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IS《インフィニット・ストラトス》‐砂色の想い‐

作者:グニル
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動き出す世界

 今日はIS学園前期の終了式。と言っても1年生だけです。
 IS学園はその特性上、授業内容が大幅に違う1,2,3年と数日ずつ終了式が遅くなるのです。1年生と3年生を比べると1年生の方が10日程早く終わります。

 既に終了式は終わり、皆さん自分の部屋へと戻っています。本格的な夏休みは明日から。
 そして私の帰国も明日の予定。というより大体の外国人は夏休みの初日に帰国する予定です。
 IS学園で学んだ内容、どんな人物がいるかなどモロモロの報告。そして今回の一番重要な案件、織斑一夏、そして追加された案件、『白式』と『紅椿』、『銀の福音』の報告。
 一応今日までに大体の報告書は送ってあるけど、文字で報告するのと実際に体験した人の言葉で伝えるのは感じるものが違う。それに……

「あなたのこともあるしね」

 首に掛けてある金の指輪を服の上から触る。あの後、帰ってきてチェックした結果はダメージレベルDのパッケージ大破という最悪の結論。しかも期末試験が近かったためにリース先輩たちを含む上級生整備科の方たちの手も借りられず、ISの自己修復機能を持ってしても現在のダメージレベルはC-(マイナス)。しかも福音との戦闘時には既にダメージレベルはDだったため特殊なコアバイパスが出来ている可能性もあり、本国での精密な検査が必要です。

 前途多難……ですね。

 箒さんは部活で今部屋にいませんし、愚痴を零すことも出来ませんよ。
 寂しさに駆られてテレビのリモコンを取ってスイッチを入れる。
 映し出された画面は今正にニュースが始まるところでした。
 その……内容は……

「嘘………」

 自然と私の口からはその言葉が出ていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 EU加盟国ルクセンブルク大公国、首都ルクセンブルク。

 世界で最も裕福な都市の一つであり、フランス革命時に築かれた要塞は今もなお堅牢でありながら美しい街の景観を作り出している。
 EUのほぼ中央に位置するその地理上、EUの拠点として欧州の銀行、司法など重要機関の多くが集まっている重要な場所でもある。

 その首都の何の変哲も無いどこにでもあるようなホテル。そのホテルにある総勢10名前後しか入れない狭いとも言える会議室の中央には円卓が置かれており、そこにはスーツ姿の女性が2人待機している。1人は既に座っており、もう1人はその人の後ろに控えるように佇んでいる。
 座っている1人は腰辺りまである長い金髪に深緑の瞳の女性で、スーツ姿とはいえ少しでも隣にいれば見惚れるほど1つ1つの動作が優雅だ。

「紅茶頂ける?」

「はい」

 座った女性が後ろに立ったもう一人の女性に声を掛ける。立っている女性の髪は背中の半分辺りまで延びた綺麗なブラウン。申し訳程度にしか化粧をしていないが、それがまた彼女の清楚さを引き立たせている。
 その女性は座っている女性が持っていた空になったカップを静かに受け取ってそれを満たすと、直接手に渡すのが恐れ多いというふうに円卓の上に置いた。

「どうぞ」

「ありがと」

「いえ」

 座っている女性はそれを受け取ると一口だけ音を立てずに口にする。

「うん、いい味よジェーン。また腕を上げたわね」

 ジェーンと呼ばれた女性はその言葉に深々と礼をする。

「ありがとうございます。ウィンザー様」

「ヴィクトリアで良いって言ってるのに」

「しかし王家の方々を名前で呼ぶわけには……」

 座っている女性、ヴィクトリア・ウィンザーの言葉にジェーン・コールフィールドは困惑したように声を上げた。

「今いるのはイギリスじゃない。それで納得しないなら命令でもいいわ。何より私が嫌」

「はい、分かりました。ヴィクトリア……さん」

「よろしい」

 ジェーンの返答にヴィクトリアが微笑んだ時、会議室のドアが開いた。
 その瞬間に先の2人の表情は微笑が消えて外交向けの顔となる。
 入ってきたのはドイツ軍の黒い軍服に身を包んだ2人。先に歩いてくるのは長い紫紺色の髪をした女性で、黒い軍服が成熟した女性の身体をより目立たせて見える。
 その後ろにぴったり一歩分離れてついてきているのは小さな少女。紅蓮にも近い真っ赤な髪をツインテールにし、何よりもその可愛げな外見に合わない左目の眼帯と鋭い眼光を放つ右目が彼女の異様さを際立たせている。
 その2人は円卓の手前でピタリと息を合わせたように止まると直立不動になり、また2人同時に示し合わせたように敬礼をする。

「ドイツ陸軍特務大尉、ロベルティーネ・シャルンホルストです」

「同じくドイツ軍IS配備特殊部隊少尉、パルティス・アシュレイです」

 2人の敬礼に先にいた2人も敬礼をして言葉を返した。

「ご苦労様。私がイギリス王家第1王女、ヴィクトリア・ウィンザーよ」

「イギリス代表候補のジェーン・コールフィールドです。よろしく」

 双方が敬礼を終え、ヴィクトリアが席に再び座るとロベルティーネはヴィクトリアから一つ空けた右隣の席へと座り、パルティスはジェーンと同じようにその後ろに待機する。それを見てからヴィクトリアは意地悪げにロベルティーネに声を掛けた。

「ドイツは例の部隊の隊長さんが来ると思ったのだけど?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐は現在IS学園に所属している身です。正式な会談ならともかく今回のような非公認では。代わりと言ってはなんですが同部隊のアシュレイ少尉をお連れしました」

 その言葉にヴィクトリアは思わず苦笑いしてしまう。会談は非公認だと自分でも言っているのに軍服を着ている。会議室に入る前にわざわざ着替えたのだろう。ドイツはいつでもお堅いままだ、と言う呟きにも少し眉を動かしただけで反応しない。

「それもそうね。こっちのオルコット家の頭首もそうですから。それにしてもドイツ軍の『魔弾の射手』が来るとは思わなかったわ」

「私もイギリス王家の誇る『ブリュンヒルデ』が直々に出向いているとは思いませんでしたよ」

「特務大尉、ということは2つ上の中佐扱いということでよろしいのかしら?」

「はい。現在例の一件のせいでIS配備特殊部隊の指揮権を他に移すための一時的なものとお考えくださって結構です」

「シャルンホルスト特務大尉」

 2人の会話が止まる時を予期したかのようにパルティスが時計を指した。時間だ。

「分かっている。王女殿下、イタリアの代表はまだ来ていないのですか?」

「そうね。ジェーン」

「は」

 ジェーンはそう言うと端末でどこかに電話を掛ける。数回だけ言葉を交わした後にジェーンは再びヴィクトリアに言葉を返す。

「ロビー班からの報告では既にエレベータ-に乗ったそうです。後5分ほどで到着するかと」

「これだからイタリア人は。あいつらは時間にルーズで困る」

「まあまあ、急な召集だったし5分なら早いほうじゃない?」

「一秒の遅れが死に繋がることもある」

「アシュレイ少尉」

「は、出すぎた真似をいたしました」

 ヴィクトリアの言葉にムッとしたパルティスの呟き程度で出した声にロベルティーネが厳しい口調で注意した。軍のあり方はそれぞれだが、ドイツの軍律は他のものと比べても異常なまでに厳しい。上官同志の、それも他国のともなればその会話に下の階級のものが意見するなどあってはならない。それを見たヴィクトリアは苦笑いをするしかなく、ジェーンは怪訝そうな顔をしている。
 その時、会議室のドアが勢いよく開かれた。

「申し訳ない! 遅れちまった!」

「ジェルミ少佐! 言葉遣い言葉遣い!」

「ん? ああ、そうだったな。ありがとうユリア」

 勢いよく入ってきたのは黒髪を肩の上で切り揃えたジェルミと呼ばれた明るい成人女性と、ダークブルーの髪を肩のあたりまで伸ばしているメガネをかけたユリアと呼ばれた少女だ。ジェルミがその場で敬礼するのを見て、ユリアが慌てて敬礼をする。

「イタリア空軍所属、フィオナジェルミ少佐。只今到着いたしました!」

「い、イタリア代表候補のユリア・アーセナルです! よろしくお願いしましゅ!」

 フィオナのその敬礼が先ほどと違い、ものすごい様になっているのと、明らかにユリアが噛んだことでその場が一瞬だけ静寂に包まれた。

「ふふ、よろしくお2人とも」

 ヴィクトリアの言葉に2人がようやく敬礼を下ろす。ユリアの方は大事な場面で噛んだことで完全になみだ目になってしまっていた。

「可愛いな……」

「「え?」」

 ロベルティーネが無意識に洩らした呟きに隣にいたイギリスの二人が反応する。

「シャルンホルスト特務大尉。悪い癖が出ています」

「む、失敬。失言だ、気にするな」

「そ……うですか……」

 ジェーンはそれ以上突っ込むわけにも行かず、失言の方が不味い気がするけど、というヴィクトリアの言葉はフィオナが慌しく席に着く音でかき消された。当然ユリアは席にはついておらず、後ろで待機している状態である。

「さ、無事3国揃ったことだし始めましょうか。ジェーン、お願い」

「はい」

 そう言ってジェーンが会議室の電気を落とし、投影型ディスプレイを取り出して映像を円卓の中央に映し出した。

「これは先日こちらの代表候補、セシリア・オルコットによって記録された映像です」

 そこに映し出されているのは銀色に輝くアメリカ第3世代IS『銀の福音』、それに立ち向かう第2形態移行した『白式』と単一仕様能力『絢爛舞踏』を発動した『紅椿』。

「既にご存知でしょうが、この3機の性能は異常です。また『白式』、『紅椿』の2機はあの篠ノ之束博士自身が作った第4世代ISということです」

「第4世代……」

 その言葉にユリアが声を上げるが誰もそれを咎めず、ジェーンの説明が続く。イタリアの代表候補は現在IS学園にいないのだから、このことを知る術が無い。ここで初めて知る内容であるのだろう。

「続けます。また同人物からの報告によればこの二名はどちらも単一仕様能力を開花させており、所属国家もありません。EUで迎えることが出来ればあの米国さえも抜いて世界のトップに立つことが出来るでしょう」

「それこそ難しいのではないか? こちらもボーデヴィッヒ少佐から報告は受けているが、どちらも今のところどこかの国に所属する意志はないとのことだ」

「そうなのよね」

 ロベルティーネの言葉にヴィクトリアが呆れ顔で答える。

「こちらのセシリア・オルコットからも同じような報告を受けているわ。言うならば、所属『篠ノ之 束』、って感じかしらね」

「笑えないぞ王女様」

「あら、実際そうなんだからしょうがないじゃない?」

 フィオナは面倒くさそうに自分のそばかすをポリポリと掻く。成人女性であるのに存在するそれは彼女が化粧下手ということを物語っているのだが、それがまた愛嬌を生み出している。

「現在のところ出身国の日本からの勧誘も断っている状態のようですし、この2人については現状維持でいいというのがイギリスの判断です」

「ウチ程じゃないが悠長な判断だね。イギリス様とは思えないな」

「それはそれ、これはこれよ。何でも直ぐに結論を出せばいいってモノじゃないわ。重要なのはそれを見極めることよ。イタリア軍でもそうじゃないの?」

「へいへい。王女様の言うとおりですよ」

「現状とそちらの判断は理解した。では何故この映像を流してるんだ?」

「それは今から……」

 ロベルティーネの言葉に合わせてジェーンが映像を変え、その場にいた5人の代表候補生が映し出される。

「我がイギリスも含む代表候補生5人組。今の問題はこれね」

「あのー、発言をよろしいですか」

「はい、ユリアちゃん」

 恐る恐る手を上げたユリアにヴィクトリアが満面の笑みで答える。ロベルティーネはそれに関しては咎める気は一切無いようだ。
 ユリアは雲の上の人間にちゃん付けで呼ばれた上に発言する緊張でかなりの汗をかいている。

「ち、ちゃん……えと、この5人のどこが問題なのでしょう? 別に問題ないように見えますけど」

「じゃあユリアちゃんに問題です。この映像に間違いが一つあります。そこはどこでしょう?」

「え、えっとー……」

 ユリアはヴィクトリアにそう言われて画面の映像を凝視する。2分は探し回っていただろうか、結局見つからずに肩を落としてしまう。

「うう、分かりません。皆さん公表されている第2、第3世代ISで特に問題ありませんし……」

「正解」

「へ?」

「異常が無いのが間違いなのよ」

 ユリアが全く分からないという風に首を傾げる。

「む……」

「あら? ジェルミ少佐は気づいたようね」

「まあ……な」

「え? え??」

 同じ国のフィオナが分かったのにユリアは分からなくて更に首を傾げてしまう。それを見たヴィクトリアが出来の悪い生徒に教える先生のように優しく問うた。

「じゃあユリアちゃん? ここに映っているのはどこの国の代表候補かしら?」

「え? えっと、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリア、中国……ですよね?」

「そこまで分かってるならあとちょっと」

「………あ!」

 少し考えた後に声を上げたユリアを見てヴィクトリアは満足そうに頷いた。反面、ドイツのパルティスは何故気づかないんだという風に蔑んだ目を向けているが、そのことは気にせずにヴィクトリアは言葉を続ける。

「そ、フランスの代表候補生は男性(・・)としてIS学園に向かった。なのにここで見えるこのフランス人はどこからどう見ても女性」

「つまりフランスは世界に対して嘘をついていたということになる。フランス政府は早々にデュノア社の支援を打ち切ったとの報告も入っているが、この内容はEU全体の責任と言うことだ」

「ま、デュノア社の苦境は分かっていたけど、ここまでやられちゃこっちも擁護できないってことだよ。分かったかユリア」

「は、はい」

 それぞれの上官から言われてユリアが恐縮してしまう。

「既にアメリカからは抗議が殺到。自国の軍事ISが表沙汰になる前にこっちを潰そうって算段でしょうね」

「流石というべきだが、切り札はこっちも相手も同じだ」

「それにこれもあるわ。ジェーン」

「はい」

 再びジェーンがヴィクトリアに促されて画像を変える。そこに映されたのはオーストラリアのISとその操縦者。その映像に映し出されているのは何の変哲も無い、一般にも公開されているISだったためロベルティーネでさえ疑問の声を上げてしまう。

「これは? ただの『デザート・ホーク』のように見えるが」

「そ、パッケージを装備した、ただのオーストラリアの『デザート・ホーク』」

「それのどこが問題なんだ?」

「問題は……これの装備しているパッケージが水中用である、ということよ」

 その言葉でロベルティーネとフィオナが理解して頷いた。

「なるほど」

「確かにそれはダメだな。豪州も粋なパッケージを考える」

「そう、モンド・グロッソに水中競技なんて存在しないし、水中用を開発する意味もかなり薄い。これを開発してる理由は……」

「軍事利用……か」

「ま、これを元に赤道連合を味方につけることが出来れば、もしかしたら……ね」

「確かについこの間も赤道連合は加盟国を増やしたが……そう上手くいくのか?」

「それを上手くいかせるために私たちが集まったんでしょ? なんのための『イグニッション・プラン』の中心3カ国の代表が集まってるのよ」

 ヴィクトリアが右手を軽く振ると映像が消され、暗かった会議室に明かりがつけられる。

「なるほどねー。大胆なこと考えるねー、王女殿下は」

「え、っと。つまりここでEUの大勢を決める……ということですか?」

「そゆこと。ユリアにしては勘がいいな」

 その言葉で場が一斉に動き出す。

「了解した。いいだろう。我がドイツはイギリスに協力する。少尉」

「了解です大尉。隊長にもそう伝えます」

 世界と対抗するために……

「イタリアもだ。この件に関しては一任されてきてるんだからな。ユリア、本国に連絡入れておいてくれ」

「は、はい! 了解しました!」

「それじゃあ………効率的な脅し文句でも考えましょうか?」

 ヴィクトリアの浮かべた妖艶な笑みは、欧州の大勢を決める非公認会議の幕開けを意味していた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アメリカハワイ沖。第7艦隊所属、原子力空母『ジョージ・ワシントンⅡ』

 世界の警察を自負するアメリカは、ISでさえも一国で100機近くを保有した類を見ないIS大国である。そしてその影響は当然軍にも大きく影響している。特に既存の原子力空母『ジョージ・ワシントン』を改造した『ジョージ・ワシントンⅡ』は内部に巨大な工房を備えさせることによりISの修理、補給を可能としており、世界初のIS搭載空母保有国としてその地位を更に磐石にさせつつある。
 常に3機のISがいつでも出撃できるように準備されており、当然配備されている機体も最新鋭の物が多い。
 空母内部にはIS操縦者のための船室が設けられており、一般護衛艦艦長と同等レベルの船室を与えられている。決して広いとは言えないが、船の中と考えればそれクラスの船室が10もあるのは世界広しと言えどもこの『ジョージ・ワシントンⅡ』くらいであろう。

 その一室に、声が響く。規則的に入り口の真上から聞こえるそれに合わせて、下に敷かれたタオルに液体が滴り落ちる。
 
「ふ! ……ふ! ……」


 入り口の上の狭い部分に取り付けられたバーに足でぶら下がっている赤い短髪の少女……エリス・ジャクソンはシャツが捲くれ上がって下着が見えてしまうのも構わず腹筋を続ける。これは彼女の訓練ではなく日課だ。これをやらないと落ち着かないしどうせ誰も見ていない。

「エリスー? 入るぞー」

「あ」

 再び腹筋をしようとした途端、ノックと同時に空いた扉から見知った顔がいきなり目の前に現れた。そしてこの時点で普通相手は悲鳴を上げるはずだ。何せいきなり入り口の上から逆さまの状態の人がぶら下がっていれば誰でも驚く。しかしその扉を開けた少女は別段驚く様子も無く、またかという風にため息をついただけだった。

「さっさと降りろ」

「そう怒んないでよリーゼ」

「怒ってない。呆れてるだけだ」

 短い茶髪を右手で上げた少女、リーゼ・ノームがまたため息をつく。エリスはその場から曲芸のように一回転して床に着地すると敷いてあったタオルを片付けながら聞く。

「で? 今日は何の用?」

「ああ、IS操縦者は全員ブリーフィングルームに来いってさ」

「って言っても今は私と貴方とソフィアしかいないじゃない」

「だから私がお前を呼びに来たんだ! さっさと準備しろ!」

「んー、ああ。そう言えば外してたっけな」

 エリスの言葉にノームがまた深いため息をつく。世界広しと言えども、巡航中の空母の中で待機状態のISを体から外すアホはこいつくらいだろうという意味を込めて。いくら通信で呼びかけても返事が無いはずだ。
 エリスは思い出したようにベッドの上にある待機状態のIS、認識票を首から提げて軍服を身に着けようとする。

「せめてシャワー浴びろアホ」

「え、だって召集なんでしょ?」

「そのくらいは待ってもらう」

「そう? じゃあお言葉に甘えて」

 結局2人がブリーフィングルームについたのは30分後。ブリーフィングルームには50歳を過ぎている艦長ともう1人、金髪碧眼で鼻の高い少女。『ジョージ・ワシントンⅡ』配属のアメリカ代表候補、ソフィア・エクレスが待っていた。

「随分な重役出勤だな、エリス・ジャクソン少尉」

「申し訳ありません艦長」

 艦長の嫌味にソフィアが頭を下げる。

「まあ彼女についてはいつも通りだ。大方訓練でもしてたんだろ。それに君が謝ることではない」

「ソフィアは優等生だからな」

「誰のせいだと思ってるんですか」

 ソフィアのきつい視線と共に放たれた言葉に、エリスは明後日の方向を向いて口笛を吹き受け流してしまう。それがまた上手いのでソフィアの気に触るのだ。

「喧嘩はよそでな。では状況を説明する!」

「「「は!」」」

 艦長の言葉に一斉に姿勢を正すのはまさしく軍人。全員が15,16歳という若年ながらIS操縦者の名は伊達ではないと再認させられる。

「『銀の福音』については知っているな?」

 艦長の言葉に3人がほぼ同時に頷く。恐らく米国のIS操縦者で知らない人はいないであろう軍用ISの暴走事件。そしてそれがIS学園の生徒によって終結されたということもである。
 貴重なコアも暴走のせいで凍結処理が決定し、実質アメリカ批判の口実を各国に与えたようなものである。

「まあそれに関して本国からも緊急要請が来ていてな。どうやらEU、赤道連合を含む諸外国からの風当たりが相当きついらしい」

「艦長、前置きはその辺りで結構です。本題へ」

「うむ、そうだな」

 3人を代表してエリスが艦長を促す。艦長も含め自分たちは軍属だ。政治には口出しできないし、そんなものは政治家に任せればいい。自分たちは自分たちの出来ることを可能な限りするのが仕事だからだ。
 それにそういう時は決まってこちらも何かしら相手と同じかそれ以上のカードを持っているのがアメリカと言う国だ。

「まだ未確定だが、近々大きなパーティがあるらしい」

「パーティ……ですか?」

「うむ、まあ私も内容は知らんのだがな」

 そう言って艦長は懐から3つの命令書を取り出す。

「エリス・ジャクソン、リーゼ・ノーム、ソフィア・エクレス。『ジョージ・ワシントンⅡ』に配属された3名に共同の任務だそうだ」

 艦長が取り出したのは特別任務指令状。指令を出した参謀本部と受け取り手にしか知らされないそれは極秘案件として送られるため、記録の残らない手紙で作られる。そしてその場で頭に入れてその場で焼くことでその指令状の案件の極秘性を保つという規則の元に作られる謂わば最上位命令書でもある。
 その指令状を3人は開け中を確認し……

「「「え?」」」

 ほぼ同時に同じような声を上げることになった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 オーストラリア連邦首都、キャンベラ

 オーストラリア南東部に位置するこの首都はオーストラリア首都特別地域(ACT)と呼ばれ、どの州にも属さないオーストラリアの中でも数少ない直轄地である。赤道連合の拠点もここであり、またIS国営企業ジャクソン社もここに本社を置いている。
 南半球であるため日本とは四季が真逆であり、7月8月の最低気温は氷点下にも達し、12月1月の最高気温は40度を超えるというあまり気候条件の良くない場所でもあるが、逆にその環境があるからこそ、ISデータ収集に適しているとされてジャクソン社がここに置かれるようになっている。

 そしてそのジャクソン社内の一室。IS開発局長室では白髪に赤い瞳を持っ女性が唸り声を上げていた。と言ってもその声は綺麗であり聞く人を不快にさせるものではないのだが、逆に心配がらせてしまう声なのだ。
 そんな彼女の目の前にカップが置かれる。女性が顔を上げるとそこにはモウモウと湯気を立てるコーヒーと、それを持ってきた赤毛の大きな男性が立っていた。

「悩んでるな? アイシャ」

「当たり前でしょ。あと今は会社よ。ゼヴィア・カストさん」

「そうだな、アイシャ・カスト開発局長殿?」

 そう言いながらも顔が笑っているのが大男、ゼヴィアのいいところなのだが。アイシャはゼヴィアと結婚してよかったと思うのはこういう時だ。本人も外交と開発局で引っ張りだこの癖にこっちにまで気を回してくれる。それを他の人にもやってるから開発局の親父さんなんて呼ばれてるわけで、アイシャとしてはそこは少し自重して欲しいところだったりする。

「やはり問題は『ディープ・ブルー』の一件か?」

「ええ、こんなことなら送るべきじゃなかったわね。カルラに悪いことしちゃったわ」

「今更終わったことを言っても始まらないか……む」

 ゼヴィアの胸ポケットから携帯電話が音を立てる。ゼヴィアは取り出して発信相手を確認すると、深いため息ついた。

「すまない。また仕事だ」

「いいのよ。今はそっちの方が大変でしょうから」

「ああ、愛してるよ」

「私もよ」

 ゼヴィアはそう言うとアイシャの額にキスをして局長室を出て行った。アイシャはまた深いため息をつくと最愛の人が入れてくれたコーヒーを一気に飲み干す。舌が火傷しそうなほどの熱さと苦さがだれていた身体を一気に覚醒させてくれた。

「そうね。今は過去を振り返るより何が出来るか……か」

 アイシャはそう呟くと電話を手に取る。赤道連合もかなり大きくなった。つい先日参加表明してきた国の中には今求めているISもあるかもしれない。とことん調べてみるしか。

 そう彼女が思ったとき誰かがドアをノックしてきた。

「どうぞ」

「失礼します」

 ドアを開けて入ってきたのはセミロングの金髪に碧眼の少女だ。左目の下に泣き黒子があり、それをめだたせるように左横の髪を縛っている。少女はその場に直立不動になるとアイシャにむけて敬礼をする。
 
「クロエ・アシュクロフト。任務を終えて帰還しました」

「そう、お疲れ様。楽にしてくれて構わないわ」

「はあ、きつかった……」

 アイシャがそういった瞬間今まで直立不動だった少女、クロエが姿勢を崩す。元ニュージーランド代表候補にして、赤道連合発足当時からジャクソン社に所属しているクロエは赤道連合の中でも15歳と若いがかなりの古株に入る。新入の候補生は大抵クロエが指導するし、テストパイロットとしても優秀だ。『デザート・ウルフ』についての説明は彼女以上に知る人は少ないとさえ言われている。だからこそ、今回のような外国への交渉ごとにも付き添っていくだけの任務を任せることが出来る。

「状況は?」

「状況も何も……アイシャさんの予想通りですよ。簡単に言っちゃえば皆焦って加盟したものだからISの開発権まで渡したくないって……滅茶苦茶ですよねえ」

「まあ、嫌な想像ほど的中するものよね」

 先日の米国軍事IS暴走事件以来、赤道連合に加盟を表明する国が大幅に増加した。オセアニア州に属するほとんどの群島諸国、今まで参加を拒んでいたシンガポール、中国と国境を接していて様子見に徹していたラオス、カンボジア、ベトナムも参加を表明。加盟国が急速に増えたことによりISの運用も非常に広範囲に渡る様になってしまったのだ。
 そもそもトンガなどの群島諸国はISを1機しか保有しておらず、更に予算の都合上1国ではあるが未だに第1世代が現役と言う国さえある状態だ。特に今回参加表明をしたベトナムやシンガポールと言った国々は独自のIS開発が盛んであり、参加表明したとは言ってもそれが技術目的と言うことは誰の眼から見ても明白。その上中国と国境を接したことによって国際問題が増えることは火を見るより明らかである。
 更に水中用に開発していたパッケージ『ディープ・ブルー』がIS学園所属中とは言え世界にばれてしまったのは痛い。既に政府関連にはEU、アメリカ、中国などの主なIS保有国から抗議や非難が相次いでいる状態だ。当然こちらもやり返してはいるのだが、手札が全く同じでは声の大きい方が勝つのが道理。だからこそ今回の参加表明国の急速増加も本来見送るところなのだが、了承せざるを得なかった。

 それにも増してIS開発は一国では限界があるし、更に例の第4世代の登場。例外なのはそれこそアメリカ、中国、ロシアなどの大国くらいだろう。意地を張っていればそれだけ世界から遅れることになる。それはどの国も避けたいのだ。

「カルラは、大丈夫ですよね?」

 いつもはムードメーカーのクロエの声も少し沈んで聞こえる。その声にアイシャも頭を抱えてしまいそうになってしまう。この事件の発端になった以上、いくら娘で代表候補といえどもケジメは必要だ。そのことを考えると頭が痛い。

「それはあなたの気にすることじゃないわクロエ」

「でもカルラは後輩で……友達です」

「気持ちは嬉しいけど……カルラのいないところで言っても始まらないわ。いざとなったらカルラをお願いね」

「はい!」

 アイシャの言葉にクロエは元気良く答える。空元気かもしれないがこの子の性格は周囲を明るくしてくれる。今のアイシャにはそれが救いだ。

「とりあえずお疲れ様。引き続き外交への付き添いをお願い」

「はい、それは構わないんですけど……」

「なら早く行く。さっきゼヴィアが呼ばれていたし、貴方にも直ぐお呼びが掛かるでしょう。少しは休んでおいたほうがいいわ」

「分かりました。失礼します」

 クロエがそう言って部屋を出ると、アイシャはため息をついた。

 切れる手札は全員同じ。後は出すタイミングだけ。
 なのだが……

「相手が2つじゃねえ……」

 EUとアメリカ。世界が認める2大勢力を発足から10年程しか経ってない新興勢力が相手取ることが如何に難しいかは子供でも分かる。
 そのことを考えるとアイシャは再び深いため息をついた。 
 

 
後書き
今回複数オリジナルキャラクターが出ているのでその紹介を。

イギリス、
『ヴィクトリア・ウィンザー』【楽毅様】
『ジェーン・コールフィールド』【無間様】

ドイツ、
『パルティス・アシュレイ』 【長俊裕樹様】
『ロベルティーネ・シャルンホルスト』 【ネコのしっぽ様】

イタリア、
『フィオナ・ジェルミ』【スルメ様】
『ユリア・アーセナル』【長俊裕樹様】

アメリカ
『エリス・ジャクソン』【KAME様】
『リーゼ・ノーム』【飛鳥様】
『ソフィア・エクレス』【Needle様】

ニュージーランド、
『クロエ・アシュクロフト』【竜華零様】

以上の10人です。このオリジナルキャラクターは「なろう」で書いていた時に応募して、作者が採用させてもらったもので、【 】内は投稿して頂いた方々です。(名前は「なろう」で投稿して頂いた時の者をそのまま掲載しています)

オリキャラ投稿してくださった方々、ありがとうございました。

今後もちょくちょくオリジナルキャラクターが出てくる予定ですので出てきたときはその際後書きなどで記載していきますのでよろしくお願いします。

誤字脱字、表現の矛盾、原作流用部分の指摘、感想、評価等などお待ちしてます  
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