無限の成層圏 虹になった男
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
二巻
十一話
「しかし、この広い更衣室を二人で使うのって贅沢だよな」
「男は我々三人しかいないからな」
アリーナの更衣室で私達は着替えながら談笑していた。
実際広々と使えるのはいいものだ。ジオンでの士官学校時代はがやがやと皆で忙しなく着替えていたのを思い出すと、大分待遇が良いように思える。
まあ実際は単純に生徒数が極限まで少ないだけなのだが。
「そういえばさ、山田先生が大浴場融通してくれるらしいぜ」
「本当か?日本の大浴場は初体験だ」
「マジだぜ。足を延ばしてはいると気持ちいいぞ」
大浴場、なんとも楽しみである。
そんな事を話しながら着替え終わると、ドア越しに声が聞こえる。
「織斑君、アズナブル君、デュノア君はいますか?」
山田先生の声だ。此処にはデュノアは居ない。
「織斑とアズナブルだけいます」
山田先生の声に一夏が返した。
「入っても大丈夫ですか?まだ着替え中ですか?」
「大丈夫です」
「そうですか、それじゃあ失礼しますね」
山田先生の言葉に今度は私が返すと、山田先生が更衣室に入って来た。
「あれ、デュノア君は一緒じゃないんですか?今日は織斑君とアズナブル君と一緒に実習をしているって聞いていたのですけど」
「ああ、シャルルならなんか調整しているらしいですよ。大切な用事なら呼んできますけれど」
「ああいえ、たいしたことではないので大丈夫ですよ。ええとですね、今月下旬から大浴場が使えるようになりました。時間別にしても間違いがあると大変なので週二日の日別で入れる様になりました」
山田先生がそう告げた。先程まで話していたがまさか直後にその話が来るとは思っていなかった。純粋にうれしい。
「嬉しいです、ありがとうございます山田先生!」
「自分も楽しみです。ありがとうございます」
「い、いえ、仕事ですから……」
私達の言葉に気圧される先生。特に一夏の喜びようは途轍もなかった。
「いやいや、山田先生のおかげですよ。本当に感謝してますから」
「そ、そうですか?そう言われると照れちゃいますね……」
そう言って山田先生の手を掴む一夏。……そう簡単に女性の手を取るのはどうなのか。
そう考えているとふと背後に気配を感じる。振り返ってみるとそこには影が。
「……一夏?何してるの?」
シャルルがいた。どうやら一夏しか見えてないらしい。
「あっシャアも。……まだ更衣室に居たんだ。先生の手を握って何してるの?」
「あっ、いやなんでもない」
パッと一夏が山田先生の手を離す。どこか不自然な視線がシャルルの瞳から放たれる。
「一夏、シャアも。……先に戻っててって言ったよね」
「えっと、ごめん」
「ああ、すまなかった」
今度は私達がシャルルに気圧される事となった。何をそんなに怒っているのだ彼は。
「それよりさ、大浴場が使えるようになったんだって!」
「そう」
一夏の興奮気味な言葉にもそっけなく返すシャルル。余程機嫌が悪いように見える。
「ああ、そういえば織斑君にはもう一件用事があるんです。ちょっと色々書いてほしい書類があるので職員室まで来てもらえませんか?白式の正式な登録に関する書類なので少し量が多いんですが」
「わかりました。じゃあ先はいっててくれよ、シャアとシャルル」
「いや、私も図書室から借りていた本を返さなければならない。次の本も探したいしな、今日はシャルルが一番最初に浴びてくれ」
「うん、わかった」
「じゃ山田先生、行きましょうか」
そう言って一夏は山田先生と一緒に歩いていく。私も図書室に向かって行った。
そうしてシャルルは一人になった。
……今覚えばなんと私は間抜けだったのだろうか。
変声期を過ぎているにしては高すぎる声に私達に一向に肌を見せない理由。
それを知るのは、私が再び自室に帰って来た時であった。
「…………。はあ……」
自分でも嫌になる。
ドアが閉まり、ため息を吐き出した。
こうして自室に入るまでため込んでいたものは思ったより大きかったらしい。
自分でも驚くそれは、部屋の中に嫌な気持ちと共に充満してるように思えた。
「何やってるんだろうな……」
自分でやっていて恥ずかしい。あれほど怒るものだっただろうか、あの時の一夏の行動は。
まさか、こんなにも惚れやすいのか自分は。
「……シャワーでも浴びて落ち着こう」
いっそ寒いくらいに冷たい水を浴びようと思い、僕はクローゼットを開けた。
「いやはや、今回も面白そうな本が手に入った」
手に取っているのはNo Longer Human。太宰治先生の代表作の一つである。
直訳すると人間ではないという意味になる其れは、一体どの様なものなのか。
楽しみながら自室のドアを開けると────
「きゃあっ!」
────明らかな女性の叫び声がした。
「……何をやっているのだ一夏君!」
すわ男女のもつれかと急いで声をのもとに行くと。
「……えーっと…………」
「…………」
そこには一夏と、明らかにボリュームのある胸をもったシャルルがいた。
「……ボディーソープ、置いとくから」
「……うん」
そして更衣室から出てくる一夏。
シャワー音が流れると、恐る恐るといった様子で一夏が口を開く。
「……なあ、シャア」
「……何かね」
一夏の話に思わず慎重に言葉を選んでしまう。
「シャルルの胸、結構でかかったよな……」
「ああ……」
「さらしとかで隠せるんだな、アレ……」
「女体の神秘だな……」
思った以上に馬鹿な言葉に、此方も馬鹿な返答をしてしまう。
男はいつもそうだな、と言うハマーンの幻聴が聞こえた気がした。
して、シャルルがあがった後。
私と一夏は変わり合いながらシャワーを浴びた。勿論シャルルへの監視は欠かさない。
そして我々は三人で小一時間向かい合っていた。
視線は交せない。ただ座っているだけだが視線や手足は挙動不審に陥っていた。
私はたまらずお茶を入れて来た。
「……飲むと良い」
「ああ、サンキューな」
「……ありがとう」
そうして一夏が湯呑を二つ受け取り、一夏がシャルルに渡そうとするのを後目に私は自分の湯飲みを手に取る。
「あっつ、あっつ。水!」
ばたばたと一夏が水道に駆け寄って来た。渡す際にお茶でもこぼしたのだろうか。
「ご、ごめん!大丈夫、一夏」
「ま、まあ。多分水にすぐつければ大丈夫」
「ちょっと、見せて……赤くなってる」
一夏はだいぶ冷静に見えるがシャルルは少しパニックに陥っているように見える。
「直ぐに氷を貰ってくるからね!」
「待て、その姿じゃ流石にまずい!後で自分でとってくる」
実際、シャルルの姿はいつもと同じシャープなラインのスポーツジャージなのだがばれてしまったからなのか胸を隠していない。豊満なそれがこれでもかと自己主張している。
「でも……」
「それより!その、胸があたっているんだけど……」
「!!!」
シャルルがどうやら自分の体勢を理解したようで一気に飛びのく。
「…………」
シャルルが年相応の抗議の目を一夏に向けた。
「心配してたのに、一夏のえっち」
「なぁっ!?」
シャルルの言葉に不満げな声を上げる一夏。私はそれを見て思わず笑ってしまった。
その笑いは伝播し、一夏、シャルルへと渡る。先ほどまでの緊張がほぐれ三人で大笑いしてしまった。
「あはは、はーっ。笑った笑った。さて、そろそろ僕の事聞きたいよね。今までごめん、正直に全て話すよ」
「いいのか?」
シャルルの言葉に私が返す。それがどういう意味を持っているのか彼女にはわかるはずだ。
「いいの、別に」
そう言ってシャルルは笑った。
「此処までして逃げきれると思ってるほど僕は馬鹿じゃないし、こんなことをしてすべてをさらけ出すことのできない下衆な人間にはなりたくない」
そういうとシャルルは全ての事を話した。
自分が妾の子である事。デュノア社が経営危機に陥っている事。第三世代機の開発に手間取っている事。
そして、自分が男としてこの学園にやってきた理由。広告塔と一夏や私の男性IS起動者のデータ取りと、私の機体である第三世代機のプロトタイプのデータを盗みに来た事。
彼女がすべてを話し終えた時、少しすっきりとした表情を浮かべた。
「まあ、こんなところかな。……きっと僕はこれで強制送還されるし、デュノア社は潰れるか他企業の傘下に入るかだろうけどそれはまあ僕には関係ない事だしね。今まで騙していてごめん。でも全部喋ったらなんか気が楽になったよ。聞いてくれて有難う」
すっきりとした顔に見えたそれは、瞳が絶望の色に塗れていた。
私としてもこんな形で終わらせたくないと考えていたのだが、どうやらそれは一夏も同じだったらしい。
「いいのか、それで」
「えっ……?」
「それだけでいいのか、そんなんじゃやっていけないだろう。親のせいで自分の人生壊して、そんなことが許されていいはずがない!」
とても感情的な口調で話す一夏。そういえば彼も親がいなくて苦しんだ子だった。
「親がいなければ子は生まれない。だからって親が子供をいいように利用していいはずがない!俺たちは人間だ。知性も意識もある血の通った人間のはずだ!それをこんな終わり方にさせてたまるか!」
「い、一夏……?」
「一夏君、少し落ち着いて」
熱が入った声を私がなだめる。シャルルは困惑している様だ。まさかこんなにも親身になってくれるとは思いもよらなかったのだろう。
「……はぁ。悪い、つい熱くなっちまった」
「いいけど……なんで?なんで一夏はそんなに怒るの?」
「俺さ、親がいないんだ。千冬姉と二人っきりなんだ。捨てられたんだよ」
「あ……」
「ちなみに私も孤児だ。だから親については深くは言えないな」
だが捨てられる子供の気持ちはあの場所で見た。そして利用されていく末路も。
「その……ごめん」
「シャルルが謝る事じゃないだろ。俺も家族は千冬姉だけだから、今更親に会いたいって気持ちも無いし。それよりシャルルはこれからどうするんだ?」
「どうって、時間の問題かな……そのうち代表候補生を下ろされて、運が良ければ牢屋に入っておしまい」
「それでいいのか?」
「良いも悪いも、仕方が無いよ。僕に選ぶ権利はないんだから……」
「いや、違う」
一夏が淀んだシャルルの目を見て言う。
「それは答えになっちゃいない。良いか悪いかを聞いてるんだから自分で考えて決めるんだ」
「……嫌、だよ」
一夏の言葉に絞り出すようにシャルルが口に出す。
「愛人の子だからって何度もぶたれて!父との会話も数回で!それで男と偽って入学させられて!僕だって普通の人みたいに生きたいよ!」
「それが出来る」
「……え?」
シャルルの激昂に一夏が返すと、シャルルは思わず間抜けな声を上げた。
「シャア。特記事項第二十一」
「本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする、だったかな」
一夏の言葉に呼応して私が述べると、一夏が拳を突き出す。私も拳で返した、所謂グータッチというものだ。
「そんな条項まで覚えているとはな、一夏君」
「シャアこそ、一字一句間違えなかったじゃねぇか」
そういう訳で、初めからシャルルの身柄は保証されてたわけなのだ。
「……でもさ、僕は個人情報を偽ってたから……」
「そこもなんかおかしくね?」
それでも出てくるシャルルの否定的な意見に、一夏が疑問をぶつける。
「だってさ、ここはIS学園だぞ?こんな重要機密がいっぱいある学園で、シャルルが入学できるほど検査はざるなのか?」
「それはあるな。IS学園……ひいてはフランス政府、もしかするとデュノア社も一枚かんでるかもな」
「それってどういう事?」
一夏と私の言葉に思わず聞いてくるシャルル。それもそのはずだ。まさか自分を窮地に追いやってると思っていた人達が、自分を救おうとしているとは思いもよらなかったのだ。
「シャルルは最初から女性であることを想定して、何かから逃がすためにここに来たのではないんじゃねえの?」
「そう、なの?」
一夏の言葉にシャルルの声が段々と涙混じりになる。
「僕は、学園に、残って、いいの?みんなと、一緒に、学んだり、遊んだりできるの?」
「そうだ。どうせなら大学課程にも進んじまえ」
「私達だって結果を出せなければお終いだからな」
シャルルのの言葉に一夏と私が返す。それを聞くと堪えられないといった様子でシャルルは泣き出した。
シャルルの頭を一夏が胸で受け止める。
「ごめんね、ごめんね。ありがとう、ありがとう!」
「いいんだよ。ここに来た以上仲間だろ、俺達」
「むざむざとうら若き少女が地獄に行くのを見送っているだけというほど私達も薄情者ではないしな」
そうしてると、ドアからノックする音が。
「シャアさん、いませんの?」
セシリアの声だ。直ぐに目配せをすると、一夏とシャルルが動き出す。
「速く!隠れるんだ」
「えっと、こ、ここに……」
「なんでクローゼットに隠れる必要があるんだよ!ベッドで十分だろ!」
「わかったよ。じゃあ、えーっと」
そうして無事隠れることに成功したのをしり目に、私がドアを開けた。
「どうしたセシリア君」
「いや、まだ夕食を済ませていないのかと思って……あら、一夏さんにデュノアさんもいらっしゃったのですね」
ちらりとセシリアがシャルルと一夏を見る。
「……何しているのですの?デュノアさんの上から一夏さんが覆いかぶさるようになって」
「いや!……実はシャルルが風邪を引いててな。看病してやろうと思って」
「日本では看病をするとき覆いかぶさるのですの?無駄だと思うのですが……」
「今布団をかぶせた所なんだよ」
「あら、そうなのですの」
少しセシリアの興味が持っていかれている、まずい。
「そういえばセシリア君は夕食はとったのか?」
「まだですわよ」
「なら、一緒にどうかな」
そう言って一夏とシャルルの方をちらりと見ると、両方とも頷いている。
「でも、デュノアさんの看病は……」
「一夏がやってくれるらしい。まかせていいか、一夏」
「おう、行ってていいぞ。シャルルと俺の飯は後でとってくればいいし」
「だそうだ。ここは一つ、付き合ってもらえるか?」
「……はい、是非!」
私の言葉にセシリアは喜んだ様子で答えた。
「じゃあ、シャルル君の事は頼んだぞ一夏君」
「おう、まかせとけ」
そうして私は自室の外に出てドアを閉めた。
しかし、今回の事から想定するとこの世界の大人たちはだいぶ優しいのだなと思った。
一企業のみならずフランス政府、ひいてはIS学園まで巻き込んで一人の少女を守ろうとしている。
腐敗した地球連邦やザビ家が支配するジオン公国よりよっぽどいいと私は思った。
「……シャアさん?何か隠し事していません?」
ちょっと考え込んでいた隙を見てセシリアが聞いてくる。
まったく、女性の勘というのは恐ろしい。
「いや、特に何も隠し事は無い」
「ふぅん……」
そしてそのまま食堂へ。
少しきつい疑いの目線を向けられながら私はセシリアと主に歩いて行った。
後書き
IS学園の大学課程に言及している場面を私は覚えてないのですが、ここまでの規模の学術ならあるだろうと踏みました。
なかったらごめんなさい。
ページ上へ戻る