、確実に治療出来ると思いますから。
タバサが無言で首肯く。これは肯定。
当然、準備期間も必要。更に、タバサの父親の死の真相をちゃんと知ってから、その結論を選んでも良いとも思いますしね。
タバサが生きて騎士にまで任じられている以上、どうも、単純に王家に因って誅殺された訳では無さそうな雰囲気が有ります。
何故ならば、普通の謀反人の家に対する処置としては、これは明らかに生温い対応です。
これは、間違いなく真相を知る必要が有ります。それで無ければ、更なる悲劇を生み出す可能性が高いと思われますから。
……少しの空白。
ふむ。これで話は終了と言う訳ですか。
それに、タバサの抱えている問題も大体のトコロは理解出来ました。まして、彼女が仇討ちを考えていない事については、正直に言うと、かなりほっとしています。
そして、その答えに到るまでの彼女の葛藤を思うと……。
誰だって判っていますから。復讐からは何も生まれないと言う事は。
しかし、それ以外では生きる術を……生きて行く活力を得られない、持てない者も存在しています。それに、気持ちの問題も有ります。
それを乗り越えた上で、彼女は、父親の仇討ちを行う心算ではない、と言い切り、生きている母親の治療のみを俺に頼んで来たのですから。
こんな事を思って良いかどうかは疑問が残るけど、彼女は、過去よりも、未来を得る事を望んだのだと思います。
……いや、これは少し上から目線の様な考え方に成りますか。
それでも、この目の前に存在する少女が、俺と同じ道を辿って、今、この場に立って居ると言う事はよく判りました。
それならば、次の質問は、、
「えっと、そうしたら、また、ここに来る前の質問に戻るけど、俺は、これから先、何処で暮らしたら良いのでしょうか?」
後書き
この第10話は、ねつ造設定、原作崩壊と成ります。
それに、この部分を破壊して仕舞うと、ここから先の話がかなり違ってくるのは間違いないと言う部分を変えています。
もっとも、これは序の口なのですが。
まして、陰気……つまり、復讐心に囚われた心で使い魔の召喚作業を行ったら、それに相応しい存在が召喚されるのが普通なので、この部分を改竄しないと物語が始まりませんでしたから。
タバサが本名で召喚作業を行わなかったのは事実ですし……。
そうしたら、次。
文中に登場する『サリカ法』と言うのは、フランスに存在していた、女王の登場どころか、女系継承も認めない法律の事です。
まぁ、私が知っている限りに置いて、名前やその他の事については、ゼロ魔の二次小説ではフランスを基本に置いている二次小説しか無かったのですが、何故か、サリカ法について採用した二次小説と言うのは存在していなかったので、使ってみる事にしたのですが。
最後に。
この世界のオルレアン公暗殺に繋がる事情は、人間レベルの政治闘争が原因では有りません。
主人公が立てている仮説は、飽くまでも人間レベルの話で有り、其処に、別の次元の方たち(神々)が関わって来ている事は想定されて居ません。
この一文は、本来、入れて置くべきでは無いネタバレ情報ですが、余りにもキツイ表現が有るので、ここに記載して置きます。
それに、普通の王位継承に関する争いならば、敗れた方は、すべてを失います。
しかし、この物語ではタバサ及び、その母親は生き残って居ます。
この部分からだけでも、オルレアン公の暗殺が、現王家の誅殺でない事は確実でしょう。
まして、原作小説内の理由とも違う理由です。
内幕をばらして仕舞うと、タバサを復讐鬼にはしたくなかったのと、タバサの父親を兄の王位狙う簒奪者にしたくなかった。更に、彼女の伯父も狂った王としたくなかった。
全ては、消極的な否定から出来上がった設定です。
それでは、次回タイトルは『男女七歳にして』です。
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