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ソードアート・オンラインーツインズー

作者:相宮心
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SAO編-白百合の刃-
  SAO28-純白の優しさ

 
前書き
キリカ、マジホワイト。

……意味がわからないな(笑) 

 
『軍』の魔の手から子供達を救出した矢先、謎の発作で悲鳴を叫んだユイちゃんをスズナが子守歌のような癒し歌でユイちゃんを眠らせた。そしてスズナ自身も役目が終わるかのように眠りについた。幸い、数分後に二人は何事もなく目を覚ました。だが、発作になったこと、子守唄を歌ったことなど、よく覚えていなかった様子だった。
 なんで急にユイちゃんは発作になったんだろう。それにスズナが口にしていた『旧ユニークスキル』ってなに? 『ユニークスキル』と何が違うの?
 唐突に訪れた出来事に私は理解が追いつけられなかった。それは私だけではなく、その場にいた人達もそうだろう。
そんなこともあって、アスナは長距離で移動させたり、転移ゲートを使わせたりする気にはならず、サーシャさんの熱心な誘いもあって、教会の空き部屋を一晩借りることにした。
 翌朝、スズナもユイちゃんも昨日の件で悪影響になることはなかったので、一安心。安心して朝食を教会の広間で取ることにした。

「ミナ、パンひとつ取って!」
「ほら、よそ見してると、こぼすよ!」
「あーっ! 先生ー! イチ姉ちゃん! ジンが目玉焼き取ったー!」
「かわりにニンジンやったろー!」

 安心したと思ったら慌ただしい光景は食卓という舞台で競い合い、食べつくす、子供達の朝食戦争。巨大な長テーブル二つに所狭しと並べた大皿に、卵やソーセージや野菜サラダを約二十人の子供たちが盛大に騒ぎながら食べていた。

「これは……すごいな……」
「そうだね……」

 その様子を兄とアスナは呆然と呟く。私も同様に呆然してしまったけど……。

「いいじゃない、元気があってさ」
「なんだ、キリカは驚かないのか?」
「いや流石に驚くよ。でもさ、黙々と静かに食べているよりもこうやって慌ただしい方が元気あっていいじゃない。兄もそう思うよね」
「……確かにな」

 私は少し離れた丸いテーブルに子供達の様子を見て言うと、兄も納得した。黙々と食べるのはオシャレの店で十分だよ。

「わたし、皆さんが楽しそうで何よりです」

 イチは穏やかに微笑み、お茶が入ったカップを口許に運んだ。

「あの様子では、静かになることもないわね」
「そうですね。いくら静かにって言っても聞かなくて、だから毎日こうなのですよ」

 サーシャさんは子供たちを愛しそうに見守る目付きでドウセツに言う。その瞳は子供好きがよく伝わってくる。

「向こうでは大学で教職課程取っていたのです。ほら、学級崩壊とか長いこと問題になっていたじゃないですか」

 そうだっけか? 
 あ、学校と言えば……最後の体育祭、修学旅行……全部、台無しになった。
 ……茅場晶彦ォ……覚えていろよぉ…………。

「あ、あの……」
「サーシャさん。別に無視しても構いません。続いてください」
「聞こえていますよー、ドウセツさーん」
「続けて」
「あ、はい。それで私が子供を導いてあげるんだーって、燃えてました。でもここに来て、あの子達と暮らし始めたら、見ることとか、聞くこととか、何もかも大違いで……。むしろ私が頼って支えられているほうが大きいと思います」
「そうですか? わたしはサーシャさんがいるから、みんな元気だと思います」
「ありがとう、イチさん。私もそれがいいと言いますか、それが自然なことに思えるのです」
「なんとなくですけど、解ります。サーシャさん」

 アスナは頷きながら口にし、隣の椅子で食事中のユイちゃんの頭をそっと撫でた。

「サーシャさん……」
「はい?」

 兄はカップを置いて昨日の『軍』について話し始めた。

「『軍』のことなんですが、俺が知っている限り、あの連中が専横(せんおう)が過ぎることはあっても治安維持は熱心だった」

 私も『軍』のイメージはそんな感じであった。だけど昨日の『軍』は、それをまったく感じられなかった。

「昨日見た奴らは……まるで犯罪者だった」
「犯罪者と言うより変態集団よ」
「間違ってないけど、兄はあえて犯罪者って言っているんだから、口を挟む必要ないって」
「別に、あえて置き換えているわけじゃないからな」

 ドウセツの変態集団は置いといて、どっちにしろ、私と兄が抱いている『軍』のイメージとは程遠かった。
それこそ、自分の立場を利用した悪い人。

「……それでサーシャさん、いつからああなんです?」

 兄は訊ねると、サーシャさんは口許を引き締めて、はっきりとした口調で話し始めた。

「半年前……方針が変更され、徴税と称して恐喝まがいの行為を始めた人達と、それを取り締まる人達に別れていたんです。『軍』のメンバー同士で対立している場面を何度も見ました」
「なんでも、権力争いか何かあったみたいで……」

 それを付け加えるようにイチは口にした。
 『軍』は千人以上のプレイヤーが所属している巨大集団。昨日の連中は、徴税と称して恐喝を行う一部のプレイヤーだろう。規模がでかいだけに、いろいろと厄介だなぁ……。
なんせ、昨日みたいなことが日常になっている可能性だってあるんだから。

「ねぇ、アスナ」
「なに?」
「ヒースクリフさんとイリーナさんは、この状況知っているの?」

 昨日みたいなことが日常的に行われているなら放置は出来ない。

「団長は…………知ってるんじゃないかな? 『軍』の動向にも詳しいし、でも何て言うか……ハイレベルの攻略プレイヤー以外には興味なさそうなんだよね。殺人ギルドの『ラフィン・コフィン』討伐の時なんかは『任せる』の一言で関わらなかったし……だから多分『軍』をどうこうするために攻略組を動かしたりとかはしないと思うよ」
「奴らしいと言えば、奴らしいな……」

 アスナから出たことに対して兄は顔をしかめてお茶をすすった。
 要は攻略第一で、下で何が起きても攻略に影響が起こらない限り動くことはないってことなのね

「イリーナさんは?」
「イリーナさんも同じだと思う」
「動くとは思わないわね。知恵は貸すけど、率先して自分で解決しようとはしない。イリーナさんが率先しているのは、教育だわ」
「うーん……『軍』を教育するために、動いてくれるってことはないの?」
「ないわ。貴女が『軍』の人達を血聖騎士団に入団させるのなら、話は別だけど」

 それでも知恵を貸してくれるだけ、ヒースクリフさんよりかは協力的か。ドウセツが嘘つくとは思えないし、知恵だけしか助けてもらえないか。まったく、強いんだから下層の人助けぐらいしてもいいのに。
二人が協力して来ないとなれば、最悪問題が起こった時は私達でやるしかない、か。ただ、私達だけでは出来る範囲が限られるんだよね……。せめて、徴税と称して恐喝している『軍』の反対派と協力すれば、なんとかなるかな?
 ふと視線を兄に向けると。教会の入り口のほうを見やっていた。
 それは……。

「誰か来るぞ。一人……」
「え?」
「またお客様かしら……」

 サーシャさんの言葉を重ねるように、音高いノックの音が館内に響き鳴った。
 サーシャさんは越に短剣を吊して向かい、念のために兄とイチはついていった。

「誰なんだろ……」
「昨日の変態集団のリーダーじゃないの? ちゃんと抗議出来ると本気で思っているのかしらね」

 ぽつりと口にした言葉にドウセツは冷静に毒を吐く。
 抗議の可能性はあるかもしれない。昨日はあんなのだったけど、『軍』に所属していることに変わりない。ただ、変態集団って……どんだけ彼らを見下しているのよ。
 出迎えに行った三人が一人の女性プレイヤーを連れて戻って来た。銀色の長いポニーテール。鋭く整った顔立ちで空色に光る瞳。大人っぽくて怜悧(れいり)と言う言葉にぴったりな美人さんだった。
 でも、ただの美人ではなかった。
 右個人にショートソード、左腰には巻かれた黒革の鞭が吊されて、濃緑色の上着と大腿部(だいたいぶ)がゆったりとしたズボン。ここまではフィールドに出て戦うプレイヤーであることはわかる。
 だが彼女は、鉄灰色のケープに隠されているが、スレンレススチール風に鈍く輝いている金属鎧。それが『軍』であることを象徴している。
ドウセツの推測通りに『軍』に所属するプレイヤーが訪れた。
相手が『軍』だとわかれば、どうしても警戒心を生んでしまう。その影響は、戦場さながらの食事は休戦になり、子供達の手が止まる。

「皆さん、この方は悪い人ではないので大丈夫ですよ」

 緊張感が漂わせようする前に、イチは子供達に微笑んで安心させた。すると子供達は止まっていた手を動かし、すぐさま食堂が戦場になるくらいに騒ぎ出した。
 その中を丸テーブルまで歩いた銀色の女性プレイヤーは、サーシャさんから椅子を勧められると軽く一礼して腰掛けた。

「兄、イチが悪い人じゃないって言っていたけど……誰?」
「この人はユリエールさん。どうやら俺たちに話があるらしいよ」

 ユリエールさんはぺこりと頭を下げて口を開き自己紹介をした。

「はじめまして、ユリエールです。ギルドALFに所属しています」
「ALF?」

 どっかで聞いたような……う~ん、思い出せないな……。

「えっと……キリカさん。ALFはアインクラッド解放軍の略称ですよ」
「あぁ、そういうこと」

 それでもやっぱり『軍』の関係者か。
 イチから疑問に思った答えを教えてくれたところで、私達も軽く自己紹介をする。すると、ユリエールさんはアスナが自己紹介した時に『血聖騎士団』と言う言葉を聞いて、目を見張った。

「KoB……なるほど、道理で連中が軽くあしらわれたわけだ」

 その言葉に過ったのは、昨日の子供を人質にして恐喝しようとしたけど、ドウセツとアスナによって失敗したこと『軍』のことだろう。
 そんな中、警戒心を強めていたアスナが訊ねる。

「……つまり、昨日の件で抗議に来たと言うことですか?」
「バカね、アスナ。あんな連中に抗議するなら、今ここでまともに挨拶一つ出来ないわよ」
「ドウセツ、ちょっとぐらい言葉を慎みなさい」

 毒を吐いた発言に、ユリエールさんはどういった反応すればいいのかわからず、困惑していた。もう、ドウセツのせいで困っているじゃない。

「ユリエールさん、勝手ながらも用件があると思って訪れたと感じですが、なにしにここへ……?」
「はい、キリカさん。わたしはお礼とお願いがあって来たのです」
「お願い?」

 予測としては、あの連中を懲らしめる依頼かと思っていた。たがサーシャさんは、本題に入る前に『軍』のことを語り出した。

「『軍』と言うのは、昔からそんな名前だったわけじゃないんです」
「と言うと?」
「ALFが今の名前になったのは、かつてサブリーダーで現在の実質的支配者、キバオウと言う男が実験を握ってからのことです」
「キバオウ……」

 その名前に聞き覚えがあった。第一層ボス戦から参加している攻略組の一人。頭がトゲトゲなのが特徴で関西弁を喋っている。

「最初はギルドMTDと言う名前で……聞いたことありませんか?」
「えっと…………兄、説明して」
「はいはい……」

 なんか聞いたことはあるんだよ。ただちょっと忘れてしまったので兄に説明を求めることにした。私頭良い。

「『MMOトゥディ』の略称で、SAO開始当時の日本最大のネットゲーム総合情報サイトだ。ギルドを結成したのは、そこの管理者で名前は…………シンカーですよね、ユリエールさん」

 兄がシンカーの名を口にした時、ユリエールさんの表情がわずかながら歪んでいた。

「彼は……彼は決して今のような、独善的な組織を作ろうとしたわけじゃないんです。ただ、情報や食料とかの資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしただけで……」
「だけど、その行動は崩壊へと招き、彼は指導力を失ったと……」
「……はい」

 私もドウセツが言った通りの結末は聞いていた。
 MMORPGは、プレイヤーのリソースの奪い合いであり、例えSAOの世界に閉じ込められたという異常事態でも変わりはしなかった。
 シンカーがやろうとしたことは間違いではない。むしろこの事態だからこそ、やるべき行動の一つだ。だが、それをやり抜くには現実的な規模、強力なリーダーシップ、天性のカリスマ性がなければ実現できるのは難しいのだろう。そして『軍』はあまりにも巨大過ぎていて、とても一人では全てをまとめることは簡単ではない。
 結果ドウセツの言う通り、少しずつ削られ、そして崩壊してしまった。

「得たアイテムは秘匿(ひとく)が横行し、粛清(しゅくせい)反発が相次ぎ、リーダーは徐々に指導力を失った時に台頭してきたのがキバオウと言う男です」

 ユリエールさんは苦々しい口調で話続けた。
 キバオウはシンカーが放任主義を利用し、同調する幹部プレイヤー達と体制の強化を打ち出し、アインクラッド解放軍に変更。更に公認の方針として、犯罪者狩りと効率のいいフィールドを独占して推進。最低限のマナーは守っていたものの、次第にキバオウ一派の権力は強力になり、徴税と言う恐喝まがいの行為することにまでなってしまった。
 だけど、キバオウ一派にも弱みがあったらしく、資財の蓄積だけにうつつを抜かし、迷宮攻略をしなかったことだった。本末転倒の声が末端のプレイヤーの間で大きくなってしまい、それを抑えるために配下からコーバッツ率いるハイレベルの十数人で攻略パーティーを組み、最前線のボス攻略に送り出したと言う博打(ばくち)に出た。
 結果は私達が目にした通りなら、惨敗。
 まとも相手にすることもできずに、コーバッツを含めた数名が戦死。最悪の結果を残すことになってしまった。
 コーバッツは何がなんでも退かなかった理由は結果を残すことだった。その証明を手に入れる以外が全て敗北なんだろう。故に壊滅状態でもあろうが、退くことはけして許されない。
 でも……死んでしまえば、そこまでなんだよね……。いくらでもやり直せることだってできるのに……。
 ユリエールさんは一息ついてから話続けた。

「パーティー敗退、隊長死亡は最悪の結果となり、博打は失敗。キバオウはその無謀さを強く糾弾(きゅうだん)されたのです。その結果と基づき、もう少しで彼を追放できるところまで行ったのですが……」
「どうなったのですか?」

 彼女の表情を見て察しはついていた。まだ平和的に解決出来ていない。その答えは、高い鼻梁(びりょう)にしわを寄せ、唇を噛み締め、言葉にしてくれた。

「三日前、追い詰められたキバオウは強攻策としてシンカーに罠をかけました。出口をダンジョンの奥深くに設定してある回廊結晶を使って、逆にシンカーを放逐してしまったのです」
「あの、それでしたら、転移結晶は……」
「キバオウは『丸腰で話し合おう』と言う言葉を信じたせいで非武装なのです。とても一人でダンジョン最深部のモンスター群を突破して戻るのは不可能な状態なんです。戻って来ないとなると、転移結晶も持ってないかもしれません」

 イチの疑問にユリエールさんは答える。
 転移結晶を持っていたら、多分私達のところへは来ないだろう。
人間追い詰められると、容赦なくなるよね……。

「それでシンカーさんは?」
「『生命の碑』の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯まではたどり着いたようです。ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンの奥なので身動きが取れないようで……」

 ダンジョンにはメッセージは送れないし、ギルド倉庫(ストレージ)もアクセス出来ないから転移結晶も届けることも出来ない。シンカーさんが助かるにはシンカーさん自らの足で帰還するか、他の者から迎えに行き、転移結晶を届けるしか方法ぐらいしかないってわけね。

「『ポータルPK』のことくらい知っているはずなのに疑いもしなかったと考えると……貴女と同じお人好しなのね」
「そうかもねー」

 まぁ、ドウセツが私を見て言うのも、自分でわかっちゃうからなんとも言えないが……。

「『ポータルPK』……ねぇ……」

出口を死地ど真ん中に設定し、回廊結晶を使って行う殺害方法。シンカーさんは反目していたとは言え、なにか仕掛けて来るとは思ってもいなかったからキバオウの罠に嵌まってしまったんだ。いや、罠だと思いたくなかったのかな?
 私もキバオウさんは悪い人じゃないと思っているし、立場のこともあってPKしなかったのもあるけど、最悪シンカーさんを殺さなかったとなると、まだ善人としての心が残っているんだと考えてしまう。実際はちゃんと訊いてみないとわからないけど、私はそう信じたい。
 
「ギルドリーダーの証である『約定のスクロール』を操作出来るのはシンカーとキバオウだけです。もし、シンカーが戻らなければ、ギルドの人事や会計までキバオウの好きなようにされてしまいます。シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのは、副官である私の責任。救出に行きたいですが……彼が幽閉されたダンジョンはとても私のレベルでは突破できなかったのです」
「他に『軍』の何名かに声をかけて、協力はしなかったのですか?」
「そうしたいのは山々なんですが、『軍』のプレイヤーの助力はあてにできません」
「そうでしょうね」
 
 ドウセツは冷静に納得していた。でも、ドウセツだったら訊くまでもなかったから、確認のためにユリエールさんに訊いたんだろう。
 『軍』のことを考えてみると、レベル的に何名か協力してもシンカーさんを助けるのは難しいだろう。少なくとも『軍』には攻略組のような人はいないから『軍』ではどうにもできない。キバオウはそれも狙って、『ポータルPK』を実行したんだろう。
 ……展開が読めて来た。ユリエールさんが私達に訪れた理由。

「そんなところに、恐ろしく強い女性プレイヤー二人組が街に現れたと言う話を聞きつけて、いてもたってもいられずにこうしてお願いに来た次第です」

 真っ直ぐ見つめてユリエールさんは深々と頭を下げ、言った。

「お会いしたばかりで厚顔きわまると思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを救出に行って下さいませんか?」
「あ、はい。わかりました」
「え…………」

 長い話を終え、私は即答で承知を受け入れる。するとユリエールさんは顔を上げ、眼を見張って驚愕していた。
 それとなんか……冷たいと言うか、凍りついたと言うか、時が止まっているような……感じがするのは、明らかに私のせい……っぽいね。ドウセツさん? なんでこちらへ睨んでいらっしゃいますでしょうか? 

「貴女がバカだから」

 心を読むようにドウセツは答えた。
 はい、おっしゃる通りにバカです。普通じゃないです。

「あの……自分からお願いして言うのもなんですが、疑わないんですか?」
「そりゃあ最低限は調べてから協力した方がいいかもしれませんね、昨日の件の仕返しする罠だってないわけじゃないし。でも、それじゃあユリエールさんが困るでしょ?」
「それは……」

 ユリエールさんは言葉に詰まってしまう。きっとそれは無理を承知でお願いする意味を理解して、なおかつ救助を求める希望でもあった。今すぐにでも力を貸してほしいと強く願い、シンカーさんを助けたいんだろう。

「いいのか、キリカ」
「何が? あ、主役は兄が良かったかな? ごめんね~、奪っちゃって」
「茶化すな。お前はどうしてそんなに人を簡単に信じるんだよ。圏外におびきだして、危害を加えようとする陰謀である可能性だって捨てきれないんだぞ。お前が言ったことだってないわけじゃないんだから」

 兄の言うことはもっともだった。この世界、SAO内では現実世界よりも他人の言うことを簡単に信じてはいけない。とくに今の状態ではHP0になれば現実世界と同様に死んでしまうので、生き残るためなら平気で人を騙したり道具のように利用したりする人もいるだろう。実際、ユリエールさんが話したことが嘘じゃなければ、シンカーさんはキバオウの言葉を信じてしまった結果、死地へ飛ばされモンスターに殺されかけるようなことになってしまった。幸い、生き残ることができたようだけど、一歩間違えれば死んでいた。私達もユリエールさんの話を信じて、騙されて死んでしまったらどうにもならない。

「そんなことわからない夢だけしか見ないヒーローじゃないわよ」
「だったら俺の言うこともわかるよな」
「そりゃあもちろん」

 わかっている。兄が私のために言っていることも伝わる。

「じゃあ、兄はユリエールさんのお願いを拒むって言うの?」
「そう言うわけじゃない。ただ素直に頷ける情報がないんだよ」

 兄の話を乗っかり、アスナが口にした。

「キリト君の言う通り、最低限のことを調べないと……わたし達、『軍』の内情に関してはあまりにも無知すぎるの。わたしだってユリエールさんの力を貸して上げたいけど……今ここで、うんとは頷けない」

 それが普通だ。兄とアスナの反応はもっともであり、普通のことだった。今あったばかりの相手に加え、昨日徴税と称して恐喝及び、子供達を人質に取った『軍』の人の話を信じ切れないのは当たり前のことだ。それに加えて私達は『軍』の関しての情報は少ない。
 でも、助けたい気持ちなのは人誰しもあるだろうし、兄もアスナもユリエールさんに協力はしたいのだろう。だけど可能性の話として、ユリエールさんが私達を騙している可能性だってある。協力するには最低条件の情報が必要になってしまう。 
 断言は出来ないけど否定も出来ない。現実世界と同様、信頼関係がなければそう簡単には協力できない。
 それでも、私は……。

「私はユリエールさんを信じる」

 ユリエールさんは求めているんだ。シンカーさんを助けたいのに、自分一人では届かない。だから誰かに助けを求めて訪ねてやって来たんだ。
 私はそれが嘘ではないと、信じる。

「根拠は?」
「そんなのあるわけないでしょ」
「バカ野郎」
「バカ野郎って……なんか新鮮だね、ドウセツ罵倒シリーズ」
「バカ言ってないで、根拠なしに助けるの」
「そうだよ。私は助けを求めていたら、助けるし、手を指し伸ばす。シンカーさんはユリエールさんの大事な人だから、助けたいの。助けたいから私達に力を求めにやってきたと理由だけで、助ける理由として十分だよ」
「……そう」

 ドウセツはこれ以上言うことはなかった。これ以上言っても聞きやしないと諦めたのか、それともそれを承知したから一応聞いてみただけだったのか、ドウセツは相変わらず無表情で淡々としているからわからない。
 でも、なんとなくわかった。
 ドウセツだって、私に信じるなと忠告をしても、私はその話を聞くだけで忠告は聞かないこともしっていると思うんだ。
 大事な人が失った時の辛さは、とてもじゃないが堪えきれなくて、まとも歩くことすらも辛い。最悪、本能で死にたくないのに生きているのが辛くて死にたくなるような毎日が続いてしまう。よくある表現で、心にぽっかりと穴が開いてしまった感覚になる。私はそうだった。
 わけもわからない虚無を振り払うように自暴自棄になっちゃって、穴が開いた心を満たそうと理由をつけて死んでも仕方がないという理由を探すふりをして、終いには辛いから逃げていた。
 私は…………ユリエールさんにそんな想いをさせてほしくない。私もああなるのは二度とごめんだわ。

「……だけどキリカちゃん」

 アスナが再び私を説得しようとした時だった。

「だいじょうぶだよ、ママ。お姉さんうそついていないよ」

 昨日までの言葉のたどたどしさが嘘のように、ちゃんとした日本語でユイちゃんは言葉にした。お姉さんはおそらくユリエールさんのことを言っているんだろう。

「そうだよね、スズナ」
「うん、ユイ様の言う通りです。お父様を信じてください、お姉様」

 そして今度は、つけ加えるようにスズナが純粋かつ真っ直ぐな目で口にした。
 呆気にとられていたアスナはユイちゃんの顔を覗き込むように問いかけた。

「ど、どうして、そんなこと、わかるの……?」
「うん。うまく……言えないけど、わかる」

 ユイちゃんが答えるとスズナも同意するように頷いた。

「……そうだな」

 兄はなにかに納得し、ユイちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でて口にした。

「疑って後悔するよりかは信じて後悔しようぜ。キリカと入れば、なんとかなるさ」
「もう、キリト君もキリカちゃんと同じよねぇ……」

 兄の表情に笑みが浮かべる。そんなニヤッと笑った兄の姿を見たアスナは、迷いが晴れたかのように呆れながらも笑っていた。

「……この双子は冷酷、無情、簡単に信じたら痛い目に合うって言葉を知らないのかしら?」
「私も兄もそれくらい知っている。けど残念ながら、それを立派に答えるほどの優等生じゃないんでね」
「そうだな。俺はただのゲーム好きな甘ちゃんだ」

 甘ちゃんでけっこう。砂糖並に、はちみつ並に、シロップ並に甘くても、冷酷に無情になるよりかは、根拠のない話を信じてしまい、そして手を指し伸ばす人の方が性に合っているわ。
 ドウセツだって知っているくせに。

「あ、悪いけどドウセツは強制参加ね。じゃないと私……多分暴走しちゃうと思うから」
「損な役割ね……」

 ため息を吐きつつも、拒むことはなかった。本当にありがたい。

「その変わり、私の命令は絶対よ」
「暴走しないように手綱役をお願いするみたいなことは言ったけど、ドウセツの命令を聞くとはお願いしてないからね」
「犬のくせに生意気ね。言うことが聞けないのかしら」
「誰が犬だ、こら」

 そうしている間にアスナは小声でユイちゃんに何かを話すと、大きな笑みと共にコクっと頷いた。

「ユリエールさん。微力ながら、お手伝いさせていただきます。大事な人を助けたい気持ち、わたしにもよく解りますから……」

 アスナが微笑みながら言い終わると、今度はイチが急に立ち上がった。

「わ、わたしも、困っている人や助けてくれる人を見捨てたくないです! わたし、防御には自信あります! きっとどんな強敵からも凌いで生き残るように守りますから、わたしも救助に参加してください!」
「なんで貴女からお願いするのよ。それに礼儀よく頭下げ過ぎじゃない?」
「しゅみゅめしゅん!」

ドウセツの厳しい言葉に動揺され、イチの噛み具合に本人は赤面。周囲か笑いに包まれるなか、ユリエールさんは空色の瞳に涙を溜めながら深々と頭を下げた。

「ありがとう……ありがとうございます……っ」
「ユリエールさん、それはシンカーさんを救出してからしましょう」

 アスナがもう一度笑いかけると、今まで黙って事態の成り行きを見守っていたサーシャさんが両手を打ち合わせた。

「そういうことなら、しっかり食べていってくださいね!まだまだありますから。ユリエールさんもどうぞ」
「ありがとうございます」

 話はまとまった。みんなでユリエールさんの大切な人、シンカーさんを助けることに決定した。
 ……なんだかんだで、みんなで助けようとするじゃない。

「あ、そうだ」

 イチがパンっと両手を打ち合わせると、すぐさまウインドウを操作し始める。

「どうしたの?」
「せっかくなんで、助っ人を呼びますね」
「助っ人?」
「はい」

 私が聞くと、操作し終わったイチがこちらを振り返って、めずらしくおとなしめのイチが誇らしげな表情で微笑み、口にした。

「わたしの……頼れる親友です」 
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